第213話 3つの知らせ
王都東部の商店街にはヨネシゲ、マロウータン、ドランカドの姿。買い物客で賑わうこの通りは、南都クボウ邸からドリム城へ向かうための最短経路となっている。
ヨネシゲたちがこの道を選んだ理由は、ただ単に「近道」というだけではない。ドランカドたっての希望によりこの商店街を行くことにしたのだ。
ドランカドの希望とは――
「――へへっ。着いた着いた! 俺もう我慢できませんよ!」
ドランカドはある店の前で足を止めると、ニコニコしながら涎を流す。
その店とは、今朝ヨネシゲたちが南都クボウ邸へ向かう際に通過したドーナツ屋「ドーナツ陛下・王都東店」だった。
王都の有名店であるドーナツ屋には、老若男女の王都民が列をなす。その傍らでは、相変わらず保安官が群がりお好みのドーナツを頬張っていた。
列の最後尾にヨネシゲとマロウータンが並ぶと、ドランカドがヘラヘラとした様子で言う。
「いや〜、俺のワガママに付き合っていただいてすいませんね〜。さっきからこの店のあんドーナツが頭から離れなくて。このままじゃ仕事に支障を来たしそうだったんでね」
「ガッハッハッ! いいってことよ! 俺もちょうど小腹が空いてたからな。それにメテオ様との話が長引くかもしれん。ここいらで腹ごしらえしといたほうが良さそうだ」
「じゃな。それに、ここのあんドーナツは前々から気になってたからのう。ちょうど良い機会じゃ!」
「へへっ! ここのあんドーナツ、マジ絶品っすよ!」
ヨネシゲとマロウータンの言葉を聞いてドランカドは安心した様子だ。
列は次第に進み、程なくするとヨネシゲたちはレジ台に隣接するショーケース前に到着した。色黒のスキンヘッド中年男店主が出迎える。
「へいっ、らっしゃい」
「オヤジさん、久しぶりっす!」
「!!」
店主はドランカドの声を聞いた途端、驚いた表情で真四角野郎に視線を向ける。
「――こりゃあ、たまげたぜ。ドラ坊、本当に王都に戻ってたんだな……」
「あれれ? 俺が王都に戻ったという情報が、もうこんなところまで伝わっていたとは……」
苦笑するドランカドにドーナツ陛下店主が言う。
「ああ。今朝、ドラ坊の親父さんから聞いたんだ。昨晩の晩餐会で見かけたらしいぞ?」
「ということは、あの晩餐会に親父も来てたんだな……まあ、当然か」
「それよりもドラ坊。クボウ家臣になったというのは本当か? おまけにクボウ南都伯閣下もご存命されているとは驚いたぜ」
「ヘヘッ、色々とありまして。実はね――」
店主はマロウータンを横目にしながらドランカドに尋ねる。すると真四角野郎は頭を掻きながらここに至るまでの経緯を説明した。
「――なるほど。そういうことだったんだな」
「ええ。まさか王都に来て早々、改革戦士団の襲撃に巻き込まれてしまうとは予想外でしたよ。まあでも、オヤジさんは無事みたいで良かったっす」
「ああ、俺は運良く難を逃れたよ。だが常連だった保安官や領兵が何人も殺られてしまった。その中にドラ坊の顔見知りもいるはずだ」
「そうでしたか……」
暗い表情で顔を俯かせるドランカド。ここで店主が角刈りたちの後方に目をやった後、注文を尋ねる。
「――おっと、すまんね。お客さんが溜まってきたから長話はここでお終いだ。注文を聞くぜ?」
ヨネシゲたちが背後に視線を向けると、待ちくたびれた様子の客たちの姿があった。ドランカドはヘラヘラした様子で客たちに軽く頭を下げた後、ドーナツ陛下店主に注文を伝える。
「そんじゃ、あんドーナツ5個、砂糖マシマシ、つぶあんで」
「あいよっ!」
そして店主はヨネシゲとマロウータンにも注文を尋ねる。
「閣下と旦那さんは?」
「え? ああ、俺もドランカドと同じやつで!」
「あっ! 儂も、儂もじゃ!」
「かしこまりました」
後方に並ぶ待ちくたびれた客たちの無言の圧。その圧に耐えられなかったヨネシゲとマロウータンは、ドーナツを選ぶことなく素早く注文を済ませた。
店主はあんドーナツを紙袋に詰め込みながらドランカドに言う。
「ドラ坊。時間があるなら親父さんに顔を見せてやんなよ」
店主の言葉を聞いたドランカドは驚いた様子で首を横に振る。
「いやいやいや! 冗談キツイっすよ、オヤジさん。俺は――親父に勘当されたんですよ?」
「そうかもしれねえが。当時の親父さんは、ああするしかなかったんだ……」
「俺は……俺は……あんなクソ親父……土下座しても許してあげないんだからね!」
「ま、気が向いたら会ってやんな。きっと親父さんも会いたがってるはずさ――」
店主はあんドーナツが入った紙袋をドランカドに手渡す。
「へい、お待ち。あんドーナツ5個、砂糖マシマシ、つぶあんだよ」
店から出たヨネシゲたちは早速あんドーナツを頬張る。
「おう、これこれ! 粉砂糖たっぷりまぶして頂くでごわすよ」
「うん! 甘さ控えめの餡とこの粉砂糖が絶妙にマッチしてるぜ!」
「ウホ、美味じゃのう。油っぽくなく、これなら何個でも食べられるぞよ」
あんドーナツを頬張ったヨネシゲたちは、ドリム城目指し歩みを進めた。
――ドリム城・謁見の間。
玉座の前で膝を折るのはヨネシゲ、マロウータン、ドランカドの3人。
その向かい、玉座には国王ネビュラ。隣には王弟メテオと宰相スタン、護衛の騎士が2名立っていた。
頭を下げたまま参上した事を伝える角刈りたち。するとネビュラは機嫌が良いのか、ニヤリと笑みを浮かべながら3人に声を掛ける。
「ククッ。よく来たな、王都の救世主たちよ――」
ネビュラの言葉を聞いたヨネシゲたちは、歯を剥き出し満面の笑みで国王を見上げる。
そんな角刈りたちの顔を見つめるネビュラ。彼の瞳に映ったのは角刈りたちの白い歯――ではなく、歯と歯の隙間に挟まった粒あんだった。
案の定、暴君が怒り狂う。
「貴様らぁ! なんと下品で無礼な奴らだっ! 先程の叙爵、無かったことにしてくれるぞっ!」
「へ、陛下! 落ち着いてくだされ!」
ネビュラは騎士からサーベルを奪い取ると、ヨネシゲたちに向かって猛進。透かさず宰相スタンと騎士たちが制止する。メテオはその様子を横目にしながら大きく息を漏らす。そしてヨネシゲたちに諭すように言う。
「――マロウータン。それにヨネシゲ、ドランカドよ。お前たちは立派な貴族なんだ。常に人々の見本でなければならない。せめて兄上に会う時くらいは歯のケア――いや、歯に挟まった食べかすくらいは取り除いてくれ……」
「「「申し訳ございません……」」」
3人は恥ずかしそうに、ただただ平謝りするのであった。
やがてネビュラの怒りが収まったところで、メテオがヨネシゲたちに話題を切り出す。
「早速だが本題に入りたい――と言いたいところだが、重大な知らせが3件ほどある」
「重大な知らせですか?」
メテオの言葉にマロウータンたちは額に汗を滲ませた。王弟は続ける。
「うむ。その内2件は悪い話だ――」
「3件とも悪い話だっ!」
ネビュラから野次が飛ぶも、メテオは気にせず話を再開させる。
「先ず一つ目。昨晩ワイロ男爵が殺害された事は知っているな?」
「ええ、存じております」
「ワイロ男爵の屋敷に乗り捨ててあったのは、コッテリオ伯爵の馬車。しかし、コッテリオ伯爵とその護衛や使用人たちの姿がどこにも見当たらないのだ……」
「ま、まさか!?」
マロウータンは瞳を見開く。ワイロ男爵を殺害したのはコッテリオ伯爵だと――そう予想した。だがその予想は大きく異なっていた。メテオは首を横に振る。
「私も彼をを疑ってしまったが、保安局に調査させたところ衝撃的な事実が判明した。コッテリオ伯爵の所領アブラミアの外れにある林で、彼とその護衛兵や使用人の遺体が発見されたのだ……」
「なんと……」
「そして、我々や保安局の見解は、コッテリオ伯爵を襲撃したのは改革戦士団。奴らはコッテリオ一行に扮して、鉄壁と呼ばれるセキュリティを潜り抜けてきたのだ……」
ドランカドが険しい顔付きで呟く。
「――そうか。関所では王都貴族や王都近郊領主、公爵クラスの貴族の検問は失礼に当たるとして省略されている……」
メテオはゆっくりと頷く。
「そこが抜け目だったということだ――」
続けてメテオは2つ目の話題を伝える。
「では、次の話だ。昨晩の改革戦士団による襲撃……実はこの王都以外にも襲撃された場所があるのだ」
「なんですと!?」
昨晩、改革戦士団は王都以外の場所も襲撃していた――ヨネシゲたちの顔が一気に青ざめる。
「メテオ様! それは、一体、どこなのですか!?」
ヨネシゲが焦った様子で尋ねると、メテオは静かに口を開く。
「うむ。昨日深夜に襲撃されたのは、このトロイメライ王都メルヘンと隣接するイタプレス王国だ。ちょうどイタプレスにはゲネシスの皇帝陛下が訪問していてな。彼らが改革戦士団を退けたそうだ」
「――ゲネシスの魔王、ですか……」
「ああ。改革側は、トロイメライ神話に登場する破壊神――オメガや海の魔王アビスそっくりの想獣を召喚したそうだが、皇弟殿下と皇妹殿下にあっさりと倒されたそうだ」
ヨネシゲとドランカドは互いに顔を見合わせる。
「ヨネさん、オメガとアビスって……」
「ああ、奴らに違いねえ。改革戦士団四天王、サラとソードだ」
「知っているのか?」
「ええ。何を隠そう、ブルーム平原で俺たちに猛威を振るった怪物ですから」
「そうだったか。それと、改革戦士団総帥を名乗る男が闇の空想術でプレッシャー城を飲み込もうとしたらしい。だがこれも皇帝陛下に阻止されたようでな。しかし、奴らには逃げられてしまったそうだ……」
ヨネシゲは悔しそうに拳を握りしめる。
「サラにソード。あんな奴らまでこの王都に潜伏されてしまったら……敵わねえぞ、おい……」
玉座ではネビュラがソワソワした様子で髭を撫でる。
「ぐぬぅ……改革の連中もそうだが、目と鼻の先に魔王が居るのは落ち着かん! いつ攻め入られるか、気が気じゃないぞっ!」
「兄上。幸いにも今この王都には守護神が居ります。先日、魔王はウィンターに完敗しております。あの子がここに居るとわかれば、ゲネシスは警戒して攻めてくることはないでしょう」
ネビュラは取り乱した様子で弟に訴える。
「何を申すか! ウィンターは今、この王都には居ないではないかっ! ロルフと共にタイガーの出迎えに行っているだろう!」
「兄上、ご安心ください。ウィンターは直ぐに戻れる距離に居るゆえ……」
兄を宥めるメテオ。その様子を見ていたマロウータンが尋ねる。
「メテオ様。ロルフ王子とサンディ閣下が、リゲル閣下を出迎えに行ったとは?」
「うむ。それが3つ目の話題だ。義父上――タイガー殿は夕刻前に王都に到着する見込みだ。その出迎えとしてロルフとウィンターを差し向けた」
(――あの軍団は化け物かっ!? もう王都の手前まで到着していると申すかっ!?)
白塗り顔は冷や汗を垂れ流しながら王弟に尋ねる。
「それにしても、よろしいのですか? サンディ閣下とリゲル閣下を接触させて? 一戦交えるような事になれば、ただでは済みませんぞ?」
「案ずるな。ロルフが仲介役として上手く立ち回ってくれることだろう。それにタイガー殿もウィンターも、戦うことは望んでいない。かと言ってタイガー殿という強大な戦力を王都に入れるわけだ。ウィンターを使って牽制せねばならぬ。正直、タイガー殿は何をお考えになっているか、わからないからな……」
3つの話題を話し終えたメテオが本題について語り始める。
「そろそろ本題に入ろう。タイガー殿が来る前までに話を済ませておきたい」
ヨネシゲたちは固唾を呑みながらメテオの次なる言葉を待つ。そして王弟は簡潔に要件を伝えた。
「マロウータンよ。数日以内に王都特別警備隊を発足させたい。その総司令官にヒュバートを任命した。そこでお前には、ヒュバートの補佐官を務めてもらいたい。できるか?」
即答。
マロウータンは深々と頭を下げる。
「このマロウータン・クボウ。謹んでお受けいたしましょう!」
「頼もしいぞ、マロウータン!」
クボウに舞い込む新たな仕事。
つづく……




