第231話 メルヘンの夜(中編)
――王都西部・王都西保安署。
トロイメライ最大の歓楽街の治安維持を担う正義の砦である。この保安署には、保安局最強の特殊部隊「討伐保安隊」も配備されており、「大蒜のハブ」や「生姜のマングース」などの凶悪犯罪組織と昼夜問わず戦い続けている。
そんな誇り高き腕利きのエリート集団を「怖い」と思う王都民も少なからず存在する。そのイメージを払拭するため、保安署側も対策をとっている。
それが、保安署庁舎の入口に置かれている着ぐるみ「ツカマエルゾウ」だ。象を模したこのマスコットキャラの着ぐるみは、イベントや児童施設などを定期的に訪問しており、小さい子供から大人まで親しまれている。今となっては保安署や保安官は王都民にとって身近な存在である。
弱きを助け強きを挫く。王都民に寄り添い続ける。正義の味方――それが「王都西保安署」なのだ。
――だが、その庁舎の地下で拷問が行われているなど、王都民たちは知る由もない。
ここは拷問室。
部屋の入口は分厚い鉄扉。重たいそれを開くと室内は薄暗い照明で照らされており、煉瓦の壁で覆われていた。その煉瓦の壁には、拘束器具で四肢を固定された下着姿の二人の男女。
男女の手足に装着された手枷足枷は所謂「空想錠」。これを身体の一部に装着されてしまうと、何人たりとも空想術の使用を封じ込まれてしまい、尚且つ体力と筋力も奪われてしまう。余程のマッスルでない限り、この空想錠を破壊して拘束から逃れることはできないだろう。
そしてこの二人の男女も空想術の使い手――だが、例により強力な空想術は使えず、為す術がない状況だ。
男は紫髪のツーブロック。パンツ一丁状態の彼は、大柄な保安官から執拗な鞭打ちを受けていた。男の口から悲痛な叫び声が漏れ出す。
「貴様には鞭をくれてやるっ! ていやっ! ていやっ!」
「うわぁっ! ぐわぁぁぁっ! くそぉ……」
その引き締まった身体には無数のミミズ腫れができており血も滲み出ていた。極めつけは、彼の傷付いた身体に大量の海水を放水。
「おらっ! メルヘン港から直送のトロイメライ西海の海水だ! 全身で味わってみな!」
「ぐうぅぅっ! ぐぬぅっ! 畜生……」
傷口に海水が染み込むと男は悶絶の表情を浮かべながら藻掻く。だが男の気力が削がれることはない。紫髪ツーブロックは、怒り狂った野犬のような眼差しを保安官に向ける。案の定、その眼差しは保安官の癇に障ったようだ。
「な、何だその目はっ!? ぶん殴られたいのかっ!?」
「上等だっ! 掛かってきやがれっ!」
「生意気なっ! その口利けなくしてやるよっ!」
保安官の拳が男の顔面にめり込んだ。
一方、下着姿の美女は金髪のお団子ヘア。モデル顔負けのスタイルの彼女。特に細くて長い美脚と大きな胸が一際目を引く。女は頭からひたすら冷水を浴びせ続けられていた。冷水で体温は奪われ、彼女は唇を真っ青にしながら寒さで身体を震わせていた。
保安官たちから拷問を受ける男女を少し離れた位置で見つめる小太りの中年男。王都西保安署の捜査官「アチャモンド」だ。着ているピチピチのポロシャツが、彼のビール腹を際立たせている。
不気味に口角を上げるアチャモンドは、葉巻を咥えながら男女の元まで歩みを進めると、ガラガラとした声で二人に尋ねる。
「――改革戦士団、チェイスとグレースよ。吐く気になったかぁ? 早いとこ組織のこと話して楽になったほうがいいぜ?」
「――貴様らに話すことなど一つもねえ……」
「第四戦闘長チェイスか……嫉妬しちまうほどいい面構えしてやがるだぁ……」
――そう。拘束され拷問を受ける男女は、改革戦士団戦闘長のグレースとチェイスだった。二人は昨晩、ダミアンらと王都メルヘンを襲撃。多くの王都民や兵士、保安官に危害を加えた。だが、突如姿を現したウィンターに捕らえられ、その身柄は保安局に引き渡された。
本来であれば拷問による取り調べは禁止されている。だが、この一件を任されている保安局幹部の意向により、この二人に対して拷問が行われることとなった。その拷問を買って出たのがアチャモンド捜査官だ。
ちなみにこの男――知る人ぞ知る悪徳保安官である。「大蒜のハブ」や「生姜のマングース」と通じているという噂がある程だ。
アチャモンドは咥えていた葉巻を手にすると、それをチェイスの額に押し当てる。
「ぐわぁぁぁっ!!」
「ダッハッハッ! 悲鳴の方も威勢があってイイね。だが聞きたいのは悲鳴じゃねえだ。改革戦士団という組織について色々と教えてもらいたいだよ。もしそれを吐き出させることができれば、俺は大出世よっ!」
アチャモンドの言葉を聞いたグレースが鼻で笑う。
「フッ。今どき拷問で吐かせようだなんて、王都の保安署は随分と野蛮なことをするのね? 尚更吐きたくなくなったわ」
グレースの言葉を耳にしたアチャモンドは、ニタッと笑いながら彼女との間合いを詰める。
「姉ちゃん、強がるんじゃねえよ。どの道お前らの死罪は決まってらぁ。だったら残りの余生、苦しんで生きるより、楽に生きたほうがいいんじゃねえか?」
「お断りするわ。私たちにもプライドがあるのよ」
「プライドなんか死んじまったら何の役にも立たねえぜ?」
アチャモンドは葉巻の煙を吸い込むと、口臭交じりの息をグレースに吹き付ける。思わず噎せ返る彼女を嘲笑しながら、アチャモンドが彼女に身体を密着させる。
「悪いけど、気安く私に触れないでくれる?」
「酷いこと言ってくれるじゃねえか。俺は凍えた姉ちゃんの身体を温めてあげようとしてるだけだぜぇ? 欲しいだろ? 俺の温もりが?」
「余計なお世話よ。貴方みたいな男の温もりなんて欲してないわ」
「まあそう言うなってよ――」
「!!」
アチャモンドはグレースの胸を鷲掴みする。だが彼女は動揺する事なく、冷たい眼差しを捜査官に向ける。
「汚らわしいわよ。離しなさい」
「ダッハッハッ! 口を割らないって言うなら俺の相手をしてもらうぜ!」
「全力で断るわ。私は可愛い男の子と女の子にしか興味がないの。あなたのようなゲス野郎の相手をするくらいなら死んだ方がマシよ!」
「あまり俺を怒らすなよ――!」
「ぐはっ!」
アチャモンドの拳がグレースの腹部にめり込む。悶絶の表情を見せる彼女。するとアチャモンドはグレースの顎を掴む。そして捜査官の阿呆面がゆっくりと彼女の美貌に近付き――
「たっぷりと可愛がってやるだぁ」
「や、やめ――」
刹那。アチャモンドがグレースの唇を強引に奪う。
アチャモンドの唇から解放されたグレースは酷く噎せ返る。
その間に捜査官は、グレースと壁を繋ぐ器具を外し彼女を解放。だが空想錠は手足に装着されたまま。彼女の体を床に押し倒す。そして勝ち誇った表情でチェイスを見る。
「兄ちゃんよ。仲間の女が襲われるところをよく見ておくんだな!」
「調子に乗るなよ……クズ野郎……」
「クズは貴様だろっ!」
「!!」
直後。チェイスは保安官たちから拳や蹴りの嵐を食らうことになる。そして――
「姉ちゃんよ。俺を満足させることができたら、死罪は免れさせてやるよ! 俺には貴族の知り合いが沢山居てな――」
「くっ……離せっ……!」
アチャモンドは聞く耳を持たない。
グレースは悔し涙を滲ませながらアチャモンドを睨む。
(覚えておきなさい! ただじゃ済ませないわよっ!)
しかし彼女の抵抗は無力。今は屈辱に耐えることしかできなかった。
つづく……




