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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(王都編)
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第195話 ドリム城

 ドリム城――東西南北の4箇所と、その中央に5つの塔が建ち並ぶ石造りの要塞。天を見上げるような高さの城壁の周りには、深い堀が張り巡らせている。その堀からは、トロイメライ西海へと通ずる水路が整備されており、連日、王国関係者や来賓の船が行き来している。

 堀に掛けられた、馬車一台が通れる広さの橋の先には城門。これまた見上げる高さの重く分厚い、両開きの鉄扉がある。

 城門を通過した先には、色鮮やかな花を咲かす庭園が広がり、王族や貴族の私邸、兵士や使用人の宿舎などが建ち並んでいた。その光景は、まるで一つの街だった。


 ドリム城・南の塔――その内部に設けられた応接室には、ヨネシゲ、ソフィア、シオンの姿があった。

 南都五大臣「バンナイ」と再会したヨネシゲとシオンは、マロウータンが生存している事、尚且つ彼が南部関所で足止めを食らっている事を説明した。

 現在、状況を理解したバンナイが、メテオや関係箇所に取り次ぎを行っている。ヨネシゲたちは案内された応接室でバンナイの帰りを待っていた。


 程なくすると、バンナイが応接室に戻る。


「――シオン殿。待たせたな」


「バンナイ様! お父様は――マロウータンは王都に入れるのでしょうか!?」


「シオン殿、落ち着くのだ――」


 バンナイは、慌てた様子で詰め寄るシオンを落ち着かせると、優しく微笑む。


「安心するのだ。南部関所にはダンカンを向かわせた。関所の保安官には、彼に事情を説明してもらう」


「それは、つまり……?」


「そなたの父は無事関所を通過できるだろう」


「良かったですわ……」


 シオンは安心した様子で、ほっと胸を撫で下ろす。その隣でバンナイは、今尚「信じられない」といった表情で言葉を漏らす。


「それにしても……マロウータンが生きておったとは、本当に驚いたぞ」


「ええ。私も心臓が止まるほどびっくりしましたわ。亡くなった筈の父が目の前に現れた時は、まるで夢を見ているような気分でした」


「――クックックッ。マロウータンよ。本当にお前はしぶとい男だな……」


 笑いを漏らすバンナイは、心底嬉しそうにしながら呟いた。その彼の視線はヨネシゲに向けられる。


「カルムの誇り高き戦士よ。そなたも息災で何よりだ」


「私のことを覚えていてくださり光栄です! 私はヨネシゲ・クラフトと申します!」


「そうか、ヨネシゲと申すのだな。それにしてもヨネシゲよ。何故そなたがマロウータンと共に行動しておるのじゃ?」


「はい。実は――」


 ヨネシゲはクボウ家に仕官したことと、その経緯をバンナイに説明する。


「――なるほど! マロウータンも素晴らしい男を召し抱えたのう!」 


「へへっ……恐れいります……」


 ヨネシゲは照れくさそうに頭を掻く。その彼を横目にバンナイの視線はソフィアに向けられた。


「して……その隣の美女はヨネシゲの妻か?」


「ええ。妻のソフィアです」


 ヨネシゲに紹介されると、ソフィアは自らも自己紹介を始める。


「バンナイ閣下、ご挨拶が遅くなりました。私はヨネシゲ・クラフトの妻、ソフィアと申します。先の戦では夫が大変お世話になりました」


「いやいや。世話になったのは儂の方だ。ヨネシゲを始めとするカルムの戦士達の存在が無かったら――儂は、今ここには居らんだろう。そなたらには本当に感謝している……」


 そしてバンナイは、改まった様子でヨネシゲたちと向き合う。


「――儂は心の弱さから、メテオ様を……そなたらを裏切ってしまった。皆が命がけで戦っている中、断じてあってはならない行為。謝っても許されないことは理解している。だが、謝罪をさせてほしい――本当にすまなかった……」


 バンナイは謝罪の言葉を口にすると、深々と頭を下げた。するとシオンは彼の肩に手を添えると、頭を上げるよう促す。


「――バンナイ様、頭をお上げください。大切なのは自分の犯した罪を償う心。バンナイ様にそのお心があったからこそ、メテオ様はバンナイ様たちをお許しになったのでしょう――」


 シオンはバンナイに優しく微笑む。


「――メテオ様から与えられた償いの機会。一秒たりとも無駄にしてはいけません。全力で駆け抜けてください……!」


「……あい……わかった……」


 シオンの言葉を聞いたバンナイは力強く頷いた。

 

 ――沈黙が支配する応接室。

 少々空気が重たくなったところで、ヨネシゲは話題を変えようと、バンナイにあることを尋ねる。


「バンナイ様?」


「ん? なんだ?」


「メテオ様とマロウータン様の面会の件ですが……」


「おう、そうじゃった! メテオ様の元にはアーロンを向かわせた。ただ、現在メテオ様は王妃様とお話しされておる。マロウータンがメテオ様と面会できるのはその後だ」


「王妃様と? 確か王妃様は……」


 王妃に纏わる噂を耳にしていたヨネシゲ。彼が疑問符を浮かべると、バンナイが険しい表情で頷く。


「お察しの通りだ。だが、つい先程、王妃様の軟禁が解除になってな……」


「そうだったんですか。しかし、軟禁の噂は本当だったのですね……」


「うむ。王妃様は解放されたものの、此度の軟禁が、新たな火種を生まなければよいが……」


 再び重たい空気がヨネシゲたちの肩に伸し掛かる。

 一同、憂いの表情で、窓の外に広がる黄金色のメルヘンを見つめた。


「――(じき)、マロウータンもここ(ドリム城)に来るだろう。ゆっくりとお茶でも飲んで待っていられよ」


 バンナイはそうヨネシゲたちに告げると部屋を出ようとする。するとシオンが彼を呼び止める。


「バンナイ様!」


「シオン殿、まだ何か?」


「いえ。その……一つお願いがありまして……」


「お願い?」


 お願いとは何か? 

 シオンは、やや恥ずかしそうに笑みを浮かべながら申し出るのであった。





 ――ここはドリム城内、王妃の私邸。

 その屋敷の応接間には、向かい合うようにしてソファーに腰掛ける3人の男女の姿。

 その一人。夕陽に照らされ輝く金色の長い髪を持つ女性。その瞳は透き通るような黄。人形のように整った顔つきの彼女こそが、リゲルの血を引くトロイメライ王妃「レナ」である。

 その向かい側。彼女と同じ髪を持つポニーテールの青年。掛けられた眼鏡の奥には青く輝く瞳があった。知的な印象を与える彼の正体は、トロイメライ王国第二王子「ロルフ・ジェフ・ロバーツ」だ。レナの子である。

 ロルフの隣には、薄茶色の髪と王子と同色の瞳。整えられた口と顎の髭の中年男は、国王ネビュラの実弟――南都大公「メテオ・ジェフ・ロバーツ」だ。

 南都が焼け野原となった今、南都大公の威光は皆無。だが、温厚かつ情け深い性格故、今尚彼を慕う貴族は数知れず。兄とは違い多くの者たちの信頼を得ている。


 その3人。今はロルフが母レナに軟禁解除の経緯を説明。やがて、息子の話を聞き終えたレナが静かに口を開く。


「――そうでしたか。ウィンター殿が陛下に掛け合ってくれたのですね」


「はい。恐らく、お祖父様(タイガー)との衝突を避けるため、父上に助言したのでしょう。他にも思惑があるかもしれませんが……」


 レナは口角を上げる。


「――ウィンター殿は、己の利益で動くような人ではありません。確かに、我が父(タイガー)との戦を避けたいという思惑はあったと思います。あの子は争い事が大嫌いですからね。でもきっと、私の身を案じての助言だったことでしょう。私が軟禁されている間、あの子から見舞の手紙が頻繁に届いていましたから……」


 ここで、メテオが改まった様子で口を開く。


義姉様(あねさま)、申し訳ありません。元はと言えば、南都に攻め入ったエドガーと改革戦士団を食い止められなかった私に原因があります。私がタイガー殿を頼るような事がなければ、兄上が義姉様を軟禁するようなことは――」


「殿下、貴方は何一つ悪くはありません。そう自分を責めないでください。悪いのは、蛮行に及んだエドガーと改革戦士団。そして――身勝手な振る舞いばかりされる陛下です……」


「――弟として恥ずかしい限りです……」


 申し訳無さそうに顔を俯かせるメテオ。レナはそんな義弟を気遣う。


「殿下。貴方を責めているつもりはございません。貴方は陛下の暴走を幾度となく食い止めてきました。殿下の存在が無かったら、今頃トロイメライは分裂していたことでしょう……」


「お気遣い、痛み入ります……」


 憂いの表情を見せるレナ。メテオは額に汗を滲ませながら尋ねる。


「時に、義姉様……」


「なんでしょう?」


「今回、タイガー殿は大軍を率いて王都へ向かっております。南都での戦勝報告――と言うのが表向きの理由かと思いますが……タイガー殿は一体何をお考えなのでしょうか? まさか……良からぬことをお考えなのでは?」


 メテオの問い掛けに、レナは笑いを漏らす。


「フフフ。父上は陛下と不仲です。そう思われても仕方ありませんね……」


「義姉様。王都が火の海になる事だけは避けなくてはなりません。ですが……今の私に兄上を止めるだけの力は残っておりません。もし兄上が、タイガー殿を刺激するような事があれば……!」


 危惧の念を抱くメテオ。その彼を落ち着かすようにレナは言う。


「殿下、安心してください。王都が戦火に飲み込まれるような事態には――私が絶対にさせません!」


「――義姉様」


 力強く宣言した彼女にメテオが期待の眼差しを向ける。

 

 ――そして、王妃が微笑んだ。


「――戦わずして、勝って見せましょう」


「義姉様……それは、どういう意味でしょうか……?」


 メテオの顔が一気に強張る。「戦わずして勝つ」とは一体どういう意味なのだろうか? いや、直感で感じる。王妃殿下が考えていることを――


 動揺を隠しきれないメテオに、ロルフが体を向ける。


「――叔父上。どうか、私たちに力をお貸しください! 全ては、トロイメライの明るい未来のために!」


「――ロ、ロルフよ……一体、何を言っているのだ……?」


 そしてレナが諭すように言う。


「――愛する民と、国益を守るのが我々王族の役目。一人の王を満足させるために、このトロイメライが回っているわけではありません」


「叔父上! これ以上、この国を朽ちさせてはなりません!」


 2人の言葉にメテオは唇を震わせる。


「――実の兄を……裏切れというのですか……!?」


 張り詰める緊張。応接の間は静まり返った。


 ――だが、その緊張を破る、扉をノックする音。

 レナが応答すると、姿を現したのは彼女の使用人だった。


「どうしたのですか? お話中ですよ?」


「申し訳ありません。ですが、メテオ様に早急にお伝えしたい事があるとのことでして……」


「私に?」


 すると、使用人の背後から、南都五大臣「アーロン」が姿を現した。彼は部屋に入るなり膝を折る。


「王妃殿下、ロルフ王子、メテオ様、ご無礼をお許し下さい」


「一体、何用だ?」


 メテオが尋ねると、アーロンは何故か嬉しそうに微笑んでみせる。


「メテオ様……マロウータンが……マロウータン・クボウ南都伯が生きておりました!」


「な、何だってっ!? マロウータンがっ!?」


 メテオは驚愕の表情でソファーから立ち上がった。




 ――その頃。ドリム城内にある図書館。

 二階建てのホールには、先が見えない迷路のように本棚がずらりと並んでいた。

 その図書館の入口には、ヨネシゲ、ソフィア、シオンの姿があった。ここから見る限り、他に人影は見当たらない。


 ドリム城の図書館は、王族や貴族、城で働く兵士や使用人など多くの者が利用できる。部外者でも、関係者から許可を貰えば利用可能だ。

 そしてシオンたちもバンナイから許可を貰い立ち入りが許された次第である。


 シオンは嬉しそうな表情で、目の前に立ち並ぶ本棚を見渡す。


「わあ~! 流石、トロイメライ最大の図書館。凄い数の本ですわ!」


 シオンは、まるで子供のようにはしゃぎながら図書館の奥へと姿を消した。その後ろをヨネシゲとソフィアが続く。本好きのソフィアも瞳を輝かせていた。


「あなた、凄いよ! こんな大きな図書館初めて見たわ!」


「ああ、本当だな! これならソフィアの大好きな恋愛小説のシリーズ、全て揃ってるかもな!」


「ええ。早速探してみようかしら!」


 ソフィアはにっこりとした笑顔をヨネシゲに向けると、足を弾ませながら小説コーナーへと姿を消した。


「ソフィアもシオン様も大喜びだな! それにしても、ここならいい時間潰しができそうだ……」


 ヨネシゲは適当に図書館内を散策。すると漫画コーナーなるものを発見する。


「おっ、スゲー! 漫画もあるのか! そういや、この世界の漫画って読んだことなかったな。どれどれ――」


 ヨネシゲは本棚から漫画本の一冊を手に取る。


「――なになに『武勇伝ヒーローとバナナの海賊船』か。これ、ちょっと面白そうだぞ!」


 角刈り頭は、漫画本を広げるとその場で立ち読みを始めた。


 冒険小説が並べられた本棚前にはシオンの姿があった。


「あった、あった! ありましたわよ! 『散財のアフタヌーンシリーズ』がっ! 余りにも不人気で廃盤になってしまった伝説の小説。南都の本屋さんや図書館にもありませんでしたが、ここにありましたか!」


 シオンは、本棚からその不人気小説を次から次へと取り出すと、両手で抱えた。

 両手に積み上げられた十数冊の本は、シオンの視界を奪う。前方の様子は見えていない。


 ――もう一人。同じく両手に積み上げられた本で、前方の視界を遮られた人物の姿。

 シオンとその人物の進路は交差していた。当然、前方の様子が目に入っていない2人は、お互いの存在に気付かぬまま接近を続ける。


 ――そして、2人は接触した。

 その瞬間、2人の腕の中にあった本の山が崩れ去り、床に散らばった。


「シオン様!」


 シオンの悲鳴と物音を聞いたヨネシゲとソフィアが、現場に急行する。

 そこでヨネシゲたちが見た光景とは――尻もちをつくシオンと、その彼女に右手を差し出す少年の姿。


「――失敬。お怪我はありませんか?」


「……は、はい……」


 窓から差し込む、夕日に照らされる見目麗しい少年は、サラサラとした金色の髪と青い瞳の持ち主だった。


 シオンは顔を真っ赤に染める。


「……まるで……王子様……だわ……」


 彼女は、差し出された少年の右手を握った。



つづく……

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