第191話 アーノルド 【挿絵あり】
カルムタウンの目と鼻の先にある草原は、想獣が吐き散らす灼熱の炎によって焼き尽くされていく。
そこで生まれた熱気は、熱の波となり、カルムの街に迫っていた。
その熱波をバリアで受け止める男女は、カルムの猛者たち。しかし、熱波の勢いは凄まじく、バリアが破壊されるのは時間の問題だった。
猛者たちの口から漏れ出すのは弱音。
『持ち堪えられねえ! もうダメだ……』
猛者たちが半ば諦めたその時――稲妻の如く一筋の閃光が、ドラゴンの身体を走る。
一刀両断――ドラゴンが縦半分に引き裂かれた刹那、その存在を完全に消滅させた。
代わりに、右手で剣を握る、黒の長髪男の大きな背中がそこにはあった。
猛者たちは彼の名を叫ぶ。
『――ア、アーノルドっ!!』
『――待たせたな。皆、無事で安心した』
男は猛者たちの方を振り返ると、爽やかな笑顔を見せた。
彼の名は、「アーノルド・マックス」――
――カルムのヒーローと呼ばれていた男だ。
――ある朝のこと。
アーノルドは普段通り起床――だが、間もなく彼は身体に違和感を覚える。
『――身体が……重たい……』
身体が重たい。まるで全身に重力を受け、体の動きが鈍っているような感覚だ。
アーノルドは重たい身体を起こすと、自身の上半身に視線を向ける――
『――こ、これは……どうなっている……!?』
彼は自分の瞳を疑った。
何故なら、鍛え抜かれた腹筋を持つ引き締まった胴回りは、ある筈もない贅肉に覆われていたからだ。
きっと自分は悪い夢を見ているに違いない。
彼は不安を誤魔化すようにして、自慢の前髪を掻き上げようとする――しかし、その前髪は絶壁。サラサラだった長い前髪は剛毛へと変貌を遂げていた。短く切られた前髪は逆立ち、額を主張していた。
前髪だけではない。女性顔負けの艶のある後ろ髪も、極限の短さまで刈り上げられていた。所謂、角刈り頭だ。
おまけに、スベスベだった己の四肢には、ジャングルのような濃い体毛が生えていた。
『冗談ではないぞっ!』
アーノルドは必死になって、腕、脚から生える体毛をむしり取る。
――痛い、痛い。
体毛を引き抜く度に走る痛み、素肌から滲み出る血液――今、目の前で起きている出来事が現実であると確信した。
(一体、私は……どれほど醜い姿になってしまったのだろうか――!?)
アーノルドはハッとする。
突然何かを思い付いた彼。自室を飛び出した。
アーノルドが向かった先は洗面所だった。洗面所にある鏡の前に立った彼は絶句した。何故ならば――鏡に見ず知らずの角刈り中年男が映し出されているのだから。
『お前は……お前は……一体何者なのだ? 私の体を……どこへやった……?』
アーノルドは鏡に映る角刈り男に怒号を上げる。
『答えろっ! この角刈り野郎がっ!』
その直後。リビングの方から聞き慣れた女性の声が聞こえてきた。
『あなた、起きてるの? どうしたの? 大きな声を出して?』
(ジャスミンだっ!)
アーノルドの耳に届いてきたのは、妻ジャスミンの声だった。
アーノルドは救いを求めるため、ジャスミンが居るリビングへと向かった。
――アーノルドはリビングの扉を開く。
そこには、金髪ロングヘアの女性――彼の妻ジャスミンの姿があった。
ジャスミンはいつもと変わらぬ笑顔をアーノルドに向ける。
『あなた。おはようございます』
だがすぐに、ジャスミンは夫から発せられるただならぬ雰囲気を感じ取る。
『あなた? 何かあったの?』
何かあったの? ――ではない。彼女は夫の異変に気付いていないというのか? あまりにも脳天気なセリフにアーノルドが声を荒げる。
『ジャスミン! わからないのか!? 見てくれよ! 私の変わり果てた醜い姿を!』
だが、ジャスミンから聞こえて来たのは笑い声だった。
『フフフ……』
『何が……おかしい……?』
『あなた。寝ぼけているんですか? あなたの体、どこも可笑しくはありませんよ?』
彼女の言葉を聞いたアーノルドは淡い期待を抱く。自分はただ単に寝ぼけているだけなのだと。だが瞳に映る自身の身体はやはり醜いままだった。
――そして、本当の恐怖はこれから始まる。
『それにしても、ジャスミンってどこの女の子ですか?』
『な、何を言ってるんだ? ジャスミン、それは君の名前だろう?』
『も〜う。いい加減にしてくださいよ? 私の名前はソフィアでしょ?』
『――ソフィアって誰なんだ?』
彼は頭を抱えながらその場に座り込む。
ソフィアと名乗る彼の妻が心配した様子で声を掛ける。
『あなた……どうしちゃったの? どこか具合悪いの?』
だが、彼女の声はアーノルドの耳に届いていなかった。
(一体、今、何が起きているんだ!? ジャスミンまでおかしくなってしまったのか!?)
ここでアーノルドはハッとする。何故ならば、娘の存在を思い出したからだ。
(サラは無事だろうな!?)
彼が立ち上がったその時。リビングの扉が開かれた。アーノルドは扉の方向へ視線を向ける。
『サラかっ!?』
しかし、そこに居たのは――金髪の少年だった。
『父さん、母さん、おはよう。朝から騒がしいな……』
誰だお前はっ!?
アーノルドはそう怒鳴り声をあげようとした。
だが、彼の口から発せられた言葉は、自分の意思と全く異なるものだった。
『おう! ルイス、おはよう! ちょっと寝ぼけててな』
ソフィアと名乗る妻がアーノルドに声を掛ける。
『あなた、大丈夫なの?』
『ああ、問題ない! ようやく目が覚めたよ! ソフィア、心配させてすまなかったな』
『なら安心したわ』
『まったく、父さんは人騒がせだな』
『ガッハッハッ! ドンマイドンマイ!』
――違う! これは私の言葉ではない!
口が、体が、表情が、勝手に動いてしまう――
(――これではまるで、操り人形ではないかっ!?)
返してくれ……私の身体を……私の自由を……私の家族を……!!
――月明かりが差し込む小部屋。
一人の男が悪夢から目を覚ます。
呼吸を乱す彼の寝間着は寝汗で濡れていた。
男は身体を起こすと、窓の外に見える月を見上げた。
「――夢か……」
男がそう呟いた直後。部屋の一角から彼のよく知る声が聞こえてきた。
「総帥さんよ。随分とうなされていたじゃねえか」
「――ダミアンか。人の寝ている姿を眺めていたとは、随分と悪い趣味だな――」
男が視線を向けた先。
そこには、腕を組み、ソファーに持たれ掛かるダミアンの姿があった。その顔左半分には大きな火傷。消失した左目には眼帯が装着されていた。
ダミアンは、薄ら笑いを浮かべながら「総帥さん」と呼ぶ男に尋ねる。
「総帥さんでも、悪い夢を見るようだな?」
「――過去の忌まわしい記憶が、こうして悪夢となって蘇るのだ……」
「フフッ。そんじゃ、俺と同じだ……」
ダミアンは眼帯に左手を添えながら不気味な笑顔を見せた。
「ダミアンよ。明日、王都へ向かう。夜明けまでには時間がある。もう少し休んでおけ」
「そうだな。そんじゃ、ここで少し寝かせてもらうぜ――」
ダミアンはそう言うと、ソファーの上に横たわった。
男は、ソファーの上のダミアンを眺めながら口角を上げる。
(それにしても、立ち直りの早い男だ……)
ダミアンから「総帥さん」と呼ばれるこの男。その正体は、改革戦士団総帥「マスター」だった。その真の名は「アーノルド・マックス」と言う。
――この日、トロイメライ王都「メルヘン」に、とある集団が姿を現す。
淡い寒色の鎧兜を装着した兵士たちが掲げる旗印には、雪の結晶をあしらった家紋。それとは別に一際目を引くのは、白地に「猫」の一文字だけが書かれた軍旗だろう。
王都のメイン通りを規律良く行進する兵士たちの正体は、フィーニス地方領主「サンディ家」の領軍だ。
そして、その隊列の中程には、白馬に跨る白銀の髪を持つ少年の姿が。小柄な彼の年齢は十代半ばくらいだろうか。
沿道には、彼の姿を一目見ようとした王都民たちの姿。人々は馬上の少年に歓声を送っていた。
やがて少年は「ドリム城」前に到着。宝石のような空色のつぶらな瞳で、目の前に聳え立つ国王の居城を見上げる。その顔は色白。女の子と見間違えるほど可愛らしい。だが、その唇は真一文字に結ばれ、無の表情を貫く。
この少年の正体は――僅か8歳という幼さで名門サンディ家の家督を継ぎ、トロイメライ王国の重職「王都守護役」を務める、フィーニス地方領主「ウィンター・サンディ」である。
人々は彼を「トロイメライの守護神」と呼ぶ。
白馬に乗馬するウィンターの隣には、栗毛の馬に跨る金色短髪の青年が並んでいた。彼はサンディ家の家臣「ノア」だ。
ノアは、大音量の勇ましい声で幼き主君に要件を伝える。
「旦那様! 城外警備の準備は整っています!」
相変わらず無表情のウィンターが、透き通るような高い声、落ち着いた口調で言葉を返す。
「――わかりました。それでは、警備を始めてください。この場はノアに任せます。くれぐれも、抜かりのないように……」
「承知っ!! お任せください!! 小バエ一匹も城内には入れませんからっ!!」
「――ノア。それは無理だと思います……」
ノアは気合が入った様子で兵士たちに指示を出し始める。その様子を横目にしながら、ウィンターが城門を潜ろうとした時のこと――
「これはこれは。サンディ公爵閣下。随分と遅い到着ではないか。陛下が待ちくたびれておられるぞ?」
ウィンターを呼び止める若い男の声。彼が背後に視線を向けると、そこには、銀色の空想杖を突く、黄色いマントを羽織った赤毛の青年の姿。
もう一人。王都保安局の紺色の制服に身を包んだ、角張った顔の中年男。その肩には、保安局高官を意味する金色の肩章が付いていた。
ウィンターは二人の名を口にする。
「――サイラス公爵閣下。それにシュリーヴ伯爵……」
黄色マントの赤毛の青年――彼は、王都メルヘンを所領とする、王都領主「ウィリアム・サイラス」。サイラス公爵家の当主である。
そして、保安局高官の制服を着る、角張った顔の中年男は、王都保安局の頂点に立つ長官「ルドラ・シュリーヴ」である。
彼は、シュリーヴ伯爵家の当主にして――ドランカドの実父である。
ウィンターは馬から下馬すると、ウィリアムたちと向き合うようにして体を向ける。
「――領内で起こったいざこざの対応を行っていた為、予定よりも到着が遅れてしまいました」
「ほほう。どのような争いがあったかは存じないが、雪国の地方領主も暇ではなさそうだな。雪掻きしか仕事がないと思っておったわ!」
それは嫌味。不敵に口角を上げ顔を歪ますウィリアム。一方のウィンターは表情を変えずに言葉を返す。
「――ええ。こう見えても多忙なものでして。田舎領主を捕まえて、油を売ってる暇などありません。あっ、閣下も忙しいと思われますから、私にはお構いなく……」
「――ちっ。相変わらず生意気な小僧だ……」
嫌味を嫌味で返されたウィリアムは、不機嫌そうにして、舌を鳴らしながら呟いた。
するとルドラが、ウィリアムに代わり言葉を放つ。
「――それにしても、サンディ閣下。王都内の警備は我々王都保安局と、サイラス閣下――王都領主の管轄です。あくまでも王都守護役様のお役目は、王都の外と国境の警備。王都内の警備は管轄外です」
ルドラに便乗するようにして、ウィリアムが口を開く。
「シュリーヴ卿の言う通りだ! 俺たちの庭で好き勝手されては困るのだ。城の周りに展開した領軍を直ちに撤収させろ! 田舎領主はそれくらいのこともわからないのか!? いや、失礼――お子様には理解できなくて当然だったな!」
ここぞとばかりにウィンターを罵倒するウィリアム。しかし、少年は動じず――
「残念ですが……これは陛下のご命令。我が領軍を撤収させることはできません」
「ぬぅ……」
そして、守護神は不敵に微笑む。
「――そもそも……何故陛下は最寄りの王都領主や王都保安局ではなく、遠く離れた田舎領主を頼るのでしょうか? その理由――もう少し真剣になってお考えになっては?」
二人に突き刺さるような言葉を放ったウィンターは、再び愛馬に跨ると、城内へと姿を消した。
その後ろ姿を悔しそうにして、ウィリアムとルドラが見つめる。
「おのれ、ガキがっ! 調子に乗りやがって! 覚えていろよ!」
「我々、王都貴族も舐められたものですな……」
「――言うな……」
二人も、ウィンターの後を追うようにして、城内へと足を踏み入れた。
――ここは、ドリム城内にある謁見の間。
その部屋の入口を起点に、大理石の床に敷かれた赤い絨毯の終点には、絨毯と同色の玉座が置かれていた。
その玉座に、足を組みながら腰掛ける、薄茶色の髪を持つ中年の男――彼こそがトロイメライ王国の頂点。国王「ネビュラ・ジェフ・ロバーツ」だ。
ネビュラは苛立った様子で足を揺すり、綺麗に整えられた顎髭を執拗に撫でながら、隣に控えていた老年の宰相「スタン」に尋ねる。
「あの小僧はまだか!?」
「たった今、城に到着しました。間もなく姿を見せるかと……」
「この俺を待たすとは、無礼な奴だ!」
ネビュラは歯を剥き出して怒りを顕にした。
暴君と名高い彼は、隣国ゲネシス帝国から土地を奪うことしか考えておらず、方向性の定まらない暴政で民たちの生活を脅かしている。各地の貴族たちからの信頼も薄く、彼に好んで近寄るのは私服を肥やそうとする悪徳貴族たちくらいだろうか。
大半の者は、トロイメライ貴族の義務として、この男と接触しているに過ぎない。
――そして、この少年も、義務を果たすため、謁見の間に姿を現した。
「――陛下。お待たせいたしました……」
ウィンター・サンディだ。
彼は一礼してから謁見の間に入ると、ネビュラの元まで歩みを進める。赤い絨毯の上を堂々とした様子で歩くその姿をネビュラは歯ぎしりしながら見つめていた。
やがて、玉座の前に到着したウィンターは膝を折る。
「ウィンター・サンディ、只今見参しました――」
刹那。ネビュラの怒号が謁見の間に響き渡る。
「遅いぞっ! ウィンター! いつまで待たせるつもりだ!? タイガーはすぐそこまで迫っているのだぞ!?」
ウィンターは相変わらずの無表情で、激怒の国王を見上げる。
「――申し訳ありません。領内でいざこざがありまして……」
「いざこざだと?」
「ええ。リッカの市場にある八百屋さんとお肉屋さんが、土地を巡って口論となってしまいまして。私自らその仲裁に――」
「は?」
いざこざ――それは領民同士のご近所トラブル。その仲裁のために到着が遅れたとウィンターは説明する。
余りにも予想外の内容に、ネビュラは呆気に取られた様子だ。延々と説明を続けるウィンター。暴君が怒鳴り散らす。
「ふざけるのもいい加減にしろっ!! リゲルの軍勢が王都に迫っているんだ! そんな下らない民同士の喧嘩など捨て置け!」
「ですが、領民は私の大切な――」
「黙れっ! 言い訳など聞きたくない!」
「へ、陛下。落ち着いてくだされ……」
ネビュラは息を荒げる。宰相スタンがそんな主君を宥めたあと、ウィンターを注意する。
「ウィンターよ。陛下を怒らすではない」
「――申し訳ありません」
ウィンターは軽く頭を下げた。
その間に呼吸を整えたネビュラが、守護神に命令を下す。
「――もういい。お前はタイガーを迎え撃て」
「迎え撃つ……ですか?」
「そうだ。この俺の命を狙うあの虎入道を抹殺せよ!」
「――恐れながら、陛下」
「なんだ!?」
「先日、サンディとリゲルは和平を結びました。リゲルの方から和平を破棄しない限り、私から攻撃を仕掛けることは致しません。タイガーが、陛下のお命を狙っているという確たる証拠があれば話は別ですが……」
「あの男が俺の命を狙っているのは明白だろ! 戦勝報告をするためだけに、大軍を率いてくる必要があるか!?」
「タイガー・リゲルは用心深い男です。常に万全の体制で物事に臨みます。当然、私と戦う準備もできていることでしょう――」
ここでウィンターが、ネビュラにある提案を行う。
「陛下。ここは一度、タイガーの戦勝報告を受けてみてはいかがでしょうか?」
「な、何だとっ!? ふざけた事を抜かすな!」
タイガーを毛嫌いするネビュラ。当然彼の提案など受け入れられない。だが、守護神は淡々と語る。
「逆賊を討った際の戦勝報告は貴族の義務。今回のタイガーの行動は間違っておりません。もし仮に、タイガーの戦勝報告を拒否すれば、新たな火種が生まれることでしょう。それは避けるべきです――陛下、虎を王都に招き入れましょう」
ネビュラは唇を震わせながら守護神を睨む。
「――お前は……虎に噛み殺される俺の姿が……そんなに見たいのか?」
ウィンターは首を横に振ると、ネビュラを真っ直ぐと見つめる。
「――私がここに来た理由をお忘れですか? 陛下は私がお守りいたします」
ウィンターの言葉を聞いたネビュラは、諦めた様子で玉座にもたれ掛かる。
「――わかった。会えばいいんだろ!?」
「我が提案を受け入れていただき、感謝いたします」
これで話が終わった――ネビュラはそう思っていただろう。だが、ウィンターの話にはまだ続きがあった。
「――そこで陛下にはお願いがございます」
「お願いだと?」
「ええ。タイガーとの衝突を避けるためにも、とても重要なお願いです。もし仮に、このお願いを受け入れていただけないのであれば――私はフィーニスに帰らせていただきます」
「な、何だと!?」
ウィンターの半ば脅しともとれる言葉に、ネビュラは額に汗を滲ませる。
「――聞いてやろう。申してみよ」
ネビュラは固唾を飲み、ウィンターの次なる言葉を待った。
――ウィンターが謁見の間から出てきたのは、それから数十分後のことだった。
控室に戻ったウィンター。彼は今にも消えて無くなりそうな儚げな表情を浮かべると、弱々しい声で言葉を漏らす。
「――疲れました……胃が痛いよ……」
ウィンターは懐から猫柄の巾着袋を取り出すと、その中に入っている胃薬を一錠だけつまみ、口の中に放り込む――が、飲み込むのを失敗して、咽せる。
「けほっ、けほっ……まだ会議も残っている……頑張らないとダメだ……」
涙目のウィンターは、胸元に両手を添える。
「――八切猫神様。どうか……私に……力をお与えください……」
ウィンターはそう呟くと、控室を後にした。
――あのタイガー・リゲルと互角以上に渡り合った、守護神と呼ばれる少年が見せるか弱き姿。だが、今見せている姿こそが、真の「ウィンター・サンディ」なのだ。
――ウィンターが去った謁見の間。
ネビュラは頭を抑えながら玉座に座り込んでいた。そんな彼にスタンが尋ねる。
「――陛下。私もウィンターの考えに賛成でございます」
「スタンよ。お前まで……」
「陛下。王妃様をお部屋に閉じ込めておくのは得策ではございません。タイガー殿をこれ以上、怒らしてはいけません。そして、ウィンターも敵に回してはいけません……」
ネビュラは大きく息を吐いた後、天井を見上げた。
「スタンよ。レナを解放しろ」
「かしこまりました!」
ネビュラの指示を受けたスタンは、謁見の間を飛び出した。
ウィンターの要求――それは、軟禁されたトロイメライ王妃「レナ」の解放だった。
つづく……




