第223話 戦勝報告(後編)
(南都を東都に移すとは――メテオ様は一体何をお考えなのじゃ!?)
マロウータンは上段のメテオを見つめる。白塗り顔の視線に気が付いた王弟が瞳で訴える――「私を信じてくれ」と。
(――そうじゃ。メテオ様には何かお考えがある筈。メテオ様を信じよう……)
マロウータンはゆっくりと頷くと、視線を前方へ戻した。そんな主君の姿を横目に角刈り頭も思考を巡らす。
(南都の機能を東都に移すメリットってなんだ? ホープ領から「都」が無くなるということは、マロウータン様や南都所縁の貴族たちからプライドを奪うのと同じことじゃないのか?)
誇り高き「南都貴族」。その誇りの源は古より続く、第二の王都と呼ばれる「南都」にある。南都を中心とした周辺の領土は別名「南トロイメライ」と呼ばれており、その地域の政は南都大公を中心とした「南都政府」に託されている。
元々、広大なトロイメライの領土に、王族の権力を行き渡らせるために設けられたのが「南都政府」。その政府を支える事になったのが、南都と呼ばれる大都市が築かれることになった「ホープ地方」の領主たちだ。この領主たちの中には「クボウ家」や「ディグニティ家」などの豪族が多く存在し、後に彼らは「南都貴族」と呼ばれることになる。
一から「第二のトロイメライ」を築き上げ、それを支えていることは、南都貴族たちにとっての誇りである。だが、その「第二のトロイメライ」を東に移すということは、南都貴族たちにとって屈辱とも呼べる行為となる筈だ。
ヨネシゲは猛虎に視線を向ける。
(――それに、タイガーの言い分を聞く限り、毛嫌いする王国の機能が、自分の手で一から築き上げた大都市に移されるなんて不愉快極まりない話だろう……)
アルプ領・東都「サンライト」。
この大都市もまた、タイガーが手塩にかけ一から築き上げた都だ。王国の息が掛かることなど彼は望んでいない。
『……都を移します。南都の機能を――東都に……!』――メテオが先程口にした台詞。タイガーがその真偽を確かめる。
「南都の機能をサンライトに移すとは、一体何をお考えでしょうか? 上手いこと言って、老い先短い儂が逝った後、サンライトを掠め取るおつもりか?」
猛虎の言葉を聞いたネビュラが声を荒げる。
「父君。言葉が過ぎるぞっ! 我が弟を盗人呼ばわりするかっ!?」
「兄上! 良いのです。タイガー殿が不信感を抱くのは当然のこと――」
だが彼を制したのは他でもないメテオだった。王弟は兄を宥めた後、タイガーを真っ直ぐと見つめる。
「タイガー殿。私の考えを一から説明していきます。先ずは、何も言わずに静かに耳を傾けていただきたい」
「――あいわかった」
タイガーは不機嫌そうな表情を見せるものの、メテオの要求に応じた。そして王弟が静かに説明を始める。
「先ず、タイガー殿にお伝えすることは――ホープ領は貴方に譲るつもりはございません。この土地は、引き続きクボウと南都所縁の貴族たちに治めてもらいます」
メテオの言葉を聞いたタイガー。当然納得はいかないだろう。だが虎は口を開きかけるも、眉を顰めるだけに留めた。その様子を確認したメテオが言葉を続ける。
「ホープの者たちには、また南都を一から築き上げてもらい、領土全体の復興に尽力してもらいます。相当な年月が掛かりますが、再び第二のトロイメライを復活してもらいます」
メテオの言葉を聞いたマロウータンやバンナイら南都貴族たちの表情が幾分緩む。メテオが公の場で、彼らが愛する領土の権限を保証してくれたこと――それだけでマロウータンたちは満足していた。
一方のタイガーは不愉快そうな表情だ。結局憧れの大地は手に入らず、現状何も変わらず。アルプ同様、領土の大半を山岳地帯が占めるグローリ地方を手中に収めたところで何も嬉しくはない。
不満を募らすタイガーにメテオが東都の今後の在り方について言及する。
「タイガー殿。ここからが本題です。南都の機能をそっくりそのまま東都に移したいと考えております。今の焼け野原となった南都では、南都政府は機能しません――」
ここで虎が口を開く。
「それで政府をサンライトに移したいと? 都合が良い話じゃ。先程も申した筈ですぞ? 我が領土に王国の息が掛かることなど望んでいないと」
メテオは納得した様子で頷く。
「ええ。我々もタイガー殿が築き上げた領土に関与するつもりはございません。そして、南都政府の機能を今度は東都政府として、リゲルにお譲りします。南都大公改め――東都大公メテオ・ジェフ・ロバーツも共に……!」
一同、瞳を大きく見開く中、その思惑を王弟が語る。
「リゲルには、東都政府として領内外の政に携わってもらいたい。そして、サンライトが正式に「東都」を名乗るのであれば、その都に王族の存在は必要不可欠。勿論、タイガー殿が我々王族を煙たがっていることは重々承知している。だが都に象徴は必要だ。そこで、東都大公として私がサンライトに滞在します。くどいようですが、王族である私がアルプの領政に関わるつもりはありません。ただ、タイガー殿が望むなら、ホープやフィーニス、そして王族との橋渡し役を請け負います」
「――それではただのお飾り。メテオ様はそれで宜しいのか? 我々の傀儡に成り下がるおつもりか?」
「それで構いません。これは、今の私が示せる最大級の誠意――貴方への褒美です」
「じゃが……大公を失ってしまっては、南都貴族たちから不満が生まれるのでは? クボウやディグニティから反感を飼うのはごめんじゃぞ?」
「その点は安心されよ。南都には我が息子を残す予定です。南都に大公が不在になることはない。これで南都貴族たちの誇りは保たれるだろう……」
メテオの覚悟を聞いたマロウータンたちは複雑な心境だ。確かにメテオの言う通り、南都に大公の存在がある限り、南都貴族としての誇りは保たれることだろう。だが、そこにマロウータンたちが忠誠を誓ってきた主君はいない。彼らが慕うのは「南都大公」ではなく「メテオ・ジェフ・ロバーツ」なのだから。
そして、メテオは目頭を熱くさせながら虎に訴える。
「――タイガー殿が我々を見限っていることは十分理解しています。ですが、もう一度、我々と手を取り合ってくれる機会を与えてくれないだろうか? もう互いに啀み合う時代は終わりにしたい。私は南都のような悲劇をもう繰り返したくありません。その為には、リゲルにクボウ、サンディや王族が互いに連携し、脅威を封じ込めていかねばならない。タイガー殿。貴方の力が必要です。どうか、我々に力を貸してくれないだろうか。この通りだ――」
メテオは言葉を終えると深々と頭を下げる。その様子をタイガーは険しい表情で見つめていた。
――そして。
「メテオ様。頭をお上げくだされ」
「タイガー殿……」
「今ここで返事はできぬ」
「そう……ですか……」
タイガーの返事を聞いたメテオが残念そうに顔を俯かせる。そんな王弟に虎が言う。
「じゃが、メテオ様の誠意と覚悟、このタイガー・リゲル、しかと受け止めましたぞ」
「では――!」
虎がニヤリと口角を上げる。
「この話、前向きに考えさせていただこう」
「タイガー殿……かたじけない……」
正直、予想していなかった返答。メテオの瞳からは熱いものが零れ落ちた。そしてタイガーが呟く。
「――儂の負けじゃ。メテオ様の熱意には敵わんのう。まあ、これはこれで良しとしよう……」
タイガーはどこか満足気に微笑みながら、息子レオと共に謁見の間を後にした。
東都政府の設立に向けて、王族とリゲルが綿密な協議を繰り返し行うことで合意した。
もし仮にメテオの思惑が成就すれば、トロイメライにとって大きな利益を齎すことだろう。
――タイガーが去った謁見の間。
依然として、大罪人エドガーが玉座の前で両膝をついていた。
ネビュラが凄みを利かせた声でエドガーに言葉を放つ。
「――掻き乱してくれたな、エドガーよ。貴様のお陰でこの王国は滅茶苦茶だ」
ネビュラの言葉を聞いたエドガーはニヤリと口角を上げる。
「どの口が仰る……散々この王国を掻き乱したのは陛下の方でしょう?」
「――何っ!?」
エドガーの一言。ネビュラが一気に激昂する。その父親の怒りに第一王子エリックも便乗する。
トロイメライ最高峰の親子はエドガーの元まで歩みを進め――
「このクズ野郎がっ!! 処刑前にその生意気な口をきけなくしてやるっ!!」
「生きてる価値もねえ大罪人が!! 父上になんてこと言いやがるっ!! 土下座して謝りなっ!!」
「うぐっ!!」
そこに王族の品位は無かった。
ネビュラとエリックは、後ろ手に拘束器具を装着された無抵抗なエドガーを何度も蹴り続ける。
「あ、兄上! エリック! もうその辺で!」
メテオが制止するも、ネビュラからの返事は戦慄するものだった。
「メテオよ、お前も加われ!」
「……え?」
「こんな大罪人に遠慮する必要がどこにあるっ!? さあ! 他の者たちも加われっ! これは命令であるぞ!」
ネビュラは謁見の間にいた貴族たちにも、攻撃に加わるよう命令したのだ。
早速、暴君に従順な数名の王都貴族たちがエドガーに執拗な蹴りを与え始める。その中には王都領主ウィリアムの姿もあった。
だが、そんな大罪人を庇ったのはウィンターだった。華奢な少年はその身で覆いかぶさるようにしてエドガーを守る。
「陛下! 皆さん! これ以上の乱暴はお止めください!」
ネビュラが声を荒げる。
「退けっ! ウィンター! 何故こんな野郎を庇うっ!? 罰を受けるのは当然の報いだろっ!!」
「確かに、エドガー殿は決して許すことができない大罪人。ですが、刑を執行するのは陛下たちの役目ではごさいません。陛下たちがされているのは単なる虐待です」
「何をっ!?」
怒り狂うネビュラを相変わらずの無表情で真っ直ぐと見つめるウィンター。するとエドガーが守護神に言う。
「――良いのだ……ウィンター殿……」
「エドガー殿……」
「陛下の言う通りだ。俺はとんでもない事をしでかした大罪人。どんな仕打ちを受けても文句は言えない。これは当然の報いだ……」
暴君は歯を剥き出しウィンターを怒鳴り散らす。
「そういうことだ、ウィンター! わかったらそこを退け!」
「退きません」
「何を!?」
すると王都領主ウィリアムが怒号を上げる。
「サンディ閣下っ! 俺は、貴様のそういう生意気なところが気に入らないのだ!」
ウィリアムは空想杖を大きく振り上げた。そして――
「……っ!」
空想杖がウィンターの頭部目掛けて振り落とされた。
「ウィンター殿……!」
エドガーが視線を向けた先には、側頭部から出血させるウィンターの姿。表情を一つも崩さない守護神の頬には血液が伝う。
流石にやり過ぎたと思うウィリアムは顔を引き攣らせながら後退り。だが、暴君はエドガーへの攻撃を再開するよう貴族たちに指示する。再びエドガーを襲う蹴りの嵐。尚も大罪人を庇うウィンターも貴族たちの足蹴りを食らうことになる。
「ウィンター様っ!!」
ガラガラとした中年オヤジの声が響き渡った刹那。角刈り頭が守護神の背中に覆いかぶさる。
ヨネシゲだ!
角刈り頭はすぐさまウィンターに声を掛ける。
「ウィンター様! 大丈夫ですか!? 早く手当をしないと!」
「ヨネシゲ殿!? ええ……私なら大丈夫です……ありがとうございます……」
ウィンターはそう返事をすると、背後のヨネシゲに軽く微笑み掛ける。だが――その身体は小刻みに震えていた。
そのヨネシゲにも貴族たちから容赦ない蹴りと罵声を浴びせられる。
「成り上がりの男爵がっ!! 調子に乗るなよっ!!」
「そうだそうだっ! とっとと田舎に帰りやがれ!」
「その品の無い角刈り頭を見てると虫唾が走るわいっ!!」
この時角刈りは、怒りで身を震わせていた。それは自分が罵声と蹴りを受けているからではない。目の前の少年を思ってだ。
(――どんなに強力な空想術を使いこなせて、例え守護神と呼ばれる存在でも、彼はまだ子供だ。そしてこの子は、俺や皆が思っているほど――強くない。そんな無抵抗な子供に蹴りを浴びせ続けるなんて大人のする事か!? おう、違うよなっ!!)
ヨネシゲの怒号が謁見の間に響き渡る。
「いい加減にしやがれっ!! このクソ貴族どもがっ!! そんなに暴れたけりゃ俺が相手してやるよっ!!」
その表情は鬼。角刈りの気迫に貴族たちは腰を抜かした。その中には国王ネビュラの姿もあった。ヨネシゲは青白い光を身に纏わせると、拳を構えながら彼らを見下ろす。
「こりゃいかんぞよっ!!」
そのヨネシゲの元に、マロウータンやバンナイ、良識ある貴族たちが駆け寄っていく。
つづく……




