第221話 戦勝報告(前編)
ドリム城西門。
「陽をあしらった家紋」と「晴天照々法師」二種類の旗印を掲げる、黄色い甲冑を身に纏った数十名の兵士。その彼らが護衛するように囲むのは虎柄の馬車――リゲルの一行だ。その集団を先導するのは第二王子ロルフと王都守護役ウィンターだ。彼らの姿を見るなり門番たちは重たい鉄の城門を全開させた。そしてリゲル一行はドリム城内へと足を踏み入れる。
「久しいのう……ドリム城……」
馬車の中のタイガーは、聳え立つ5つの塔を見上げながら口角を上げた。
謁見の間。
玉座に腰掛けるネビュラはソワソワした様子。その両隣には王弟メテオと第一王子エリック、宰相スタンが控える。更に彼らの周りには王室騎士団の騎士たちがネビュラを守るようにして配置についていた。
玉座がある壇の下にも護衛の男が2人。一人は角刈り頭と黒縁眼鏡の中年男――ヨネシゲ・クラフトだ。
更にもう一人。烏帽子を被り丸眼鏡を掛けた、平安貴族を彷彿させる佇まいの白塗り顔の中年男は――マロウータン・クボウである。
ヨネシゲたちはネビュラから緊急要請を受け、急遽彼の護衛役として駆り出された次第だ。その角刈り頭の内心は快いものではない。
(せっかく帰れると思っていたのに……なんで暴君の護衛なんぞしなくちゃいけないんだ!? 昨日俺のことをぶん殴っておいてよく護衛なんて頼めたものだな。ホント、調子がいい野郎だぜ……)
と、心の中でネビュラを罵るヨネシゲ。すると背後から暴君の言葉が飛んでくる。
「ヨネシゲ・クラフト! 俺を死守するんだぞ!? 何があっても逃げるなよ!」
「――はい! ご安心ください!」
ヨネシゲはニコニコとした笑顔を暴君に向けた――その目は笑っていない。そんな臣下に白塗り顔が耳打ちする。
「ヨネシゲよ。そなたの気持ちはわかるが――耐えるぞよ」
「はい……」
そうこうしているうちにリゲル親子が謁見の間に到着したようだ。騎士の声が響き渡る。
「タイガー・リゲル公爵閣下、並びにレオ・リゲル卿、ご到着です!」
「ぐぬぅぅぅ……通せ!」
ネビュラが歯ぎしりしながらそう伝えた直後。謁見の間の入口から黄色の甚平を着たタイガーが姿を現す。
虎の姿を目にしたヨネシゲ。角刈りは身震いしながら額に汗を滲ませる。
(相変わらず凄い威圧感だぜ。流石最強の領主の異名は伊達じゃねえ……)
一方のネビュラは顔を強張らせながらゴクリと唾を飲み込む。その兄にメテオが耳打ちする。
「――兄上。堂々としていてくだされ」
「わ、わ、わかっておる!」
暴君が再び前方へ視線を向けると、不敵に口角を上げ、玉座に向かって歩みを進めるタイガー。その背後ではレオが獲物を捉えた獅子の如く暴君を睨む。
その親子を先導するのはウィンターとロルフ。ネビュラは守護神の姿が目に入るや否や、彼を自分の元まで呼び寄せる。
「ウィンター! 早くこっちへ来い!」
「しかし……」
「早う来い!」
ウィンターは大きく息を漏らすと、玉座の元まで歩みを進める。そしてヨネシゲとのすれ違いざま。守護神は角刈りを気付かう。
「クラフト卿も駆り出されていたのですか。災難でしたね……」
「へへっ。お気遣い痛み入ります」
ウィンターを見送ったヨネシゲ。何故か満更でもない顔をする。
(クラフト卿か……悪くねえ……)
角刈りは自分が男爵になったことを再認識させられていた。
ネビュラは自分の元までやって来た守護神に小声で伝える。
「ウィンター、俺を死守しろ! 虎が立ち去るまで俺から離れるなよ!」
「陛下。そこまで恐れる必要は……」
「い・い・なっ!?」
「わかりました……」
ネビュラは守護神を真隣に控えさせると、その彼の腕に身を寄せながら正面の虎を睨む。
やがてタイガーとレオは玉座の前までやって来ると、その場に腰を落とし胡座をかく。
この時、タイガーの瞳にはある男たちの姿が映し出されていた。
(マロウータン? それにあの角刈り……何故儂より先にここにおるのじゃ……?)
だが白塗りがこの場に居る理由、虎は大方理解した。
(そうか、そういうことか。オジャウータンのせがれ、先手を打ったつもりじゃろうが――無駄なことに労力を使うのう……)
タイガーは不敵に微笑んだあと、玉座のネビュラを見上げながら挨拶の言葉を述べる。
「陛下、お久しゅうございますな。お目通り叶い、恐悦至極にございまする」
リゲル親子は不敵に口角を上げながら軽く頭を下げる。続けてタイガーはメテオ、エリックと軽い挨拶を交わす。メテオは南都の動乱を鎮めてくれたことに謝意を示し、エリックは父と同じく顔を強張らせながら一言だけ挨拶の言葉を述べた。
そしてネビュラが、顔を引き攣らせながら早口で出迎えの言葉を述べる。
「――父君、レオよ。遠く遥々ご苦労だったな。そして南都の動乱を鎮めてくれて礼を言わせてもらう。大儀であったぞ!」
タイガーは態とらしく大袈裟に喜びを表現する。
「もったいないお言葉っ! このタイガー、陛下にお褒めいただき感激しておりますぞっ! 目からウロコじゃ!」
「俺はつまらん芝居を見ているほど暇ではないんだ。戦勝報告をしに来たのだろう? 手短に済ませてとっととレナの所へ向かうがよい」
「ククッ。失礼した。ではお言葉に甘えて、戦勝報告は手短に済ませ、娘の顔でも見に行くかのう。時に陛下――」
「な、なんだ……?」
タイガーは怒気を宿した虎の如く鋭い眼差しでネビュラを睨む。一方の暴君は身体を硬直させながら額から大量の汗を流す。そして虎が重低音の声を響かせる。
「――つい先日まで、我が娘レナを軟禁していたとは……真でござるか?」
「だとしたら……どうする?」
ネビュラは強がった様子で答える。だがその声は震えていた。すると虎は先程とは打って変わり、にこやかな表情を浮かべる。
「なあに。我が娘が、陛下に無礼を働いたというのであれば、説教をせねばならないと思いましてなぁ!」
「……へ?」
タイガーから発せられた予想外の言葉にネビュラは拍子抜けした声を漏らす。虎は暴君の反応をどこか楽しむような笑みを見せながら言葉を続ける。
「レナはお転婆な一面がありますからなぁ。陛下の手に負えない時は、遠慮なく儂に申してくだされ。きつく言って聞かせましょう」
「……惚けたことを抜かす……」
態とらしいタイガーの台詞にネビュラは不愉快そうに呟いた。その表情を見た虎入道は惚けた様子で自分の膝を叩く。
「そうじゃった! 儂としたことが。戦勝報告を早く済ませないといかんのう。陛下は多忙でございますからな!」
タイガーの取って付けたような態度にネビュラは不快そうに眉を顰める。虎はその彼の瞳を真っ直ぐと見つめながら口を開く。
「では、簡潔に済ませましょう――結論から申し上げると此度の戦いは儂らリゲルの大勝。改革戦士団は退け、ブライアン家は再起不能まで叩き潰しました。じゃが、改革戦士団の幹部は一人も捕らえることができず、取り逃がしてしまった。我が人生、最大の不覚じゃ……!」
タイガーは悔しそうに歯を食いしばる。その様子にネビュラのみならず、ヨネシゲやマロウータンまでもが固唾を呑んだ。
タイガーは怒気を宿した虎のような表情で言葉を続ける。
「じゃが……此度の動乱を首謀したとされるエドガーは生け捕りにすることができた。これでこの動乱に終止符を打つことができましょうや」
そして、虎の低い声が謁見の間に響き渡る。
「それでは、大罪人『エドガー・ブライアン』をお連れしましょう!」
その声と共に謁見の間に姿を現したのは、一連の動乱の首謀者である元凶「エドガー・ブライアン公爵」だった。
つづく……




