第21話 鍛冶場
交通の要衝、カルムタウンには多く人が集まってくる。例えばそれは、商人だったり、飛脚に旅人、貴族や役人など様々だ。
他領からカルム領へ訪れるためには、東西と北に延びる街道を使用する必要がある。その街道沿いには無法地帯と呼ばれる場所が多く点在している。無法地帯では強盗や誘拐など横行しており、命を落とす通行人も少なくない。
無法地帯にはマフィア組織や盗賊団、山賊などが拠点を置いており、中には魔物と呼ばれるモンスターまでもが息を潜めている。彼らは白昼でも行き交う人々を襲撃し悪事を働いている。
対策として、王国軍や保安局、領主軍などが、定期的に巡回を行っているが、被害は一向に減らず。無法地帯はこのトロイメライ王国にとって、大きな課題となっている。
金があれば用心棒などを雇うこともできるが、それができるのは貴族や富豪、一部の役人だけ。自分の身は自分で守る。街を行き交う人々の鉄則となっている。
そこで重要になってくるのが武器や防具などの護身用具だ。護身用具の装着、空想術の使用、そして集団で移動できれば、犯罪組織からの襲撃のリスクを大きく下げることができる。
基本一人で移動することが多い旅人や飛脚も、お守り代わりに護身用具を身に着けていることが多い。
また、護身用具は街道を移動する人々のファッション的意味合いもあり、一つのステータスとなっている。
そして、彼らに武器や防具を提供するのが、鍛冶職人である。
カルムタウンには多くの鍛冶場がひしめき合っており、良質で安価な護身用具を提供するため、各々しのぎを削っている。そのうちの一つに「ヘクター鍛冶場」という名の鍛冶場がある。
ヘクター鍛冶場は創業150年の歴史を持つ老舗。主に刃物を製造しているが、中でも丈夫で長持ちする、斬れ味抜群の刀が売りであり、鍛冶場の直売所には連日多くの人が訪れている。その鍛冶場前には、ヨネシゲとソフィアが手土産を片手に訪れていた。
「ここが、俺の職場なのか?」
「そうよ。あなたはここで、鍛冶職人として働いていたのよ。やっぱり、覚えてないよね?」
「あ、ああ……」
ヨネシゲは顎に手を添える。
どうやらヨネシゲは、この空想世界では鍛冶職人という設定らしい。そしてヨネシゲは、職場となるヘクター鍛冶場の親方に、退院の挨拶へと訪れたのだ。するとヨネシゲの姿に気付いた職人の男が駆け寄ってきた。
「おお! ヨネさん、退院したか!」
「え、ええ。お陰様で」
「みんな、心配してたんだぞ! ま、ここじゃなんだから中へ入りなよ。さあ、奥さんもどうぞ!」
ヨネシゲとソフィアは職人の男に連れられ、鍛冶場の奥へ入っていくのであった。
鍛冶場の中は、高温の鉄を扱っているため、熱気がこもっていた。そして作業場には、強面の男たちが汗を流しながら、黙々と熱した鉄を打っていた。
ヨネシゲたちを中に招き入れた職人が他の職人たちに呼び掛ける。
「お〜い! みんな! ヨネさんだ! ヨネさんが退院したぞ!」
その声を聞いた職人たちが作業を中断すると、一斉にヨネシゲの前へ集まってきた。すると職人たちは思い思いの言葉を口にする。
「ヨネさん! 俺のこと覚えているか!?」
「ワシのことはどうだね!? 一緒に釣りに行っていた仲じゃろ!?」
「俺たちのこと本当に忘れちまってるのか!?」
(うっ……なんて速さだ。もうこんなに広がっているのか!)
ヨネシゲが記憶を失ったという情報が既に多くの人に広まっている模様だ。ヨネシゲはカルムタウンのネットワークの速さに驚きながら、詰め寄ってくる職人たちに圧倒された様子だ。そこへ、一人の中年男が鍛冶場の奥から姿を現す。
「皆、やめないか。ヨネさんが困っているだろう」
中年男はそう言って職人たちを静めると、ヨネシゲの側までやって来た。
「ヨネさん、退院おめでとう」
「あ、ありがとうございます。えっと………」
「ああ、すまんな。俺はこのヘクター鍛冶場を仕切ってるヘクターだ」
「親方、と言うことですか?」
中年男の正体は、このヘクター鍛冶場の親方「ヘクター」だった。ヘクターはヨネシゲに気遣いの言葉を掛ける。
「風の噂で聞いているよ。色々と大変だと思うが、俺たちのことは時間をかけて思い出してもらえればいい。もし、思い出せなくても、今日から覚えてもらえればそれで大丈夫だ」
「親方、ありがとうございます」
「さて、ヨネさんには直ぐに仕事を復帰してもらいたい。ウチはヨネさんを入れてもギリギリの人数で仕事を回している。即戦力が欲しいところなんだ。とても人を教えている余裕はないんだ」
「そうなんですか」
「ヨネさん、できるよな?」
「え?」
「念の為、素延べするところを見せてくれ」
突然ヘクターはヨネシゲに小槌を手渡す。どうやらヨネシゲが行う素延べの工程が見たいらしい。仮にヨネシゲが仕事を覚えていないようであれば、引き続きの雇用は難しいとヘクターは話す。
(そんな事、いきなり言われても……)
ヨネシゲにとってはいきなり解雇を通知されているも同然。ヨネシゲには鉄を打った経験などなく、素人同然だ。
もし解雇されれば、今後この空想世界で、どうやって家族を養っていくのか?
ヨネシゲの頭に色々な考えが過る。ヨネシゲが小槌を握り立ち尽くしていると、職人の一人がヨネシゲの肩を叩く。
「ヨネさん、大丈夫だって! 体が覚えてらあ!」
(いや! だからその経験が無いんだよ!)
心の中で叫んでいるヨネシゲに、職人たちは期待の眼差しを送る。ソフィアも祈るように両手を組みヨネシゲを見守っていた。
ヨネシゲは熱しられた鉄の棒を眺めながら、小槌を強く握り締める。
突然ヨネシゲに訪れた試練。一同、固唾を呑んでその様子を見守っていた。
「さあ、ヨネさん。見せてくれ」
しかしヨネシゲはそれをあっさりと断る。
「親方、無理です。できません。仕事のことは何一つも覚えてないです」
ヨネシゲはそう言うとヘクターに小槌を返す。
鉄を打った経験など一つもない素人が、老舗の鍛冶職人の前で鉄を打って見せたところで、結果は目に見えている。
ヨネシゲの返事を聞いたヘクターは、腕を組み悩んだ様子だ。他の職人たちも残念そうな表情で俯き、作業場に沈黙が流れる。
ヨネシゲは不安そうな表情を見せるソフィアの元へと歩み寄る。
「ソフィア、ごめんな。この仕事はできなそうだ。でも心配するな! 仕事ならすぐ見つける。ソフィアとルイスに不便させないよ!」
「だ、だけど……」
鍛冶場に再び沈黙が流れる。
ヨネシゲが重たい口を開く。
「みんなには迷惑を掛けたくない。だから、今日限りで……!」
ヨネシゲが言い掛けたとき、ヘクターが大声で制止する。
「言うなっ!」
「お、親方?」
突然のヘクターの声にヨネシゲは驚いた様子だ。そしてヘクターはヨネシゲにある提案をする。
「ヨネさん。とりあえず保留だ」
「保留、ですか?」
「ああ。こんな形でヨネさんに辞めてほしくない。だから辞めるのは保留だ」
保留とはどういう意味だろうか。鍛冶の仕事など少し待ったところでできる仕事ではない。それともヘクターには何か考えがあるのだろうか? ヨネシゲは恐る恐るヘクターに尋ねる。
「保留とは一体どういう意味ですか? 待ってもらったところで仕事は思い出せませんし、覚えるのにも相当時間がかかると思います。それとも親方には何かお考えがあるんですか?」
ヘクターは少し間を置いた後、ヨネシゲの問に答える。
「少し、俺に時間をくれ」
「時間ですか?」
「そうだ。明日の夕方、もう一度ここへ来てくれるか?」
「あ、はい……」
「じゃあ、今日はとりあえず引き上げてくれ」
「わかりました。ご迷惑お掛けします」
ヘクターには何やら考えがあるそうだが、ヨネシゲは具体的な内容を知らされないまま、鍛冶場を後にすることとなった。
つづく……
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