第217話 空想少女カエデちゃん(後編) 【挿絵あり】
――前回までのあらすじ。
地味で目立たない気弱で人見知りな少女「カエデ」は、食材調達のためコウメたちと共にメルヘン西市場を訪れていた。
買い物を楽しむカエデたちであったが、突如市場に響き渡る女性の悲鳴。カエデたちが視線を向けた先には、大男たちに囲まれる女性の姿があった。
その時、カエデは――
『急ぐのだ、カエデちゃん! 今あの女性を助けられるのは君しかいないのだよ!』
『わ、私は……』
『殻を突き破るのだ! カエデちゃん!』
『!!』
そう。この危機を救えるのは君しかいないのだ!
『殻を破れ、私――変身よっ!』
一刻を争う状況。今まさに女性は大男に連れ拐われようとしていた。その時である!
『待ちなさいっ!』
『!!』
颯爽と姿を現したのは橙色のツインテール。分けられた前髪から覗かす空色の瞳で大男を睨む。
『――王都の平和を脅かす者は、私が許さない! 大人しく縛に就くのよ!』
人々は彼女のことをこう呼ぶ。
「空想少女カエデちゃん、見参っ!」
その名は――超絶強いお茶目な王都のヒーロー「空想少女カエデちゃん」である!
さあ、行け! カエデちゃん!
一同、店舗の屋根を見上げる。そこには、腕を組み仁王立ちする「空想少女カエデちゃん」の姿があった。
「く、空想少女……カエデちゃん……!?」
「あの子が、神出鬼没の王都のヒーロー?」
呆然とした様子で空想少女を見つめるソフィアとシオンに、コウメが言う。
「ほらね、言ったでしょ? ヒーローは必ず現れるって。さあ、空想少女カエデちゃんの活躍、その瞳に焼き付けておきなさい!」
何故か自慢げに言うコウメ。それもそのはず。彼女は空想少女の正体を知っているのだから。
一方のカエデ。蛮行を働く大男たちを指差しながら言葉を放つ。
「これ以上の狼藉は許さないよ! 今すぐそのお姉さんを解放しなさい!」
カエデの言葉を聞いた大男たち三人は互いに顔を見合わせるとニヤリと口角を上げる。
その大男の一人、スキンヘッドに金髪のアホ毛を生やした中年男が、カエデを馬鹿にしたように高笑いを上げる。
「ブッヒャッヒャッ!! お嬢ちゃん。大人のやることに首を突っ込むと痛い目に遭うぜ? ヒーローごっこなら近所の公園で悪ガキ相手にやっているんだな」
続けて緑髪パーマの男が狂気じみた笑みを向ける。
「小娘。逃げるなら今のうちだぞ? 早く逃げねえと、お前も俺たちに連れて行かれ玩具になる運命を辿るぞ?」
そして三人の中で一番奇抜。ツルツルの頭にまるでクワガタの大アゴのような髪を生やした肥満の中年男が、女性を羽交い締めにしながら鼻息を荒くする。
「ゲッハッハッ……カエデちゃんか……可愛いじゃねえか……泣かしてやりたいぜ……!」
「く……苦しっ……」
クワガタ親父に羽交い締めにされ、苦悶の表情を見せる女性。それを見たカエデは大男たちに怒声を上げる。
「コラッ! お姉さん苦しがっているでしょ!? 早く離しなさい! 貴方たちのその筋肉は、女性を苦しめる為にあるのっ!?」
カエデに訊かれたクワガタ親父がニヤリと口角を上げる。
「ああ、そうさ。この筋肉は女を押さえつけるため、痛みつける為にある。恐怖で泣きじゃくる女の顔が見たいからな」
「卑劣……もう十分わかったわ。貴方たちが全女性の敵であるということが……!」
「――なら、どうする?」
カエデは拳を強く握りしめると、冷たい眼差しで大男たちを睨む。
「――創造神に代わって、貴方たちを制裁するまでよ」
「面白え。ますますお前の泣き顔が見たくなってきたぜ」
「さて、先に泣きを見るのはどちらかしら?」
「なぁにぃ?」
「――とおっ!」
空想少女は飛翔。舞い散る楓の如く優美に地上へと降り立った。
睨み合う両者。
ソフィアたちはその様子を固唾を飲んで見守る。
そしてついに、空想少女カエデと大男たちとの戦いの火蓋が切られる――!
「やっちまえっ!」
クワガタ親父の声を合図に二人の大男が猛獣の如くカエデに迫る。最初に空想少女の前に躍り出てきたのは緑髪パーマの中年男だ。緑髪パーマは炎を纏わせた右拳を構える。
「生意気な小娘には調教が必要だなっ! 手始めにその服を焼いてやるよっ!」
だが、緑髪パーマの言葉を聞いたカエデは鼻で笑う。
「フッ……生意気な小娘かぁ……お茶目なお嬢さんと呼んでほしかったわ――」
カエデは右手で唇を覆う。
「――なら教えてあげないとね。超絶愛くるしいカエデちゃんを……! その身で受けてみなさい! 愛の衝撃波『プリティー・キス』!!」
とびきり艶っぽい表情で空想少女が放ったのは投げキス。と同時にその右掌からは大男の身体と同サイズのハート型――薄紅色に輝く発光体が解き放たれた。
「ぐはっ!!」
ハート型の発光体は瞬く間もなく緑髪パーマの身体に衝突。発行体は砕け散るも、緑髪パーマの身体はその衝撃で吹き飛ばされる。その大男が飛行する先は――
「ね、ねえ……ソフィアさん……あの男……こちらに向かって飛んできますよ……?」
「ど、ど、どうしましょう!?」
そう。吹き飛ばされる緑髪パーマは砲弾の如くソフィアたちの元に迫っていたのだ。
全身を強張らせながら身を寄せ合うソフィアとシオン。その二人を守るようにして立ちはだかったのはコウメだ。
コウメは長い脚を頭上高くまで振り上げると、緑髪パーマの接近を待つ。そして、大男の体が足の届く範囲に迫ったところで、コウメは勢いよく緑髪パーマの脳天に踵を落とした。その威力凄まじく、水平に飛行してきた大男の体はそのまま垂直に押し付けられ、地面にめり込み動きを停止させた。
コウメが二人に尋ねる。
「シオンちゃん、ソフィアさん、怪我はない?」
「「だ、大丈夫です……」」
二人は呆気に取られた様子で頷いた。コウメは安堵の表情を見せた後、呆れた表情でカエデを見る。
(カエデちゃん……まだまだ周りが見えていないわね……これは後でお仕置きね……)
更にその後方。ジョーソンは苦笑しながらコウメを見る。
「奥様……これじゃ、護衛である俺の立場がないっすよ〜。だから俺が怠けちゃうんです……」
その彼の頭をイエローラビット閣下が引っ叩く。
「痛っ! 何するんだよ、閣下!」
「言い訳するではない! あの場面、お前が率先して奥様たちを守らぬかっ!」
「へいへい……」
難を逃れたソフィアたちを見つめながら、カエデがほっと胸を撫で下ろす。
(良かった〜。危うくお嬢様たちを巻き込むところだったよ。反省反省――)
「よそ見してるんじゃねえぞっ!? このガキがっ!!」
「!!」
気付くとカエデの視界いっぱいにスキンヘッドの拳が迫っていた。
「……くっ!」
カエデは咄嗟に回避するも、その頬をスキンヘッドの拳が掠める。
「オラオラオラオラ!!」
スキンヘッドから繰り出される拳の雨。だがその一粒一粒をカエデは軽やかに躱す。空想少女は大きく飛翔しスキンヘッドとの間合いをとるとファイティングポーズ。大男と睨み合う。
「ブッヒャッヒャッ!! この俺と肉弾戦で勝負するつもりか!?」
「ええ。ここで大技を使うと市民の皆さんも巻き込んじゃうからね。それに、カエデちゃんと触れ合えたほうが貴方も嬉しいでしょ?」
「ブッヒャッヒャッ! 小娘ごときの肌で俺が満足すると思ってんのか!?」
「フフッ。なら、喜ばしてあげるよ!」
カエデは地面を蹴った。
スキンヘッド目掛けて一直線に突進していく。空想少女は細い腕と小さな拳を構えると、大男の顔面に狙いを定めた。対するスキンヘッドは余裕の表情。カエデを嘲笑う。
「そんな非力なパンチじゃ、この俺を――!」
刹那。スキンヘッドの視界からカエデが姿を消す。この時カエデは目にも止まらぬ速さで姿勢を落とし、大男の側方を通過。背後に回り込んでいた。彼女はスキンヘッドの背中に飛び乗ると、細い腕で彼の太い首を締め上げる。
「うっ!! うぐっ!!」
「さあ、カエデちゃんの羽交い締め。どこまで耐えられるかしら?」
スキンヘッドの首を締め上げる腕に力を増していく。だが大男はその細い腕に掴み掛かる。
「ぬぅっ!! そんな非力な腕じゃ……この俺を倒すことはできねえよっ!!」
スキンヘッドは自分の首を締め上げるカエデの両腕を馬鹿力で引き剥がす。大男はその細い腕を掴んだまま、彼女を地面に叩きつけた。
その様子を見ていた人々は固唾を飲みながら勝負の行方を見守る。
瞳を閉じ、ぐったりとした様子で倒れるカエデ。
スキンヘッドは勝ち誇った様子で彼女を見下ろす。
「ブッヒャッヒャッ! どうやら勝負あったようだな。そんじゃ、このままお前を連れ帰って――」
次の瞬間。カエデは瞳をカッと見開く。
咄嗟に身構えるスキンヘッド。だが時既に遅し。
カエデが電光石火の如く振り上げた右足が、スキンヘッドの股間を捉えていた。
「グハッ!!」
悶絶の表情を見せるスキンヘッド。大男は泡を吐きながら大の字になって倒れ――失神した。
カエデは立ち上がるとスキンヘッドを見下ろす。
「――女性を無下にした報いよ。欠片でもいいから反省なさい!」
そしてカエデは最後の一人に視線を向ける――
「!!」
その光景を見たカエデの表情が強張る。
例えるならそれは迫りくる二匹の大蛇。二本の黒い縄がカエデ目掛けて伸びてきた。彼女は咄嗟に回避しようとするも少し遅かったようだ。二本の黒い縄は空想少女に巻き付く。そして物凄い力で彼女を締め上げた。
「うわぁぁぁぁっ!!」
周囲にはカエデの叫び声が響き渡る。その絶望的光景にソフィアや市民たちは戦慄した。
藻掻き苦しむカエデ。彼女は自身を締め上げる縄の起点に視線を向ける。それを目撃した空想少女は苦笑いを見せる。
「センス無いわね……こんな状況なのに……笑わせないでもらいたいわ……」
二本の黒い縄の正体――それはクワガタ親父のシンボル。ツルツル頭の側頭部から伸びる黒い髪の毛だった。
クワガタ親父が高笑いを上げる。
「ゲッハッハッ! 調子に乗り過ぎたな、小娘。二人の借りはしっかりと返させてもらうぜ!」
「ぐわあぁぁぁっ!!」
クワガタ親父は更に強い力でカエデを締め付けた。悲痛な悲鳴を漏らし苦しむ彼女。その瞳からは無意識のうちに涙が流れ落ちる。その様子を見ながらクワガタ親父はご満悦の表情。
「やっぱり良い! 女が苦しむ顔は最高だぜ!」
一方のカエデ。
朦朧とする意識の中、思考を巡らす。
(落ち着け、私! こんな時、一体どうすれば――)
命に迫る危険。焦燥感に駆られ思うように頭が回らず。カエデの中で諦めの心が芽生え始めていた。
(私……もうダメかも……苦しい……苦しいよ……こんな終わり方……嫌だよ……やっぱり……私は……)
――その時だった。
『カエデ。つらい時こそ笑うんだ!』
『――!! お父……さん……?』
突如、カエデに語り掛ける声。それは彼女の父のものだった。そして父の声はカエデにしか聞こえていない模様だ。
カエデの脳内には、父から励ましの言葉を貰った――あの日の記憶が蘇る。
『うう……ぐすん……うぅ……』
『どうしたんだい? カエデ』
『あのね……今日もね……お友達ができなかった……私……もう……学校に行きたくない……』
『大丈夫さあ。まだ入学したばかりじゃないか。きっとカエデなら素敵な友達と巡り会えるよ!』
『そうかな?』
『当然さ! だってカエデはお父さん自慢の娘なんだからな!』
『お父さん……』
『さあ、カエデ。泣くのはお終いだ。ほら、笑って笑って! つらい時こそ、笑うんだ――』
(お父さん……私に力を貸して……!)
――カエデは天を見上げる。そこには父親が微笑み掛けているように見えた。
※尚、カエデの父親は王都に健在しています。
(――つらい時こそ……笑うんだっ!!)
カエデは白い歯を見せながら満面の笑みをクワガタ親父に見せる。クワガタ親父は眉を顰めながら笑顔の空想少女を睨む。
「ゲッハッハッ……この俺が、突然笑顔を見せられたくらいで動揺するとでも思っていたか?」
空想少女笑顔の理由――それは相手を動揺させ隙を作る。クワガタ親父はそう思っていた。だがそれは違っていた。
カエデの笑顔は嘲笑に変わる。
「フフッ……お馬鹿なおじさまですこと……」
「なぁにぃ?」
不愉快そうに顔を歪曲させるクワガタ親父にカエデが言う。
「私が笑っている理由は、貴方を動揺させるためじゃない……」
「じゃあなんだよ!?」
カエデは不敵に笑って見せる。
「勝利を確信したからだよ」
「舐めんなよ! 小娘がっ!!」
激昂するクワガタ親父。そんな大男にカエデは冷たい眼差しを向ける。
「舐めてるのは貴方の方でしょ?」
「なぁにぃを!?」
「髪の毛とはいえ――直に敵に触れるのは油断しすぎなんじゃない?」
「!!」
カエデは力強い声で言葉を放つ。
「超絶ご立腹なカエデちゃんの一撃をその肌で感じてみなさい! 怒りの雷撃『アングリー・サンダー』!!」
刹那。カエデは全身から強烈な電撃を放つ。その電流は彼女の身体に巻き付く髪の毛を伝って、クワガタ親父を感電させる。
「げっぎゃあぁぁぁっ!!」
「まだまだあっ!!」
絶叫のクワガタ親父。雄叫びのカエデ。彼女は更に電撃の電圧を上げていく。
やがて力を失ったクワガタ親父の髪の毛が緩む。空想少女はその隙に髪の毛から脱出。その頃にはクワガタ親父も失神し、大の字になって倒れていた。
その大男を見下ろしながらカエデは言う。
「これが悪事に手を染めた者の末路よ。恥を知りなさい!」
その瞬間。群衆たちから割れんばかりの歓声が沸き起こった。程なくすると、通報を受けた保安官たちが警鈴を鳴らしながら現場に駆け付けてきた。その様子を目撃したカエデは飛翔。屋根の上に移動して大男たちに言葉を吐き捨てる。
「女性を脅かす卑劣な猛獣たちよ。監獄でたっぷりと反省しなさい!」
やがて大男たちは保安官たちによって現行犯逮捕。空想術を封じ込める手錠「空想錠」を手に掛けられて保安署へと連行された。そして女性も無事保護され、大男に危害を加えられた交際相手の男性も軽傷で済んだようだ。
その様子を見届けたソフィアたちは安堵の笑みを見せる。
「これで一安心ね。それにしても空想少女カエデちゃんか……強くて可愛くてファンになっちゃったかも――」
ソフィアは再び屋根の上に視線を向ける。だがそこには――
「あれ? 居ない……?」
そこにもう空想少女の姿は無かった。
ちょうど空想少女と入れ替わるようにして、コウメの使用人「カエデ」がこっそりと戻ってきた。
その彼女に耳打ちするようにしてジョーソンが声を掛ける。
「お疲れ。今回は随分と苦戦してたじゃねえか?」
「も、もう! そう思っているなら、助けてくださいよ〜! 本当にピンチだったんですから〜!」
こそこそと話すカエデとジョーソン。そんな二人にコウメが声を掛ける。
「何をこそこそと話しているの?」
「い、い、いえ! ジョ、ジョーソンさんにも、今晩食べたいお料理を聞いていたんですよ!」
「あら、カエデちゃん。優しいのね。でも――働かざる者食うべからずよ!」
「そんなぁ〜。今日は荷物運びを手伝ってるじゃないっすか〜」
「おーほほっ! ま、それよりも、カエデちゃん……」
「な、なんでしょう?」
「後で反省会をしましょうね。色々とお説教があるから」
「そ、そ、そんなぁ〜! お、大目に見てくださいよ〜!」
「泣き言は聞きたくないわ」
一体何の会話だろうか?
ソフィア、シオン、クラークは不思議そうにして主従のやり取りを見つめていた。
その様子を上空にて見守るイエローラビット閣下は――
「善き哉、善き哉!」
そして視界いっぱいに閣下の顔が映り込む。
「次回、リゲルが王都にやって来た! お楽しみに!」
つづく……




