第225話 クボウ邸の夜(夕食会編)
王都メルヘン西部。
多くの王都民で賑わう夜の歓楽街。その大通りを歩く二人の女性は――改革戦士団・四天王「サラ」と幹部「ジュエル」だ。
今日の深夜、二人は王都西保安署に勾留されている部下の戦闘長「グレース」と「チェイス」の奪還作戦を決行する予定だ。今はその正体を隠し、王都民に扮しながら夜の歓楽街を行く。
黒のワンピースを身に纏うサラは、トレードマークの三角帽子の代わりに、ドレスと同色のヘアバンドをつけ、前髪を上げていた。
ジュエルは、白いセーターとベージュのズボン、そして分厚いレンズの丸眼鏡を掛ける。
その町娘風の二人は――手を繋いで歩く。
「あの、サラ……」
「なに?」
「わざわざ手を繋ぐ必要はあるのかな? 姿を偽るのはいいと思うけど、これじゃ却って目立つよ?」
ジュエルに尋ねられるとサラは微笑んでみせる。
「あらそう? 仲が良い女子って感じで良いじゃない? 意識しすぎよ」
「そうかな……」
「そんなことよりも――ヨネシゲ・クラフトはどうだった?」
「!!」
サラから唐突に振られた話題にジュエルの顔が強張る。それは昨晩の王都襲撃作戦で交戦したヨネシゲについてだ。角刈りは覚醒したと言っても過言ではない力でダミアンを打ち破った。
ジュエルが額に汗を滲ませながら、昨晩目にしたヨネシゲについて語る。
「――最初は大したことないおじさんだと思ってたけど、途中からとんでもない力を発揮し始めたわ。あのダミアンがあそこまで圧倒されるなんて思いもしなかったよ……」
「そう。それで? ヨネシゲ・クラフトが覚醒するきっかけ……心当たりはある?」
「あるよ。あの時からだった……」
「あの時……?」
「うん。ヨネシゲが覚醒したのは、ダミアンが角刈りおじさんの奥さんを襲った時からだよ」
「奥さん……!?」
突然、サラの顔色が青くなる。そしてジュエルは、繋いでいた彼女の手から滲み出る汗を感じながら、心配そうにして訊く。
「サラ、どうかしたの? 大丈夫?」
「いえ、何でもないわ。大丈夫よ……」
サラは口角を上げるも、何処か悲しげな笑みを浮かべたまま顔を俯かせる。その彼女を案じながらジュエルは話題を変える。
「そういえば、ゲネシスの魔王たちはどうだったの? 総帥が言うには凄く強かったらしいけど?」
ジュエルの問い掛けにサラは険しい顔付きで返答する。
「流石、魔族と呼ばれているバーチャル種だけあるわ。空想術の威力は桁違いね。おまけに、皇帝は鬼神、皇弟が吸血鬼、そして皇妹は女夢魔に姿を変えてきやがったわ。あれじゃ本当に化け物ね……」
「怖っ。もしかしてそれが魔王たちの真の姿なの?」
「フフッ。どうかしらね? 少なくともあの姿の方がお似合いよ。私は吸血鬼に血を吸われかけ、ソードも女夢魔に精力を吸い上げられそうになってたわ。いくら空想術で変身したからといって、あれは想人がとる行動じゃない。魔物がとる行動よ。もし奴らが魔物でなければ――ただの変態ね」
「うう……できれば出会したくない……」
「ちっ。思い出したら気分悪くなってきたわ。早いところ食事にしましょ」
「うん。そうだね」
二人は話題を変えると、談笑を交わしながら人混みへと消えていった。
――同じ頃。王都クボウ邸。
その豪邸のリビングには、長テーブルを囲む9人の男女――男性陣はヨネシゲ、マロウータン、ドランカド、クラーク、ジョーソン。女性陣はソフィア、コウメ、シオン、カエデである。
長テーブルの上に並べられた料理や酒の数々。どれもヨネシゲやマロウータンの好物ばかりだ。
今、楽しい楽しい夕食会が始まろうとしていた。
マロウータンは濁り酒が入った盃を手にすると、音頭をとる。
「――それでは皆の衆。ヨネシゲとドランカドの叙爵を祝って乾杯じゃ。準備は良いかの? ――では、乾杯っ!」
「「「乾杯っ!!」」」
主役のヨネシゲはグラスに注がれたビールを一気に飲み干し、唸る。
「くうぅぅぅっ!! 美味いっ!!」
「そうっすね……」
だが、もう一人の主役ドランカドにいつもの豪快さは見受けられない。それもその筈。叙爵初日に城内で父ルドラと壮大な親子喧嘩を繰り広げ、自宅謹慎となってしまったのだから。
すると角刈りは真四角野郎の肩を叩く。
「元気出せよ、ドランカド!」
「やってしまったことは仕方ねえ。でもくよくよしたところで何も変わらねえ。それに今日は俺たちのために奥様がご馳走を用意して暮れたんだ。楽しくやろうぜ!」
「ええ。ですけど……」
ドランカドは申し訳なさそうにして主君の顔を見上げる。そんな臣下に白塗りは微笑み掛ける。
「――とんだ問題児を抱えてしまったわい。じゃが、世話が焼けるほど可愛いと言うからのう。儂がビシバシと教育してやるから覚悟するんじゃな」
「へ、へい……」
「ウホホ。それにヨネシゲの言う通りじゃぞ? コウメやソフィア殿たちが儂らの為にご馳走を作ってくれた。とりあえず、今日のことは忘れて、夕食会を楽しむぞよ!」
「はい。ありがとうございます!」
「よっ! 期待の星、ドランカド殿! 紙吹雪ですぞ! そ〜れっ!」
「こ、こら! クラーク! お料理に紙吹雪が入ってしまいますよ!」
「お嬢様、ご安心ください! この紙吹雪は食べることもできる食用紙吹雪でございます!」
「なんですのそれ!?」
マロウータンの言葉を聞いて、ドランカドに笑顔が戻る。そこへクラークが紙吹雪。シオンが老年執事を注意する構図。その様子を見ていたコウメが高笑いを上げながら角刈りたちに言う。
「おーほほっ! 賑やかですこと。さあ、ヨネシゲさんにドランカドさん。ソフィアさんたちが作った料理、冷めないうちに召し上がってくださいな」
「「いただきます!」」
コウメに促されると、ヨネシゲとドランカドは早速並べられた料理に手を伸ばす。
「おっ! こりゃ、美味そうな海鮮バター炒めだ!」
「ウフフ、食べてみて。私が作ったのよ」
「やっぱりソフィアが作ってくれたのか」
「ええ。貴方の大好物ですからね!」
ソフィアは頬を赤く染めながら満面の笑みを見せる。角刈りも妻の輝くような笑顔を見て照れくさそうに口角を上げた。
「うむ! 美味い! 美味いよ、ソフィア! こりゃ酒が進むぜ!」
「フフッ。良かったわ。沢山あるからいっぱい食べてね!」
一方、コウメは霜降り肉のステーキを切り分けると、夫の口にそれを運ぶ。
「はい、ダーリン! あ〜ん」
「あ〜ん、はむっ。はむはむはむ――うむっ! ハニー、美味いぞよ! 頬が落ちそうになるぞよ!」
マロウータンご満悦。夫の反応にコウメも嬉しそうに声を弾ませる。
「おーほほっ! ダーリンの為に頑張って調達したのよ。沢山食べてちょうだいね!」
「ウホホ! では、もう一口頂こう! あ〜ん――」
イチャイチャするクボウ夫妻。その隣では娘のシオンが恥ずかしそうにして顔を赤面させていた。
「おっ! あれは鶏とニンニクの山賊焼き! 美味そうっすね〜!」
ドランカドは、好物の鶏とニンニクの山賊焼きの存在に気付く。すると透かさずカエデが小皿に山賊焼きを取り分け、それを真四角野郎の前に置く。
「ど、どどどど、どうぞ! ド、ドランカドさんの好物が、と、鶏とニンニクの山賊焼きだと聞いたもので、つ、作ってみましたっ!」
「嬉しいっすね〜! では早速いただきましょう!」
ドランカドは山賊焼きを口に運ぶ。その様子を見守っていたカエデが恐る恐る尋ねる。
「あ、あ、あの……ど、どうでしょう?」
ドランカドは口角を上げ白い歯を見せると、拳を握りしめ親指を立てる。
「めちゃくちゃ美味いっすよ! カエデさん、料理の天才っすね!」
「はわわっ! よ、良かった〜!」
「……っ!」
屈託のない可愛らしい笑顔。
その漆黒の長い前髪の隙間から覗かす、透き通るような青い瞳――輝くようなカエデの笑みにドランカドの瞳は奪われた。
「ホッホッホッ。賑やかそうで何よりでございます」
クラークは、夕食を楽しむ主人たちの姿を微笑ましく見つめる。そんな彼にジョーソンはビールが入った瓶を差し出す。
「クラークさん。俺たちも楽しみましょうぜ!」
「うむ、そうであるな――」
クラークとジョーソンは互いのグラスにビールを注ぎ合う。
「「乾杯っ!」」
二人の使用人は互いにグラスを合わせた。
――そして。
「――あなた、あ〜ん……」
「お、おう。あ〜ん――」
どさくさに紛れて食べ合いっこしていた夫婦が居たことは内緒である。
この後も賑やかな夕食会は続けられた。
つづく……




