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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(王都編)
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第201話 ヨネシゲVSダミアン 〜正義の鉄拳〜(中編)

 戦火が迫る猫カフェ内の一角。

 轟音と、ただならぬ雰囲気を察して怯える猫たちは、身を寄せるようにしてソフィアの周りに集まっていた。


「ニャーオ……」


「よしよし……大丈夫よ……大丈夫だから、怖がらないで……」


 ソフィアは、猫たちを落ち着かせるようにして微笑むと、その頭、体を優しく撫でてあげる。

 その様子をクラークが感心した様子で見つめていた。


「――流石でございます。お店中のニャンちゃんたちがソフィア殿の周りに集まっておりますよ?」


「フフフ、そうみたいですね。私のそばに居て少しでも安心してもらえれば良いのですが……」


「ええ。ソフィア殿の優しさに包まれて、ニャンちゃんたちもきっと安心していることでしょう――」


 その時。今日一番の轟音が辺りに響き渡る。これは、ダミアンが王都領軍に放った光線によるものだ。


 地震の如く建物を揺らす衝撃音に、客の一人が堪らず絶叫する。


「ヒィィィッ! ここに居たら死んじまうよっ! うわぁぁぁぁっ!」


「ちょ、ちょっと! お客さん! 外は危ないよ!」


 猫カフェ店主が引き止めるも、客は店の外へと飛び出していく。


 ――開かれたままの出入口扉。


「ニャニャッ! ニャニャ〜〜ン!!」


「あっ!? だ、だめよっ! 待って!」


 突然、一匹の猫が開かれた扉へと猛ダッシュ。店の外へと出ていってしまったのだ。そして――


「クラークさん! 私、ちょっと、ニャンちゃんを連れ戻してきます!」


「い、いけません! ソフィア殿! 今外に出るのは余りにも危険すぎます!」


「――ごめんなさい。直ぐ戻ります」


「あぁっ! ソフィア殿! お待ち下さい!」


 ソフィアはクラークの制止を振り切ると、猫の後を追い、店の外へと姿を消した。




 ――ついに、因縁の両者の拳が放たれる。


「オラァッ! 舐めんなよ、おっさん! これが真の拳だ!」


 赤く煮えたぎるように光るダミアンの魔拳が、ヨネシゲに迫る。

 一方の角刈りは、彗星のように青白い光を放つ鉄拳を悪魔目掛けて解き放つ。


(万に一つ、この凶暴な猛獣をねじ伏せる方法があるとしたら――殴り合いの勝負に持ち込む他ない。奴が俺の挑発に乗ってくれたのは不幸中の幸いかもしれん……)


 ヨネシゲは理解している。

 空想術の大技を用いた勝負に持ち込まれてしまったら、あの男に勝てないと。

 だが、もしダミアンに勝てる見込みがあるとしたら、拳と拳がぶつかり合う肉弾戦だろう。

 肉弾戦とはいえ、全身に空想術で発生させたエネルギーを纏わせての戦いとなる。そう考えると、空想術の能力が高いダミアンが有利と言えよう。

 だがヨネシゲは、この空想世界に転移後、多くの強敵をこの拳で倒してきた実績がある。

 己の拳に自信があった。

 

(――今日まで戦ってきた経験は、今日この時の為、この戦いに活かすためにあったのかもしれない……)


 ヨネシゲは渾身の力を拳に込めた。


(もう俺は、弱くない……!)


 角刈りは思い出す。

 この空想世界に転移した直後。ヨネシゲは暗闇の空間でダミアンの襲撃に遭ってしまった。その時は手も足も出ず、幻影の妻子を守り切ることができなかった。

 そしてヨネシゲは、この直後から誓う――


 ――もう大切なものは何者からも奪わせないと。


「お前の蛮行は今日で終わりだっ! お前は俺が始末するっ!」


「上等じゃねぇかっ!!」


 激突。

 鉄拳と魔拳がぶつかった。

 その瞬間、両者の拳を起点に衝撃波。その次には爆風が吹き荒れる。

 その隣でジュエルと対峙していたドランカドとノアは地に膝をつけ爆風に耐える。ジュエルに関してはバリアを発生させ身を守るも、そのあまりの威力に驚いた表情を見せていた。

 しかし、不思議なことに周りにある建物は、この衝撃波と爆風による被害を一切受けていない様子だ。

 その異様な光景にノアがある事を察する。


(まるで衝撃波と爆風が、見えない壁に吸収されているような光景だ――こんなことができるのは……!)


 ノアは上空を見上げる。


(やっぱり! 旦那様の仕業か!)


 そこには、こちらを見下ろす主君の姿があった。衝撃波と爆風は、守護神が発生させたスペースバリアで防がれていた。

 ウィンターは相変わらずの無表情で人差し指を立てると、それを自身の口元に当てた。


(――わかりましたよ。気付かなかったことにしておきましょう……)


 我が主には何か思惑がある筈だ。

 上空で静観するウィンターの意を汲んだノアは、地上で激突する二人に視線を戻した。




「それにしても、流石ヨネさんだ! カッコいいっすよ!」


 ダミアンと衝突し、火花を散らすヨネシゲの姿に、ドランカドは瞳を輝かす。

 だが、直ぐに真四角野郎は異変を察知。隆起し始めた地面を見てノアに叫ぶ。


「ノアさん! 足元注意っす! 飛翔、飛翔っ!」


 ドランカドとノアは咄嗟に飛翔しその場から離れる。

 次の瞬間。先程まで二人が立っていた地面から、槍と化した無数の木の根が突き出てきた。


「ひぇ〜! 間一髪でしたね!」


「はい……危ない所でした……」


 二人は額の汗を手で拭うと、ある人物に視線を向ける。


「お姉ちゃんの仕業っすね……」


「あなた達の相手はこの私よ……」


 ドランカドたちの視線の先には、腕を組み、冷たい眼差しを向けるジュエルの姿があった。


「お手柔らかに頼みますよ! お姉ちゃん!」


「ごめんね。おじさんには手加減しないって決めてるの」


「ガッハッハッ! おじさんっすか〜。こう見えてもピチピチの22歳なんすけどね〜」


「ちっ! ふざけんな。私と一つしか変わんないじゃない……!」


 右手を構えるジュエル。それを見たドランカドとノアは防御の体制に入る。

 こちらでも激しい攻防戦が繰り広げられる事となった。


 その隣。角刈りと黒髪隻眼の拳はぶつかったままだ。


「どりゃあぁぁぁぁっ!!」


「うぉぉぉぉぉっ!!」


 二人は雄叫びを上げながら力で押し合う。 

 強烈な爆風は収まったものの、辺りには物凄いエネルギーを宿した強風が今尚吹き荒れる。

 拮抗する両者。


(このままじゃ(らち)が明かねぇ……!)


 動きを見せたのはヨネシゲだ。

 角刈り頭はダミアンに体を向けたまま後方へ大きく飛翔。ダミアンとの間合いを取る。


「ハハッ! 大口を叩いていた割には早速後退か!?」


 ヨネシゲが取った間合いは瞬く間にダミアンによって詰められてしまう。悪魔が再び赤色に発光する魔拳を構えた。


「臆病者は俺が地獄に送ってやるよっ!」


 迫りくる魔拳。

 だが、ヨネシゲにはそれがはっきりと見えていた。


(――見切ったぞ、ダミアン!)


 ヨネシゲはギリギリの所まで魔拳を引き付ける。

 悪魔の右拳を、左拳を――躱す。それは角刈り頭の頬を掠めていく。その度にできる掠り傷。ダミアンは手応えを感じていた。踊らされているとも知らずに。


「おうおうおうおうっ! どうしたおっさん!? 避けるのに精一杯かっ!? もっと俺を楽しませてくれよな!」


 ある時、ヨネシゲの動きが鈍る。それを悪魔が見逃す筈もなかった。


(今ならこのおっさんの顔面をスマートに狙える……)


 ダミアンは角刈りの顔面ど真ん中に狙いを定めた。


「おっさんっ! 一回、倒れてくれねぇか!?」


 ダミアン渾身の魔拳が、ヨネシゲの顔面を襲う――


 ――と思われたが、ヨネシゲは目にも止まらぬ速さで姿勢を落とした。角刈り頭の数ミリ上をダミアンの拳が通過していく。ヨネシゲの顔面を狙っていた魔拳は空振りに終わったのだ。

 この時、姿勢を落としたヨネシゲの鉄拳は、ダミアンの腹にロックオンされていた。

 角刈りが悪魔の不意を突く。


(――しまった……!)


 ヨネシゲを完全に舐めていた。

 後悔しても時既に遅し。角刈り正義の鉄拳がダミアンの腹部を襲う。


「正義の鉄拳喰らってみやがれっ! この悪魔がっ!」


「ぐはぁっ!!」


 響き渡る悪魔の呻吟。

 ダミアンは両足を地面に付いたまま、物凄い勢いで後方へ押し流されていく。だが、黒髪隻眼は踏ん張った。背後に迫っていた塀に衝突することなくその動きを停止させたのだ。

 直後、ダミアンは前屈みになり腹を押さえる。

 悶え苦しむ悪魔の顔面からはありとあらゆる体液が漏れ出していた。

 ダミアンは悔しそうに顔を上げる。


「こ、この野郎……調子に乗るなよ――!?」


 ダミアンに苦しんでいる暇は無かった――

 悪魔の視界いっぱいに映り込んだのは、鬼の形相を見せるヨネシゲの顔面。黒髪隻眼が蹲っている間に、角刈り頭は破竹の勢いで間合いを詰めていたのだ。


「苦しいか!? ダミアン! 妻子が味わった苦痛はこんなもんじゃねえからなっ!!」


 ヨネシゲ、渾身の拳の雨がダミアンを襲う。

 対するダミアンは腕をクロスさせ、防御に徹する。


(――くそっ! この俺が、こんなクソジジイのパンチに押されているっていうのかっ!?)


 今まで味わったこともない重たいパンチの連続。ダミアンは悔しそうにして歯を食いしばった。

 ヨネさん怒りの鉄拳乱れ打ち。

 繰り出される拳はストレートばかりだったが、ここで変化球も交えていく。アッパー、フックを織り交ぜて、ダミアンの守りを崩す。

 そして、ヨネシゲの弧を描く鉄拳が悪魔の脇腹を捉えた。

 そこからだ。ダミアンの体勢が崩れたのは。

 ヨネシゲの鉄拳豪雨が悪魔の全身に降り注ぐ。


「地獄へ落ちろっ! この外道がっ!」


「ぐわあぁぁぁっ!!」


 轟く怒号。響き渡る悲鳴。

 ドランカド、ノア、ジュエルの三者は、その凄まじい光景に思わず戦いを中断させる。


「ダ、ダミアンっ! 今助けるよ――」


 ジュエルは、敬愛するダミアンのピンチを目撃し、援護へ向かおうとする。

 だが、彼女の行く手を阻むようにして、その足元に十手が刺さった。


「お姉ちゃん。男同士の決闘の邪魔をするのは、いただけないっすね……」


「邪魔を……するな……!」


 ジュエルは憎悪に満ちた表情でドランカドを睨んだ。



 ――ヨネシゲの容赦ない猛攻。

 鉄拳を受けるダミアンは、血を吐き散らしながらも、打開策を模索していた。


(畜生! このままじゃ、マジでヤバイぞ……これじゃ、南都の二の舞いだ。なんとかしないと――)


 ダミアンが冷静さを欠いたその時、ジュエルの声が響き渡る。


「ダミアン! しっかりしてっ! パンチにこだわらないで!」


 部下の言葉にダミアンはハッとする。


(そうだぜ! 馬鹿だな俺は……拳に拘っているから、こんなに劣勢を強いられているんじゃねえか。もう俺はボクサーじゃねぇんだ。勝つためなら手段を選ばねえ――!)


 ダミアンは不敵に口角を上げた。

 刹那。ダミアンの膝蹴りが炸裂――ヨネシゲの股間を捉えていた。


「ぐうぅぅぅぅっ!!」


「ヨ、ヨネさんっ!?」


 ヨネシゲが悶絶の表情で倒れる。その姿にドランカドたちの表情が強張った。


 角刈りは体を起こすとダミアンの顔を見上げる。


「くっ……卑怯だぞ……小僧……!」


 悪魔は鋭い目つきで角刈りを見下ろす。


「この俺を……ここまで怒らせて……ただで済むと思うなよっ!!」


 ダミアン渾身の蹴りが、ヨネシゲの顎を捉える。その体は物凄い勢いで吹き飛ばされるも、ドランカドとノアによって受け止められた。


「ヨ、ヨネさん! 大丈夫っすか!?」


「ああ……大丈夫だ……」


 ヨネシゲは自力で起立すると、口から溢れ出す血を腕で拭った。


 再び睨み合うヨネシゲとダミアン。

 角刈りは劣勢に立たされてしまった。


(――もう奴に、元ボクサーとしてのプライドは残っちゃいねえ。汎ゆる手段を用いて俺を消しに掛かってくるだろう。奴に空想術を使われたら、俺が圧倒的に不利になる……)


 額から汗を流すヨネシゲ。悔しそうに唇を噛んだ。その様子を見たダミアンが嘲笑する。


「ハッハッハッ! おっさん。さっきまでの威勢はどこにいったんだ? でも俺にはわかるぜ、怖気付いてるんだろ?」


「貴様如きに怖じ気付くことなんかねえ。自惚れるな……」


「相変わらず生意気なおっさんだぜ……」


 ヨネシゲは両拳を構え、ダミアンは両手を組み指を鳴らしながら互いの距離を詰めていく。


 その時だった。予期せぬアクシデントが発生する。


「ニャニャニャ! ニャーオ!」


「待ちなさ〜い!」


「ソ、ソフィア!?」


 一匹の猫と共に、妻ソフィアがヨネシゲたちの前に現れた。

 ヨネシゲの顔が一気に青ざめる。


(ソフィア。何故ここに居る!? 来ちゃだめだっ!)


 ソフィアの姿を見たダミアンが不敵に口角を上げる。


「おっさん。ラッキーだったな……」


 悪魔がゆっくりと右手を構える。


「おい……ダミアン……何をするつもりだ……?」


 震える声で尋ねるヨネシゲ。悪魔はニタっと笑う。


「嗅がせてやるよ。大事な奥さんが焼ける匂いをな……!」


「おい……やめろ……やめろぉぉぉぉっ!!」


 無情にも、ダミアンの右手から赤色の火炎が放射された――ソフィアに向かって。



つづく……

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