第205話 真夜中の王都〜夜明け
日付が変わった頃。
ドリム城の南門に到着したヨネシゲ一行をマロウータンとシオンが出迎える。
「おおっ! 皆、無事じゃったか!? 怪我はないかっ!? 怪我はないか!? 無事かのっ!?」
「マ、マロウータン様っ! お、落ち着いてくだされっ! 全員無事ですよ!」
全速力で角刈りの元に駆け寄ってきた白塗り顔は、その肩を掴み大きく揺さぶった。
やがて落ち着きを取り戻したマロウータン。安堵の声を漏らした。
「――そうか。全員無事じゃったか。本当に良かった……」
一同、互いの無事を喜び合った後、ヨネシゲは主君に南部で起きた惨劇、そしてダミアンとの戦闘を報告した。
「な、なんじゃとっ!? ダミアン・フェアレスじゃと!?」
角刈りから「ダミアン」の名前を聞いた白塗り顔は驚愕の表情。だがそれは直ぐに怒りの能面へと変わり、持っていた扇を強く握りしめた。無理もない。彼も実の父と兄を黒髪の悪魔によって殺害されてしまったのだから。
「――して、ダミアンはっ!?」
マロウータンの問い掛けにドランカドが答える。
「はい! ヨネさんがボコボコにしてやっつけちゃいましたよ! まぁ……最後は逃げられちゃいましたがね……」
「ヨネシゲ、それは真か!? あの黒髪の炎使いを退けたと申すか!?」
ここでお調子者のヨネシゲ。
自慢気な表情を見せながら言う。
「ナッハッハッ! 本当ですよっ! この鉄拳でダミアンの野郎をぶん殴ってやりました! 次会った時は息の根を止めてやります! ガッハッハッ!」
「よっ! ヨネシゲ殿っ! 流石、カルム一でございますぞ!」
高笑いを上げるヨネシゲに、マロウータン専属執事のクラークが紙吹雪を浴びせる。その様子を呆然と見つめる白塗り顔に、ソフィアが歩み寄る。
「――私の夫は立派に戦い、そして、この私の命を助けてくれました。ヨネシゲ・クラフトは、誰にも負けない私自慢の夫です。きっと、マロウータン様のお役に立つ日が必ず来るはずです。私が保証します」
「そうか。ソフィア殿が言うのであれば間違いないのう。儂は良き家臣に恵まれたようじゃ……」
気付くと、白塗りの表情は穏やかなものに変わり、その期待の眼差しで角刈りを見つめていた。
真夜中のドリム城。その食堂から漏れ出すのは温かい照明と談笑――賑やかな深夜の晩餐会の始まりである。
ヨネシゲたちは食堂の長テーブルを囲みながら、並べられた夜食を頬張っていた。
「おぉぉぉっ! この肉うめぇ~! パンによく合うな!」
「美味っすね〜。酒にも合いますよ〜!」
「流石ドリム城の料理人が作った夜食だ! 一味違うぜ!」
ヨネシゲ、ドランカド、ノアの三人は、ニンニクとバターで炒めたガッツリ肉料理を無我夢中でかぶりつく。食べ物を喉に詰まらしそうになったら、ビールやぶどう酒で流し込む。
その隣。ソフィアとシオンは野菜たっぷりのポトフとフルーツ酒を味わいながら、恋の話に花を咲かす。
「え!? それはヒュバート王子と急接近ですね!」
「えへへ。つい先程まで怯える私に寄り添っていてくれて……とても心強かったです……」
その様子を微笑ましく見つめながら、マロウータンとクラークが濁り酒で晩酌。つまみは魚やイカの干物とナッツ、そしてニンニクバター味のガッツリ肉を少々。
「旦那様。微笑ましい光景ですな」
「ウホホ……そうじゃな――」
白塗りは盃に注がれた濁り酒を飲み干す。
(――ヨネシゲ、ドランカドよ。早速、明日から忙しくなりそうじゃ。今のうちに英気を養っておくのじゃぞ……)
ヨネシゲ一行の深夜の晩餐は遅くまで続けられた。
角刈りたちが夜食を楽しんでいる頃、ウィンターはネビュラとメテオに改革戦士団の王都襲撃事件に関する報告を行っていた。
「――報告は以上になります」
「了解した。それにしても、黒髪の炎使いが生きていたとは……」
ウィンターからの報告を聞き終えたメテオが表情を曇らす。その隣ではネビュラが苛立った様子で口を開く。
「ウィンターよ、不始末だな。お前が最初から出ていれば黒髪を取り逃さずに済んだ筈。あんな平民に任せた結果がこれだ!」
「恐れながら、陛下」
「なんだ!?」
「ダミアン・フェアレス、相当な実力者だと見受けられます。この王都でも黒髪に太刀打ちできる者はごく僅かでしょう。ですが、ヨネシゲ殿は拳一つであの男を封じ込めました。この王都に、ダミアンという不穏分子の侵入を許してしまった今、ヨネシゲ殿の存在は必要不可欠です」
「何が言いたい?」
ウィンターは、苛立ちを募らせるネビュラの瞳を真っ直ぐと見つめる。
「ヨネシゲ殿はこの王都――いや、トロイメライの救世主となり得るお方。どうか、大切になさってください。さすれば、きっと陛下のご期待に応えてくれることでしょう」
「フン! 生意気な……」
不機嫌そうにそっぽを向くネビュラ。するとメテオが口添えする。
「兄上。ウィンターの言う通りでございます。ヨネシゲに限らず、下の者にもっと慈愛の心を持って接するべきです!」
「メテオよ。お前までこの俺に説教をするつもりか?」
ネビュラはギロッと弟を睨む。メテオは蛇に睨まれたように顔と身体を強張らすも、そのまま言葉を続ける。
「ええ。失礼を承知で申し上げております。どうか、我々の思いを受け止めていただきたい!」
メテオの言葉を聞いたネビュラは大きく息を吐く。
「――俺はあの平民を殴ってしまったのだぞ? 今更俺に何をしろと言うのだ?」
不貞腐れた様子の兄にメテオは提案する。
「今回の功績を称え、ここは一つ、褒美を取らせてみてはいかがでしょうか?」
「褒美だと?」
「ええ。そこで、私に考えがあります」
「――聞いてやろう」
ネビュラは弟の言葉に耳を傾けた。
夜食を食べ終えたヨネシゲとソフィアは、ドリム城内にある客用の寝室へと案内された。VIPも泊まるその広々とした部屋は、まるで高級ホテルの一室だ。
天井にぶら下がるシャンデリア、壁や扉などには派手な装飾品、フワフワの赤い絨毯、王都を一望できる大窓、そしてその窓際に置かれたダブルベッド――
ヨネシゲがシャワーから戻ると、先にシャワーを浴び終えていたソフィアが、バスローブ姿でベッドに腰掛けながら、大窓の外に広がる夜景を眺めていた。
ヨネシゲはその彼女の隣に座ると、夜景を見つめながら言葉を漏らす。
「――初日から色々とあったな」
「本当だね」
「――綺麗な景色だ。先程、あんな事件が起きたとは思えないよ……」
「ええ……」
ソフィアは相槌を打つと、ヨネシゲに視線を向ける。すると彼女は角刈りの格好を見て笑いを漏らす。
「フフッ。あなた、なんですかその格好は? 家じゃないんだから。バスローブは無かったの?」
「ガッハッハッ! ドンマイ、ドンマイ!」
シャワーから戻った角刈りの格好。それは腰回りにバスタオルを巻き付けただけの、とても開放感ある格好だった。
赤面のソフィア。少々気不味くなったヨネシゲがバスローブを取りにベッドから立ち上がろうとする。だが、その手は彼女に掴まれた。
「ソフィア?」
「いいの……ここに居て……」
「そ、そうか?」
再びベッドに腰掛けるヨネシゲ。そんな角刈りにソフィアが恥ずかしそうにして言う。
「あなた……背中、見せて……」
「え? 背中か?」
ヨネシゲはソフィアに言われるがまま、背を向ける。
――直後、その背中に彼女の温もりを感じた。
「ソフィア……?」
「とても……大きな背中だね……あの時見た背中は、本当にカッコよかったよ……あなたが助けてくれなかったら……私は今この背中を触れていない……」
ソフィアはそう言いながら、ヨネシゲの背中、肩、胸板、腹を撫でる。
「ソフィア!」
「あ、あなた……!」
角刈りは彼女を抱きしめる。
「――助ける事ができて良かった……俺もこうして……君を抱きしめることができる……」
「うん……あなた……お願い……もっと……もっと……強く抱きしめて……」
「ああ……わかったよ……」
ヨネシゲは力強く、それでいながら優しくソフィアを抱きしめる。
そして、二人はそのまま、ベッドに倒れ込んだ。
王都の夜は、更に深く、深く――
――王都メルヘンに朝日が昇る。
ヨネシゲは目覚めると、隣で寝息を立てるソフィアを起こさないように、静かにベッドから抜け出す。
そして角刈りは、近くのソファーに置かれていたバスローブを羽織ると、まだ肌寒い風が吹き抜けるバルコニーに出た。
ヨネシゲは東側に体を向けると、まばゆい朝日を浴びながら、一人呟く。
「――清々しい朝だ……」
こうしてヨネシゲは、王都で初めての朝を迎えることになった。
――ここはトロイメライ王国最西部、コロンダス領・領都コロック。王都から南に少し離れた場所に位置する。
まばゆい朝日に照らされる中、トロイメライ西海を横目に、固い握手を交わす二人の大男――
「ダルマン殿。そなたと同盟を結べて本当に良かった。改めて礼を言わせてもらおう」
「いやいや、礼には及ばぬ。オラは、再びトロイメライが一つになる姿が見てみたいだけよう」
「ならば、その夢――叶えてやらねばのう……」
その老年男はツルツル頭。積乱雲の如く黒い立派な髭を生やす、黄色く鋭い眼光を放つ彼の正体は――
「頼むっぺよ! タイガー殿! あの時代に戻すだよ!」
「任せておけ……」
そう。この老年の大男は――アルプ地方領主「タイガー・リゲル」だった。
そして、タイガーと固い握手を交わすこの老年男。虎入道と負けず劣らず立派な黒い髭を生やす、パンチパーマと紅の瞳を持つこの男の正体は――コロンダス地方領主「ダルマン・ロックス」である。
タイガーやオジャウータンと同じ時代を生き、トロイメライ王国の重職「西海守護役」を務める、「西海の大砲」の異名を持つ猛将だ。
ダルマンと別れたタイガーは、息子レオと重臣バーナードに指示を出す。
「夕刻までには王都に着きたい。さあ、虎の如く西海街道を駆け抜けるぞ――兵を進めろ!」
西の有力者と同盟を結んだ虎が更に勢いづく。
つづく……




