第235話 君が働いた蛮行の果てで
※アチャモンドの拷問シーンが含まれます。苦手な方はご注意ください。
サラがレンガの壁に固定されたアチャモンドを睨む。
「――先ずは、その汚らわしい身体を清めないとね……」
彼女が空想杖を振り上げると、悪徳捜査官の頭上から大量の冷水が降り注ぎ始める。例えるならそれは真冬に行う滝行。凍てつくような流水が悪徳捜査官の体温を一気に奪い去る。
アチャモンドが冷水を浴びている間、ジュエルがチェイスを救出。彼女は衰弱したグレースとチェイスを空想治癒術で回復させる。
「助かったぜ、ジュエル。礼を言うぜ!」
「ありがとう、ジュエル。危うくあのゲス野郎に殺されるところだったわ……」
「間に合って良かった――と言いたいところだけど、グレース。あなたが……」
ジュエルは俯く。
空想治癒術で怪我を治すことはできるが、心の傷まで癒やすことはできず。グレースが受けた仕打ちを考えると、とても「無事」とは言えない。
だがグレースはそんなジュエルを気遣うようにして気丈に振る舞う。
「気にしないで、慣れているから。今は命あっただけありがたいわ」
「――うん、そうだね。グレースの仇は、きっとサラがとってくれるよ」
ジュエルがそう言い終えると、一同冷水を浴び続けるアチャモンドへ視線を向ける。
――それから数分が経過したところで、サラがアチャモンドへの放水を停止。寒さで身を震わす悪徳捜査官は怯えた表情でサラを見る。
「――た、頼む! もうやめてくれぇ! このままじゃ凍え死んじまうよ! 何が望みだ? 金か? それとも保安局が持つ機密情報か!? お前らが望むなら今すぐにも用意できるぞぉ!?」
命乞いするアチャモンド。だがそれをサラが受け入れることもなく、呆れた様子で言葉を漏らす。
「あなた……なんで私が怒っているのか理解できないの? 本当に馬鹿なのね」
ここでアチャモンドが開き直る。
「う、うるせえっ! そんなことわかってらあっ! オメェもそんなくだらねぇことでムキになってんじゃねぇよ!」
「くだらないですって?」
眉を顰めるサラなど気にも留めず、悪徳捜査官が身勝手なセリフを吐き捨てる。
「ああそうだよっ! そもそもなぁ、男を誘惑するような顔と身体してるほうがいけねぇんだ! 犯してくれって言ってるようなもんじゃねえか!? それになぁ、オメェらみたいな輩に人権なんてねぇんだぁよ!」
サラたちを罵倒するアチャモンド。グレースは悔しそうに唇を噛み、ジュエルとチェイスも鋭い眼差しで捜査官を睨む。それでも尚、アチャモンドの耳を疑うような発言が続けられる。すると赤髪少女が悪徳捜査官との間合いを詰める。そして――
「黙りなさい!」
「うぐっ!!」
サラの膝蹴りがアチャモンドの股間を直撃。捜査官は悶絶の表情を見せる。そして彼女はアチャモンドに冷たい眼差しを向けると、静かに語り始める。
「あなたのようなケダモノ野郎共には、私も散々酷い目に遭わされてね。今でも毎晩のように悪夢で魘されているわ。あなたにわかるかしら? ある日突然奴隷になってしまい、売られた先で四六時中ケダモノ野郎共の相手をする、女の気持ちを――」
サラは収納の空想術を使用して異空間からトレードマークの三角帽子を取り出すと、それを深く被り――ニヤリと口角を上げた。
「クックックッ……わからないでしょうねぇ。だから決めたの。女を蔑む野蛮なケダモノ野郎には、女が受けた同じ恐怖と屈辱を味わってもらうって。あ、それと、ケダモノ野郎に拒否権と人権はないからね……」
サラの言葉を聞き終えた捜査官が顔を引き攣らせる。
「へはっ!? へははははっ! じょ……冗談はよせよ。俺は男だぜぇ? どうやって女と同じ屈辱を与えるって言うんだぁ!?」
「そんなこと心配している余裕があったら、自分の身を心配したほうがいいんじゃない?」
「!!」
サラが空想杖をアチャモンドに向けると、再び冷水による放水が再開される。そして拷問室に響き渡るのはアチャモンドの耳障りな咆哮とくしゃみ。
「寒い寒い寒い! 凍えちまうよっ! 凍え死んじまうよっ! 何も命を奪いにかかることねぇだろうがよっ!! へクションっ!!」
「あら? 寒いの?」
「寒い寒い寒いよっ! さっきからそう言ってるだろうがぁ!」
「そう。なら止めてあげる」
「へ?」
サラの意外な言葉に悪徳捜査官は拍子抜けした表情を見せる。
言葉通り放水を停止させるサラ。ジュエルやグレースたちは不思議そうな表情で彼女を見つめる。だが直後、彼女たちの口角が不敵に上がった。
突然サラの全身が真紅に発光。と同時に、彼女の身体から凄まじい熱気が発せられる。それは――真っ赤に熱せられた鉄の如く。灼熱となったサラが一歩一歩アチャモンドの元へ歩みを進める。一方の悪徳捜査官は顔を引き攣らせながら赤髪少女に尋ねる。
「お、お、おい? な、何をするつもりだぁ?」
サラがとびっきり艶っぽい表情を見せる。
「捜査官殿、お寒いでしょう? 私が温めて差し上げます」
「ま、待て……冗談はよせよ……そんな身体で触れられたら……!」
サラが妖艶に微笑む。
「欲しいんでしょう? 私の温もりが……!」
「ひっ!?」
そして――鉄のように熱せられたサラの四肢が、アチャモンドの身体に絡みつく。
「アチャアァァァァァッ!!」
その刹那。アチャモンドの身体は炎に包まれる。拷問室はアチャモンドの悲鳴と肉の焼ける匂いで支配される。
程なくすると彼女はアチャモンドから身体を離す。そして燃え盛る悪徳捜査官の頭上から大量の冷水をぶっかける。
鎮火したアチャモンド。その手足と壁を繋いでいた鎖も消滅し、今はうつ伏せで床に倒れている。悪徳捜査官の身体は赤く焼き爛れており、特にサラと直に触れた部分は真っ黒に焦げていた。だが、まだ彼の息はあり、意識もはっきりしている。いや、サラが敢えて生かしたのだ。
アチャモンドは息を荒げながら恐る恐る頭上を見上げる。そこにはニッコリと微笑みながらこちらを見下ろすサラの顔があった。
「これで死ねると思った? ここからが本番だよ」
「た、頼む……命だけは……もう許してくれ……」
「命乞いとは情けない。それに随分と都合が良いのね? 果たしてあなたは、命乞いする女性を何人殺ってきたのかしら?」
「……っ!」
「でもいいわ。もうやめてあげる」
「サ、サラ!」
サラの発言を聞いたジュエルが驚いた表情を見せる。そんな彼女に赤髪少女はこう付け加えた。
「――私のお仕置きはもうお終い。ここからは、あの子にバトンタッチするわ」
「あの子?」
首を傾げるジュエルとグレースたち。
サラは部屋の一角に向かって空想杖を構えると、アチャモンドに言う。
「捜査官殿。この続きは私の下僕に任せるわ」
「し、下僕……?」
「ええ。可愛い可愛い男の子だよ。きっとあなたを満足させてくれるわ……」
ニヤリと笑うサラ。彼女は空想杖に力を送り込む。
次の瞬間、杖から濃紫色の光線が放たれた。その濃紫色の光線が照射される先には光の塊――あるものが形成されていく。やがて光が収まると、そこに居たのは不気味な生物。それを見たアチャモンドが絶句する。
「あ……あ……あれは……俺……?」
悪徳捜査官の目の前に出現したあるものの正体――
それは二足歩行型の想獣――吐き気を催すような体臭を放ち、全身が黒い体毛で覆われた巨大な野獣だった。ちなみに顔面はアチャモンドと瓜二つである。
怯えた表情の捜査官をサラが嘲笑う。
「アッハッハッハッ! どう? 可愛いでしょ? この子もあなたと同じで性欲旺盛だから、きっと二人で素敵な時間を過ごせると思うよ」
「お、おい……ま、まさか……?」
「――言ったでしょ? グレースと同じ思いを味わってもらうって。今からあなたには、グレースを演じてもらうわ……!」
「っ!!」
刹那。野獣の咆哮が拷問室に轟く。
「ドリャアァァァァス!!」
「く、く、来るなぁっ!!」
野獣は瞬く間にアチャモンドとの間合いを詰める。野獣は暴れる捜査官を強引に抱き寄せると、その唇を――サラたちは一斉に目を背けた。
「ちょっと遊び過ぎちゃったけど、撤収しましょう」
その背後からアチャモンドの叫びが響き渡る。
「待て! 待ってくれっ! 置いてかないでくれっ! アーッ!!」
サラは僅かに後方へ視線を向けると、アチャモンドに伝える。
「これに懲りたら改心することね。まあ、生きていたらだけど――」
当然、野獣に襲われているアチャモンドにその声は届いておらず。サラは愉快そうに歯を剥き出すと、ジュエルたちを引き連れその場を後にした。
――この数時間後。目覚めた女性職員が、変わり果てた姿で絶命しているアチャモンドを発見したそうだ。
保安署庁舎の一階ロビーにはサラたちの姿。
グレースとチェイスが不思議そうな表情で周囲を見渡す。
「どうしたものかしら? 保安官が一人も居ないわよ?」
「サラ、お前が全員殺ったのか?」
サラは鼻で笑う。
「フッ。そんな面倒なことに無駄な時間と労力を使いたくないわ。誘き出したのよ」
「誘き出した?」
「ええ。この近くの空き店舗に空想術を仕掛けたの」
「なるほど。それがさっきの爆発ってわけか。随分と派手にやったな」
「奴らを誘き出すのにはあれくらいが丁度いいわ。それに昨日の今日だからね。案の定ぞろぞろと保安官がこの建物から出ていったよ。お陰でスマートにあなたたちを救出することができたわ」
「ス、スマート……だったか?」
「何か不満でも?」
「いえ。何もありません!」
ここでサラがグレースとチェイスの説教を始める。
「――それにしても、とんだ大失態だったね。一歩間違えれば、あなたたちは命を落としていたわ。今回の王都襲撃は、私たちの存在を誇示するために行ったもの。よって、敵に深入りしてこちらが害を被る必要など一つもない。おまけに、あの馬鹿ダミ公までヨネシゲ・クラフトにやられてしまったわ」
「「ヨネシゲ・クラフト!?」」
普段から冷静なグレースとチェイスが驚愕の表情で絶叫した。それもその筈。改革戦士団トップクラスの実力を持つダミアンが、あの小太りの角刈り中年オヤジに敗れたと言うのだから。
(あのダミアンを打ち負かし、総帥から全てを奪った男――ヨネさん……あなたは一体何者なの……?)
顔を青くさせるグレースの隣で、サラが戦闘長に問い掛ける。
「あなたたち、守護神に捕まったみたいだけど? どうして奴が現れた時点で逃げようとしなかったのかしら?」
早速、チェイスが言い訳。
「フフッ、若気の至りってやつさ。自分より強い相手が目の前に現れたら、挑みたくなるのが男の性だぜ?」
「これだから男は……」
呆れた表情のサラ。ところがここで、チェイスが真剣な眼差しを赤髪少女に向ける。
「だけど一つわかったことがある。守護神と出会っちまったら、戦うか、大人しく捕まるかの二つの選択肢しかねぇ。逃げることは不可能だ……」
無言でチェイスを見つめるサラ。その隣ではグレースも弁解。
「ごめんなさい、サラ。私はあの男の子が守護神だと見抜けなかった。今思えば、夜の風俗街にあの年代の男の子が居るなんて、とても不自然な話だよね。迂闊に近付くべきではなかったわ……」
「ハァ。その少年に近寄って、何をするつもりだったかまでは聞かないけど……せめて作戦中はオンとオフを切り替えてほしいわ」
「反省するわ。だけど――泣かせたかったわ、あの子……」
「何?」
「い、いえ、なんでも!」
そんな会話をしながら歩みを進める彼女たちは、保安署庁舎の外へ出る。
「さあ、王都内の隠れ家まで移動するわよ」
サラはそう言うと、移動用の想獣を召喚しようとする。
――その時。夜空の彼方に薄紅色と緑色の二つの光が輝く。
「サラ……あれ何……?」
「あれは……想人?」
ジュエルが指差す先。サラが瞳を細めながら見つめる。そこには空想少女と鉄腕野郎の姿。
彗星の如く地上に向かって急降下してくる二人。その着地はとても軽やかだった。
サラたちの前に降り立った空想少女と鉄腕野郎。薄紅色と緑色、激しい光を纏わせながら勇ましい声で名乗りを上げる。
「王都を飲み込む闇があるとするならば、それをまばゆい光で照らして阻止するのが私たちの役目――超絶強いお茶目な王都のヒーロー『空想少女カエデちゃん』とっ!」
「同じく『鉄腕ジョーソン』だぜっ!」
「「王都のヒーロー、見参っ!!」」
突如、改革戦士団の前に現れた二人の正体は――王都のヒーロー『空想少女カエデちゃん』と『鉄腕ジョーソン』だった。
その様子を物陰から見つめる一匹と一人。
黄色の珍獣は瞳を白色に発光させながら王都のヒーローたちを凝視。そして、色黒スキンヘッドの中年男が珍獣の視界に入り込む。
「さあ、お待ちかねっ! 今宵も王都のヒーローの活躍を中継でお届けするよ! 実況は私ボブと、解説はイエローラビット閣下さんでお届けします。イエローラビット閣下さん、よろしくお願いします!」
「はい、宜しくお願いします」
「いや〜、始まりましたね――」
勝手に盛り上がる一匹と一人。
一方の改革戦士団。王都のヒーローを前にして険しい表情を見せる。ただ一人だけ、赤髪少女が不敵に口角を上げる。
「へぇ~。空想少女カエデちゃんか。可愛いじゃない……」
サラは舌舐めずり。顔を歪ました。
――「空想少女」対「空想術使い」、始まる。
つづく……




