第198話 嫌な予感
――晩餐会前の大広間が凍り付く。
突如、暴君の拳がヨネシゲを襲ったのだ。
状況を飲み込めていないヨネシゲは、大理石の床に座り込んだまま、激怒のネビュラを見上げた。
暴君は憎悪の表情で角刈りに尋問する。
「何故、平民のお前たちがこの晩餐会の円卓を囲んでいる? 誰がその椅子に座っていいと言った?」
「そ、それは……事の成り行きで……」
「答えろっ!」
言葉を濁すヨネシゲに、ネビュラが怒鳴り声を上げた。すると暴君の背後から聞こえてきたのは弟の声だった。
「兄上。ヨネシゲたちを招いたのは私でございます」
「何?」
「ヨネシゲたちは、私たちを救ってくれた英雄です! ブルームでの功績を称え、少しでも彼らを饗してあげたかったのです!」
「メテオよ。勝手なことをしてくれたな」
「ええ。兄上の許可なく外部の者を参加させたことは謝ります。しかし兄上……あまりにも酷い仕打ちですぞ……」
「………………」
メテオは悔しそうに歯を食いしばりながら涙を零す。暴君はそんな弟をじっと見つめる。
その間に、床に座り込むヨネシゲの元にソフィアとドランカド、クラークが寄り添う。そして、ネビュラの暴挙を目撃したマロウータンとシオンも角刈りの元へと駆け寄ってきた。
ソフィアは瞳を潤ませながらヨネシゲの左頬にハンカチを当てる。
「あなた、大丈夫? 痛くない?」
「ヨネさん、大丈夫っすか!?」
「ヨネシゲよ! 怪我はないか!?」
ヨネシゲはソフィアたちを心配させないように、気丈に振る舞う。
「ナッハッハッ、ドンマイだな。派手にやられちまった」
「あなた……笑い事じゃありませんよ……」
「そうっすよ……」
今尚、心配そうにヨネシゲを見つめるソフィアたち。角刈りは更に元気よく笑い飛ばす。
「ガッハッハッ! みんな、大丈夫だって! あの程度のパンチじゃ、俺に傷一つ付けることはできねぇ!」
「何?」
ヨネシゲの放ったセリフを聞いて、暴君の導火線に再び火が付く。
「貴様っ! そんなに殴られ足りないか!?」
ネビュラは怒りに身を任せ、再度ヨネシゲの元に迫っていく。
その時。ヨネシゲの体に彼女が覆いかぶさる。
「陛下! お願いですから、もうお止めください! 夫を傷付けないでください……」
ソフィアだ。
彼女は涙ながらに訴える。しかしネビュラの怒りは収まらない様子だ。
「そこを退け! その男と一緒に蹴り倒されたいか!? 女とて容赦はせんぞ!?」
今にもクラフト夫妻に飛び掛かりそうな勢いのネビュラ。すると、夫妻を庇うようにして、ウィンターが暴君の前に立ちはだかる。
「陛下。乱暴はもうお止めください」
「退けっ! ウィンター! 邪魔をするな!」
怒鳴り散らすネビュラ。するとウィンターが不敵に口角を上げる。
「――お邪魔でしたか? ならば、私はフィーニスに帰らせていただきます」
「なっ!? ウィンター……調子に乗るなよ……!」
守護神の言葉を聞いたネビュラは悔しそうにしながら、振り上げていた拳を下ろした。
その直後、大広間にあの女性の声が響き渡る。
「あらあら、陛下。これは何の騒ぎでしょうか?」
「くっ……レナ……!」
大広間に現れた女性――金色の長い髪と、黄金に輝く瞳。素朴な桃色のドレスに身を包む彼女こそが、トロイメライ王妃「レナ」である。
レナは使用人から状況の説明を受けたあと、ヨネシゲの元まで歩みを進める。
「あらあら。陛下に乱暴されたのですね? お怪我はありませんでしたか?」
「ええ。怪我はございません……」
ヨネシゲはレナの言葉に返答すると、正座の状態で王妃を見上げる。
「王妃殿下とお見受けいたします。私は、クボウ家の家臣、ヨネシゲ・クラフトでございます。お見苦しい姿をお見せして、申し訳ありません」
「――貴方がヨネシゲ殿ですか……いえ、謝らなくてもよろしいのですよ。寧ろ、謝らなくてはならないのは私の方です。ブルームで勇敢に戦ってくれた戦士に、陛下がこのような乱暴を働いてしまって、申し訳ありませんでした。同じ王族として恥ずかしい限りです……」
レナはヨネシゲに謝罪の言葉を述べた後、ネビュラを睨んだ。
「このことは、我が父にもお伝えせねばなりませんね……」
「――フン! 勝手にしろ……」
暴君は強がった様子で舌を鳴らすと、ウィンターに命令する。
「ウィンター。その平民共をこの部屋からつまみ出せ!」
透かさずレナが反論。
「そんな……良いではありませんか! 彼らを追い出す必要などあるのですか!?」
「………………」
ネビュラはレナに言葉を返すことなく、上座へと歩みを進めた。
その後ろを続く、第一王子のエリックは、まるで汚物を見るようなしかめ顔で、ヨネシゲを睨む。
そして、王都貴族やその令息令嬢たちは、流石にヨネシゲを同情した様子で見つめる。だが、一部の者たちは、嘲笑、或いはエリックと同じ眼差しを角刈りに向けていた。
ヨネシゲは立ち上がると、ウィンターに願い出る。
「――ウィンター様。案内をお願いします……」
「よろしいのですか?」
「ええ……」
ヨネシゲはこの部屋から立ち去る選択肢を選んだ。そして、ヨネシゲはレナとメテオに体を向ける。
「すみませんが、今回はこの辺りで帰らせていただきます。このまま私たちがここにいると、新たな火種を生みかねない……」
「ヨネシゲ……本当にすまない……」
「メ、メテオ様! 頭をお上げください!」
深々と頭を下げるメテオに、ヨネシゲは慌てた様子で頭を上げるよう促す。その様子を横目に、レナは申し訳無さそうに顔を俯かせた。
「――それじゃ、みんな、行こうか……」
ヨネシゲはソフィアたちを引き連れると、出口へ向かって歩みを進める。するとマロウータンが角刈りの元まで駆け寄る。
「ヨネシゲよ!」
「マロウータン様。申し訳ありませんが、俺たちは退出させてもらいます。晩餐会が終わる頃になったら南の城門前で待ってますよ」
「し、しかし……」
微笑みながら説明するヨネシゲ。だがマロウータンは心配そうな表情で家臣たちを見つめる。そんな白塗り顔に角刈りが言葉を続ける。
「俺たちなら心配いりませんよ。それよりも、マロウータン様とシオン様は、この晩餐会に参加する意義があります。南都貴族としての責務を全うしてください」
ここでようやくマロウータンの表情が緩む。
「ウホホ。そなたに言われなくてもわかっておるぞよ……」
「ナッハッハッ。これは失礼しました」
クボウの主従は互いに力強く頷いた。
ヨネシゲはマロウータンとシオンに別れを告げると、ソフィアたちと共に大広間を後にした。
――ライトアップされた広大な庭園を横目に、ヨネシゲ、ソフィア、ドランカド、クラークの4名は、ウィンターとその家臣ノアの誘導で、南側の城門に到着する。
ヨネシゲは暗い表情のまま、ウィンターに謝罪の言葉を述べる。
「――ウィンター様にも、色々とご迷惑をお掛けしました」
「いえ、私のことはお気になさらず。――陛下は時折、大したことでもないのに激昂されることがあります。今後、お会いする機会があったらお気を付けください」
「ご忠告、ありがとうございます……」
ここでウィンターがノアに指示を出す。
「ノア。いつものお店に、ヨネシゲ殿たちを案内して差し上げなさい」
「いつものお店ですね!? 承知っ!」
――この時、二人の主従の認識は若干異なっていた。
二人のやり取りを聞いたヨネシゲたちが、目をパチクリさせていると、ウィンターが優しく微笑み掛ける。
「――私が王都に訪れた際、必ず立ち寄るお店です。そこでお腹いっぱい好きなものを食べてください」
「え? そ、それって?」
「本日のディナーは私がご馳走いたします。とはいっても、私は陛下の護衛があるので、皆さんと一緒には行けませんが」
「よ、よろしいのですか?」
「ええ。美味しいものを食べて、気分転換してください」
「では、お言葉に甘えて……」
相変わらず無表情のウィンター。そんな彼の優しさと気遣いを汲み取り、ヨネシゲは守護神の温情を受けることにした。
「さあ! 皆さん! 行きましょうか!」
「よろしくお願いいたします!」
勇ましい声を上げるノアの後ろを、ヨネシゲ一行が続いていく――
「――お待ち下さい!」
「!?」
その矢先。ウィンターはヨネシゲたちを呼び止めた。
ヨネシゲはその理由を尋ねる。
「ウィンター様。どうかされましたか?」
するとウィンターは不穏な事を口にする。
「――嫌な予感がします……」
「い、嫌な予感ですか?」
彼の言葉を聞いたヨネシゲたちの顔が強張る。そんな角刈りに守護神は歩み寄る。そして、自身の首に掛けていたペンダントをヨネシゲに手渡す。
「これは?」
「具現石のペンダントです。これを貴方に預けます」
それは、銀のペンダント。猫型のトップには「具現石」と呼ばれる藍色の宝石が埋め込まれていた。
ヨネシゲはウィンターに促されると、そのペンダントを自分の首にぶら下げる。
ヨネシゲは、自身のペンダント姿の評価をソフィアたちに尋ねる。すると彼女たちは、少なからず心に傷を負ったであろう角刈り頭を、励まし、褒め称える。
「へへっ。どうかな?」
「あら、可愛い! 素敵よ、あなた! とても似合ってる!」
「そ、そうかな〜?」
「ヨネさん、お茶目っすね〜!」
「流石、ヨネシゲ殿! カルム一でございますぞ! 今、紙吹雪のご用意を――」
「それはやめいっ!」
ソフィアたちの温かさに触れ、ヨネシゲは嬉しそうに顔を赤くする。少し元気を取り戻したようだ。
「ヨネシゲ殿、お似合いですよ」
「ウィンター様。何故このペンダントを私に?」
角刈りから尋ねられたウィンターは、口角を上げる。
「お守りです」
「お守り?」
「ええ。きっとそのペンダントが、ヨネシゲ殿を――皆さんを守ってくれることでしょう――」
具現石のペンダント。
間もなくこの藍色の宝石が、角刈りに大きな影響を齎すことになる。
――日没を迎えた王都メルヘン。夕食時ということもあり、飲食街や歓楽街は多くの王都民や旅人などで賑わっていた。
その街の東側。東部関所からドリム城へ続く大通りから一本路地に入った所に、王都貴族「ワイロ男爵」の屋敷がある。
王都銀行の幹部であるワイロ男爵の屋敷には、連日のように王都貴族の馬車が出入りしている。周辺に住む王都民からは「密談の館」などと揶揄されている。その屋敷に「コッテリオ伯爵」の馬車が大人数の護衛と共に入っていったのはつい先程のことだ。
屋敷はレンガ造りの高い塀に囲まれており、中の様子を伺うことはできない。だが、今なら雑に閉められたこの両開きの鉄扉の隙間から、中の様子を覗き見ることは可能だ。とはいえ、敢えて覗き見る者は居ないだろう。後々、男爵から因縁を付けられるのは面倒だからだ。
――しかし、この鉄扉の先には、恐ろしい光景が広がっていた。
門から屋敷まで続く通路には、銀色の馬車が無造作に停められている。その周りには、ワイロ男爵の使用人や護衛兵たちが、変わり果てた姿で倒れていた。
そしてワイロ男爵の私室では、全身黄色の衣装に身を包んだ青髪アフロの中年男が、絶叫の表情でソファーにもたれ掛かっていた――既に息はない。
ワイロ男爵の亡骸がもたれ掛かるソファーを取り囲むのは5人の男女――
「――わかった。俺は想獣で北側の住宅街を襲う」
濃紫髪のクールな印象の彼は、改革戦士団第6戦闘長の「ナイル」。カルムタウン襲撃やブルーム平原で猛威を振るった想獣使いだ。
「それじゃ俺は、この東地区にある保安署と王都領軍基地を襲撃すればいいんだな?」
整えられた顎髭と紫髪のツーブロックの睨みを利かす男は、改革戦士団第4戦闘長「チェイス」だ。カルム学院を襲撃し、幼い子供まで殺めようとした冷酷無比の猛犬だ。
「ウフフ。では、私は西の歓楽街で男たちに良い夢を見せてあげればいいのね?」
妖艶なオーラを放つ美女は、たわわな胸と美脚、金髪お団子ヘアの持ち主。改革戦士団第3戦闘長「グレース」である。カルム学院襲撃を首謀した、男を虜にしてしまう魔性の女だ。
「みんな、大丈夫そうだね。もう一度言っておくけど……今回の作戦は、私たち改革戦士団が、今でも健在していることを世に知らしめる為のもの。ある程度暴れ回ったら、頃合いを見計らって引き上げてきてよ――」
戦闘長たちに指示を出す、モデル顔負けのスタイルと美貌を持つ桃色髪の女は、改革戦士団幹部「ジュエル」だ。ダミアン直属の部下であり、アライバ渓谷では彼と共に豪傑オジャウータンを討ち取った。
――そして。
「今この王都には、あの虎のおっさんと肩を並べる化け物が滞在中だ。守護神様はいつどこから現れるかわからねぇ。だからヤバイと思ったらすぐに逃げろよ。もう南都の二の舞いはゴメンだぜ――」
漆黒のレザーコートを羽織る黒髪の青年は隻眼。左目に装着された眼帯に手を添えながら不敵に顔を歪ませる。
そう。彼こそが改革戦士団最高幹部「ダミアン・フェアレス」である。
彼が元いた世界では、ヨネシゲ最愛の妻子、ソフィアとルイスを惨殺。それに留まらず、この世界に転生後も残虐非道な蛮行を繰り返している。
南都の戦いではタイガー・リゲルに惨敗するも、四天王ソードとサラの機転のお陰で命拾いした。
そんな存在を消されかけた悪魔が、地獄の底から這い上がる。
「俺たち改革戦士団は滅んじゃいねえ。悪魔は不死身なんだよ――」
ダミアンが狂気じみた笑みを見せる。
「これは俺たち改革戦士団の復活をを祝う祝祭だ! 王都の夜空に髑髏の花火を咲かせてやろうぜ!」
ダミアンの言葉を聞き終えた戦闘長たちは力強く頷くと、各持ち場へと向かって行った。
「さあ、ダミアン。私たちも行くわよ」
「おう。俺たちは南側の飲食街だったな」
「ええ、そうよ」
「フフッ。そんじゃ、腹ごしらえがてら行きますか〜」
隻眼の悪魔は部下とともにメルヘン南部を目指した。
――悪魔たちの復活祭が、今始まる。
その頃、ドリム城の大広間。晩餐会は予定通り行われていた。
先程までの戦々恐々とした空気はどこへ行ったのだろうか? 今は会場全体が賑やかな雰囲気に包まれている。
国王ネビュラの円卓。暴君の両隣には彼好みの令嬢。そして、エリック王子、王都領主ウィリアム、保安局長官ルドラが円卓を囲む。ネビュラはワイングラス片手に、鼻の下を伸ばしながら上機嫌のご様子。時折令嬢の腰に腕を回していた。
その背後に控える少年はウィンター。本来であればヨネシゲたちと円卓を囲む予定だったが、今は国王の護衛に徹している。こっそりと口の中に胃薬を放り込んだのは内緒である。
ネビュラたちの隣の円卓には、王妃レナ、ロルフ王子、ヒュバート王子、マロウータンの姿が。更にヒュバートを挟むようにしてシオンと王都領主ウィリアムの妹ボニーが腰掛けていた。
各円卓の王都貴族たちは談笑を交わしながら、次々に運ばれてくる料理を胃袋に収めていく。
その一方、フォークとナイフを置いたまま、顔を俯かせる令嬢がいた。その父親は心配そうにして娘に尋ねる。
「――シオン。食べぬのか?」
「ええ……ちょっと……食欲がなくて……」
「そうか……」
その令嬢とはシオンだった。
彼女は、奇跡的にも想い人ヒュバートと同じ円卓、隣の席に座ることができた。本当だったら飛び跳ねて喜んでいるところだが、先程の一件ですっかり元気を無くしてしまったのだ。
ヒュバートは落ち込んだ様子のシオンを心配して時折声を掛ける。だがそれはボニーに阻止され会話という会話ができていない状態だった。
――同じ頃、王都東保安署前。
紫髪のツーブロック――改革戦士団第4戦闘長の「チェイス」が、保安署の庁舎を見上げていた。
「――フフッ。『王都の夜空に髑髏の花火』か……」
チェイスは天に向かって右手を構える。
「ダミアン、見ておけ。これは、俺がお前に送る、復活の祝砲だっ!」
刹那。チェイスの右手から強烈な光を放つ光球が放たれた。まるで打ち上げられた花火玉のように天へと昇っていく――
――ネビュラは酒の勢いに任せ、好みの令嬢を抱き寄せる。
「イヒヒ……可愛い女だ……」
「陛下……お戯れはこの辺りで……」
「ククッ。今晩、どうだ?」
ネビュラはいやらしい手つきで令嬢の身体を撫で始めた――
その時である。大広間東側の大窓から強烈な閃光が差し込む。と同時に、城外から爆音が轟いた。
会場の貴族たちは悲鳴を上げながら手で耳を塞いだり、円卓の下に隠れるなどしていた。
大混乱の晩餐会。ネビュラが叫ぶ。
「スタン! 何事だっ!?」
「わかりませぬ!」
宰相スタンもネビュラの問い掛けに答えている余裕はなかった。
程なくすると閃光が収まる。一同、城外の状況を確認する為、東側の大窓へと駆け寄っていく。
――そして、一同戦慄する。
何故ならば、王都の夜空に黄金に輝く巨大髑髏が浮かんでいるのだから。
だが、これで終わりではない。その巨大髑髏はドリム城の方へ顔を向けると、この世のものとは思えない不気味な声で言葉を口にしたのだ。
『……ワレワレハ……カイカクセンシダン……オウトハ……ワレワレガ……ジャックシタ……サア……サケベ……オソレオノノキ……ジゴクノサンカヲ……ウタエ……ギャッハッハッハッハッ!』
ドリム城に、王都の街に、巨大髑髏の笑い声が響き渡る――次の瞬間。巨大髑髏が大爆発を起こした。と同時に、王都の各地で火の手が上がる。
その光景を見ていた貴族たちは、恐怖で身体を震わせていた。
そのうちの一人、シオンも恐怖のあまり後退り――直後、背後に居た人物と接触してしまう。
彼女が後ろを振り返ると、そこには想い人の顔があった。
「――ぶつかったのは今日2回目だね……」
「ヒュ……ヒュバート王子……」
「大丈夫だから……怖がらないで……」
ヒュバートは、シオンを落ち着かすように言葉を掛けながら、彼女の手を握る。だが、その王子の手も小刻みに震えていた。シオンはそんな彼の手を力強く握り返した。
そんな中、王都の治安を司る二人の貴族――ウィリアムとルドラが慌てた様子で言葉を交わしていた。
「なんてことだ! 直ぐに我が王都領軍を出動させよう!」
「ええ。我々保安局も直ちに討伐保安隊の派遣をしましょう。ですが……」
「なんだ? シュリーヴ卿?」
「我々だけでは心もとない。ここは王国軍にも応援を要請しましょう!」
「いやいや! 王国軍には借りを作りたくない。後々面倒だからな! ここは俺自ら現場に赴こう!」
「それはあまりにも危険です! あの髑髏の言葉が正しければ、相手はあの改革戦士団。サイラス閣下自らというのは――」
「――私が行きましょう」
「!!」
透き通るような少年の声がウィリアムとルドラの耳に届く。二人が振り向いた先。そこには守護神の姿があった。
「サンディ閣下……!」
「ここは私にお任せください。敵襲を排除して参ります」
単身、現場に出動しようとするウィンター。だが、王都領主ウィリアムがそれを許すはずもない。
「待て待て! 王都内部の事案は我々の管轄だぞ! サンディ閣下の管轄は王都の外部だ! 君の出番はない。ここで大人しくしていろっ!」
「くだらないですね……」
「な、何っ!?」
「今は緊急事態。人命優先です。保安隊や王都領軍の到着を待っている時間がもったいない」
「おいっ! 守護神! 俺たちの庭で勝手な真似は許さんぞっ!」
「では、失礼します――」
――刹那。たった今まで、目の前にいたウィンターが姿を消す。その代わり、周囲には肌寒い程の冷気が漂っていた。
「き、消えた……? ウィンターが消えたぞ!?」
その様子を見ていたネビュラが間抜けた顔で言葉を漏らす。
一方のウィリアムは悔しそうにして唇を噛み、空想杖を強く握りしめた。
「――時をも凍てつかせる空想術か。田舎領主が偉そうに……!」
それは、物理に反した――全てのものを凍てつかす空想術。ウィンターは、自分以外の時間を凍てつかせ、瞬間移動を行ったのだ。
――トロイメライの守護神、始動。
つづく……




