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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(王都編)
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第216話 空想少女カエデちゃん(前編) 【挿絵あり】

 ――いつ頃からだったかな? 

 私が空想に耽るようになったのは?

 いや。思い返せば物心ついた時からずっとそうだった。

 幼い頃から自分に自信が持てなかった私。

 地味な見た目、気弱で暗い性格、おまけに極度の人見知り。

 常に何かに怯えている自分が情けなくて、嫌いだった。

 でも、このままじゃいけない!

 そう思って、何度も変わろうと自分なりに努力した――けど、あともう一歩を踏み出せず。結局変わることができなかった。

 変わった私を周りは受け入れてくれるだろうか? 変わった自分を自分が受け入れられるだろうか?

 変わる勇気が無かった。変わることが怖かった――

 唯一。そんな私が理想の自分でいられるのは空想の中だけ。

 ここでなら、周りが理想の自分を受け入れてくれる。理想の自分を自分自身が受け入れられる。

 でもそれは、夢を見ているだけに過ぎない。

 いつかきっと、理想の自分になってみせる――!


『殻を破れ……! なりたい私に……なってみせるんだ……!!』






『おーほほっ! その願い――叶えてあげるわ!』


『え?』


『その代わり、私に協力してもらうわよ――』


 

 願ってもないチャンス。

 ついに殻を破る時がきたんだ――でも、これは?


『おーほほっ! あら、可愛らしいわね!』


『ちょ、ちょっと! お、奥様! こ、これはっ!?』


『おーほほっ! そうね……空想少女カエデちゃんというのはどう?』


『へ? く、空想少女……カエデちゃん……ですか……?』


 ――こんなの違うよっ! 

 私がなりたかったのはヒーローじゃなくて、明るい活発的な女の子だったの!


 でも、まあ……こうなったら、やるしかないか――


 これは、ある日突然、自分に自信が持てない地味な少女「カエデ」が、光り輝くような空想少女として王都に蔓延る悪を退治していく――超絶強いお茶目な「空想少女カエデちゃん」とその愉快な仲間たちの涙あり笑いありの物語なのである!


『王都の平和を脅かす悪党は、私が許さないんだからっ!!』







 ――時刻は正午を過ぎた頃。

 王都西部に位置する「メルヘン西市場」は多くの王都民で賑わっていた。

 この市場にはトロイメライ西海で取れた鮮魚を中心に、肉や野菜、酒類、乳製品、異国の雑貨まで数多くの商品を取り扱う商店がひしめき合っている。

 ソフィア、コウメ、シオン、カエデ、クラーク、ジョーソンは、今晩開かれる夕食会で使用する食材を調達するためこの市場を訪れていた。

 女性陣は談笑を交わしながら市場を行く。

 金と黒――艶のある長い髪を靡かす二人の夫人。すれ違う男性――いや女性までもが、モデル顔負けの美女二人に瞳を奪われる。

 透き通るような黄金の髪を持つ女性が、ヨネシゲの愛妻「ソフィア・クラフト」。漆黒の髪が、マロウータンの妻「コウメ・クボウ」だ。

 そんな買い物客を横目にコウメが高笑いを上げる。


「おーほほっ! 皆、超絶美人の私たちに釘付けのようね! さあ、皆の衆! この美貌をその瞳に焼き付け――」


「お、奥様っ!」


 突拍子もないコウメのセリフ。ソフィアは恥ずかしそうに顔を赤くしながらクボウ夫人を制止する。そしてソフィアは彼女の気を逸らすようにして話題を振る。


「奥様! 旦那(マロウータン)様の大好物、手に入って良かったですね!」



「ええ! ダーリンの大好物、ライス領産の霜降り肉とフィーニスの濁り酒が手に入って一安心よ。特に霜降り肉は午前中に売り切れてしまうことが多いから、ラッキーだったわ」


「本当に良かったですわ」


「ありがと。それじゃあ、次は魚屋さんね。ソフィアさんの旦那さんが好物だという海産物を買いに行かないとね!」


「はい! 夫の大好きなイカと貝のバター炒めを作りたいと思っています!」


「おーほほっ! それは私も食べてみたいわ」


 同年代のソフィアとコウメは特に気が合う様子だ。

 その後ろ、歳が近いと思われる黒髪の女性が二人。

 一人は、おでこの辺りで切り揃えられた前髪のショートヘア。凛とした表情を見せるのはコウメの娘「シオン・クボウ」だ。

 もう一人。黒のメイド服を身に纏うセミロングの少女。シオンとは対照的の長い前髪は瞳を覆う。全体的に地味な印象の彼女は、コウメに仕える使用人「カエデ」である。

 そんな二人であるが、今は楽しそうに食後のデザートについて語り合う。


「やっぱりデザートにはイチゴのパフェは外せませんわ」


「わあ〜! イ、イ、イチゴのパフェ、わ、私も食べたいです!」


「フフッ。決まりですね! パフェなんて滅多に食べられませんからね」


「で、でも、南都でご活躍されていたお嬢様であれば、毎日のようにパフェを食べれたのでは……?」


「フッハッハッハッ! 確かに食べようと思えば毎日食べれたわ。でも、お父様から『贅沢は慎むのじゃ!』と教えを受けておりましたからね。パフェは月に一回、頑張った自分へのご褒美として頂いてたわ」


「さ、流石! お嬢様です!」


 シオンたちの会話にコウメとソフィアも加わる。


「おーほほっ! パフェ、いいわね! ダーリンはバナナたっぷりのチョコレートパフェも大好きだから作ってあげようかしら!」


「良いですね! 私の夫も甘党ですから、食後にパフェが出てきたら喜ぶと思います!」


「おーほほっ! では皆でオリジナルパフェを作っちゃいましょう!」


「「「はい!」」」


 その様子を背後から微笑ましく見守るのは白い髪と髭の老年男――マロウータン専属執事「クラーク」。

 更にその後ろにはフラフラと歩く中年男。酒や果物などが入った大きなかごを抱え、その両腕にもぎっしりと食材が入った買い物袋をぶら下げる彼は、コウメに仕える護衛「ジョーソン」だ。

 ジョーソンは不満そうにして主君に言う。


「ねえ〜奥様。これ以上持てませんよ。食材はこれだけ買えば十分でしょ? 俺の腕が()げちゃいますよ〜」

 

 コウメが一喝する。


「お黙り、ジョーソン! 泣き言は聞きたくないわ」


「奥様。相変わらず人使いが荒いですよ……」


 呆れた様子で苦笑するジョーソン。するとコウメが懐から取り出したのはジョーソンと交わした契約書。コウメはその一文を指さしながら彼に見せつける。


「ジョーソン! ここになんて書いてある?」


「契約内容……雇用主の護衛、家事全般、屋敷とその敷地内の修繕・補修、()()()()()()()()()――」


「そう! 荷物運びも私とあなたの契約に含まれているのよ」


「確かにそうですけど……」


「なにか不満でもあるの? 仕事中に競獣の予想をしたり、昼寝をしたり、お酒を飲んだりしても、高待遇のお給料を満額支給しているでしょ?」


「へへっ……そいつを言われてしまったら敵いませんな」


「わかったら文句言わずに働く!」


「は〜い」


 主従のやり取りを一同苦笑いしながら見つめていた。


「きゃぁぁぁっ!! 助けてっ!!」


「!!」


 その時である。

 突然、若い女性の悲痛な叫び声が周囲に響き渡った。

 一同視線を向けた先。

 そこには、酷く怯えた表情の女性が、三人の大男に囲まれているのが見えた。その足元には彼女の交際相手だろうか? 若い男性が苦悶の表情を浮かべながら蹲っていた。

 大男の一人が女性の細い腕を掴む。そして大男はニタっと不気味な笑みを浮かべる。


「ゲッハッハッ! お姉ちゃん。大人しく俺たちと一緒について来るんだな! たくさん可愛がってやるからさ!」


「嫌だっ! 離してっ!」


 必死に抵抗する女性。すると別の大男が脅すように言う。


「姉ちゃんよ、大人しくしときな。彼氏がどうなってもいいのか?」


 大男はそう言うと、炎を纏わせた右腕を倒れた男性に構えた。


 その一連の様子を見ていた買い物客の一人が怯えた様子で言葉を漏らす。


「や、やべえぞ……奴ら『大蒜(にんにく)のハブ』だ……!」


 『大蒜(にんにく)のハブ』――それは王都に蔓延る二大犯罪組織の一つ。目的の為ならば一般市民にも躊躇いなく危害を加える残虐非道な連中だ。


「白昼堂々、困った連中だわ……」


 コウメは腕を組みながら呆れた様子で大男たちを見つめる。彼女の隣ではソフィアとシオンが顔を強張らせながら身を寄せ合っていた。その後方。何やらこそこそと話す男女の姿――カエデとジョーソンだ。

 カエデはジョーソンの耳に顔を近付けると小声で訴える。


「ジョーソンさん! た、大変ですよ! に、大蒜のハブです! 早く追い払ってくださいよ!」


 ジョーソンは態とらしく困り果てた表情を見せる。


「いや〜、参ったね〜。おじさんは今、大量の荷物で両手が塞がれていてね。おまけに奥様との契約でこの荷物を手放すわけにはいかないんだ。いや〜残念だな〜」


「そ、そ、そんな〜!」


 ジョーソンの返事におろおろとするカエデ。すると彼は先程までとは打って変わり、真剣な眼差しを彼女に向ける。


「カエデ。お前が行け」


「え!? わ、わ、私ですか!?」


「なあに。いつものことだろ? お前が行って奴らを蹴散らしてこいや」


「い、嫌です! 怖いですよ〜!」


 ジョーソンから出撃するよう言われるも、カエデは足をガクガクと震わせて、酷く怯えた様子だ。とても彼女が大男相手に戦えるとは思えない。

 そこへ突然。どこからともなく現れたのは、子犬サイズの謎の生命体だった。

 謎の生命体は、年配男性のような落ち着いた重低音の声で、カエデに話しかける。


「カエデちゃん。何をやっているのかね?」


「はわわわ……『イエローラビット閣下』!!」


 カエデから『イエローラビット閣下』と呼ばれる謎の生命体。それはどう見ても黄色いうさぎのぬいぐるみだった。大きな白目に浮かぶのは米粒程の大きさしかない黒目。片耳をへし折り、口からは長い舌を出したまま――お世辞にも可愛いとは言えない。

 イエローラビット閣下は巧みに表情を変えながらカエデに訴える。


「カエデちゃん。今ここで君が戦わなかったら、一体誰があの大男たちを倒すのだ?」


「え、え、えっと……そ、それは……保安官さんが……」


「残念ながら保安官を待っている時間は無いようだ。アレを見たまえ」


「そ、そ、そんな……!」


 イエローラビット閣下が指差す先。そこには無理矢理腕を引っ張られ、大男たちに連行されようとしている被害女性の姿があった。

 女性は涙を流しながら周囲の人たちに助けを求める。だが相手は凶悪な犯罪組織の構成員。一般市民の彼ら彼女らが太刀打ちできる相手では無かった。下手な真似をすれば殺されてしまう。市民たちはただただ女性が連れ去られる様子を見つめることしかできなかった。


「――こうなったら私がっ」


 正義感が強いシオン。彼女は被害女性を助けるため、歩みを進める。だが、その腕はコウメによって掴まれてしまう。


「お母様!?」


「ダメよ、シオンちゃん。危険すぎる」


「でも、このままではっ!」


「大丈夫よ。ヒーローは必ず現れるから……」


「ヒーロー、ですか?」


 母親の言葉にコウメは首を傾げた。


 一方のカエデは決断を迫られる。


「急ぐのだ、カエデちゃん! 今あの女性を助けられるのは君しかいないのだよ!」


「わ、私は……」


「殻を突き破るのだ! カエデちゃん!」

 

「!!」


 イエローラビット閣下の言葉を聞いたカエデは力強く頷く。そして彼女は小走りで物陰へと向かう。その様子をコウメは横目で見つめるのであった。


「殻を破れ、私――変身よっ!」


 カエデは懐からリップクリームを取り出すと、それを唇に塗る。

 刹那。彼女の全身がまばゆい光に包まれた。




 大蒜のハブの大男たちは、三人がかりで女性を連れ去ろうとする。


「ゲッハッハッ! お姉ちゃん。悪足掻きはもうよせ! いくら暴れてももう逃げられねえぜ!?」


「その通りだ! こんな所で力を使い果たされちゃ困るぜ? これから俺たちに、たっぷりとご奉仕をしねえといけねえんだからよぉ!」


「「「ギャッハッハッ!!」」」


「――お願い……誰か……助けて……」


 女性が消えるような小さな声でそう呟いた時である。

 力強い少女の声が周囲に轟いた。


「待ちなさいっ!」


「!!」


 一同、建ち並ぶ店舗の屋根へと視線を向ける。そこには、眩しい日差しを背に受ける少女のシルエット。

 大男は瞳を細めてシルエットを見つめる。その姿が次第に鮮明となる。

 橙色のツインテール。

 長い前髪は左目だけを隠し、三色のピンで留められた右側は、空色の瞳を覗かす。

 袖の無いピンクの衣装と同色のアームカバー、水色のミニスカート、白いブーツ。

 そこに居たのは、まるで現実世界のアイドルを彷彿させる服装の少女だった。

 そして少女は大男たちに宣言する


「――王都の平和を脅かす者は、私が許さない! 大人しく縛に就くのよ!」


「あ、あれは……!!」


 大男たちは顔を強張らせながら瞳を見開いた。

 一連の様子を見ていた子供たちが一斉に少女の名を叫ぶ。


「あっ、ママっ! 見て見て! 空想少女カエデちゃんだよっ!!」


 そう。颯爽と市場に姿を現したのは、神出鬼没の王都のヒーロー「空想少女カエデちゃん」だった。


 そして――

 視界いっぱいに映り込み、絶叫するのはイエローラビット閣下だ。


「後半へ続くっ!!」






    挿絵(By みてみん)






「――近い! 近いよっ! 閣下!」


 ジョーソンは自分の顔面にしがみつくイエローラビット閣下を振り払った。



つづく……

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