第232話 メルヘンの夜(後編)
ドリム城内・王妃の私邸。
その屋敷のリビング。ご馳走が並んだ長テーブルを囲むのは4人の男女。
一人はこの屋敷の主。黄金色の髪と瞳を持つ、若々しい見た目の中年女性。彼女の正体は、このトロイメライ王国の王妃「レナ」である。国王ネビュラとは不仲であり、この城内に屋敷を構え生活している。
その彼女の隣。金髪ポニーテールの眼鏡を掛けた知的な印象の男性。彼は第二王子「ロルフ・ジェフ・ロバーツ」だ。レナの実子である。
その向かい側には一組の親子。
怒気を宿した虎のような強面の老年男は、ツルツル頭と入道雲のような立派な髭の持ち主。この男の正体は、王妃レナの実父にしてアルプ地方領主を務める、東国の猛虎こと「タイガー・リゲル」である。トロイメライ最強と名高い男だ。
その隣には、黄金色の髪を持つ鋭い目付きの男性。彼はタイガーの実子にしてレナの実弟である「レオ・リゲル」。「アルプの眠れる獅子」の異名を持つ、リゲル家の後継者だ。
タイガーは、好物の焼き魚に大量の塩を振り掛けると、腹を空かした猛獣の如く魚に齧り付く。その刹那。口に含んだ魚を果実酒で流し込み胃袋に収めていく。虎が唸る。
「う〜むっ! 美味いっ! 荒ぶるトロイメライ西海で取れた魚は身が引き締まっておって食べ応えがあるのう!」
一方の娘と息子は苦笑。諭すようにして父に言う。
「父上……お塩の掛け過ぎです。お体に障りますよ?」
「姉上の言う通りです。父上もお若くないのですから、もう少しご自身の体を労ってくだされ」
だが、虎は聞く耳持たず。齧り付いた焼き魚に追い塩。
「――今更気を使ったところでもう遅いわい。老い先短いのじゃから、好きなように食わせてくれ。それに――」
タイガーは娘たちの顔を見つめながら、その強面を緩ませる。
「こうしてそなたらと食事ができて、儂は嬉しいぞ……」
「父上。誤魔化さないでください。私と居る間は、お塩は控えていただきます」
「手厳しい娘じゃのう。亡き妻を思い出すわい……」
どこか哀しげな笑みを浮かべながら焼き魚を見つめるタイガー。そんな父に娘が微笑みかける。
「――ですが、今日は特別な日。久しぶりに家族揃って食事ができているのですもの。今宵だけは好きなだけお塩を掛けてください。楽しみましょう!」
タイガーは嬉しそうに口角を上げる。
「そうか! なら遠慮はいらんのう!」
するとタイガーは塩を鷲掴み。焼き魚にぶっ掛ける。その様子を見ていた姉弟と孫は絶句していた。
その後も4人は談笑を交わしながら食事を楽しむ。
――やがて食事も終わり、一同、その余韻に浸っていた。
普段であれば就寝する時間が迫っていたが、4人からその気配は見受けられない。それもその筈。今宵この4人が王妃の私邸に集まったのは他でもない――「国王追放作戦」について話し合うためだ。
早速、レナがその話題について切り出す。
「父上。そろそろ本題に入りましょうか。お手紙でもお伝えしている通りですが、陛下とエリックの追放について詳しく説明したいと思います」
説明が始まろうとする前、虎が早々に結論を尋ねる。
「此度の作戦、勝算はあるのか?」
「ええ。もちろんです。詳しくはロルフから説明させていただきます」
母親に代わりロルフが「国王追放作戦」の全貌を語る。
「それではお祖父様。私から今回の作戦について詳しく説明させていただきます」
「うむ。続けてくれ」
「はい。既にゲネシス帝国とイタプレス王国との調整は完了し、準備は整ってございます。先ずは、ゲネシスにはイタプレスに侵攻したと見せかけて、このトロイメライ王都の目前まで兵を進めてもらいます。そしてゲネシスは、イタプレスの仲介という形でトロイメライ――父上に和平調停を迫ります」
三国が絡んだ壮大な作戦にタイガーが笑いを漏らす。
「フッフッフッ……ゲネシスもイタプレスも、よくもまあ、このような猿芝居を演じる気になったものじゃ。その猿芝居で陛下とエリック王子をイタプレスに誘き出すつもりか?」
「はい、その通りです。和平調停には私も同行します。肝心なのは、この和平調停に私の調印が含まれていること。追放する二人のサインなど形だけに過ぎません。この和平調停は父上たちを誘き寄せる口実でもありますが、今後ゲネシスとの関係を築いていく上で、必要不可欠な手続きです」
ロルフの説明を聞きながら静かに頷くタイガー。
和平調停に至るまでの段取りは、ネビュラが重たい腰を上げれば容易く実行できることだろう。だが、本題はここからだ。如何にして、国王と第一王子をトロイメライから追放し、王都を手中に収めるかだ。
案の定、虎入道が説明を催促する。
「して……陛下とエリック王子はどのようにして追放するつもりじゃ?」
「調印が終了次第、私は一足先に帰国し、国境関所を封鎖します。そして国境関所まで戻ってきた父上と兄上に――新国王である私が引導を渡します」
「なるほど……じゃが、いきなり国王と第一王子を追放するとなると、王都とこのトロイメライに大きな混乱を招くことじゃろう。愚問じゃと思うが――ロルフ王子よ、その辺りの対策は万全じゃろうな?」
ロルフは自信に満ちた表情で返答する。
「はい、抜かりはございません。所謂王妃派と呼ばれる大臣や王都貴族たちへの根回しは完了してます。当日は彼らが上手く立ち回ってくれることでしょう。そして心強いことに、王国軍元帥と保安局副長官が我々に味方してくれます」
「ほう。元帥と副長官が……」
「彼らの指揮の下、軍と保安隊を展開し、王都の各省庁や国王派貴族の屋敷、そしてこのドリム城を制圧してもらいます。この王都を一時的に我々の支配下に置き、その上で我々に協力する者、そうでない者を篩に掛け、新王政を発足させます!」
眉を顰めるタイガー。虎は小声で呟いた後、王子にある問題点を指摘する。
「結局は武力で制圧するか……じゃが、そう簡単に上手くいくかのう? この王都には、王都領主という厄介な男がおる。奴は陛下の側近じゃ。そなたらに反発する姿が目に見える。おまけに強大な戦力「王都領軍」を有しておる。それが王国軍や保安隊と激突すれば、メルヘンは忽ち火の海ぞ?」
ここで選手交代。レナが口を開く。
「その点はご心配なく。保安局副長官の働きかけで、王都領軍大将の調略に成功しました。これによりウィリアム・サイラスと領軍を分断する事ができます」
虎は感嘆の声を漏らす。
「ほう……それは驚いた。王都領軍がよく味方してくれたのう」
「私も驚きましたよ。誇り高き王都の戦士たちが私たちのクーデターに加わってくれるなんて。ですが、それだけ彼らが主君に不満を募らせている証拠です。今日まで散々サイラス閣下と陛下の悪巧みに付き合わされ――彼らは怒っているのです」
ここまでの説明を聞き終えたタイガーは腕を組み唸る。
「少々雑で手荒な作戦に思えるが――そなたらが決めたならやり遂げてみせよ。ただ、始まってしまったら後戻りはできぬぞ? その覚悟はあるか?」
「ええ、もちろん」
「覚悟はできております!」
タイガーから覚悟を問われたレナとロルフは力強く頷く。二人の返事を聞いた虎は今回の作戦に一定の理解を示す。
「ゲネシスとの和平調停に関しては儂も賛成じゃ。長年戦に明け暮れてきた、この儂が言うのもなんじゃが、戦はしないに越したことない」
その一方で虎はある計略について苦言を呈する。
「じゃが……政略結婚の話はもう少し慎重になるべきじゃと思うがのう。政略結婚など結局は人質を互いに出し合うに過ぎず。たった一人の姫で大国を抑止できるほど世の中は甘くないぞ?」
だが、王妃は引き下がらずに訴える。
「ですが……膳は急げと言います。この和平調停を機に、両国の関係をより確かなものにしておかねばなりません。お互いに姫を差し出すことは信頼に繋がります」
「信頼か……上辺だけで築いた信頼など脆いものじゃ。もし相手に強大な野心があれば、和平調停や政略結婚など何の役にも立たぬ。大切なのは真心で相手に接することじゃ。レナよ、ロルフ王子よ。今のそなたらにそれができておるか?」
タイガーから尋ねられるとロルフは顔を俯かせ、レナは首を横に振る。
「いいえ。恥ずかしながら……ですが、和平調停が交わされた暁には、真心の籠もった外交を行っていく所存でございます!」
力強い言葉で決意を語るレナ。それでも虎は納得いかない様子だ。
「――真心の籠もった外交か……その前に、真心を込めて向き合うべき相手が居るじゃろ?」
レナは不思議そうに首を傾げる。
「その相手とは?」
「わからぬか? ノエル殿下とウィンターじゃ。此度の政略結婚の件、二人に話しておかなくてよいのか? あまりにも気の毒じゃろ?」
自分の知らないところで政略結婚の話を進められているとは不憫である。その二人を気遣うようにタイガーが助言。だが王妃は聞く耳を持たない様子だ。
「今、あのお二人に政略結婚の話をしてしまうと、此度の計画が頓挫する可能性がございます」
その上でレナが説明を続ける。
「ゲネシス皇帝陛下と皇妹殿下は今回の政略結婚にとても前向きです。皇帝陛下はノエルをいつでも迎え入れられると仰ってくれておりますし、エスタ殿下もすぐにでもウィンター殿に嫁ぐ準備が整っているそうです。故にこの政略結婚、失敗は許されません。ですが……我が国のお二人はいかがでしょうか?」
ロルフが母親の後に言葉を続ける。
「ノエルは父上からの寵愛を受けております。父上が玉座に居る段階でこの政略結婚の話が漏れれば――」
ロルフが口にするよりも先にタイガーが答えを言う。
「陛下はノエル殿下をどこかに隠してしまうことじゃろうな」
「ええ。それだけは避けたいところ。なにせ未婚で嫁げる状態にある姫は彼女しかおりませんからな」
虎は腕を組むと息を漏らす。
「じゃが、ノエル殿下は気が弱いお方じゃ。ゲネシスに嫁がせるには少々酷な気もするが……」
レナは持論を展開する。
「ノエルは、陛下と側室の間に生まれた子です。その母である側室は5年程前に亡くなり、今彼女が頼れる人物は陛下しかおりません。しかしその陛下は我々が追放します。そうなると彼女はこのトロイメライで孤立してしまいます。ならば一層のことゲネシスの皇帝に嫁いでもらい、新たな人生を歩んでもらうほうが幸せでしょう」
愛娘の考え――父は共感できなかった。
「幸せかどうかはノエル殿下が決めることじゃ。もし、父しか頼る者が居らんのであれば、その父と共に国を出るのも一つの手じゃ。ノエル殿下の意思を尊重――」
「父上。もう決まったことなのです。この国の繁栄と安寧のために、ここで考えを曲げる訳には参りません!」
レナは父の言葉を遮り、押し切る。
「そして、この政略結婚を成功させるためにはウィンター殿にも泣いてもらう必要があります。王都守護役の彼とゲネシスは長年国境で争ってきた仲。そんな宿敵と言えるゲネシスの姫を、彼が大人しく娶ってくれると思いますか?」
ロルフが母の言葉に便乗する。
「あの子は意外と我が強い。自分の考えを曲げることはないでしょう。ウィンターが政略結婚を認めなかったら今回の計画は水の泡。全てが台無しです……」
タイガーは首を傾げる。
「そこまで恐れる必要はなかろう? ウィンターが駄目なら他の令息に皇妹殿下を嫁がせれば――」
王妃はこめかみに人差し指を押し当てながら、悩ましい表情を見せる。
「そうもいかないのです。ウィンター殿は――皇妹殿下から直々にご指名されてしまっているのです」
「ほほう。皇妹殿下はあのような小僧が好みなのか?」
「好みかどうかはわかりませんが……恐らく王都守護役を務めるウィンターという存在を抑えておきたいのでしょう。今回、彼との結婚が叶わなければ、和平調停の話は無効にすると皇妹殿下から脅されております……」
虎は高笑い。
「アッハッハッ! 随分と強気じゃのう」
そんな父を横目にレナはトロイメライ王室の難点を口にする。
「皇妹殿下は、トロイメライの王族に嫁げないのが面白くないのでしょう。でもそれは致し方ないこと。トロイメライの王族に嫁げるのは、トロイメライの血が流れる由緒正しい貴族のみです。他国の姫であるエスタ殿下が我々の元に嫁ぐことは叶いません」
ロルフも今回の政略結婚の課題について難しい表情を見せる。
「理由はともあれ、皇帝の妹である彼女が他国の――それも王族以外の貴族に嫁ぐなど屈辱的でしょう。見方によればゲネシスがトロイメライに従属したとも取れる行為です。もしその印象を払拭する事ができるとしたら――」
レナは打開策を口にする。
「ゲネシスに睨みを利かす国境警備の要――王都守護役ウィンター・サンディの妻になることでしょう。ゲネシスがトロイメライの重鎮を手中に収めたともなれば、彼女たちの面子は保たれる筈です」
「我々としてもウィンターとの婚姻でゲネシスが妥協してもらえるのであれば――この要求、飲むほかありません」
王妃と王子の妥協案。それでもタイガーは疑問を抱く。
「それはそうと――ゲネシスの皇妹殿下との婚姻、ウィンターにどうやって認めさせるつもりじゃ?」
「その点はご安心ください。皇妹殿下にあるお願いをしてありますので」
「あるお願い?」
「ええ。皇妹殿下にはウィンター殿を上手く誘い出してもらい、共に一夜を明かしてもらいます。それで子供でもできてしまえば――あの子もこの婚姻を断れないことでしょう」
娘の謀略に虎は苦笑――彼女に足りない部分を指摘する。
「――そなたも怖い女子じゃ。一体誰に似たものか……。じゃが、あの小僧も一国の公爵であるぞ? この国にとって有益だとわかれば、此度の政略結婚も大人しく受け入れると思うがのう。もう少し守護神を信用してやったらどうじゃ?」
「信用はしております。ですが……今回は失敗が許されない状況なのです。ここはウィンター殿に泣いてもらうしかないのです。これも全て愛する民のためでございます」
「――民も大切じゃが、臣下も大切な財産であるぞ? 目の前の臣下にも民と同等の愛を注いでやらねばならぬ。臣下が付いてこなければ、陛下を追放したところで何も変わらん」
「はい。そのことは重々承知しております。今回は――苦肉の策なのです。ですから、この一件に関してはご容赦ください……」
「うむ……」
大きく息を漏らすタイガー。リビングに沈黙が流れる。すると難色の祖父に孫が尋ねる。
「お祖父様。我々を信じていただけないでしょうか?」
真っ直ぐとした眼差しを向けるロルフにタイガーが言う。
「――信じておる。成し遂げよ」
「「ありがとうございます」」
母子は声を重ねるようにして礼の言葉を述べた。
話は纏まった。虎は今回の作戦を影で見守ることにした。
席から立ち上がろうとする父を娘が呼び止める。
「父上」
「なんじゃ? まだ何かあるのか?」
「――折り入って、父上に頼みがあるのです……」
「頼みじゃと?」
首を傾げるタイガーにレナが伝える。
「単刀直入に申し上げます。ウィルダネス領主「ノーラン・ファイター」を討ってほしいのです」
「ほほう……ノーランをか……」
「はい。『ウィルダネスの悲劇』に、終止符を打ちたいのです――」
その後も親子たちによる会話は夜遅くまで続けられた。
――夜も更ける頃。
王妃レナの私邸のバルコニーにはタイガーの姿。虎は目の前に広がるメルヘンの夜景と満天の星を眺めていた。そこへ一人の中年男が姿を現す。
「タイガー様。まだお休みになられていなかったのですか?」
「バーナード? ああ、もう少し余韻に浸っていたくてのう……」
そう。この渋面の中年男はリゲル家筆頭重臣「バーナード」。タイガーが最も信頼を寄せる人物である。
バーナードはその渋面を緩ませながらタイガーの隣に並ぶ。
「――楽しい家族との時間だったことでしょう」
「ああ。実に楽しい時間じゃった……」
そして虎は夜景を見つめながら言う。
「こうして……この城で夜景を眺めていると、そなたと初めて会った時の事を思い出すのう……」
「懐かしゅうございます」
「当時のそなたは、理屈っぽい生意気なクソガキじゃったが――今となっては、そなた以上に信頼を置くことができる者は他に居ない……」
「もったいないお言葉です……」
ここでタイガーはバーナードに体を向けると、改まった様子で口を開く。
「じゃから……そなたに頼みたい事がある。聞いてもらえぬかのう? 儂のつまらぬ我儘じゃ……」
「はっ。なんなりとお申し付けください――」
そして、主従は小声で言葉を交わす――
「――ノーランを討つのは容易いこと。じゃが、『ウィルダネスの悲劇』を収束させる為には相当な時間が要る。しかし、儂にそれだけの時間は残されていない。その後始末はレナとレオに残す。すまぬが、バーナードよ。我が娘と息子を支えてやってくれ……」
「承知。後のことは、私にお任せください」
「頼むぞ。それと――」
「――わかっております。タイガー様の我儘……このバーナードが必ずや叶えて差し上げましょう!」
「フッフッフッ……その言葉を聞いて、安心したわい――」
自分の意思はしっかりと臣下に伝わっているようだ。
タイガーは軽く微笑むと、右手をみぞおちに添えながら満点の星を見上げた。その姿をバーナードは険しい表情で見つめる。程なくすると、虎が静かに語り始める。
「――トロイメライの夜明けは近い。この闇夜も間もなく終わりを迎えるじゃろう。じゃからその時まで、儂が娘と息子の為に、暗い夜道を照らしてやらねばのう……」
「タイガー様……」
そして虎は重臣に視線を移す。
「バーナードよ。レナとレオを頼んだぞ……!」
「承知仕りました」
深々と頭を下げるバーナードをタイガーはゆっくりと頷きながら見つめる。
――だが、それは突然起きた。
今宵もトロイメライの王都に爆発音が轟く。
タイガーとバーナードは爆発音がした方角へと視線を向ける。
「西の方角――繁華街の方からじゃのう」
「ええ。またしても改革の連中でしょうか?」
「昨日の今日じゃ。その可能性は十分あり得るな……」
タイガーは遠くに見える火柱を見つめながら――大きな欠伸。
「ふわぁ〜。儂はそろそろ寝るかのう……」
「おや? 宜しいのでしょうか? タイガー様とあろうお方が、このような状況を見過ごしても?」
「何を申すか? 何のための王都領主や保安局じゃ? 儂の出る幕ではない。それに……年寄りに夜更かしは堪えるからのう……」
「またまた……御冗談を……」
主従は互いに顔を見合わせニヤリと笑うと、屋敷の中へと姿を消した。
――同じ頃。ドリム城・中央の塔。
その廊下の窓から西の方角を見つめるのは、国王ネビュラと王弟メテオ。
「畜生! また改革戦士団の仕業か!?」
「その可能性が濃厚でしょう……」
「陛下っ」
「!!」
廊下に響き渡る、透き通るような少年の声。姿を現したのは王都守護役ウィンターと、その家臣ノアだった。ウィンターはネビュラの顔を見るなり、出動の指示を仰ぐ。
「陛下。今直ぐ私が現場に赴き、対処してまいります。どうか出動の指示を頂けないでしょうか?」
しかしネビュラはウィンターの腕を掴む。
「ならぬならぬ! 今この城にはタイガーがいるのだぞ!? お前が城を離れている隙をついて虎が襲ってくるかもしれない!」
「その可能性は低いかと……」
「頼む頼む! 行かないでくれっ!」
「し、しかし……」
抱きついてまで引き止めようとするネビュラに、ウィンターは困惑した様子。その状況を見兼ねたノアが主君に伝える。
「旦那様。ここは私にお任せをっ!」
「ノア――行ってくれますか?」
「はい! ですから旦那様はここで陛下の子守――いえ、護衛をお願いします!」
「頼みましたよ、ノア」
「お任せください!」
ノアはウィンターに微笑み掛けると、廊下を駆け抜け現場へ急行した。
――そして、王都クボウ邸のバルコニー。
一同、西方の火柱を不安げな表情で見つめる。
そして角刈りは苛立ちを隠しきれない。
「くそっ! 昨日といい今日といい! また改革戦士団の仕業かっ!?」
「恐らくそうでしょうね……」
「だったら、この拳で、今度こそダミアンを仕留めてやるぜっ――マロウータン様!」
ヨネシゲはマロウータンに力強い眼差しを向ける。瞳で訴える角刈りに白塗り顔がゆっくりと頷く。
「うむ。仮にも儂らは王都特別警備隊を任される身じゃ。直ちに現場に向かおうぞっ!」
「「了解!」」
マロウータンの言葉を聞いたヨネシゲとドランカドは力強い敬礼を決める。
「――あなた……」
「ソフィア……」
心配そうに見つめてくる愛妻に角刈りは言う。
「大丈夫さ。昨日の俺を見てくれただろ? 俺は誰にも負けねぇ! 相手がダミアンならば――今度こそこの拳で息の根を止めてやるぜ!」
「うん。無理だけはしないでね!」
ヨネシゲの燃えるような闘志を宿した眼差し。ソフィアは力強く頷いた。
つづく……




