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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(王都編)
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第207話 王妃に宿る猛獣

 今回も少しだけ時を遡る。改革戦士団によるトロイメライ王都襲撃後の深夜の話だ。


 ドリム城内――塀の内側には、城内常駐貴族の屋敷や、兵士や使用人の宿泊施設が建てられている。その建物の群を見下ろすようにして、高台に建てられた屋敷がトロイメライ王妃レナの私邸だ。

 通常、王族と呼ばれる者たちは、城内に5つある塔の内、中央の塔に私室や書斎を設けている。しかし王妃レナは国王ネビュラとの対立を機に、元々来賓のために建てられたこの屋敷で生活を送るようになった。謂わば夫婦別居状態である。


 その屋敷、王妃の私室。

 黄金色の長い髪と瞳。人形のように整った顔つきの女性――リゲルの血を引くトロイメライ王妃「レナ」の姿があった。

 レナは、晩餐会前に王弟メテオと交わした会話を思い返していた――


 それはメテオに協力を求める場面。レナと第二王子ロルフが迫る。


『――戦わずして、勝って見せましょう』


義姉(あね)様……それは、どういう意味でしょうか?』


『叔父上。どうか、私たちに力をお貸しください! 全ては、トロイメライの明るい未来のために!』


『ロ、ロルフよ……一体、何を言っているのだ……?』


『――愛する民と、国益を守るのが我々王族の役目。一人の王を満足させるために、このトロイメライが回っているわけではありません』


『叔父上! これ以上、この国を朽ちさせてはなりません!』


『――実の兄を……裏切れというのですか……!?』




 ――レナは大きく息を漏らす。


「――流石は王弟殿下。実兄である陛下は裏切れませんか……」


 王妃は瞳を閉じながら呟く。


「殿下との対立は避けたいところ。ですが、最悪の場合を想定しておかねばなりませんね――」


 その時。部屋の扉をノックする音が響き渡る。


「――母上。ロルフでございます」


「お入りなさい」


 レナが応答すると扉の外からは、眼鏡を掛けた、金髪ポニーテールと青い瞳の青年――トロイメライ王国第二王子「ロルフ・ジェフ・ロバーツ」が姿を現した。


「母上。夜分遅くに失礼いたします」


「いいえ。呼んだのは私の方です。それよりも……襲撃事件の対応、ご苦労様でした――」


 愛息子に労いの言葉を掛けたレナはソファーに腰掛けた。ロルフも母親に促され向かい側のソファーに着座すると、王都の被害状況を報告する。


「――母上、残念な知らせです。此度の襲撃で、100名近くもの愛する民たちの命が奪われてしまいました。その他、怪我人も多数。また、王都領軍東基地と東保安署が壊滅的被害を受けております……」


「して、改革戦士団なる不穏分子たちの行方は?」


「はい。北の住宅街と西の歓楽街、東保安署前にいた改革戦士団幹部と思わしき連中は、ウィンターが制圧しました」


「流石ですね」


「そして、港と闘技場近くにいたメンバーも『空想少女カエデちゃん』と『鉄腕ジョーソン』がそれぞれ制圧しています」


「――神出鬼没の、王都のヒーローたちですか……」


「それと……南部の飲食街には、あの黒髪の炎使いが……」


「なんですって……!?」


 黒髪の炎使いという言葉を聞いて、レナの表情が一気に青ざめる。無理もない。黒髪の炎使いことダミアンは、トロイメライ各地で残虐非道の蛮行を働き、南都を一瞬で焼き払った男なのだから。

 王妃は冷静さを欠いた様子でロルフに尋ねる。


「黒髪の炎使いは……捕まえたのですか!?」


「いえ。残念ながら取り逃がしてしまいました」


「そう……ですか……」


 表情を曇らせながら俯くレナ。そんな母にロルフが続ける。


「ですが、母上。その黒髪の炎使いを完膚なきまでに叩きのめした勇者が現れました!」


「勇者、ですか?」


 顔を上げたレナにロルフが微笑みかける。


「はい。その勇者とは、晩餐会の前に父上に暴力を振るわれたあのクボウの家臣、ヨネシゲ・クラフトです!」


 ロルフは語る。今宵、角刈りが見せた武勇を。

 ヨネシゲがダミアンを圧倒していた様子は、近くに居合わせた一般市民、駆け付けた保安官や領兵たちに目撃されていた。そして角刈りが黒髪隻眼を退けた事実は、彼ら彼女たちを通して、既に王都の各地に広がっているとのことだ。

 ロルフの話を聞き終えたレナが嬉しそうに口角を上げる。


「――流石はヨネシゲ殿。あの激戦と呼ばれるブルーム夜戦を勝ち抜いただけあります。彼が居ればトロイメライも安泰かもしれませんね」


「はい、とても心強いです」


 角刈り頭の活躍を喜ぶ二人だったが、その表情も直ぐに険しいものへと変わる。


「――ではロルフ、そろそろ本題に入りましょうか……」


 王妃はそう言うと、目の前のローテーブルに置かれた一通の手紙を手に取る。


「――つい先程、ゲネシスの皇帝陛下から密書が届きました」


「それは真ですか!? して、密書にはなんと?」


「ご覧なさい」


 身を乗り出すように尋ねるロルフ。レナから密書を手渡されると、彼は貪るようにしてその文面に目を通す。


「――これはっ!? イタプレスの王がご決断されましたか……」


 密書を読み終えたロルフは驚きの表情。レナはそんな息子の表情を見つめながら口角を上げる。


「はい。イタプレス国王陛下、英断でしたね。あとはゲネシス側にトロイメライ攻めを上手く演じてもらうだけ。ゲネシス側が本気度を見せつければ、小心者の陛下なら直ぐに和平に応じることでしょう」


「この作戦で肝心なのは、父上自らイタプレスに赴いてもらうこと。ですがこれが一番の難関でしょう……」


「ええ。陛下は20年近く王都に籠りっぱなし。陛下自ら地方を視察したり、他国を訪問することはありませんでしたからね……」


「その父上の重い腰を上げさせる秘策が、ゲネシスとの和平調停ということですか」


「そういうことです――」


 トロイメライ王「ネビュラ」は、かれこれ20年近く王都から外に出ていない。それは、敵対勢力による襲撃、暗殺を恐れての事だ。

 そして今回、ネビュラ自らの足で王都領外へ足を踏み入れさせる計画が練られていた。それがゲネシス帝国との和平調停である。

 レナはソファーから立ち上がり、窓際まで歩みを進めると、窓の外に見える夜景を見つめる。そしてネビュラと、第一王子エリックを王都領外へと誘導する理由を語る。


「――暴政を振るう陛下とエリックは、このトロイメライにとって害悪。排除しなければならない存在です。力尽くで王都から追放することは可能ですが、それをしてしまうと、多くの犠牲者を生み出す可能性があります。王都が火の海に飲み込まれるようなことは避けるべきです――」


 王妃は息子に眼差しを向ける。


「誰も血を流さずに陛下を玉座から引きずり下ろす――それが私の目指すクーデターです」


 そう。レナは、ネビュラとエリックを王都から追放する、無血クーデターを企てていたのだ。

 人差し指で眼鏡を掛け直すロルフの額からは、冷や汗が流れ落ちる。


「――何も知らずにイタプレスから帰国した父上と兄上はさぞ驚くことでしょうな。何せ、王都の各関所が封鎖され、中には入れないのですから」


「でしょうね。そこで、新王となられる貴方には重要な仕事があります。わかっていますよね?」


 ロルフが険しい顔付きで答える。


「封鎖された関所前で立ち往生する父上と兄上に、王都追放を宣言する――ですか?」


 レナが不敵に口角を上げる。


「フフフ……陛下たちに現実を突き付けてあげなさい。これは、散々私たちの助言を無視してきた報いなのです!」


 王妃は、どこか嬉しそうにして、声を弾ませる。そんな母親の姿にロルフは顔を青くさせた。そうとも知らずにレナが言葉を続ける。


「それともう一つ。陛下にはゲネシス帝国と和平を結んでもらう訳ですが、その和平は陛下を追放した後も生き続けます。これからはトロイメライとゲネシスが共に歩み寄り、争いごとのない平和な世を築いていかねばなりません。そこで両国の関係をより確かなものにするため、お互いに姫を差し出すことになりました」


「我らトロイメライからは、腹違いの妹『ノエル』。そしてゲネシスからは皇妹『エスタ』殿下……」


「ええ。嬉しいことに、ノエルはゲネシス皇帝陛下(オズウェル)が妻として迎え入れてくれるそうです。あの子も幸せ者ですね。そしてエスタ殿下に関しては、貴方かヒュバートに嫁がせたいところ――ですが、私たちトロイメライ王族は、トロイメライの血を引く者でなければ、婚姻を認めていません。例え、国王が変わったとしても、古より続くこの伝統は守らなければなりません――」


 レナは窓際から離れると再びソファーに腰掛ける。


「――そこでエスタ殿下には、ウィンター殿の妻として嫁いでもらいます。ウィンター殿は成人の儀も終えており、次期宰相候補の一人。殿下を嫁がせるには妥当な相手と言えましょう」


「しかし、母上。ノエルにしてもウィンターにしても、事前にこの政略結婚の話をしておかなくて宜しいのですか?」


「ノエルには――時が来たら私から説明しましょう。ですが、ウィンター殿には直前までこの話をするつもりはありません。あの子が素直に政略結婚の話を受け入れてくれると思いますか?」


「確かに、相手は長年敵対してきたゲネシスの姫。普通に考えれば、ウィンターでなくとも大半の者が、この政略結婚の受け入れを躊躇う事でしょう」


「ええ、その通りです。ウィンター殿なら躊躇いもなく政略結婚の話を断ってしまうことでしょうから。ですがそれでは困ります。なにしろあの子は、エスタ殿下のご指名でもありますからね」


「では、どうやって? ウィンターに婚姻を認めさせるのですか?」


「――ウィンターには何も知らせず、陛下の護衛としてイタプレスまで同行してもらいます。そこでエスタ殿下と対面してもらい――二人だけで一夜を過ごしてもらいます」


「は、母上。それはつまり……!? しかし、斯様な事をエスタ殿下がお認めになられ――」


「――ご安心を。エスタ殿下は既に了承済です。ウィンター殿には申し訳ありませんが、ここは少々手荒な方法を取らせてもらいましょう」


「――母上。そんなことをしたら……大切な臣下を傷付けることになりますぞ?」


 母親の考えにロルフが異議を唱える。だが王妃は力強い眼差しで息子を見つめる。


「ロルフ。まだ貴方には覚悟が足りませんね。愛する民たちを守るため、時には厳しい判断も必要です」


「斯様なことは、流石に気が引けます……」


「安心なさい。ノエルもウィンターも、国益のため、平和のため、民のためだとわかれば、きっと理解してくれることでしょう!」


 その表情は自信に満ち溢れていた。王妃は息子に覚悟を迫る。


「全てはトロイメライの安寧と繁栄のためです! ロルフ王子――いえ、新国王陛下。貴方も覚悟を決めなさい! このまま陛下とエリックに国を蝕まれてしまってもよろしいのですか!?」


「いえ! それは断じてなりません! 父上と兄上には……隠居していただきます……!」


「ならば、貴方の覚悟をお聞かせください!」


 ――そして、ロルフは力強く頷く。


「――愛する国のため、愛する民のために、このロルフ・ジェフ・ロバーツ、全身全霊を注いで(まつりごと)に取り組んでいく所存でございます!」


「フフフッ。頼りにしていますよ、ロルフ」


 覚悟を決めたロルフ。だが彼は思う――


(――母上には猛獣が宿っている。身内や臣下をも食らってしまう猛獣が……)


 

 混沌と、王都の闇は深まる。



つづく……

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