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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(王都編)
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第229話 クボウ邸の夜(夫婦と家族の夜編)

 ――王都クボウ邸・コウメの私室。

 部屋の中央に置かれたローテーブルを囲む4台のソファー。その内の3台のソファーには部屋の主であるコウメと、マロウータン、シオンが其々腰掛けていた。

 そして、白塗り顔が鋭い視線を向ける先には、護衛のジョーソンが立たされていた。彼はつい先程発生した男湯沸騰事件の責任を問われ、マロウータンから叱責を受けていた。

 その様子を横目に、夫人は優雅にハーブティーを味わい、令嬢は真剣な表情で二人のやり取りを静観していた。

 ジョーソンはただ単に薪を焚べていただけだと説明するも、白塗り顔は納得いかない様子で今宵何度目となるかわからないセリフを口にする。


「――そなたは風呂すらまともに沸かせられないのかっ!? 儂らだったから火傷をせずに済んだものの、あれがもし女湯で起きてしまったらコウメたちは大火傷じゃったぞ!? ボイラーが男湯と女湯で分かれていたのが不幸中の幸いじゃった……」


「しかしですな、俺は普通に薪を焚べていただけで……」


「そんなんで風呂の湯が沸騰する筈がなかろう!? これは全て風呂番をしていたそなたの責任じゃぞ!?」


「申し訳ない……」


 ジョーソンは渋々頭を下げる。


(――なんで俺が怒られているんだよ!? 理不尽にも程があるぜ……)


 ジョーソンは白塗り顔の背後に視線を向ける。そこにある窓からは、惚けた表情で部屋の中を覗き込むイエローラビット閣下の顔があった。彼は歯を食いしばりながら閣下を睨む。


(クソっ! 相変わらず腹立つ顔だぜ。全部お前が悪いんだからな!)


 だが、そのような事情を白塗りは知らない。マロウータンが諭すように言う。


「よいか? シオンとカエデは嫁入り前なのじゃぞ? その身体に傷が付くなどあってはならないことじゃ。幸いにも火傷をすることはなかったが、その嫁入り前の身体を儂やヨネシゲの前で晒してしまった。ジョーソンよ……この責任は重いぞよ?」


 ジョーソンは顔を俯かせる。理由はともあれ一歩間違えれば取り返しのつかない事態を招いていた。そもそも自分がイエローラビット閣下を煽動しなければ今回の事は起きなかっただろう。

 尚も叱責を続けるマロウータンだったが、ここでコウメが口を挟む。


「おーほほっ! ダーリン、その辺で終わりにしてあげて。ジョーソンも反省しているから」


「し、しかしだなぁ……」


「恐らく、これはジョーソンのミスではなく――事故よ」


「事故じゃと?」


「ええ、よく考えてみて。普通に薪を焚べて、あの大浴槽の湯を急激に沸騰させる事ができるかしら?」


「確かにのう……」


「それに……ここ最近出るらしいの」


「で、出る? 何が出るのじゃ?」


「おーほほっ! 『湯沸し魔』なる魔物がこの辺りに出現しているらしいのよ」


「ゆ、湯沸し魔じゃと……?」


「そうよ。各家庭のお風呂を勝手に沸かして周る新手の悪魔らしいの。お陰で想素燃料(ガス)代が高く付いて家計を圧迫しているらしいわ」


「なんと地味な嫌がらせじゃ……」


「きっとその湯沸かし魔が我が家にも出たのよ」


 実際のところ『湯沸し魔』が現れたなどという噂など存在しない。これはコウメがジョーソンを庇うためについた嘘である――いや、コウメは『湯沸し魔』の存在を知っている。彼女は横目で窓の外に視線を向ける。


(イエローラビット閣下。これはお仕置きが必要ね……)


 不敵に口角を上げるコウメ。部屋の中を覗き込んでいたイエローラビット閣下は身体を震わせながらフェイドアウトした。


「――仕方あるまい。証拠不十分じゃ。此度は『湯沸し魔』の仕業ということにしておこう」


「寛大なご配慮、痛み入ります……」


 コウメの言う通り、薪を焚べていただけで大浴槽の湯を急激に沸騰させてしまうなど、現実的に考えて不自然な現象である。ジョーソンの過失だという確たる証拠もないため、マロウータンは彼を許すことにした。一方のジョーソン。納得はしていないが、この場を丸く収めるため大人しく頭を下げた。

 やがて、ジョーソンが部屋から退出すると、マロウータンが大きく息を漏らす。


「――シオンよ。そなたに怪我一つ無くて安心したぞよ……」


「お父様……」


 心底安心した様子で娘に微笑みかける白塗り顔。自分を気遣ってくれる父親に、シオンは嬉しそうにして笑顔を返した。

 ここでコウメがある話題を切り出す。


「それで、ダーリン。大事な話って?」


 「大事な話がある」――マロウータンは先程妻子にそう伝えていた。

 マロウータンは改まった様子でシオンに体を向けると、静かに口を開く。


「――シオンよ。先程も申したが、これから話すことは、この先そなたの運命を大きく左右するものじゃ。心の準備をしてほしい」


「わ、わかりました……」


 シオンは固唾を呑みながらゆっくりと頷く。一方の白塗り顔は「大事な話」の内容を率直に伝える。


「シオン。ズバリ言おう。そなたに縁談の話があるのじゃ」


「縁談?」


「そうじゃ。実はそなたに好意を抱いている殿()()がおってのう。今日、その()()から縁談の話を持ち掛けられたのじゃ!」


 マロウータンはどこか嬉しそうに、それでいて寂しそうに微笑む。その隣ではコウメが喜んだ様子で高笑いを上げる。


「おーほほっ! シオンちゃん、良かったじゃない! 38回目の縁談、ものにできるかしら?」


「お母様……それは言わないでください……」


 シオンは苦笑いを浮かべたあと、白塗り顔に縁談の相手について尋ねる。


「――それで、お父様。その縁談のお相手とは?」


「ウホホ。昨夜の晩餐会で会っている人物じゃ。心当たりはないか?」


「晩餐会でお会いした殿方ですか――」


 シオンは昨晩の記憶を辿る。

 彼女の脳裏に最初に思い浮かんだ人物は、想い人ヒュバート王子――ではなく、王都貴族と呼ばれる令息たちの顔だ。シオンはその令息たちから熱烈なアプローチを受けていた。それこそ縁談の話を持ち掛けられても不思議ではない。


(――縁談か……確かに、ガツガツした殿方ばかりでしたから覚悟はしてましたけど。それにしても早々に縁談の話を持ち掛けてくるなんて相手の本気度が窺えますわ。恐らく、あのしつこかったエクストリーム家かジャイアント家の令息のどちらかでしょうね……)


 思考を巡らす娘に、父親が優しく語り掛ける。


「シオンよ。そなたには、幼い頃から色々と苦労をさせてしまい、色々と我慢をさせた。本当は、年相応の女子らしくお洒落をして、遊びたかったことじゃろう。儂とではなく、大好きな母親と王都で生活したかった筈じゃ。そなたが平民の男子に恋心を抱いていたことも知っておった。じゃがそなたは、儂やクボウを思うて、全てを我慢した。じゃがもう我慢する必要はないぞよ。今まで我慢した分――そなたに幸せになってもらいたい……」


「お父様……」


「流石に、37回も縁談が上手くいかないとは驚いたが――シオンよ、38回目の正直にしてみないかのう?」


 白塗り顔が言葉を終えるとコウメが後押しするように言葉を口にする。


「シオンちゃん。ダーリンの言う通りよ。私もシオンちゃんには落ち着いてもらいたいし、幸せになってほしい……」


「う〜む……」


 シオンは腕を組み瞳を閉じる。


(お父様とお母様の気持ちはわかるわ。私だって早く落ち着きたいと思ってる。だけど……)


 閉じた瞼の裏にヒュバートの顔が映る。

 

(――ヒュバート王子。貴方と過ごした数刻は一生忘れません。良い夢を見せていただき、ありがとうございました――)


 シオンはゆっくりと瞳を開くと父親に訊く。


「お父様。そろそろ殿方のお名前をお聞かせいただけますか? まあ、恐らくエクストリーム家かジャイアント家の令息でしょうけど……」


「違う違う。お相手はエクストリーム卿でもジャイアント卿でもない」


「えっ? で、では、そうなると……?」


 シオンは瞬時に記憶を呼び覚ます。


(あの二人ではないとすると誰ですの!? タワマン家? ウッカリヤ家? 或いは――!?)


「ヒュバート王子じゃ」


「へ? お、お父様……今なんと?」


 白塗り顔の口から発せられた「ヒュバート王子」というワードに、シオンの思考が停止する。そんな娘にマロウータンは、しっかりと聞き取れる力強い口調で再び伝える。


「シオンよ。もう一度言うぞよ。38回目の縁談の相手は、ヒュバート王子じゃ! 昨晩、そなたに寄り添い続けてくれた、あの第三王子じゃよ」


「わ、わ、わたくしが……ヒュ、ヒュ、ヒュバート王子と……!? ふっはっはっはっ! わ、わたくしは、夢でも見てるのかしら――」


「シオンっ!?」


 シオンは目をグルグルと回しながら、倒れた。




 ――客人用の寝室。

 ヨネシゲとソフィアは同じソファーに腰掛けながらホットココアを味わう。そして今日あった事を振り返っていた。


「へぇ~、王都のヒーロー・空想少女カエデちゃんか! 俺も一目見てみたかったぜ!」


「ウフフ。とても可愛らしくてカッコいい女の子だったよ」


「そう言われると余計に会いたくなったぜ! でもよ、カエデちゃんって……この屋敷のカエデちゃんだったりして?」


「ええ。私もそう思ったわ。『カエデ』ちゃんっていう名前はそうそう聞かないからね。でも……」


「でも?」


「とても同一人物だとは思えないわ。髪の色、口調も違うし……」


「ガッハッハッ。まあ、失礼だけど、あの子が王都のヒーローだなんてあり得ないよな……」


 ソフィアが苦笑いを浮かべると、ヨネシゲもそれを察したように苦笑を見せる。そして今度は愛妻が角刈りの一日を尋ねる。


「あなたの方はどうだった? 噂は聞いているけど、今日も大変な一日だったようだね」


「いや〜、濃い一日だったよ。ドランカドの壮大な親子喧嘩から始まって、タイガーの来城、そして暴君と貴族たちの暴挙ときた。昨日に続いて暴君から蹴りを受けるとは思ってもみなかったぜ。まあ、ウィンター様に大きな怪我が無くて良かったけどよ、暴君たちの行動は許せん! 無抵抗な彼に執拗な蹴りを浴びせ続けるんだからな――」


 ヨネシゲは城での出来事を思い出し、怒りを滲ませる。そんな夫の顔をソフィアが心配そうにして覗き込む。


「――あなたは大丈夫だったの? マロウータン様から聞いたけど、ウィンター様を庇って陛下たちから蹴られたんでしょ?」


「なんだ、知ってたのか……まったく、マロウータン様は余計なことを話しやがって……」


 だがヨネシゲは愉快そうに笑い飛ばす。


「ガッハッハッ! 心配するなってよ! 俺の身体は無傷だ。暴君や腐れ貴族共の軟弱な蹴りじゃ俺に傷を負わすことはできん! それにさっき風呂場で見ただろ? 俺の傷一つない強靭な肉体を――」


 するとソフィアはヨネシゲの腹の贅肉を掴む。


「ウフフ。何が強靭な肉体ですか……こんなにお腹にお肉を付けちゃって……」


「ナッハッハッ……こりゃ手厳しい……」


 頭を掻きながら苦笑するヨネシゲ。その彼の身体をソフィアが抱き寄せる。


「ソフィア?」


「――あなたの正義感は知っているわ。目の前で痛みつけられている人が居て、見過ごせないのが……あなた。だけど、もう少しだけ自分を労ってください。あなたが傷ついた姿を想像するだけで、とても辛いよ……」


「ソフィア。心配してくれて、ありがとな――」


 ヨネシゲは彼女の肩に腕を回す。


「だけどなソフィア。俺は大切な君や仲間を何が何でも守り切る。その為なら――俺は何度でも傷付くつもりだ。もう二度と大切なものを奪わせないために……!」


 ソフィアは不安げな表情でヨネシゲを見つめる。そんな彼女に角刈りが言う。


「大丈夫だよ、ソフィア。俺もそう簡単にやられるつもりはない。無傷不死身のヨネさんを目指していくぜ!」


 ソフィアが微笑む。


「フフッ……あなたって人は……」


 夫婦は微笑みを浮かべると優しく抱き合った。


 ――それからしばらくして、ちょうど振り子時計の時報が鳴った直後。ソフィアは何かを思い出し、ソファーから立ち上がる。


「ソフィア?」


 角刈りは愛妻を目で追う。

 ソフィアは部屋の一角に置かれたある物を手にすると、再びソファーに戻る。それを見たヨネシゲは楽しそうに声を弾ませる。


「おっ! 忘れてたぜ! よしよし! 早速ルイスや姉さんたちに手紙を書かないとな!」


 ソフィアが目の前のローテーブルに並べたのは色鮮やかな封筒や便箋の数々――そう。クラフト夫妻は王都に到着後、カルム領のルイスやメアリーたちに手紙を送る約束をしていたのだ。


「私たちの手紙、ルイスやお義姉さんたち、きっと心待ちにしていると思うよ!」


「ああ! 早く書いて送ってやらんとな。でもこれだけ便箋と封筒があれば他の人たちにも送れるな――ヨッシャ! 皆にも送るか! そうと決まれば、イワナリにオスギさん、ヒラリーとウオタミさん、クレアちゃん、魚屋のオヤジ、学院長、親方――」


「ふふっ。便箋と封筒はまだまだありますから、たくさん送ってあげましょうね!」


「おう!」


 早速ヨネシゲは、お好みの若草色の便箋を選ぶと、万年筆を手にした。



つづく……

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