第192話 王都目前
王都へと続く街道を走る銀塗りの馬車。それを護衛する兵士団。
脂で光沢する白髪の中年男は、胸元まで垂れ下がる二重顎と、衣装が張り裂けそうになるほどの三段腹――王都近郊領主の「コッテリオ伯爵」は、今晩、王都ドリム城で開かれる晩餐会に出席するため、馬車に揺られていた。
コッテリオはミルクチョコレートとクリームドーナツを交互に頬張り、口の周りにクリームを付けながら、独り言を漏らす。
「――これで、ゲネシス攻めの軍資金に余裕ができることだろう。陛下に良い報告ができそうだ。領内の税率を大幅に上げて正解だったわい――」
そしてコッテリオは、大好物の蜂蜜をタップリと塗りたくったドーナツを口の中に詰め込む。
「――だが、あともう少しだけ税率を上げても大丈夫そうだな。領民共が餓死しない限り問題はないだろう……」
コッテリオは蜂蜜のドーナツを食べ終えると、口直しのフライドチキンに手を伸ばした――
次の瞬間。突然爆発音が轟く。
馬車の外に閃光が走った。
「ぬはあぁ!? な、何事だっ!?」
顔を強張らせるコッテリオ。彼は咀嚼していたフライドチキンを口から飛ばしながら大声を上げた。
すると、御者が慌てた様子で馬車の扉を開く。
「伯爵様! 敵襲です!」
「な、何っ!? 敵襲だと!?」
「兵士も全員殺られました! 早くここからお逃げ――ぐっはぁっ!!」
「!!」
コッテリオと向き合っていた御者が悶絶の表情を見せる。と同時に口から血を吐き出すと、その場に倒れた。
「ヒイィィィッ!!」
腰を抜かすコッテリオ。
彼が視線を向ける先――馬車の外には謎の黒尽くめ集団の姿があった。
コッテリオが声を震わせる。
「き、貴様ら、何者だっ!?」
「フフッ……名乗るほどの者じゃねえ……」
コッテリオの問い掛けに答える声。黒尽くめ集団の中から一人の青年が姿を現す。
――その青年は黒髪。左目には眼帯が装着されていた。
「悪いが、おっさんにはここで消えてもらう。でも安心してくれ。一発で楽に逝かせてやるから」
コッテリオは命乞い。
「ま、待ってくれ! 金が欲しいんだろ!? 金ならいくらでもくれてやる! だから命だけは……!」
「金は必要ねえ。俺たちが欲しいのはその馬車だ。そして、おっさんの存在は作戦の邪魔なんだよ」
黒髪眼帯はそう言い終えると、コッテリオに向かって右手を構えた。
――照り付ける眩しい西日。トロイメライの西部は間もなく夕刻を迎えようとしていた。
カルム領ルポタウンから王都メルヘンまでの最短経路――早足草鞋装着で約10日、快速靴ではその半分の5日で到着。そして、今ヨネシゲたちが乗る「雲の絨毯」だと、僅か3日で到着できる。
この雲の絨毯は、リゲル家臣「ケンザン・ブラント」が空想術で発生させ、操っているものだ。
絨毯の感触を例えるなら羽毛のクッション。座り心地は抜群だ。
その上には、ヨネシゲ、ソフィア、ドランカド、マロウータン、シオン、クラーク、そしてこれを操縦するケンザンの姿があった。一同、絨毯の上で思い思いの時間を過ごしていた。
ヨネシゲは遠くに見えるトロイメライ西海を眺めながら笑みを浮かべる。
「穏やかなカルムの海も好きだったが、西日を受けながら荒々しく波を立てるトロイメライ西海もカッコいいな。まるで青春時代の俺みたいだぜ――」
ヨネシゲは鼻の下を伸ばす。
「――ヤンチャしてた頃は女子にモテモテだったよな。やはり、金色に染めたロン毛が受けたのかな? おっ! そうだ!」
何かを閃いたヨネシゲは指を鳴らす。
「王都デビューってことで、金髪のロン毛を復活させてみようかな! 王都には綺麗なお姉ちゃんがわんさか居ることだろうし――」
ヨネシゲは一人不気味な笑い声を漏らすのであった。
ソフィアはシオンと共にガールズトークに花を咲かす。
「――え? シオン様!? 37回もお見合いをされているんですか!?」
「はい。縁談は何回もあったのですが……こんな男勝りの性格ゆえ、殿方に逃げられてしまいましてね。いつになったら嫁ぎ先が見つかることやら……」
「――大丈夫ですよ。シオン様ならきっと素敵なお相手が見つかりますから」
ドランカドは、途中立ち寄った宿場町で購入した酒とつまみで一杯。今は鼾を掻きながら大の字で眠っている。時折寝言を口にしながら。
「むにゃ……リサさん……もう食べれませんよ……リンゴのフライはまた明日……」
扇を広げるマロウータンは、いつもの甲高い声とは違い、腹の底から発生させる重低音の声を響かせながら、舞の練習をしていた。その隣で執事のクラークが掛け声と共に紙吹雪を主君に向かって撒き散らす。
「お〜〜トロイメライの〜〜西の海に〜〜夕日が沈めば〜〜」
「よお〜! はっ!」
「東の山から〜〜朝日が〜〜昇る〜〜――」
雲の絨毯の先頭で胡座をかくケンザンは腕を組み、瞑想に耽っていた。
(――騒がしい人たちだ……)
ケンザンは、雲の絨毯へ送る想素の量を増やし、その速度を上げた。
雲というだけあり上空を移動。高速で移動するそれは空気の抵抗を直に受ける。だが、この雲の周りには無色透明の結界が張られており、乗っている者たちが風を感じることは全くない。まるで空飛ぶオープンカーだ。
そもそも、ケンザンの父カルロスが、マロウータンの父オジャウータンに恩義を感じていなかったら、ヨネシゲ一行の快適な移動は実現しなかった。
――飛行を続ける雲の絨毯。程なくすると辺りは夕色に染まる。
ヨネシゲは遠くに見える、徐々に鮮明になる前方の視界を目にしながら騒ぎ始める。
「おい! みんな! あれを見てくれ!」
角刈りの声を聞いたマロウータンは、丸眼鏡を掛け直すと、解説するようにして言う。
「見えてきたのう。トロイメライの王都……メルヘンの街並みが。街の中心に聳え立つ、あの堅固な建物がドリム城じゃ」
「あれが……王都メルヘン……」
一同視線を向ける先。そこには、王族の居城「ドリム城」とその城下町があった。
――目前に迫る王都。
ヨネシゲは期待に満ちた笑みを浮かべる。
「――あそこで、俺たちの新たな1ページがスタートするのか……」
角刈りの隣にソフィアが並ぶ。
「なんだか、ワクワクするね」
「ああ……」
ヨネシゲは相槌を打つと、ソフィアの手を握りしめた。
直後、ケンザンがヨネシゲたちに呼び掛ける。
「――皆さん。間もなく雲を降下させます。その先は徒歩で王都の関所へ向かっていただきます」
「ケンザンさん。このまま王都の街には入れないんですか?」
ヨネシゲの疑問にマロウータンが答える。
「それはできぬ。王都の上空には、対空想術用の強力な結界が張られている。守護神が張った結界じゃ。どんなに強力な光線や想獣を用いたとしても、ヒビ一つも入れることはできんじゃろう」
「もし仮に、このまま進んだら?」
「あの結界はスペースバリアでできておる。結界に衝突した瞬間、儂らはこの雲の絨毯と一緒に異空間へ受け流されてしまうぞよ。まあ……儂らには悪意が無いからのう。結界に飲み込まれることは無いかもしれん。じゃが、雲の絨毯を失ったら――儂らは王都の街に墜落じゃ」
「つまり――あの結界は、空想術や悪意ある者たちをフィルタリングするものなんですね?」
「そうじゃ。故に悪意のない鳥や虫などの動物は結界の影響を受けずに、王都へ出入りすることができる。まあそもそもの話、儂ら想人は関所以外の場所から王都に入ることは禁じられておる。他の街とは違い、王都や南都に足を踏み入れるためには検問でしっかりと身分を証明する必要があるのじゃ」
「なるほど」
そうこうしている間に、王都最南端の関所が見えてきた。と同時に雲の絨毯がゆっくりと降下していく。
「――さあ、みんな。行こうぜ、王都へ!」
一同、ヨネシゲの言葉を聞いて力強く頷いた。
つづく……




