第193話 王都関所
夕色に染まるメルヘンの街。王都南部関所の手前にはヨネシゲ一行の姿があった。
集団の先頭に立つマロウータンが、リゲル家臣ケンザンと向き合うようにして言葉を交わす。
「――では私はこれで」
「世話になったのう、ケンザン殿。戻ったらカルロス殿に宜しく伝えてくれ」
「承知」
ここでマロウータンは扇を広げると、それで口元を隠し、ケンザンに耳打ちする。
「――それともケンザン殿。儂の家臣にならぬか?」
「フッ……御冗談を……」
「ウッホッハッハッハッ! ダメ元で聞いたまでじゃ!」
そこへヨネシゲが歩み寄り――
「ケンザンさん。故郷での支援活動、引き続きよろしく頼みます!」
ケンザンは口元を緩める。
「――リゲルは、民の期待を裏切りません。私と父上でカルムの一日も早い復興を実現させましょう。ですのであなたは、己の信じる道を突き進むといい」
「ありがとうございます」
「フフッ。礼なら、タイガー様に――」
――タイガーから、父カルロスと共にカルムタウンの復興支援を命じられているケンザン。彼は雲の絨毯に乗ると、カルム領へと戻っていく。ヨネシゲたちはその姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「――さて、皆の者。参るぞ」
マロウータンの言葉を聞いたヨネシゲたちは力強く頷くと、関所の入口へと歩みを進めた。その表情は希望に満ち溢れていた――
――が、ヨネシゲ一行は早々に足止めを食らう。
「――だ・か・らっ!! 儂はマロウータン・クボウ本人じゃっ!!」
「そう言われましてもね〜。先日、マロウータン・クボウ南都伯は死亡したと知らせを受けています。生存していたなどという情報は、まだこちらには入っておりません……」
突如、関所に姿を現したマロウータン。彼は先の戦で死亡した事になっている。
勿論、ご覧の通り彼はしぶとくも生存しているのだが、まだその情報は王都側に伝わっていない。現在、マロウータン自身がその生存情報を伝えている形だ。
だが、保安官たちは白塗りの話を信用しない。
「もし仮に、貴方様が本当にクボウ南都伯だったとしても、一度死亡と知らせを受けた者をそう簡単に王都に入れるわけにはいきません。正式にクボウ南都伯の生存が確認できるまでお待ち下さい」
「このわからず屋が! 今目の前で儂の生存を確認しておるじゃろうが!」
そこへ、元保安官のドランカドが関所の保安官に声を掛ける。
「――やあ、みんな。ご無沙汰っす」
「ん? き、君は!? ドランカドじゃないか!? どうしてここに? 王都を去った筈では?」
「へへっ。実は――」
関所の保安官たちはドランカドのかつての同僚たちだった。彼はこの関所に来るまでの経緯を手短に説明する。
「――まあそんな訳で、ここに居るマロウータン様は本物っす。俺が保証しますよ」
「――状況は理解した。君が言うんだ、そのお方は間違いなくクボウ南都伯なのだろう――」
保安官の言葉を聞いたヨネシゲたちは淡い期待を抱く。だが、やはり一筋縄ではいかない。
「だけど、我々の判断でそのお方を王都に入れることはできない。君も元保安官ならその事は理解できる筈だ。我々は法の番人なのだからな」
「その通りっす……」
ヨネシゲたちは落胆した様子で肩を落とす。それでもシオンが諦めずに交渉。
「――マロウータンの娘である、このシオン・クボウが、我が父の生存を証明しても王都には入れていただけないのでしょうか?」
「ええ、残念ながら。ただ……」
「ただ?」
「はい。上官や王室、貴族様からの許可を頂ければ、お通しすることは可能となります」
「そうですか。ちなみに、私が王都へ足を踏み入れることは?」
「それは全く問題ございません」
シオンはマロウータンに視線を向ける。
「お父様。ここは娘である私がドリム城に赴き、メテオ様から許可を頂いてきましょう!」
「確かに……メテオ様なら儂らの言う事を信じてくれることじゃろう。じゃが、そなた一人では心配じゃのう……」
娘の身を案じるマロウータン。するとシオンからある提案がなされる。
「では父上。護衛を付けてください」
「ふむ。護衛か……」
父娘はヨネシゲとドランカドに視線を向ける。
白塗り顔は少し考えたあと答えを出す。
「――ヨネシゲよ。我が娘の護衛を頼む」
「え? 俺ですか!?」
突然の頼みにヨネシゲは驚いた様子だ。
「いや〜。護衛なら武闘派のドランカドの方が――」
「無礼者っ!」
突然、響き渡るハリセンの打撃音。頭を押さえながら蹲るヨネシゲをマロウータンが見下ろす。
「ヨネシゲよっ! これは命令じゃ! もうそなたは儂の家臣。口答えせずに儂の言うことを聞くのじゃ!」
「わ、わかりました……」
「宜しい」
そう。ヨネシゲはクボウの家臣。主君の命令に口答えするなど以ての外だ。
あくまでも、マロウータンとは主従の関係。ちょっぴり、現実の厳しさを目の当たりにしたヨネシゲであった。
(――それにしたって、叩くことはないじゃんかよ!)
まだ始まったばかり。耐えろ、ヨネシゲ。
「――それでは、お父様。行ってまいります。日没までには話をつけてきますわ」
「シオン。よろしく頼むぞよ!」
そして白塗りはクラフト夫妻に視線を向ける。
「ヨネシゲ、ソフィア殿。儂の娘を頼むぞよ」
「お任せください!」
ヨネシゲは力強く返事すると、ソフィアと共にシオンの隣へ。
「さあ、シオン様。行きましょう!」
「ええ。よろしくお願いしますわ」
そして、ソフィアとヨネシゲは顔を見合わす。
「――記念すべき初任務が、ソフィアと一緒で良かったよ」
「ウフフ。ずっと一緒だって言ったでしょ?」
二人は軽く言葉を交わしたあと、手を繋いだ。
その後ろ姿をドランカドとマロウータンが見つめる。
「ヨネさんとソフィアさん、相変わらずラブラブだな〜」
「熱々なのは結構。じゃが、シオンの護衛が疎かにならないか心配じゃのう……」
「大丈夫ですよ。ヨネさんなら」
「――そうじゃな。ヨネシゲを信じよう」
ヨネシゲ、ソフィア、シオンの三人は関所を通過。王都メルヘンに足を踏み入れた。
――目指すは、ドリム城。
つづく……




