第226話 クボウ邸の夜(決意表明編)
楽しい時間は瞬く間に過ぎ去ってしまうものだ。
男女たちはデザートのパフェを食べ終えると、食後の余韻に浸っていた
ヨネシゲは満足した笑みを浮かべながら言葉を漏らす。その隣ではソフィアが相槌を打つ。
「いや〜。楽しい時間はあっという間だな」
「ええ。本当だね」
「もしここに、ルイスや姉さんたち、カルムの皆が居たらな……」
ヨネシゲの脳裏にルイスやメアリーたちの顔が思い浮かぶ。
どこか悲しげに笑みを浮かべる角刈り。するとソフィアが彼の耳元に顔を近づけると、小声で囁く。
彼女の言葉を聞いたヨネシゲは瞳を大きく見開くと嬉しそうに微笑む。
「――おお、そうだったぜ! すっかり忘れてたぜ! ルイスたちと約束してたからな!」
「あの子も楽しみに待っていることでしょうから、急いであげないとね!」
「ヨッシャ。このあとよろしくな!」
「こちらこそ」
夫婦は互いに顔を見合わせながら嬉しそうに笑いを漏らす。その様子をコウメとシオンが微笑ましく見つめる。
「おーほほっ。楽しそうに何を話しているのかしらね?」
「フフッ、気になりますね」
「それにしても仲睦まじいこと――」
コウメはシオンに視線を移す。
「シオンちゃん。あなたもヨネシゲさんのような素敵な旦那さんを見つけるのよ」
「素敵な旦那さん――」
シオンの頭に思い浮かんだのは想い人の顔。彼女は頬を赤く染めた。
すると父マロウータンが咳払い。改まった様子で妻子に伝える。
「コウメ、シオン」
「あらダーリン。どうしたの? 突然改まって?」
「このあと――二人に大事な話があるのじゃ」
「「大事な話?」」
「シオン。そなたの運命を左右するとても大事な話じゃ」
「わ、私の!?」
ちょうどそこへ、食後の片付けをしていた使用人のクラーク、カエデ、ジョーソンがリビングに戻る。
「旦那様、お風呂の準備が整ってございます」
「うむ、ご苦労――」
白塗り顔は部屋全体に声を響き渡らせる。
「皆の衆。そろそろお開きとしよう。じゃがその前に、主役の二人に今後の意気込みを語ってもらおうではないか!」
マロウータンがそう言葉を口にすると、一同ヨネシゲとドランカドに視線を向ける。主君から決意表明を求められた角刈り頭と真四角野郎は席から立ち上がると順に言葉を述べる。
最初に口を開いたのはヨネシゲだ。
「――お陰様で本日から男爵の爵位を授かる事になり、貴族の仲間入りを果たしました。先日からはマロウータン様にお仕えし、クボウ家臣の一員として新たなスタートを切っていますが、恥ずかしながら右も左もわからない状況です。己の無知さを痛感している次第でございます。ですが、マロウータン様と共にこのトロイメライを変えたいという気持ちは本物です! このヨネシゲ・クラフト、汎ゆる事を学び、貪欲に吸収し、立派なクボウ家臣となり、マロウータン様をお支えする所存です。一日も早く皆様のお役に立ちたい。どうか未熟者にご指導のほど宜しくお願いします!」
言葉を終えたヨネシゲは拳を握りしめながら、精悍な表情で天井を見上げる。
「見事じゃ!」
角刈りの決意を聞き終えた白塗り顔は、持っていた扇を自分の掌に叩きつける。その瞬間、一同から割れんばかりの拍手が沸き起こる。ヨネシゲは照れくさそうに頭を掻きながら皆にペコリペコリと頭を下げる。
やがて拍手が鳴り止むと、一同のドランカドに視線を移す。そして真四角野郎は苦笑いを浮かべながら言葉を口にする。
「へへっ。ヨネさんほど上手いことは言えませんが、先ずは問題を起こさない家臣を目指して頑張りたいと思います――」
ドランカドの言葉を聞いたヨネシゲたちは笑い声を上げる。真四角もヘラヘラとした様子で笑っていたが、笑いが収まったところで彼の表情が一変。その顔からは強い覚悟が感じ取れた。ドランカドは言葉を続ける。
「――今日、改めて気付かされた事がありました。この世には見過ごしちゃいけねえ悪があるということを。俺は……何かと理由をつけてその悪から――現実から目を背けてきました。ですが、マロウータン様が思う世を築くためには、その悪を根絶せねばなりません! 俺は命ある限り――悪と戦い続けます!」
語り終えたドランカドは、力強い眼差しを主君に向ける。白塗りはゆっくりと頷くと、激励の言葉を口にする。
「ドランカドよ。そなたが言う『悪』を見過ごせば、いずれ儂らの大きな脅威となって牙を剥くことじゃろう。そのような事は断じてあってはならぬ。じゃからその悪、そなたが滅してみせよ。儂も協力は惜しまぬ。そなたの働きを信じよう!」
「ありがとうございます!」
ドランカドは深々と主君に頭を下げた。
そして白塗り顔はヨネシゲに視線を向ける。
「ヨネシゲよ。そなたの事も信じておる。じゃから、そなたも自分が信じる道を突き進んでみよ。その先で、壁にぶち当たるような事があれば、遠慮なく儂に申せ。共に壁を飛び越えて参ろう」
「はい! ヨネシゲ・クラフト、必ずやこの手で新たな未来を切り開いてみせます! 誰もが笑って幸せに暮らせる未来を!」
一同、ヨネシゲとドランカドの覚悟を聞き終えると、力強く頷いた。
区切りがついたところでマロウータンが席から立ち上がる。
「――さて、ヨネシゲたちの意気込みも聞かせてもらったし、風呂にでも入ろうぞ!」
「「いってらっしゃいませ!」」
マロウータンの言葉を聞いた角刈りと真四角は、見送りの言葉を口にする。ところが白塗りは不愉快そうに眉を顰めた。
「いってらっしゃいじゃと? そなたら、儂と一緒に風呂に入りたくないのか!?」
ヨネシゲとドランカドは互いに顔を見合わせた後、主君に言葉を返す。
「ご一緒しても宜しいのですか?」
「俺たちが行くと、マロウータン様の入浴の邪魔になってしまいますよ?」
すると白塗り顔は自慢げに口角を上げる。
「安心するのじゃ。そなたら二人が一緒に入ったところで邪魔になることはない。この家の風呂は広いからのう!」
その隣でコウメがソフィアに言う。
「おーほほっ! それじゃ、私たちもお風呂に行きましょうか!」
「え……? えっ!? い、今ですか!? で、ですけどマロウータン様と主人たちが――」
困惑するソフィアに、コウメが意地悪っぽく微笑む。
「案ずるでない。我が家の風呂は、男女同時に入れるのよ」
「ど、同時にですか……?」
ソフィアの肩にシオンが手を添える。
「ソフィアさん、安心してください。私とカエデちゃんも一緒に入りますから」
「ご、ご一緒します!」
そんな女性陣のやり取りを見つめるヨネシゲとドランカドは、鼻の下を伸ばし息を荒立てていた。
((これって、混浴かっ!?))
角刈りと真四角は期待に胸を膨らませた。
つづく……




