第206話 魔族と呼ばれる者たち
「想人」――それは、この空想世界を支配する生物。現実世界で言うところの「人間」に分類される存在だ。そして「想人」は、大きく分けて「リアル種」と「バーチャル種」の2つの種族が存在する。
先ず1つ目が「リアル種」。
最も現実世界の人間に近い存在であり、大半の想人がこれに分類される。ちなみに、ヨネシゲ、ソフィア、ドランカド、更にはダミアンらもこのリアル種に属する。
そしてもう一つ「バーチャル種」と呼ばれる種族について説明しよう。
全想人の約三割がこれに分類される。
見た目はリアル種の想人と何ら変わりはない。だがその中身は大きく異なっている。
バーチャル種は、常に全身の細胞から想素を放っている。その想素は実体を保つ為に必要不可欠なものであり、体内に空気中の具現体を取り込み、具現化する事で生身――つまり生命を維持しているのだ。故に彼らは、空気中の具現体濃度が薄い地域では生存できない。
だが、バーチャル種の想人にはもう一つ大きな特徴がある。それは「内部具現化」を可能としている点だ。
内部具現化とは、脳や細胞で生成された新鮮な想素を、体内に取り込んだ具現体と結合させること――つまり、バーチャル種が生命を維持するために行っている事だ。
そして内部具現化は空想術を使用する際も有効な手段である。
通常、リアル種の想人は空想術を使用する際、脳内で生成した想素を体外へ放出し、空気中の具現体と結合させ現象を発生させる「外部具現化」という方法を用いている。しかし想素は体外に放出した時点で大きく劣化してしまい、空想術の効果は半減するとまで言われている。
しかし、リアル種は「内部具現化」の方法を用いることができない。その理由は大きく2つある。
一つは、リアル種の想人は体内に具現体を取り込めないこと。故に体内で新鮮な想素と結合させることができない。一応、具現草に含まれる具現体と酷似した物質「グゲンモドキ」を体内に取り込むことで、内部具現化が可能となる。ところが次の理由で、リアル種の想人は内部具現化を禁じられている。それは、肉体が内部具現化のエネルギーに耐えきれないからだ。
内部具現化は、例えるなら体内で火薬に火を付けるのと同じ行為だ。その爆発的エネルギーに対する耐久を持ち合わせていない状態で、内部具現化を行えば、目に見えた結末が待ち受けているだろう。
一方、バーチャル種の想人はどうだろうか?
リアル種の想人が命取りとなる行為――内部具現化を行うことで生命を維持している。つまり、バーチャル種は内部具現化の絶対的耐久を持ち合わせていることになる。故に、内部具現化を用いて強力な空想術を使用する事ができるのだ。
――そんな彼ら彼女らを、リアル種の想人は「魔族」と呼び、忌み嫌った。
時を遡ること、約200年前。
元々、一つの大陸を支配していたトロイメライ王国は、リアル種とバーチャル種との間で起きた種族戦争により二分された。
リアル種側がトロイメライ王国の名を受け継ぎ、バーチャル種側はゲネシス帝国を名乗ることになる。
この200年の間には、両国が歩み寄り、和解の動きも何度か見られた。だが昨今は過去最悪とまで呼ばれる関係までに悪化。一触即発の状態が続いている。
そんな両国の間に、ある動きが――
ここは、トロイメライ王都メルヘンと隣接する小国「イタプレス王国」である。
トロイメライ王国とゲネシス帝国に挟まれるイタプレス王国は、両国の緩衝国の役割を果たしており、中立の立場をとっている。
トロイメライとゲネシスを行き来する為には、基本的にイタプレスのような緩衝国を経由する必要がある。特にイタプレスはトロイメライ王都と隣接していることもあり、大国間を移動する想人の数は桁違いだ。
リアル種想人とバーチャル種想人の交流も盛んに行われており、両者を親に持つ子も決して少なくはない。
そんな多様な文化が入り混じるイタプレス王国に、ある人物たちが訪問していた。
ここで、時を少しだけ戻そう。それは昨晩、トロイメライ王都が改革戦士団の襲撃に遭う晩の話だ――
――イタプレス王国・プレッシャー城。
イタプレスの若き王「ケンジー・カタミセマン・イタプレス」は、ゲネシス帝国からの来賓を出迎える。
「――ゲネシス皇帝陛下、エスタ殿下、ケニー殿下。お待ちしておりました!」
「イタプレス国王陛下、お会いできて光栄だ――」
イタプレス王とゲネシス皇帝は固い握手を交わした。
ケンジーは、自分より遥かに背が高い皇帝を見上げると、頬を赤く染めながらうっとりとした表情を見せる。
(いつお会いしても、美しい――)
どこか艶っぽい笑みを浮かべる青年は銀色の長髪。女性顔負けの美貌、それと対なるガッシリとした肉体。2メートルは優に越える長身――彼こそが、ゲネシス帝国皇帝「オズウェル・グレート・ゲネシス」である。近隣諸国から「魔王」と呼ばれ恐れられている存在だ。
「イタプレス国王陛下、どうされた? 俺の顔に何か付いているのか?」
「あっ!? いえいえいえ! 何でもございません! お気になさらず!」
「そうか? なら良いのだが……」
慌てて誤魔化すケンジー。そこへ、同じく見上げる程の長身の美女が歩み寄ってきた。
「イタプレス国王陛下、お久しぶりです。お元気そうで何より……」
「これはこれは! エスタ殿下もお元気そうで安心しました!」
(なんて大きな胸なんだ。こんなに大きい女性は他に見たことがない。だけど僕は――皇帝陛下の胸板の方が……)
銀髪三つ編みおさげは、自慢の大きすぎる膨らみを腕で寄せた。皇帝と大差ない長身のグラマー体型。露出の多いドレスを身に纏い、まるで誘惑するような妖艶な笑みでケンジーを見下ろす。彼女の正体は、皇帝オズウェルの妹「エスタ・グレート・ゲネシス」である。
「ウフフ……私のお胸、気になりますか?」
「あっ!? いえいえ! 全然!」
「え? 全然――?」
そして同じく長身、緑髪おかっぱ頭の少年がケンジーに手を差し出す。
「久しぶりだな、国王陛下。早速、姉が失礼してすまなかった……」
「と、とんでもない! ケニー殿下、お会いできて嬉しいです!」
笑顔のケンジーは、差し出された彼の手を力強く握り返した。
(――なんて凛々しいお顔付きなのだ。甘いマスクの皇帝陛下が本命だが、少々刺々しい皇弟殿下も捨てがたい……)
この少年もオズウェルと大差ない高身長。皇帝に比べるとやや細身だが、とても引き締まった体付きだ。精悍な顔付きの彼は、どこか挑戦的な笑みを浮かべていた。彼はオズウェルとエスタの弟「ケニー・グレート・ゲネシス」だ。
決してケンジーが低身長という訳ではないのだが、長身の三人に囲まれると、彼が子供のように小さく見える。
オズウェルがケンジーの肩に腕を回す。
(こ、皇帝陛下がっ!? ぼ、僕の肩にっ!?)
「早速だがイタプレス国王陛下。積もる話が山程ある。食事をしながらゆっくりと話そうではないか」
「は、はいぃっ! た、只今、お部屋までご案内しましょう!」
「フフッ。緊張するな」
「す、すみませんっ!!」
ケンジーの額からは大量の冷や汗が流れ落ちていた。
(――それにしても、3人とも凄い威圧感だ。流石、魔族と呼ばれる者たちの頂点に立つ方々だ……)
ケンジーは、オズウェルたちに連行されるようにして、会食が行われる部屋を目指した。
――そこは、プレッシャー城内にある10畳程の一室。窓一つ無い部屋に置かれた、4人掛けの円卓を囲むのは、イタプレス王とゲネシス皇帝たちだ。
4人は次々に運ばれてくる料理を味わいながら、談笑を交わしていた。ところが、料理が出きったところでオズウェルはケンジーに人払いを要求。それに応じたケンジーが使用人たちを部屋から退出させたところで、エスタが部屋全体に結界を張った。これにより外部に一切の音が漏れ出すことはない。
オズウェルは、グラスに注がれた葡萄酒を一口味わった後、ケンジーに話題を切り出す。
「――イタプレス国王陛下。本題に入ろうか……」
「本題……ですか……?」
皇帝、皇妹、皇弟の三者の視線が一斉にケンジーへと向けられる。イタプレスの若き国王は、顔を強張らせると、固唾を呑んでオズウェルの言葉を待った。そして、魔王の口がゆっくりと開かれる。
「率直に申し上げよう。イタプレス国王陛下、我々の猿芝居に付き合ってくれないか?」
「猿芝居ですか?」
「そうだ。実はな――」
猿芝居とは何か? 首を傾げるケンジーにオズウェルがその全貌を説明する――
「――そ、それは、真でございますか……!?」
「本当だ」
余りにも壮大な計画に、ケンジーは声を震わせた。そんな彼に魔王は言葉を続ける。
「今回、トロイメライ王妃、ロルフ王子の思惑と、我々ゲネシスの利害が一致した。トロイメライと和平を結ぶことができ、更には人質となる姫まで差し出してくれると言うのだから文句はない。まあ、それだけでは筋は通らん。こちらも我が妹をトロイメライ側に嫁がせる予定だ」
「――同盟に……政略結婚……何故、そこまでしてトロイメライと?」
ケンジーの問い掛けに、オズウェルは葡萄酒で喉を潤してから答える。
「イタプレス国王陛下。我々バーチャル種が生命を維持する為には、具現体の存在が必要不可欠。そしてゲネシスの領土を漂う具現体は、トロイメライ王都の地下に眠る『具現岩』から放出されているものだ。もし仮に、その具現岩から放出される具現体をトロイメライ側に制限されてしまったら?」
「!!」
ケンジーの背筋が凍り付く。
空気中の具現体濃度が低下すれば、それを頼りに生きているバーチャル種の命が失われてしまう。そして具現岩から放出される具現体の制限は、現代の進歩した空想術を使用すれば、容易く行われてしまうとオズウェルは話す。
「非人道的と言われ続けてきた具現体の制限。故に、どれ程両国の関係が悪化しても、今日まで制限が行われるような事は無かった。だが近年、具現体の制限をちらつかせ、我々を脅す暴君が現れた……」
「トロイメライの……国王陛下ですか……?」
「うむ。あの暴君を引きずり下ろす為、王妃とロルフ王子が着々と準備を進めている。そして今回、王妃と王子が我々に協力を求めてきた次第だ」
「それが今回の猿芝居ということですか?」
「ああ。具現体の制限に怯えての生活はもう勘弁だ。これ以上争うことも望んでおらん。この機にトロイメライと同盟を結び、両国の関係を改善したいと考えている。我々は具現岩の安全が担保され、バーチャル種に安寧と繁栄を齎すことができればそれで良い……」
そしてオズウェルは憂いた表情で言葉を漏らす。
「我々は、強大な力を持つ魔族として恐れられているが、実際はそうでもない。具現体が無ければ生きていけない、か弱き種族なのだ……」
そして魔王がケンジーに尋ねる。
「イタプレス国王陛下。魔王と呼ばれる俺が怖いか?」
「いえ、そんなことはございません。寧ろ、自国の民の為に尽くすお優しいお方だと思っております!」
「フフッ。嬉しいことを言ってくれるではないか……」
会話が途切れたところで、ケニーが猿芝居と呼ぶ計画内容を整理して、ケンジーに伝える。
「では、国王陛下。話を整理しよう。先ずイタプレス王国には、俺たちゲネシス帝国に突然攻められ占拠されたことにしてもらう。イタプレスとトロイメライ王都は隣接しているからな。ネビュラはさぞ驚くことだろう。ここまでの内容は理解したか?」
「はい。続けてください」
「わかった。俺たちは大軍を率いて、イタプレスとトロイメライの国境付近に布陣する。その上でネビュラに和平を迫るつもりだ。その際のネビュラの説得は、王妃とロルフ王子の手腕に掛かっている。そして説得に応じたネビュラには、このイタプレスの地で俺たちと和平を結んでもらう。その際に暴君の護衛として同行させるウィンターは――」
エスタが舌舐めずりする。
「ウフフ。あの子は私が食べちゃいます――いえ、私の夫になっていただきます。強制的に……断れない理由を作って……」
「ウィンターは兄様の腹に傷を刻んだムカつく野郎だけど、奴は一国の公爵。姉様の嫁ぎ先には申し分ない。それに姉様がウィンターを抑えておけば、トロイメライ側が和平を破る可能性も限りなく低くなる」
ケンジーの顔面から冷や汗が滴り落ちる。
「――これが全部、トロイメライの王妃殿下とロルフ王子の思惑とは、信じられん……」
そしてケニーが不敵に口角を上げる。
「――そして、ネビュラがイタプレスに赴いている間に、トロイメライの玉座には――フッフッフッ……」
顔を俯かせるケンジーに、オズウェルが問う。
「イタプレス国王陛下。協力してくれるか?」
オズウェルは自分の顔を見上げるケンジーに言う。
「全ては、両国の安寧と繁栄のためだ。貴方の決断が多くの人々に幸せを齎す」
そしてケンジーは首を縦に振った。
「わかりました。協力しましょう!」
ケンジーの返事を聞いたゲネシスの3人は嬉しそうに笑みを浮かべる。
するとエスタが突然席から立ち上がると、ケンジーに抱きついた。
「エ、エスタ殿下!?」
「ウフフ。イタプレス国王陛下、英断でしたよ。そこで、国王陛下にお礼がしたいのです」
「お、お礼ですか……?」
お礼とは何か? エスタが耳元で甘く囁く。
「――国王陛下が望むのであれば……このエスタ・グレート・ゲネシス。今晩、国王陛下のお相手をして差し上げますよ?」
妖艶に微笑むエスタ。その隣でオズウェルが口角を上げる。
「イタプレス国王陛下。我が妹は単なる男好きだ。もし良かったら相手をしてあげてくれないか? もしその他に要望があるなら、何でも聞いてやるぞ?」
「何でも……宜しいのですか?」
「ああ。遠慮なく申してみよ」
オズウェルの言葉を聞いたケンジー。彼は一度躊躇うも、意を決してその要望をオズウェルに伝えた。
「皇帝陛下っ!」
「なんだ?」
「皇帝陛下! 今晩……今晩……僕のお相手をしてくださいっ!」
「!!」
――言ってしまった。
ケンジーは何かをやり遂げた、達成感に満ちた表情で、天井を見つめる。一方のエスタとケニーは、ケンジーの発言を聞いて凍りついていた。
だが、オズウェルは――
「フフッ。よかろう。イタプレス国王陛下たっての望みだ。叶えてやらねばな」
「お「兄様っ!?」」
驚愕の表情を見せるゲネシス姉弟。そしてケンジーは信じられないといった様子で呆然と立ち尽くしていた。
するとオズウェルはケンジーの腕を掴む。
「こ、皇帝陛下!?」
「さあ、イタプレス国王陛下よ。自室まで案内してくれ。男同士、語り合おうではないか――」
オズウェルはそう言うと、ケンジーを連れ部屋を後にする。
ゲネシスとイタプレスのトップ――二人の長い夜が今始まろうとしていた……!?
――ゲネシス帝国は動き始めた。自国の安寧と繁栄のために。
つづく……




