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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(王都編)
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第219話 猛虎と守護神

 トロイメライ王都「メルヘン」と隣接するスチール領の領都「ハガネシティ」は、別名「王都西側の玄関口」と呼ばれている。

 だが、その「王都西側の玄関口」を目前にして、大雨が降りしきる中、リゲル軍は足止めを食らっていた。その理由は宿敵サンディ軍――ウィンター・サンディが行く手を阻んでいるからだ。


 立休らうリゲル軍の先頭付近には、リゲル親子と護送中のエドガーが乗る虎柄の馬車。

 タイガーは、筆頭重臣バーナードから報告を受けると馬車の扉を開く。透かさず息子レオが尋ねる。


「――父上、どちらに?」


「決まっておろう。守護神の小僧に挨拶しにいくのよう」


 父親の返事にレオは納得いかない様子だ。


「し、しかし……この大雨ですぞ? 父上自ら雨に打たれる必要はありません。挨拶なら(ウィンター)自ら――」


「レオよ」


「はっ!」


「儂とウィンターは対等じゃ。上下の関係はない。それにあの小僧もこの雨の中、儂らの到着を待っていた筈じゃ。なら――馬車を降りて挨拶に行くのが礼儀じゃろう? お高くとまるのは、お前の悪い癖じゃぞ?」


「気を付けます」


 タイガーは息子の説教を終えると、馬車から下車する。すると外で待機していたバーナードが傘を差し出す。


「タイガー様。一応、傘をご用意しましたが、結界と傘どちらを――」


 タイガーは口角を上げながら重臣が用意した傘を受け取る。


「せっかく用意してくれた傘じゃ。ありがたく使わせてもらおう」


 タイガーは虎柄の傘を広げると、前方に見える軍勢に向かって歩みを進めた。


 一方、馬車に残ったレオは少々不機嫌そうな表情を浮かべながら大きく息を漏らす。すると向かいに座っていたエドガーがニヤッと口角を上げる。


「クックックッ……レオ殿よ、怒られてしまったな」


「フン。罪人は黙っていろ! そもそも何故貴様のような男が、俺たちと同じ馬車に乗っているのだ!?」


「それは、君の親父さんのご厚意だ。こんな俺を最後まで貴族として扱ってくれるんだ、あの人には頭が上がらねえ。つくづくタイガー殿が偉大なお方だと再認識させられたよ」


 レオは憎悪に満ちた表情でエドガーを睨む。


「わからない……父上は何故貴様のような男に情けをかける? 俺だったら貴様を縄で縛り、馬に乗せて晒し者にするがな」


 そのレオにエドガーが意外な言葉を口にする。


「ごもっともだ。俺も君と同じ考えだよ。だが、それをしないのが『タイガー・リゲル』という男なのだ」


「フン! 貴様に父上の何がわかる?」


 不快そうに睨むレオにエドガーが言葉を続ける。


「わかるさ。何を隠そう、この俺も偉大すぎる父を持った男だ。あの世代のオヤジたちは正直何を考えているかわからん。故に……父親の偉大な背中を必死になって追えば追うほど、親父の思想が障壁となって俺の行く手を阻む――」


 エドガーはどこか悲しげな笑みを浮かべながら窓に映る自分の顔を見つめる。一方のレオ。相変わらず鋭い眼差しをエドガーに向けるが、その内心は彼の言葉に共感していた。

 ここでエドガーがレオに訴える。


「君も父親の考えには苦労したり悩んだりすることは多いだろう。だが、父親の言うことは聞いておけ。父親の教えを守らず、その父親を超えようと、欲に目が眩んで突き進み、新手の新興勢力(改革戦士団)に利用されてしまった男の成れの果が――この俺だ。もう一度やり直したいところだが、間もなくこの短い人生に終止符が打たれる。王都に到着すれば俺はすぐに処刑されるだろう……」


 微笑みを見せるエドガー。その瞳を潤ませる。


「――リゲルとライス領を巡って戦ったことは、良い思い出だ。冥土の土産にさせてもらう。一つ、欲を言えば……君たちと、あのおむすび山を超えるような大戦をしてみたかった。良き好敵手であったぞ……!」


 そしてエドガーはレオの瞳を真っ直ぐと見つめる。


「これからも、リゲルには末永く活躍してもらいたい。だから次期当主の君に言わせてもらう――俺のようになるな。タイガー殿の教えは守れよ、レオ殿……!」


 エドガーの言葉を聞き終えたレオは呆然としながら彼の顔を見つめる。だが直ぐにハッとした様子でそっぽを向く。


「フンッ! 罪人が偉そうに。言われなくても父上の教えを守ってるわっ!」


「ククッ……なら安心したぜ……」


 エドガーはどこか満足げな笑みを浮かべると、窓の外を見つめるのであった。




 サンディ軍陣営。

 結界を張り大雨から身を守る二人の男性。

 寒色の戦装束を身に付けた、首に白い布を巻きつける、銀髪の可愛らしい少年――王都守護役ウィンター・サンディである。

 その隣。金色の鎧と赤いマント、金髪ポニーテールの眼鏡を掛けた知的な青年が――第二王子のロルフ・ジェフ・ロバーツだ。

 二人は前方の黄色の甲冑軍団(リゲル軍)を静かに見つめていると、その軍勢の中から虎柄の傘をさす、黄色の甚平を着たツルツル頭の老年男が姿を現す――タイガー・リゲルだ。


「お祖父様(じいさま)……!」


 ロルフは瞳を大きく見開きながら呟くと、歩みを進める。直後、ウィンターに呼び止められる。


「ロルフ王子、お待ち下さい」


「なんだ?」


 ウィンターはロルフの一歩前へ出ると、いつもの無表情で王子の顔を見つめる。


「万が一があります。リゲル閣下はロルフ王子のお祖父様でありますが、陛下とは長年対立してきた存在。迂闊に近付くのは危険です」


「案ずるな。俺とお祖父様の仲だぞ? 何ら危険はない」


「それは存じております。ですが、私はロルフ王子の護衛を任された身。先ずは私が閣下と接触して万全の体制を整えます。王子は準備が整うまでこちらでお待ち下さい」


「――フッ、相変わらず堅いな。わかった。お前に任せる」


「ありがとうございます」


 ロルフは守護神に委ねる。ウィンターは王子に一礼すると、タイガーの元まで歩みを進めた。

 その背中を見つめながらロルフは心の中で呟く。


(――ウィンターよ。そう心配してくれるな。少なくともお祖父様は俺に危害を加えるようなことはしない。同じ志を持つファミリーなのだからな……)


 ロルフは人差し指で眼鏡を掛け直すのであった。




 ゆっくりと歩みを進める猛虎と守護神。互いの間合いを詰めていく。そして――宿敵同士が対峙する。

 タイガーは眉間にシワを寄せると、小柄な銀髪少年を見下ろす。一方のウィンターは、自分の倍近くある身長の老年大男を表情一つも変えずに見上げた。

 最初に口を開いたのはタイガーだった。虎はウィンターを挑発するようにして言う。


「これはこれは、サンディ閣下。大軍を率いて……随分と盛大な出迎えじゃのう――おむすび山の続きでもやりに来たか? 儂は準備万端じゃぞ?」


 守護神は鼻で笑う。


「ふふ……リゲル閣下ともあろうお人が、このような人口の多い場所で戦などとお考えとは――愚かですね」


 タイガーが高笑いを上げる。


「アッハッハッハッ! そなたは相変わらず冗談が通じんのう。そんなことでは誰からも愛されず可愛がってもらえぬぞ?」


「それは嫌味でしょうか? まあ、それならそれで結構。私は媚びを売るために働いているわけではありませんので――」


 そしてウィンターは虎に要件を伝える。


「――申し訳ないですが、ここから先、お通しできるのはリゲル閣下と、必要最低限の家臣と手勢、護送中のブライアン閣下(エドガー)だけです。残りの家臣や兵士の皆様はスチール領都手前の領軍施設で待機願います」


 タイガーは不愉快そうに顔を歪める。


「そなたや陛下は、南都を救ったアルプの戦士たちの王都入りを拒むというのか?」


「いいえ。南都の一件、リゲルの皆様には敬服しております。ですが……それはそれ、これはこれです――果たして戦勝報告をするために何万という大軍が必要なのでしょうか?」


「――必要じゃと言ったら?」


 タイガーは虎の如く鋭い眼差しでウィンターを睨む。一方のウィンターは不敵に口角を上げる。


「――そうですね。閣下は、常に大軍をそばに控えておかないと気が済まない腰抜けの臆病者だと……王都民に言いふらして差し上げましょう」


 タイガーは歯を剥き出して口角を上げる。


「可愛くない小僧じゃ……」


 睨み合う両者。

 そこへロルフ王子がゆっくりと歩みを進める。


「ウィンター、この大雨だ。長話は無用だ」


「ロルフ王子……」


 ロルフの姿を目にしたタイガーがニッコリと微笑む。それは孫を見つめる祖父の眼差しだ。


「ロルフ王子、久しいのう! 何年ぶりじゃ? 随分とご立派になられたことじゃ!」


「お祖父様、お久しぶりでございます。最後にお会いしたのは、私の王都学院の卒業式以来ですから、約4年ぶりでございます」


「そうか。そうなるとロルフ王子は22歳になられたか! では、そろそろロルフ王子の結婚式に呼ばれてもおかしくないのう!」


「いえ……多忙ゆえ、しばらく妻を迎え入れる予定は――」


 久々の再会にしばらく談笑を交わす祖父と孫。だがここで、ロルフは会話を終わらすときっぱりと言う。


「――ではお祖父様、そろそろ参りましょうか。私がドリム城までご案内しましょう」


「うむ、頼むぞ!」


「それと――先ほどウィンターが申し上げたとおり、ここから先は必要最低限の家臣と兵士の同行しか認めません。これは我が母レナの意向であり、愛する王都民たちに余計な不安と混乱を与えたくはありません」


 タイガーはすんなりと了承する。


「そうか。可愛い孫と娘の頼みとあらば、従わざるを得ないのう」


「お祖父様、ありがとうございます」


 ――こうしてタイガーは、息子のレオと数名の家臣、僅かな手勢、そしてエドガーを連れ、ロルフとウィンター先導の下、王都へと足を踏み入れる。



つづく……

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