第215話 シュリーヴ親子
ドリム城内の一室。
深々と頭を下げる3人の男の姿があった。
一人はクボウ家臣「ドランカド・シュリーヴ男爵」。その彼に付き添うのは白塗り顔の主君「マロウータン・クボウ南都伯」の姿。
その主従の隣。一歩距離を置いた位置に居るのは、王都保安局長官「ルドラ・シュリーヴ伯爵」である。ドランカドの実父であるが、今は縁切りとなっている。
3人が頭を下げる理由。
それはつい先程この城内で勃発した、ドランカドとルドラによる壮大な親子喧嘩にある。シュリーヴ親子が齎した影響は大きく、城内の窓ガラスや設備を損傷させてしまった。
深々と頭を下げる親子の向かい側には机。
その椅子に腰掛ける中年男は白髪交じりの七三分け。こけた頬、目の下にはクマを作り、心底疲れ切った表情で頭を抱えていた。彼の正体は、城内の警備や雑務を総括する「城内本部」の長を務める「モーダメ・ゲッソリオ公爵」だ。この城内に限って言えば、王族に次いで権限を持つ人物である。
ゲッソリオは大きく息を漏らしながら親子に苦言を呈する。
「――縁切りしたとはいえ、親子喧嘩するのは結構。だがここは、王族の居城――神聖なる領域なのだ。幸いにも怪我人は出なかったが、下手をすれば死傷者が出かねない事案だ。そのことをよく理解してもらいたい」
「「「申し訳ありません!」」」
一組の親子と付き添い人は、ただただ平謝りすることしかできなかった。
その背後の壁際。部屋の出入り口扉付近には二人の中年男の姿。
一人は角刈り頭と黒縁眼鏡の中年男――そう。ヨネシゲ・クラフトだ。角刈りは額に汗を滲ませながら神妙な面持ちで同輩の謝罪を見守る。
そしてもう一人。腕を組みながら壁により掛かるのは、薄茶色の髪と青い瞳の持ち主。鼻の下と顎に生やした髭は綺麗に整えられている。彼の正体は、トロイメライ王国のナンバー2。国王ネビュラの実弟「メテオ・ジェフ・ロバーツ」である。王弟と言うよりも南都大公としての印象が強い人物だ。
普段から温厚なメテオではあるが、今は瞳を閉じ、込み上げてくる怒りを抑えていた。
ゲッソリオが親子に伝える。
「ルドラ・シュリーヴ伯爵。そしてドランカド・シュリーヴ男爵よ。それ相応の処分があるものだと心しておくのだ――」
ここでメテオが口を開く。
親子は背後に身体を向け膝を折る。
「城内本部を監督する立場として、今回の事案は決して見過ごす事ができない。おまけに兄上はさぞお怒りだ。つい先程まで『打首にしろ』と騒いでおられた――」
メテオの言葉を聞いた親子の顔が青ざめる。その二人に王弟は続ける。
「だが、流石に大切な臣下を下らない親子喧嘩で失うわけにはいかない。私が兄に懇願したところ、最悪の結果は避けられた――」
極刑は免れたようだ。隣で話を聞いていたヨネシゲの表情が幾分和らぐ。だがその処分は決して軽くなさそうだ。
「お前たちの処分については、これから大臣たちと協議する。場合によっては重たい処分になることだろう」
ここでルドラがメテオにある事を申し出る。
「殿下。此度のこと、全ては私の責任。先にドランカドを挑発したのも私でございます。処分は全て私がお受けいたします」
それを聞いたドランカドが反発する。
「おいっ! 親父! 勝手なこと言ってるんじゃねえ! 格好つけて俺を庇うつもりか!? 悪いけどな、俺はアンタに庇われる義理は――」
「いいからお前は黙っておけっ!!」
ルドラが怒鳴る。それでも尚、ドランカドは言葉を続けようとする。ここでメテオが一喝する。
「いい加減にしないかっ!!」
「「申し訳ありません……」」
大人しくなった親子にメテオが命ずる。
「ルドラ・シュリーヴ伯爵、並びにドランカド・シュリーヴ男爵に命ずる。正式な処分が決定するまでの間は自宅謹慎とする。以上だ!」
「「承知仕りました」」
叙爵初日に自宅謹慎の処分を受けてしまったドランカド。ヨネシゲとマロウータンは頭を抱える。
(ドランカドよ。初日から何やってんだよ!?)
(これは、とんでもない問題児を召し抱えてしまったのう……)
二人は大きく息を吐くのであった。
ゲッソリオの執務室から退出したヨネシゲ、ドランカド、マロウータン、ルドラの4人。
ルドラはマロウータンに頭を下げた後、息子には目もくれず、その場を後にしようとする。透かさずドランカドが父親を呼び止める。
「なんで俺を庇った?」
ルドラは足を止めると背を向けたまま言葉を返す。
「庇っただと? フッ……勘違いするなよ、バカ息子。俺は王弟殿下に真実を伝えたまでよ。今日男爵の爵位を授かったばかりの鼻垂れ貴族に、罪を擦り付けるほど俺も落ちぶれちゃいねえ……」
「くっ! 黙って聞いていれば偉そうに……!」
「フン! 当たり前だ。俺はお前より偉いのだからな。寧ろ、たかだか男爵の地位を授かったくらいで俺と肩を並べられると思うなよ? お前では一生俺と肩を並べることはできん!」
「何をっ!?」
「お前は――貴族という重責を捨てて逃げ出した、ただの腰抜けなのだからな」
「ふざけんなよ! 俺を縁切りにしておいて!」
父親の言葉を聞いたドランカドが怒鳴り声を上げる。だがルドラは落ち着いた口調で言葉を続けた。
「お前を縁切りにしたのは確かだ。だが、お前は何一つ反論することもなく、縁切りを大人しく受け入れたよな? 親心としては少しくらい抗ってほしいところだったが――結局お前は、俺が与えた『逃げる』という選択肢を選んだ。そして何か不都合が生じれば『俺は親父に縁を切られた』などと抜かして、悲劇のヒロイン気取りときた。そんな腰抜けが俺と肩を並べられると思うなよ? 逃げずに悪者として生きる道を選んだ俺と一緒にするな!」
「………………」
父親の言葉を聞き終えたドランカドは悔しそうな表情で拳を握りしめる。するとルドラは背後の息子に視線を向け、こう言い放った。
「悔しかったら、もう一度あの事件に目を向けてみるのだな。『ウィルダネスの悲劇』は――まだ終わっていない」
「……っ!?」
言葉を終えたルドラは再び息子に背を向けると、足早にその場を後にした。
その後ろ姿を見えなくなるまで見つめていたドランカドが呟く。
「――冗談じゃねえぞ……」
ヨネシゲとマロウータン。今はただ、体を震わす真四角野郎を見守ることしかできなかった。
つづく……




