第233話 出撃! 王都のヒーロー 【挿絵あり】
王都西保安署。
突然、目と鼻の先の歓楽街から轟いてきた爆発音。署員たちに緊張が走る。
「なんだ!? 今の爆発は!?」
「まさか……また改革戦士団の仕業か!?」
「その可能性は十分あり得る。よしっ! 署員総動員で対応に当たるぞ! 念の為、討伐保安隊にも出動要請を!」
「よっしゃ! 出動や!」
続々と出動していく保安官たち。保安署庁舎はもぬけの殻だ。
仲間たちの出動を見送っていた受付の女性職員は不安げな表情で言葉を漏らす。
「また改革戦士団の仕業かしら……皆、無事に帰ってきてくださいね……」
直後、町娘風の――赤髪と桃色髪の女性二人が保安署のロビーに姿を現す。二人は女性職員の姿を確認すると、そちらに向かって歩みを進める。一方の女性職員も町娘の元まで駆け寄っていく。
「お嬢さんたち! こんな時間にどうしたのかな!?」
心配そうな表情で尋ねてくる女性職員に、赤髪の少女が要件を伝える。
「ねえ、お姉さん。グレースとチェイスはどこに居るの?」
「え?」
刹那。赤髪少女は懐から取り出した小型の空想杖を女性職員の喉元に突き付ける。
「ひっ!?」
「お姉さん。悪いようにはしないから……グレースたちの所まで案内してくれるかしら?」
「は、はい……」
赤髪少女は、両手を上げる女性職員の背中に空想杖を突き付けると、桃色髪の女と共に保安署庁舎の奥へと姿を消した。
その庁舎の地下にある拷問室。
爆発音を聞いた悪徳捜査官アチャモンドが慌てた様子でズボンを履き、ベルトを締める。
「何なんだぁ!? 今の爆発音はっ!?」
「わ、わかりません!」
「わからねぇじゃなくて、とっとと様子を見て来いっ!」
「はっ!」
アチャモンドは苛立った様子で保安官に指示を出す。そして彼は葉巻に火を付けると、すぐに不気味な笑みを浮かべる。
「姉ちゃん。続きはまた後でだな。イヒヒ……」
アチャモンドの視線の先――そこにはあられもない姿で横たわるグレースがいた。彼女は屈辱で身を震わせる。
そして相変わらず保安官たちから執拗な暴行を受けるチェイスが僅かに口角を上げる。
(――どうやら……来てくれたようだな……)
直後。拷問室の外から保安官の悲鳴が聞こえてきた。
王都クボウ邸・バルコニー。
爆発音を聞いたヨネシゲ、マロウータン、ドランカドが現地へ急行しようとしていた。
「ヨッシャ! マロウータン様、歓楽街へ急ぎましょう!」
「うむ! 行くぞ、ヨネシゲ!」
その隣ではドランカドも張り切った様子だ。
「改革線師団めっ! 王都を荒らす輩は――この十手で叩き潰してやるぜっ!」
ドランカドは懐から十手を取り出すとポーズを決める。だが、その肩を主君に叩かれる。
「ドランカドよ。そなたは留守番じゃ」
「え〜っ!? ど、どうしてっすか!?」
驚いた表情を見せるドランカドに、白塗りが呆れた様子で言う。
「忘れたのか? そなたは自宅謹慎の身じゃぞ? そなたの同行は許可できん」
「そ、そうでしたね」
そう。この男、現在自宅謹慎となっている。故に正式な処分が言い渡されるまで、この屋敷の外に出ることができないのだ。
ドランカドは落ち込んだ様子で肩を落とす。その同輩の肩に角刈りが手を添える。
「残念だったな、ドランカド。今回は俺たちに任せて、高みの見物でもしててくれ」
「ヨネさん……面目ない……」
「そう気を落とすな。お前にはソフィアや奥様たちを守る大役が残ってる。今、この王都には安全な場所はねえ。安全は自分たちの手で作り出す必要がある。だから、この屋敷の安全はお前に作ってもらいたい」
「わかりました。ここは俺に任せてください!」
ドランカドは納得した様子で頷いた。
「さてヨネシゲ。ぐずぐずもしてられんぞよ!」
「はい! 西へ急ぎましょう!」
主従は互いに顔を見合わせた後、バルコニーを後にしようとした。
――その時である。
突如、空気の読めない謎の生命体がバルコニーに姿を現す。その浮遊する黄色いウサギのような生物は、ヨネシゲとマロウータンの間を高速で通過すると、カエデ、ジョーソンの前で急停止する。
「――あ、あれは! 客間にいた不気味なぬいぐるみだっ!」
角刈りには見覚えがあった。
それはこの屋敷の客間に置かれていた、恐らくウサギであろう黄色のぬいぐるみ。その不気味な佇まいと眼差しにヨネシゲは不快感を抱いていた。そして今、どこからともなく現れ飛行しているのだから、正直気味が悪い。ソフィアやマロウータンたちも空中を旋回している珍獣に顔を引き攣らせていた。
(何だよあれは!? 魔物か!? 想獣か!? いずれにせよ害悪な存在に違いない! 退治したほうが良さそうだな……)
拳を構えるヨネシゲ。一方の黄色のぬいぐるみは、敵意を向ける角刈りなど気にも留めず、低音の声を響かせる。
「カエデちゃん! ジョーソン! 何をぼーっとしておるのだ!? お前たちは王都のヒーローだろ? 直ちに出撃せい!」
「はわわわ!? イエローラビット閣下、で、出てきちゃだめだよ……」
「はぁ〜。困るぜ閣下……俺たちの正体が……」
「何を言っておるのだ!? お前たちの正体などどうでもよい。人命の方が優先だろう!?」
ぬいぐるみの名は「イエローラビット閣下」と言うそうだ。謎の珍獣の出現にカエデとジョーソンはばつの悪そうな表情を見せる。案の定、ヨネシゲは「イエローラビット閣下」との関わりについてカエデたちに尋ねる。
「カエデちゃん、ジョーソンさん。そのへなちょこな動物のこと知ってるんですか!?」
刹那。「イエローラビット閣下」がヨネシゲに急接近。角刈り頭を両手でペシペシと叩く。
「この角刈り野郎! へなちょことは失礼なっ! 私には『イエローラビット閣下』という立派な名前があるのだよ!」
「わ、わかったから! 叩くんじゃねえ! カエデちゃん、ジョーソンさん。何なんですかこの生き物は?」
ヨネシゲは珍獣を払い除けると、再度カエデたちに訊く。だが二人は言葉を濁す。
「え〜と、その……何とお答えしたら良いものか……」
「ははは……何なんですかねえ〜? このへなちょこな珍獣は……」
苦笑するカエデとジョーソン。そんな二人に代わり、コウメが「イエローラビット閣下」について言及する。
「おーほほっ! その珍獣は魔物――いえ、想獣とでも言っておきましょうか」
「想獣……ですか?」
「ええ、そうよ。ちょっとイケナイ実験をしていたら誕生してしまってね……」
「ハニーよ。一体どんな実験をしておったのだ……」
「おーほほっ! 秘密よ」
白塗りは呆れた表情で頭を抱えた。
そしてヨネシゲは続けてコウメに尋ねる。
「――ちなみに奥様。先程その珍獣……いえ、イエローラビット閣下が『王都のヒーロー』と口にしてましたけど……もしかして、空想少女カエデちゃんって……?」
一同の視線はカエデに向けられる。その彼女は恥ずかしそうにして顔を俯かせる。そしてコウメが「王都のヒーロー」の正体を明かす。
「おーほほっ! バレてしまっては仕方ないわね! そうよ。王都のヒーローと呼ばれる『空想少女カエデちゃん』と『鉄腕ジョーソン』の正体がこの二人よ!」
コウメが指差す先。
その少女は内気。コウメの使用人として雇われる「カエデ」もう一つの姿――超絶強いお茶目な王都のヒーロー「空想少女カエデちゃん」である。
もう一人。その中年男は怠慢。コウメの護衛を務める「ジョーソン」の別の顔――エネルギッシュな豪腕戦士「鉄腕ジョーソン」なのだ!
イエローラビット閣下がカエデとジョーソンに問う。
「――今こうしている間にも、罪なき命が失われているかもしれん。お前たちにこの状況を見過ごすことができるか!?」
二人は首を横に振る。その直後、イエローラビット閣下が絶叫する。
「カエデちゃん! ジョーソン! 変身だっ!」
「「おーっ!!」」
するとカエデは懐からリップクリーム、ジョーソンは塗り薬を取り出す。そしてカエデはそれを唇に、ジョーソンは腕に塗る――刹那、二人の身体はまばゆい光に包まれた。
呆気にとられながら二人を見つめるヨネシゲたち――その時である。突如角刈りたちの前に謎の中年男が姿を現す。男は早口で言葉を口にする。
「説明しよう! カエデはリップクリームをジョーソンは塗り薬を使用することで想人としての力を最大限に解放して尚且つ心の殻を破り超絶強い王都のヒーローに変身する事ができるのだっ!」
その中年男は色黒のスキンヘッド。ヨネシゲたちはこの男に見覚えがあった。角刈りと白塗りは驚いた様子で声を張り上げる。
「「ド、ドーナツ屋!?」」
色黒スキンヘッドの正体――それは昼間ヨネシゲたちが訪問したドーナツ屋「ドーナツ陛下・王都東店」の店主だった。
「オヤジさん……何故ここに……!?」
店主をよく知るドランカドも、瞳を大きく見開き驚愕の表情を見せていた。そうこうしている間にカエデとジョーソンは「王都のヒーロー」に変貌を遂げる。そこに居たのは暗い印象だった黒髪の少女と冴えない中年オヤジではなかった。
薄紅色の光に包まれる少女は、空色の瞳を持つ、活発的な印象の橙色ツインテール――彼女が「空想少女カエデちゃん」だ。
そして、緑色の光を身に纏う中年男は逆立った金髪とはち切れそうな太い腕の持ち主。彼こそが「鉄腕ジョーソン」である。
「あのカエデちゃんが……空想少女カエデちゃん……」
「信じられませんわ……」
ソフィアとシオンも昼間見た空想少女の正体を知り、驚きを隠しきれない様子だ。そんな一同を横目にイエローラビット閣下が再び絶叫。
「さあ、出撃だ! カエデちゃん! ジョーソン!」
「「了解!」」
王都のヒーローは勇ましい声を上げると緊急発進。大きく飛翔するとそのまま夜空へ飛び立っていく。薄紅色と緑色の光は西の方角へと姿を消した。その様子を見つめながらヨネシゲは言葉を漏らす。
「何なんだ……今のは……!?」
王都のヒーロー、出撃。
つづく……




