第203話 勝利の理由
王都メルヘン南部の飲食街。
けたたましく鳴り響く警鈴。保安局や防災局の隊員が慌ただしく行き交う中、ヨネシゲ一行は負傷者の救護や搬送を手伝っていた。
今晩、王都各所で発生した改革戦士団による無差別テロ事件。
改革戦士団最高幹部ダミアンを含む複数名の戦闘長が猛威を振るい、またしても罪なき人々の命が彼らの蛮行によって奪われてしまった。
だが、王都守護役ウィンター・サンディや王都の各治安機関、そしてヨネシゲらの迅速な対応により被害を最小限に抑えることに成功した。彼らの活躍が無ければ更に多くの犠牲者が出ていた事だろう。
――ヨネシゲたちが負傷者の救護活動を終えたのは、日付が変わる少し前のことだった。
ヨネシゲとドランカドは、負傷者を乗せた幌馬車を見送りながら、言葉を交わす。
「今の幌馬車で最後のようだな」
「ええ。これで負傷者は全員病院に搬送されることでしょう」
「だが、瓦礫の下にも取り残された人は?」
「それも全員救出済です。さっき防災局の隊員が空想術で探知してましたから漏れはないでしょう」
「そうか。なら安心した。そうなると俺たちの出番はもう無さそうだな――」
そこへ負傷者の手当を行っていたソフィアとクラークも合流する。
「あなた、ドランカド君、お疲れ様」
「おっ! ソフィア、お疲れっ!」
「お疲れ様っす! いや〜ソフィアさんの笑顔見てると疲れが吹き飛びますね!」
「またまた、ドランカド君はお世辞がお上手ね」
ヨネシゲは思う。ドランカドの言うことはあながち嘘ではないと。まるで女神様のように微笑むソフィアの笑顔は見ていて本当に癒やされる。と同時に、角刈り頭は彼女に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
(――ソフィア。あれだけ怖い思いをした後だと言うのに気丈に振る舞って……おまけに、負傷者の手当までしてるんだ。本当だったら俺が君を癒やしてやらねばならんのに……)
ヨネシゲはソフィアに労いの言葉を掛ける。
「ソフィア。君も怖い思いをしたばかりなのに……遅くまでありがとな」
ソフィアは微笑んだまま首を横に振る。
「ありがとう。でも、私なら大丈夫だよ。だって、何があってもあなたが守ってくれるから、何も怖くないよ」
「ソフィア」
見つめ合う二人。
するとクラークがヨネシゲたちを労う。
「ヨネシゲ殿にドランカド殿。素晴らしいご活躍! お見事でございましたぞ! お二人とも立派なクボウ男児でございます!」
褒めちぎるクラークに角刈り2名は顔を赤くする。
「いやいや。俺たちもまだまだですよ。それよりも、負傷者を次々と治癒してしまうクラークさんの方が凄いです!」
「その通りっす! クラークさんみたいな人尊敬しますよ」
「いえいえ。治癒と言っても軽傷者の手当くらいしかできません。それに、私もクボウの者として当然の責務を果たしたまでです」
互いに褒め称える3人にソフィアが言う。
「三人とも格好良かったですよ! 私からしたらみんなヒーローのような存在です!」
「それは君も同じだよ」
4人は互いに顔を見合わせると、笑みを零した。
ちょうどそこへ、別の場所で救護活動を行っていたウィンターとノアがヨネシゲたちの元へ戻る。
「皆さん、お疲れ様です」
「ウィンター様、お疲れ様です。東部の方も落ち着きましたか?」
「ええ。一先ず負傷者の救護は完了しました。ですが、保安署と領軍基地が標的になったようで、多くの死傷者が出てしまいました……」
遣る瀬無い事実にヨネシゲは怒りを露わにする。
「くそっ! また罪のない人達が……一体、奴らの目的は何なんだ!?」
「現段階ではわかりません。ただ、これは私の推測になりますが、恐らくは南都での腹いせ、或いは滅びかけた組織の存在を誇示するため――いずれにせよ、奴らを根絶やしにしなければ、同じような惨劇が繰り返されることでしょう……」
「冗談じゃねえぞ……」
一同、表情を曇らし、顔を俯かせる。
そんな中、視線を落としたヨネシゲがある事に気が付く。
「――あっ……そうだった……」
上半身裸の漢ヨネシゲの胸元には、ウィンターから預かった具現石のペンダントが輝いていた。角刈りはそれを徐ろに首から外すと、守護神に手渡す。
「ウィンター様。ペンダントをお返しします。とても良いお守りでした。なんというか、体の奥底から力が漲ってくるような感覚といいますか――」
ヨネシゲの言葉にウィンターは口角を上げる。
「きっとそれは、ヨネシゲ殿の体内に眠っていた『覚醒想素』が、この具現石のペンダントによって呼び起こされたのでしょう」
「覚醒想素ですか?」
「ええ。覚醒想素は、通常の想素と一緒に放出することで、具現化の際に爆発的な力を発揮することができるのです――」
ウィンターの説明はこうだ。
先ず、想人――この世界でいう人間の体内には、『覚醒想素』という特殊な想素が眠っているらしい。
覚醒想素は、脳内で生成される想素とは異なる存在。生まれた時から各想人が保有する固有の想素となっている。
この覚醒想素は、空想術使用の際、脳内で生み出した通常の想素と結合させることで、爆発的な力を生み出すことができるのだ。謂わば起爆剤的存在だ。
だが、個体ごとに覚醒想素の質が異なり、大半の想人は覚醒想素を呼び覚ましても、覚醒と呼べる現象を起こすに至らない。良質な覚醒想素を持つ想人は、ある意味天性の才能を持った選ばれし者と言えよう。
そして、この覚醒想素を呼び覚ますには、具現岩の欠片である具現石の力を借りる。
空想術で現象を発生させるためには、脳内で生み出した想素と、具現岩や具現石から放出される具現体と結合させる必要がある。
具現体には想素を引き寄せる力があり、具現体の塊である高濃度の具現石を身につけることで、体内で滞っている想素を体外へ効率的に放出することができる。それは体内に眠る覚醒想素も例外ではない。
コツを掴めば、具現石に頼らずしても覚醒想素を自在に放出することが可能だ。その他にも感情の昂りによって、覚醒想素を放出させることもある。
今回、ヨネシゲは具現石の力と、ダミアンに対する怒りの感情が、角刈りの覚醒想素を呼び起こしたのだ。そしてそれは、天性の覚醒想素だった――
「――あのダミアン・フェアレスからも恐ろしく強力な想素が放たれていました。だけど、ヨネシゲ殿から漏れ出す想素はそれを凌駕するものです」
「俺にそんな力が……」
ウィンターの説明を聞き終えたヨネシゲは、信じられないといった様子で、己の拳を見つめる。
その様子を横目に、ウィンターは具現石のペンダントを自分の首に掛ける。
すると角刈りがある事を尋ねる。
「ウィンター様、愚問ですが……」
「なんでしょう?」
「ウィンター様ほどのお方でしたら、自力で覚醒想素を放出できますよね?」
「ええ。一応は……」
「でしたら、そのペンダントを身に付ける理由とは?」
ウィンターは、具現石の力を頼らずしても自在に覚醒想素を放出させる事ができる。それでも具現石のペンダントを身に付ける理由とは――角刈りは気になった。
少し間を置いた後、守護神が返答。
「――これは、母の形見なんです」
「お母様の形見!? そ、そんな大事な物を何故私なんかに――」
ウィンターが持つ、猫をあしらったトップのペンダントは母親の形見だった。このペンダントが彼の母親の形見だと知っていたら、預かることはなかっただろう。寧ろ、初対面の自分にそんな大切なものを何故預けたのだろうか?
守護神は相変わらずの無表情で答える。
「――あの時に感じた嫌な予感……ヨネシゲ殿にこのペンダントを託せば、その危機を回避できる気がしたからです」
ウィンターはそこまで言い終えるとヨネシゲたちに背中を向ける。
「さあ、皆さん。クボウ閣下がお待ちです。城に戻りましょう」
「そうですね! マロウータン様もシオン様も心配していることだろう――みんな! 早く帰ろうぜ!」
「「はい!」」
因縁の敵ダミアンを排除し、負傷者の救護を終えたヨネシゲ一行は、主君が待つドリム城を目指す。
その道中、角刈りは星空を見上げながら思案する。
(――ダミアンよ。貴様はどこまで蛮行を繰り返せば気が済むんだ? お前だけじゃねえ。改革戦士団の目的って何なんだ!? いや、待てよ……!)
ここでヨネシゲはハッとする。
それは過去に対峙した改革戦士団メンバーの言葉を思い出してだ。
――狂気に満ちた戦闘長がこう語った。
『――総帥はアンタに試練を与えているんだ――』
『――ああそうだ。総帥は、アンタを絶望のドン底に突き落としてから、殺るつもりなんだよ――』
『――その絶望第一弾として、俺と総帥はカルムタウンを焼け野原にしてきた。たくさん殺してきてやったぜ。カルムの住民や兵士たちをな!――』
――ブルーム平原で殺戮を行う四天王の女幹部が言った。
『――この世界を……あなたが構築した世界を一から造り変えるためよ。そのためには、既存のものをある程度破壊する必要があるの――』
『――あなたはこの世界を改竄し、私たちの居場所を奪った。私たちは、あなたの欲求を満たす為に排除された存在なのよ!――』
『――黙れっ! クソジジイ! テメェのせいで……私がどれだけ惨めで……どれだけ辛い思いをしてきたか、わかって言ってんのか!? 綺麗事言ってんじゃねえよ!――』
『――元凶は……この手で始末してやる……!――』
角刈りは顔を青くさせながら、額から大量の汗を流す。
(――この世界は、ソフィアが描いた物語の世界。だがその物語は、俺が手を加えてしまった物語でもある。その過程で排除されてしまった者たちがいる――それが、改革戦士団ということなのか……!?)
ヨネシゲの全身に悪寒が走る。
(あのお姉ちゃんが言う通り、俺は全ての元凶なのか――!?)
「あなた?」
「!!」
我に返ったヨネシゲ。隣に視線を向けると、心配そうに角刈りの顔を覗き込むソフィアの姿があった。
「あなた、大丈夫? 顔が真っ青だよ?」
「あ、ああ! だ、大丈夫だよ!」
「本当?」
「おう! いやその、ダミアンの野郎がこれで大人しくなれば良いなと思っててさ……」
誤魔化すヨネシゲ。そんな彼の腕をソフィアが抱きしめる。
「ソフィア?」
「――きっと、あなたが抱えている不安はもっと……想像以上に大きなものだと思う……」
「………………」
「私には、こうして寄り添ってあげることしかできない。だけど、どうしても不安に押し潰されそうになった時は、その不安を私に吐き出して。話を聞いてあげる事くらいはできるから……」
「ありがとう、ソフィア――」
角刈りが抱える大きな不安。確かに吐き出せば少しは楽になれるかもしれない。だが、今はまだ話す時ではない――
(例え君であっても――いや、君だからこそ、まだ話すわけにはいかない。俺が現実世界で経験したことを……俺が現実世界からやって来たことを……)
夫婦は憂いた表情で互いの腕を組んだ。
つづく……




