第212話 王都の情勢
――王都クボウ邸。
ヨネシゲ、ソフィア、ドランカドは、クボウファミリーと向き合うようにして長テーブルを囲む。
マロウータンの左頬についたキスマークが気になるところだが、今は王都で過ごしていたコウメと近況を報告し合っているところだ。
ヨネシゲは、カルムタウンでマロウータンと出会った際の話から始まり、白塗りと共に戦ったカルム学院襲撃、ブルームでの戦いを振り返る。
「――今となってはカルム学院の襲撃事件が懐かしい。あの場にマロウータン様が居なかったら、多くの生徒や一般市民が犠牲になっていたことでしょう……」
「ウッホッホッ。儂の活躍など微々たるものじゃ。あの襲撃事件を収束させたのは、ヨネシゲやドランカド、勇気ある守衛や生徒たちじゃよ」
ヨネシゲの言葉を聞いたマロウータンは扇を広げ、口元を隠した。そしてカルム学院の襲撃事件は王都でも話題となっているとコウメが話す。
「王都でもカルム学院襲撃事件は大きな話題になったわ。この王都にもアラン君やカレンちゃんのファンは多いからね。それにしても、角刈り頭の守衛と熊が大活躍したらしいけど?」
「へへっ。その角刈り頭の守衛は恐らく俺のことですね」
「おーほほっ! そうでしょうね! それで、気になる熊の正体は?」
「ガッハッハッ。そいつもカルム学院の守衛です。イワナリって言うんですが、ただでさえ見た目が熊なのに、空想術で熊に変身するから笑っちゃいますよね」
「ウッホッホッ。確かに熊じゃの。じゃが、ブルームの夜戦での活躍は素晴らしいものじゃった。彼もまた、儂の命の恩人の一人じゃ」
ヨネシゲは誇らしげに言う。
「ええ。イワナリは、俺自慢の親友です!」
今度はヨネシゲに代わり、コウメが王都での近況を語る。
「とりあえず、南都の愛する民たちに大きな被害が出ていなくて安心してるわ。この王都にも南都から多くの避難民がたどり着いているのよ」
先ず、改革戦士団の襲来によって南都を追われた民たちの大半が、隣領アルプや王都と隣接するフィーニスに逃れている。この王都も南都からの避難民を受け入れており、南都五大臣のバンナイらがその対応にあたっているとのことだ。コウメも南都人の一人として避難民の支援を行っている。
そして、王都内外でも不穏な動きが。
王都に隣接するイタプレス王国。イタプレス王国はトロイメライ王国とゲネシス帝国に挟まれる小国。長年中立の立場をとっている。だが、ここ一週間程前からゲネシスの上級貴族が頻繁にイタプレス王ケンジーと接触しているとのこと。そして昨晩はゲネシス皇帝とケンジーとの間で会談が行われたそうだ。この会談は事前にトロイメライ側に通告されており、首脳陣は警戒はしているものの、今すぐに大きな脅威に至るわけではないという見解だ。しかし王都民からは不安の声が上がっている。
「――昨晩はゲネシスの皇帝とイタプレスの王が目と鼻の先で食事会よ。何か企んでいるのは間違いなさそうね。だけど、我が国の首脳陣はお気楽モード。もう少し警戒した方が良いと思うけどなぁ」
「ゲネシスの魔王ですか……」
「まあ、魔王も怖いけど、陛下が一番怖がっているのはタイガー・リゲル。虎はすぐそこまで迫ってるから、隣国に目を向けている余裕は無いんでしょうね」
「タイガーもまた、脅威の一つということですか……」
「ええ。タイガー爺さんは野心家で有名だからね。隙あらば陛下から玉座を奪うつもりよ。まあ、陛下も黙って玉座を奪われるわけにはいかないからね。守護神ちゃんを召喚して徹底抗戦の構えよ」
「穏やかじゃありませんな……」
「そうねぇ。王都が戦場にならないことを祈るばかりだわ。だけど……不穏で悩ましい話がまだまだあるわよ……」
コウメは大きく息を漏らす。
現在、王都内では人々の生活を脅かす事件が多発している。それは王都メルヘンに蔓延る二大犯罪組織「大蒜のハブ」と「生姜のマングース」だ。現在両者の抗争が激化しており、善良な王都民も巻き添えを受けている。そんな中、昨晩の改革戦士団襲撃で王都の各治安機関が大打撃を受けてしまった。これにより「大蒜のハブ」と「生姜のマングース」の抗争が激化するのではないか? コウメが危惧するところだ。
コウメの話を聞き終えたヨネシゲは額に汗を滲ませる。
「――王都がここまで厳しい状況に陥っていたとは。それに加え昨晩の襲撃だ。先が思いやられますね……」
「本当だわ。王都は――このトロイメライはどこへ向かっているのかしらね?」
コウメの言葉を聞いたヨネシゲたちは険しい表情で顔を俯かせる。すると、その重たい空気を吹き飛ばすようにコウメが高笑いを上げる。
「おーほほっ! 重苦しい話はもうお終いよ! ここからは、私とダーリンの出会いについてお話しましょう!」
「それは気になりますね!」
「是非、お聞きしたいです!」
「俺も聞きたいっす!」
「お母様、早速ですがお聞かせ願いますか?」
「これっ! やめんかっ!」
瞳を輝かせるヨネシゲたち。その隣でマロウータンが一人焦っていた。
その後談笑が交わされたが、頃合いを見計らいマロウータンが会話を切り上げる。
「盛り上がっているところすまぬが、儂はそろそろ城へ戻らねばならぬ」
「メテオ様とお約束があったのよね?」
「左様。儂に重要なお話があるようでのう」
今朝行われたヨネシゲたちの叙爵。その際、マロウータンはメテオから「昼までには城に戻ってきてくれ。重要な話がある」と伝えられていた。
白塗り顔が「今でも良ければお聞きしますよ?」と尋ねると、メテオは「昼まで兄上と調整させてほしい」と返答したそうだ。
マロウータンは角刈り二人に伝える。
「そなたらも付いて参れ」
「「ははっ!」」
ヨネシゲとドランカドは力強く返事した。
するとソフィアが角刈りの袖を引っ張る。
「私も付いていってもいいよね?」
「え? え〜と、それは……」
ソフィアから尋ねられたヨネシゲは、主君に視線を向ける。すると白塗りは顔を横に振り、彼女に言う。
「ソフィア殿。そなたはここでコウメやシオンと待っておるのじゃ」
「は、はい……」
マロウータンの言うことを素直に聞くソフィアだったが、暗い表情で顔を俯かせた。そんな愛妻の表情にヨネシゲは胸が締め付けられる思いだ。
(カルムの襲撃や昨晩の一件があるからな、俺から離れたくない気持ちは良くわかる。だが、これは仕事だ。四六時中、俺のそばにいる訳にはいかないんだ……)
ここで、ソフィアの心情を察したコウメが口を開く。
「ソフィアさん。実はあなたに仕事をお願いしたいの」
「仕事……ですか……?」
コウメは自分のことを見上げるソフィアに微笑み掛ける。
「ええ。今夜この屋敷で夕食会を開こうと思うの。皆さんとの出会いと、ヨネシゲさんとドランカドさんの叙爵を祝ってね! そこで、これから市場で買い物をして、夕食の準備をしようと思うのだけど……手を貸してくださるかしら?」
ソフィアは満面の笑みを見せる。
「はい! 喜んで!」
「おーほほっ! 決まりね!」
そんなソフィアの様子を見て、ヨネシゲはホッと胸を撫で下ろす。
「――奥様。私の妻をよろしくお願いします」
「おーほほっ! 気にするではない。その代わり、あなたの奥さんちょっと借りるわよ」
「はい。私の妻は凄く料理が得意なので、きっと奥様のお役に立てる筈です!」
「あなた……」
角刈りのさり気ない愛妻自慢。ソフィアは恥ずかしそうに頬を赤く染めた。そんな彼女の両肩にコウメが手を添えると、その耳元で囁く。
「良い旦那さんじゃない」
「ありがとうございます……」
ソフィアは嬉しそうに頷いた。
やがて、ヨネシゲとドランカドはマロウータンに連れられ王都クボウ邸を後にする。ドリム城へと向かった。
一方のソフィア、コウメ、シオン、カエデ、クラーク、そして護衛ジョーソンは、王都西部の市場へと買い出しに向かった。
つづく……




