第202話 ヨネシゲVSダミアン 〜正義の鉄拳〜(後編) 【挿絵あり】
ヨネシゲの叫びも虚しく、ダミアンから無情なる炎が放たれた――
「ニャニャッ!?」
「ウフフ。やっと捕まえた――」
「ソフィア!! 逃げろっ!!」
「え?」
ソフィアは、猫カフェから逃げ出した黒猫を保護。彼女が猫を抱き上げ、ホッとしたのも束の間、夫の悲痛な叫び声を耳にする。
ソフィアは、叫び声がした方向へと視線を向けた。
その――理解できないような恐ろしい光景に、彼女は言葉を失った。
何故なら、目の前から凄まじい勢いで炎の壁が迫ってきているのだから。
ソフィアは恐ろしさのあまり、黒猫を抱きしめながらその場にしゃがみ込んだ。そして彼女は、迫りくる炎を前にして死を悟った。
(もうだめ……)
そんな中、ソフィアは願う。もしこの世界に、奇跡というものが存在するならば――
(――あなた……そこに居るんでしょ? お願い助けて――)
しかし、彼女の耳に届いてきたのは、ダミアンの高笑いだった。
「フッハッハッ! これが本当の火葬パーティーだぜっ!」
悪魔の背後、ドランカドとノアは、突然のことで何もできずにいた。
「嘘……だろ……?」
「ソ、ソフィア殿……!」
改革戦士団幹部ジュエルは不敵に口角を上げ、上司が放った炎を見つめる。
「流石、ダミアン。いつ見ても素敵な炎よ」
その上空には守護神の姿。
「バンチョウ!? それにソフィア殿! これはいけない!」
ウィンターは咄嗟に右手を構え、時を凍てつかせようとした。
だが、それよりも先に――
「!!」
一同、まるで時が止まったかのように、表情が固まる。
今頃、ダミアンが放った炎に焼かれている筈の彼女が、ゆっくりと顔を上げた。
「――あ、あなた……」
ソフィアの瞳に映ったもの――それは、悪魔の炎を全身で受け止める、ヨネシゲの背中だった。
角刈りは、誰よりも早く立ち回り、最愛の妻を守る防護壁となったのだ。
ヨネシゲは背後の妻に視線を向け、尋ねる。
「ソフィア……怪我はないか……?」
「私は大丈夫よ……でも、あなたが……!」
ソフィアは夫の身を案じる。今尚、放出され続ける火炎を受け止めるヨネシゲ。彼が着ているタキシードは真っ赤な炎に包まれていた。
ヨネシゲは、涙を流し心配する彼女に返答する。
「俺は大丈夫だよ。心配してくれてありがとな。それよりも君はここで、そのニャンちゃんと一緒にじっとしていろ。すぐにあの野郎を片付けるから――」
ヨネシゲはソフィアに微笑み掛けると、視線を前方に戻した。
ヨネシゲは、燃え盛るタキシードの上着とシャツを脱ぎ捨てると、プロレスラーのようなガッシリとした上半身を曝け出す――少々弛んだ腹回りは見なかったことにしてほしい。
「――やってくれたな、ダミアン。これ、新調したばかりのタキシードだったんだぞ……!」
ヨネシゲは拳を強く握りしめ構える。
やがて、その拳、腕、全身が青白く発光。更に角刈りを起点に旋風が発生。周囲の砂利、悪魔から放出され続ける炎を巻き上げる。気付くとヨネシゲの体は炎渦に包まれていた。
「あのおっさん、何がしたいんだ? 自分から炎に包まれてやがる。なら、お望み通り、火達磨にしてやるよっ!」
角刈りの行動を理解できずにいるダミアン。悪魔は火炎の火力を増した。
一方のヨネシゲ。その姿は炎渦に包まれ窺うことはできない。だが、青白く光るその瞳だけは、炎渦の中からでもはっきりと確認できた。
そして炎渦は、ダミアンに向かってゆっくりと移動を始める。彼が放出する火炎を巻き上げながら――
「な、なんだよ!? 気持ち悪いな! こっち来んじゃねえ!」
迫りくる炎渦にダミアンは思わず後退り。その様子をドランカド、ノア、ウィンターは固唾を呑みながら見守る。
炎渦の中から覗かす青白い眼差しに、悪魔は冷静さを欠いていく。
(――ま、まるで……あの時の虎のおっさんじゃねえか……ふざけんなよ……!)
ダミアンの忌まわしい記憶がフラッシュバックする。それは、南都でタイガー・リゲルと対峙した際のこと。タイガーに渾身の空想術を食らわすも、虎は炎渦の中から黄色く発光する瞳で睨みを利かせていた。その直後、ダミアンは恐怖を味わうことになる。
あの時の光景が、今目の前に迫る炎渦と重なる――
「こ、殺される……!」
ダミアンは取り乱す。
火炎の放出を止めると、咄嗟に両手を構えた。
「うおぉぉぉぉっ!! 蜂の巣にしてやるよっ!! 消えて無くなれっ!!」
錯乱したダミアンは光線を発射しようとした。
「させるかよっ!!」
「いっ!?」
刹那。炎渦の中から飛び出してきたのは上半身裸のヨネシゲ。鬼の形相で鉄拳を構える角刈りの胸元では、あの具現石のペンダントが青白く発光していた。
そして――
「これ以上、ソフィアを泣かすんじゃねぇっ!!」
ヨネシゲ渾身の右拳が――角刈りの持ち得る限りのエネルギーを宿した怒りの鉄拳が、ダミアンの左頬を捉えた。例えるならそれは、悪魔という名の惑星に衝突した巨大隕石だろう。
鉄拳がめり込んだ左頬を起点に、ダミアンの顔面全体が波打つ。口鼻から血を吹き出し、白目を剥く。左目に装着していた眼帯は衝撃で吹き飛んだ。
倒れるダミアン。悪魔の顔面は地面目掛けて墜落する。それでも尚、正義の鉄拳はダミアンの左頬を追従。そのまま悪魔の顔を地面に押し潰した。
「――あ、あなた!」
「ヨ、ヨネさん! やったか!?」
ソフィア、そしてドランカドたちは身を乗り出すようにして一歩前進。勝負の結果を見守る。
「ダ、ダミアン……嘘でしょ……?」
一方のジュエルは声を震わせながら、目の前の現実を信じられずにいた。
そして、ヨネシゲはダミアンから拳を離す。
角刈りは脱力した悪魔を見下ろしながら、ドスの利いた声で勝利宣言する。
「――どうやら、俺の勝ちだな……」
しかし――悪魔の笑い声が響き渡る。
「フッフッフッ……フッハッハッハッハッ!」
不気味に笑うダミアン。ヨネシゲは顔を強張らせながら悪魔を見つめる。
するとダミアンは、笑い混じりの声で言葉を口にした。
「――俺の勝ちだって? フフッ、おめでたい野郎だぜ! アンタじゃ、俺に勝てねえよ……」
「なんだと……?」
「アンタは――越えてはいけねえ一線を越えちまった……」
「それは、どんな一線だ?」
「フフッ……俺を怒らしちゃいけねえ……レッドラインだよ……!」
ダミアンはヨネシゲの問に答えると、上半身をむくっと起こす。その狂気に満ちた顔面を見たヨネシゲは思わず後退りする。
歯を剥き出し口角を上げる悪魔の顔面左半分は酷い火傷。閉じられた左目は糸で縫われていた。そして、生き残った右目を血走らせ、大きく見開きこちらを睨む。
ヨネシゲの全身に悪寒が走った。
ダミアンが立ち上がると、悪魔は両腕を曲げ、両拳を強く握り締める。更に彼は全身を赤色に発光させると、電気を纏わせながら咆哮を轟かせた。すると地面は大きく揺れながら、ダミアンの足元から亀裂が入る。周囲の空気は悪魔の元へ引き寄せられ、その様子は自身の身体にエネルギーを充填しているが如く。
雄叫びを上げるダミアンを見ながら、ドランカドは冷や汗を流す。
「ノ、ノアさん! これ、マジでヤバくないっすか!?」
「はい! このままじゃ……!」
ノアは上空の主君に視線を向ける。
(旦那様! そろそろ手を貸してくださいよ!)
しきりに上空を見つめるノア。その彼の様子に気が付いたジュエルが天に視線を移す。
「――あ、あれはっ!?」
ジュエルの顔が青ざめた。
全身を赤く発光させるダミアン。その光は赤色から白色に変化し、強烈な閃光を放ち始めた。
ダミアンは血走った右目を見開き宣言する。
「俺を怒らした報いだ。数秒後にこの王都を灰にしてやるよ!」
「おいっ! ダミアン! これ以上罪のない人たちを殺めるんじゃねえ!」
「黙れっ!!」
ヨネシゲの制止など聞く耳持たず。ダミアンは、激しく燃え盛る白色の炎を纏わせた右腕を振り上げた。
「ゴミは焼却処分だっ!!」
ダミアンが右腕を振り下ろそうとしたその時だった。
ジュエルの叫び声が響き渡る。
「ダミアン! 退くよ!」
「はあ!? 何言ってやがる!?」
「守護神が現れた」
「何!?」
ダミアンは、ジュエルが指差す上空を見上げる。そこには青白い光を纏わせながらこちらを見下ろす、ウィンターの姿があった。
ダミアンは悔しそうに歯を食いしばる。
「来やがったか、守護神……!」
「奴と戦えば、南都の二の舞よ。それだけは避けなければならない」
「ちっ! 逃げるのは不本意だが……引き際か……!」
ダミアンは振り上げていた右腕をゆっくりと下ろす。その途端、悪魔を纏っていた白色の炎は消失。周囲は静けさを取り戻す。
そしてダミアンはヨネシゲを睨む。
「――命拾いしたな、おっさん。今日の所は引いてやる。だが、次会う時はその息の根を止めてやるからな。その時まで残りの余生を楽しんでおけよ――」
ダミアンはそう言葉を吐き捨てた後、ジュエルに視線を向ける。すると彼女は黒髪隻眼の元まで駆け寄ると、胸元から卵サイズの黒い球体を取り出した。それを確認したダミアンが不気味に微笑む。
「あばよ、ヨネさん!」
悪魔がそう言い放った直後、ジュエルはその球体を地面に叩きつけた。その瞬間、辺りは強烈な閃光に覆われる。
やがて閃光が収まると、もうそこにダミアンとジュエルの姿は無かった。
「おのれっ! 逃げやがったな!」
ヨネシゲとドランカドは、先程までダミアンが立っていた場所まで駆け寄り――その地面を何度も蹴り飛ばす。
「てやんでぇっ! べらぼうめっ!」
「一昨日来やがれってんだい!」
必死に地面を蹴り続ける二人の角刈りの姿に、ノアは苦笑いを浮かべる。
そして――
「あなたっ!」
「ソフィア!」
駆けるソフィア――ヨネシゲに抱きついた。
角刈りは、自分の肩に顔を埋める彼女を優しく抱きしめる。
「――ダメじゃないか。お店で待ってろって言っただろ?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
ヨネシゲは平謝りする彼女の頭を優しく撫でる。
「いや……なんとなく理由はわかる。もう謝らなくていいよ」
ヨネシゲはソフィアの足元に視線を向ける。そこには彼女の脚に擦り寄る黒猫の姿があった。
「――本当に君は……優しい女性だ……」
彼女が妻であることは自分の誇りである。
手放したくない、絶対に手放さない!
ヨネシゲはソフィアを抱きしめる腕に力を入れるのであった。
その様子を上空から見つめるウィンター。彼は微笑みながら言葉を漏らす。
「ヨネシゲ殿、見させてもらいました。この勝負――貴方の勝利です」
終始ダミアンを圧倒し続けたヨネシゲ。
その勝負は誰が見ても、角刈り頭に軍配を上げることだろう。
つづく……




