第210話 マロウータンの妻 【挿絵あり】
扉が吹き飛んだ玄関口に現れた一人の女性。
彼女を目にしたシオンの口からは「お母様」というワードが漏れ出す。その言葉を聞いたヨネシゲは瞳を見開き玄関口の彼女を凝視した。
「お母様ってことは……つまり、あの人が……!?」
――そう。彼女はマロウータンの妻である。
「――コウメよ……相変わらず……そなたは……!」
白塗りは顔を強張らせながら妻の名を口にした。
程なくすると、周囲を覆っていた黒い霧は消失。マロウータンの妻の姿が次第と鮮明になる。
白衣を身に纏う彼女は、漆黒のロングヘアと紫色の瞳の持ち主。色白の美貌にはぷっくりとした唇。薄紅色の口紅が塗られていた。
――ヨネシゲは思わず鼻の下を伸ばす。
「――美人だ。おまけに若い……」
本当に彼女が我が主君の妻なのか? 角刈りは早々に疑い始めた。
彼女こそが、9つ歳が離れたマロウータンの愛妻「コウメ・クボウ」である。南都空想製薬社長のご令嬢だった人物だ。
まだヨネシゲらの存在に気付いていないコウメが高笑いを上げる。
「おーほほっ! 今日も派手に扉をぶち抜いてしまったわ!」
どこか誇らしげな笑みを浮かべるコウメ。そこへ使用人と思わしき一人の少女が、屋敷の中から慌てた様子で飛び出してきた。
「はわわわっ!? お、奥様、お、お怪我はありませんか!?」
「案ずるでない、カエデちゃん。実験に失敗は付き物。失敗を繰り返すことで想人は成長できるのよ。私もまた、一つ成長できたわ。だからあなたも、失敗を恐れずに前へ突き進みなさい! 全速前進あるのみよ!」
「そ、そういう……ものなんですかね……?」
コウメから唐突に説教され、もじもじする使用人の少女。黒髪のセミロング。その長い前髪で瞳を窺うことは難しい。黒のメイド服も相まってか全体的に地味な印象を与える。彼女の正体はこの王都クボウ邸、コウメ・クボウに仕える使用人「カエデ」だ。
コウメは、カエデの愛らしい反応を楽しむようにして、からかい始める。そこへ一人の中年男が彼女たちの元に歩み寄ってきた。
「おやおや、奥様。またやってくれましたね? 玄関扉破壊したの、今月で何回目ですか? 修理する俺の身にもなってくださいよ……」
「お黙り、ジョーソン。競獣の予想ばかりして、ろくに仕事しないんだから。扉の修理くらいで文句言わない!」
「へへっ。こりゃ手厳しい」
怠けた様子でヘラヘラと笑う、茶色い短髪の中年男。顎と口周りには無精髭。服装は白のワイシャツに濃緑の長ズボン。剣士だろうか? 左腰には両手剣を携えていた。だが――右耳に掛かるのは赤色の鉛筆。背中には現実世界でいうところのスポーツ新聞「空想術技新聞」が隠されていた。
彼はコウメに仕える専属の護衛「ジョーソン」である。
「――でも奥様。こんな激しい実験を繰り返していたら、そのうち屋敷が吹き飛んでしまいますぜ?」
「そ、そうですよ! 流石にお屋敷が壊れちゃうのは……」
「案ずるな。壊れたら建て直せばよい」
「「そういう問題ですか〜!?」」
この3人が、今後の数々の戦いに於いて、大きな影響力を与えることになるとは――ヨネシゲは知る由も無かった。
「お、お、奥様! あちらをご覧ください!」
「どうしたの? カエデちゃん――!?」
ここでカエデがヨネシゲたちの存在に気が付く。コウメは彼女が指差す先に視線を向けると、そこには愛娘と――亡くなった筈の夫の姿があった。
「シ、シオンちゃん!? そ、それに、ダーリン!?」
「だ、だ、だ、だ、旦那様が生きているっ!?」
「こ、これは驚いたぜ……」
白塗りの姿を見てカエデとジョーソンも驚きを隠せない様子だ。
コウメはマロウータンの元へ駆け寄る。
「――ダーリン……本当にダーリンなの……?」
「ああそうじゃ。マイハニー、帰ってきたぞよ――」
そしてコウメが――絶叫する。
「キャーッ!! 信じられないっ!! まるで夢みたいだわっ!!」
「――おお……これこれ! ハニー!」
マロウータンの両手を掴んだコウメは、夫を振り回すようにして回転し始める。笑顔でくるくると回る夫婦は、舞い降りる花びらの如く。そんな二人にクラークが紙吹雪を浴びせた。
「本当に……良かったですわ……」
シオンは、再会を喜び合う両親の姿を見ながら嬉し涙を流す。娘の様子に気が付いたコウメが突然マロウータンから手を離す。遠心力で飛ばされた白塗り顔は植え込みに突っ込んだ。一方のコウメはシオンの元まで駆け寄ると、愛娘を力強く抱きしめた。
「シオンちゃん! こんなに早く会えるなんて、思ってもみなかったわ!」
「ええ……お母様……私もです……お会いできて……本当に嬉しいです……うぅ……ひくっ……」
「私もよ……シオンちゃん……」
母親の胸の中で子供のように泣きじゃくるシオン。コウメは優しい笑みを浮かべながら、愛娘の頭を撫でるのであった。
しばらくの間、再会を喜び合う家族。その様子を微笑ましく見つめるヨネシゲたち。そんな角刈りたちにコウメが視線を向ける。
「――ダーリン。そういえば、あちらの方々は?」
「おお、そうじゃった! 紹介しよう。彼らは儂の新たな家臣たちじゃ。彼らが居たから……儂は生きて帰ってこれた――」
マロウータンは、ヨネシゲと出会った経緯、またその功績の数々を愛妻に説明する。
やがて説明を聞き終えたコウメが、角刈りたちの元まで歩みを進める。
「――ヨネシゲさん、ドランカドさん、ソフィアさん、はじめまして。私はマロウータン・クボウの妻、コウメです。この度は夫と娘が大変お世話になりました。こうしてまた夫と娘に会うことができたのも、皆さんのお陰です」
コウメは礼の言葉を述べると、深々と頭を下げた。そんな彼女をヨネシゲたちが気遣う。
「お、奥様、そんな! 頭をお上げください! 我々は言うほど大したことしていませんから!」
「そうっすよ! 寧ろお世話になったのは俺たちの方ですよ!」
「奥様、夫たちの言う通りです。私たちからもお礼を言わせてください」
ヨネシゲたちに気遣われたコウメが頭を上げる。
「――お気遣い、ありがとうございます。皆様との出会いに感謝です……」
コウメは瞳を輝かせながら、角刈りたちに改めて謝意を伝えた。
「奥様。立ち話もなんですから、お屋敷の中に入りましょう!」
「ええ、そうね!」
コウメはジョーソンに促されると、ヨネシゲたちを屋敷の中へと招き入れる。
「さあ、皆さん。玄関扉は吹き飛んでおりますが、どうぞ、お気になさらず中へお入りください。お茶にしましょう!」
「はい! お邪魔いたします!」
「カエデちゃん。皆さんをお部屋までご案内してちょうだい」
「は、はい! かしこまりました!」
ヨネシゲたちはカエデの案内で客間へと移動する。
つづく……




