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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(カルム・ルポ編)
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第190話 真・家族会議 〜新たな旅立ち〜

 カーティスとリキヤが避難広場に到着した頃、マッスルファイヤーはフィナーレを迎えていた。

 マッスルと火柱、そして観客たちから発せられる熱気が、カーティスとリキヤの全身を包み、発汗させる。

 カーティスは周囲を見渡す。


「凄い人混みだな。マロウータン様もこの中に居られるのか?」


「カーティス様。ここは手分けしてマロウータン様を探しましょう」


「そうですな。私は最前列の方を探してみます。リキヤ殿はこの辺りを……」


「承知しました!」


 リキヤと離れたカーティスは、人混みを掻き分け、最前列のステージ前を目指した。


『ウーッ! マッスルゥゥゥッ!!』


 最前列に到着したカーティス。その目の前の特設ステージには、炎を身に纏った、白い歯を輝かせる笑顔のマッスルたちが、今日一番の決めポーズを見せつける。会場には観客たちの割れんばかりの歓声が響き渡っていた。

 呆然とマッスルたちを見つめるカーティスに、隣から重低音の声が呼び掛ける。


「おおっ! カーティス殿ではないか!」


「!!」


 声の主に視線を向けたカーティスの顔が強張る。


 そこに居たのは――タイガー・リゲルだった。


 そして虎は不敵に微笑んだ。


「――ちょうど良かった。カーティス殿に大事な話があってのう……」


「大事な話……ですか……?」


 カーティスはタイガーに手招きされると歩みを進めた。




 ――避難広場内に立ち並ぶ無数のテント。その内の一張には、とある家族の姿があった。

 一家の大黒柱は、漆黒の角刈り頭と黒縁眼鏡の中年男――「ヨネシゲ・クラフト」。

 その妻は、金色のロングヘアの美しい女性――「ソフィア・クラフト」。

 息子は、母親と同色の髪を持つ美少年――「ルイス・クラフト」である。

 今、クラフト家の家族会議が始まろうとしていた。

 

 初めに口を開いたのはヨネシゲだった。


「――ルイス。話すのが遅くなってしまってすまんな。本当は今朝話すつもりだったんだが……」


 ルイスは軽く首を横に振る。


「いや、仕方ないさ。俺も早朝から出払ってたからね。それで……仕官の話はいつ受けたの?」


「昨晩だ。ルイスが寝た後、色々とあってな――」


 ヨネシゲは詳細を説明する。幽霊騒動から始まり、マロウータンから仕官の話を持ち掛けられるまでの経緯を。

 説明を聞き終えたルイスが納得した様子で顎に手を添える。


「なるほど、そんな事があったのか。それにしても、マロウータン様が生きていたとは……俺もアランさんから聞かされて驚いたよ」


「ああ。最初見たときは、マジで亡霊かと思ったぜ! ま、元から幽霊みたいな化粧(しろぬり)してるがな!」


「フフッ。違いない」


「もう、二人とも……失礼……だよ……フフッ……」


「なんだ? そういうソフィアも笑ってるじゃんか?」


「そうだよ。母さんが一番面白そうにしてるよ?」


「ウホホ! ソフィア〜。笑いたい時には、笑わないとダメだウホよ〜?」


 三人は互いに顔を見合わせると――大きな笑い声を上げる。

 家族三人で、腹を抱えて笑い合った日などいつ以来だろうか?


 ――やがて、家族の笑いは収まり、各々笑いと一緒に漏れ出した涙を拭う。


 そして、まだ笑いの余韻が残る中、ヨネシゲが本題について切り出す。


「――ルイス。ソフィアも聞いてくれ。本題だ……」


 ヨネシゲの言葉を聞いたソフィアとルイスは、真剣な眼差しを角刈りに向ける。

 ヨネシゲは二人の顔をゆっくりと見つめた後、自身の考えを二人に伝える。


「――俺の心は決まった。俺は、マロウータン様に仕える」


 ヨネシゲの決心を聞いた二人は静かに頷いた。角刈りが続ける。


「正直、カルムがこんな時に、他領の貴族に仕えて良いものなのか? カルムに残り、復興の手助けをする事が、今俺が成すべきことなんじゃないか? ここでカルムを離れたら、俺は……カルムを見捨てた裏切り者になるんじゃないのか? なんてことを色々と考えてたさ。だけど、マロウータン様は俺にこう言った――」


 ヨネシゲはマロウータンの言葉を思い出す。


『――そなたの心意気は素晴らしい。じゃが、ここ(カルム)に居ては何も変わらぬぞ? 先程そなたは言った。『二度とあの惨劇を繰り返したくはない、大切な人を守りたい』と。もし、本当にその覚悟があるのであれば、この王国を――土台を立て直さねばならない。軟弱な土台の上に、どんなに立派な母家を築き上げたとしても、少し揺らいだだけで、簡単に崩れ去ってしまう。さすれば、()()()()()は瓦礫の下敷きぞ――!』


「――この王国(土台)を立て直そう、あるべき姿に戻そう……マロウータン様は俺の力を見込んだ上でそう言ってくれた……」


 角刈りは熱く語る。


「俺一人の力は限度がある。だけど、マロウータン様や他の皆と力を合わせれば、きっと王国の土台を立て直すことができる! 俺はクボウの一員としてトロイメライを立て直すことに尽力したい! カルムの明るい未来のためにも! もう……南都の二の舞いはごめんだよ……」


 ヨネシゲはそこまで語り終えると、険しい表情で顔を俯かせた。そんな父の考えに息子が賛同する。


「――流石、父さんだ。父さんが思い描く未来、俺は全力で応援するよ!」


「ルイス……」


 ヨネシゲは顔を上げる。そこには優しく微笑む息子ルイスの姿があった。

 角刈りも笑顔で応える。


「ありがとな、ルイス――」


 ヨネシゲは、二人に今後についての説明を始める。


「今度は、ソフィアとルイスにとっても大事な話をする。マロウータン様はこれから王都に向かわれる。その後は、王都に留まるのか、それとも南都に戻るかはわからない――」


 ヨネシゲの説明を聞いていたソフィアとルイスの顔が強張る。何故ならば、この先角刈りが口にする言葉が安易に想像できたからだ。

 そして、ヨネシゲの口から予想通りの言葉が発せられる。


「当然、クボウに仕えれば、マロウータン様と常に行動を共にすることになる。――つまりだ。もうカルムには帰れない……」


 一同、静まり返る。

 もちろん、一生帰れないと言っている訳では無い。しかし、南都五大臣の家臣となれば多忙な毎日を送ることになるだろう。そうなると、片道一週間は掛かるような道のりを頻繁に行き来することもできない。次、カルムの地に足を踏み入れるのは、数年後――いや、十年、二十年先になるかもしれない。

 クボウへの仕官――それは、愛する故郷と別れる覚悟が必要なのだ。

 その上で、ヨネシゲが言う。


「ソフィア、ルイス。俺と一緒に付いてきてほしい。例え、カルムを離れることになっても、家族とは離れたくない。これからも家族で苦楽を共にしよう。この三人で、新しい未来を切り開こう!」


 力強いヨネシゲの言葉。

 最初に返事をしたのはソフィアだった。


「――私は、朝も話した通り……ずっと、ずっとあなたをそばで支えるわ。どこまでも、どこまでも、一緒に付いていきます」


「ソフィア、ありがとう!」


 ヨネシゲは力強く頷くと、続けてルイスに視線を向ける。


「――ルイス。お前の返事を聞かせてほしい……」


 ルイスは静かに頷くと、その口をゆっくりと開いた。


「――俺は……カルムに残るよ……!」


「ルイス……」


 ルイスの返事を聞いたクラフト夫妻。だが、意外にも二人の反応は落ち着いていた。

 角刈りが息子にその理由を尋ねる。


「――ルイス。理由を教えてくれないか?」


「うん。実は、俺も……アランさん――タイロン家から仕官の話があったんだ」


 そう。ルイスも先程、カルム領主カーティスの息子「アラン」からタイロン家仕官の話を持ち掛けられたのだ。

 だがそれは、突然過ぎる打診でもなかった。何故ならば、幼なじみの二人(ルイスとアラン)が、幼い頃から交わしていた約束だったからだ――


『ルイス! 大人になったら僕の家来になってくれ!』


『うん! もちろんだよ! だけどアラン君の家来になったら、お給料たくさんちょうだいね!』


『ああ! お菓子屋さんのお菓子を全部買えるくらいくれてやる! だから僕をたくさん助けてくれよな!』


『やったー! 約束するよ、アラン君!』


 ――実の兄弟のように深い絆で結ばれているルイスとアラン。そしてルイスは、その兄の背中を追い続け、今日まで生きてきた。

 ルイスにとってアランは目標であり憧れ。そしていつの日か、彼の片腕として働くことがルイスの夢だった。


「――俺は、アランさんの元で……タイロン家の一員として、このカルムを支えていきたいんだ!」


 そして、ルイスは父親の手を握る。


「俺は、このカルムの柱になるから、父さんは――その柱が揺らぐことのない、強くて頑丈な土台になってよ!」


 ヨネシゲは息子の手を握り返す。


「ああ……もちろんさ……」


 そしてヨネシゲは嬉しそうに笑みを浮かべる。


「――ルイス。よくここまで立派に成長してくれたな」


「父さん……」


「――ソフィアから聞かされていた。ルイスには、アラン君と幼い頃から交わしていた約束があると。どうやら、その約束を果たすときがやってきたようだな」


「ああ。苦しい今だからこそ、約束を果たす意味があると思ってる。今アランさんは、俺の力を必要としている。父さんが、マロウータン様から頼られるのと同じように」


 親子は真っ直ぐな眼差しで見つめ合う。


「――巣立ちの時だな……」


「ああ。羽ばたいていくよ……」


 そしてルイスは、改まった様子で両親と向き合い――


「父さん、母さん。俺をここまで育ててくれて……ここまで愛情を注いでくれて……本当に……ありがとうございました……!」


 ルイスは深々と頭を下げた。

 ソフィアはハンカチを取り出すと、自身の瞳から零れ落ちる涙を拭う。

 そして、ヨネシゲはトレードマークの黒縁眼鏡を外し――


「――これはな……父さんのワガママな独り言だ……本当は……ルイスと離れたくない……もっと一緒に話がしたかった……もっとたくさん笑い合いたかった……お前が成人したら、カルム屋で酒を酌み交わしたかった……もっと……もっと……」


 ヨネシゲはそこまで言い終えると、右腕で瞳を覆い、身体を震わせた。

 ルイスは、父の背中を優しく摩る。


「――大丈夫。少しの間、我慢するだけさ。その全て……どれも叶うから」


 続けてソフィアも、夫の肩に手を添える。


「ルイスの言う通り。立派な土台を作り上げたら、またカルムに戻ってきましょう。そして、また、みんなで、一緒に暮らしましょう! その時には、新しい家族――孫の顔も見れると思いますから……ね? ルイス」


「か、母さん……」


 ソフィアは優しく微笑み、ルイスは恥ずかしそうに顔を赤く染めた。

 そして、ヨネシゲは――


「ソフィア! ルイス!」


「!!」 


 角刈りは、両腕を大きく広げ、妻子を抱きしめた。


「……うぅ……またみんなで一緒に暮らそうな……絶対、絶対に約束だからな……うぅ……」


「……父さん……いつまで泣いてるんだよ……」


「フフフ……そういうルイスも……涙が流れっぱなしだよ……?」


「……それは……母さんも同じだろ……」


 三人の家族は身を寄せ合い、涙を流し合った。

 テントからは温かな明かりと一緒に、一家のすすり泣く声が漏れ出していた。




 ――やがて、クラフト一家の涙も枯れた頃。

 テントの外から、甲高い中年男の声が聞こえてきた。


「――ヨネシゲ。儂じゃ。居るかのう?」


「マロウータン様だ……」


 白塗りの声を聞いたクラフト一家は、互いに顔を見合わせ、頷くと、テントの外へと出ていくのであった。



 ヨネシゲたちがテントの外に出ると、そこにはマロウータンの他に、ドランカドと、巨大虎に跨るゴリキとメリッサの姿があった。


「マロウータン様、ドランカド、それに――ゴリキ! メリッサ! そのデカイ虎は何だ!?」


 巨大虎に驚くヨネシゲ。一方のゴリキッドは真剣な表情で言葉を返す。


「ヨネさん、説明は後だ。それよりも今は――」


 ゴリキッドはマロウータンに視線を向ける。と同時に白塗り顔は角刈りの元へ一歩前進する。


「――ヨネシゲ。答えは決まったようじゃな……」


「はい――」


 ヨネシゲはゆっくりと頷く。

 そして――マロウータンの前で膝を折る。


「――このヨネシゲ・クラフト。マロウータン様の剣となり、盾となり、全身全霊を捧げ、お仕えする所存でございます。全ては――このトロイメライの繁栄と安寧のために!」


「見事じゃ……」


 マロウータンは扇を広げる。


「ヨネシゲ・クラフト!」


「はっ!」


「出立の準備をいたせ。明日の朝、ルポを出る」


「承知!」


「さあ、行こう。王都へ――」




 ――各々、自分の信じる道を進むため、大きな一歩を踏み出した。


 ヨネシゲ・クラフトは、名門クボウ家に仕官。妻ソフィアを連れて、トロイメライ王都「メルヘン」に向かう。


 ヨネシゲの息子ルイスは、カルム領主タイロン家に仕官。アランの側近としてカルム領に残る道を選んだ。


 自称「ヨネシゲの飲み仲間」ドランカド・シュリーヴも、ヨネシゲと共にクボウ家に仕官。リサとはここで別れて、王都へと向かう。


 アトウッド兄妹――ゴリキッドとメリッサは、タイガーに促され故郷ライス領へ帰領することとなった。


 そしてカルム領には、メアリーら姉家族、イワナリやオスギ、多くの者たちが留まる。愛する故郷の復興のために――



 ――そして、ルポの街に朝日が昇る。

 

 避難広場内に設けられた運動スペースには、ヨネシゲたちの見送りのため、多くの人々が集まっていた。その中には、イワナリ、オスギ、カルム屋のクレアや肉屋のウオタミ、学院長ラシャドなど、ヨネシゲの知人たちも大集結していた。

 ヨネシゲは、その一人一人と握手と言葉を交わし、別れを惜しんでいた。


 その頃、同じく別れを惜しむ男たちの姿があった。

 それは、あの戦場泥棒ブラザーズの「イッパツヤ・キキー」と「イヌキャット」である。

 ブラザーズもクボウ家への仕官が決まっており、今は、蹴鞠で仲良くなった大勢の子供たちに囲まれ、別れを惜しんでいた。

 

「おじちゃんたち、行っちゃうの? 寂しいよ……」


「お願いだから、ずっとここにいてよ!」


「――ぬぅ……そう言われてもな……」


「困ったワンニャン……」


 子供たちに引き止められ、困った様子のブラザーズ。

 実はこの子供たち。先の襲撃で親を失ってしまった孤児たちだったのだ。

 話によると、あの日以来笑顔を失っていた子供たちだったが、ブラザーズの下手な蹴鞠を見て、久々に笑顔を見せていたそうだ。


「アニキー。どうしましょう?」


「仕方ねえ。ここは心を鬼にして――」


 そんなブラザーズの前に、幼い少女が歩み寄り――


「おじちゃん、これ、あげる!」


「こ、これは!?」


 彼女は満面の笑みを見せると、ブラザーズにある物を手渡した。

 それを受け取ったブラザーズは号泣する。


「――弟よっ! やっぱり俺には、この子たちを見捨てることはできねぇ……」


「アニキー、俺もっす……」


 ブラザーズが受け取ったもの。

 それは、少女が鉛筆で一生懸命描いた、ブラザーズの似顔絵だった。そして似顔絵の下には、かろうじて読める文字で「だいすき」と書かれていた。


「アニキー。やっと、俺たちを必要としてくれる人たちが現れましたね」


「ああ、大事にしてやらねえとな。仕方ねえ、旦那に断ってくるか――」


 ブラザーズの心は決まったようだ。




 ――こちらにも、別れを惜しむ少年少女がいた。

 少年は、紫髪と髪と同色の瞳の持ち主。

 少女は、黒髪のツインテールと翡翠色の瞳――


 二人の正体はトムとメリッサだ。

 最初に涙を零したのはトムだった。彼は声を震わせながら言葉を口にする。


「――メリッサちゃん……突然すぎるよ……せっかく仲良くなれたのに……」


 そんな彼にメリッサは優しく微笑みかける。


「トム、泣かないで。男の子でしょ?」


「そんなこと……言ったって……」


「――私ね、トムの笑顔が大好きなんだ」


「え?」


 トムはメリッサの顔を見つめる。彼女はどこか照れた様子で言葉を続ける。


「私が不安になった時、トムはいつだって笑顔で励ましてくれた。私、凄く嬉しかったんだからね」


「――そ、そうだったんだね……」


 トムの涙は次第に止まる。その代わり、色白の頬を赤く染め上げた。

 直後、ゴリキッドの妹を呼ぶ声が聞こえてきた。


「お〜い! メリッサ! そろそろ行くぞ!」


「わかった! 今行くよ!」


 残された時間は僅か、メリッサはトムにある頼み事をする。


「トム。私、今すごく不安なんだ。だから――トムの笑顔で私を励ましてほしい。笑顔で見送ってちょうだい!」


 そしてメリッサは、一通の封筒をトムに手渡す。


「メリッサちゃん、これは――」


 トムが尋ねようとした時――柔らかく、温かな膨らみが、彼の頬に触れた。


「――メリッサ……ちゃん?」


「トム。その手紙、後で読んでね! 私、もう行かなくちゃ!」


 メリッサはトムに背を向ける。


「メリッサちゃん!」


「トム。約束だよ! 笑顔で見送ってね!」


「メリッサちゃ〜ん!!」


 メリッサはトムに手を振りながら兄の元へ走り去っていった。



 ――その頃、ヨネシゲはゴリキッドと別れの挨拶を交わしていた。


「――ヨネさんたちには、本当に世話になった。なのに、なんの恩も返せずに――」


 俯くゴリキッドの肩をヨネシゲが叩く。


「気にするなってよ! それよりも、ご両親に会えるといいな」


「ああ。必ず再会してやるさ! 落ち着いたら手紙送るよ!」


「楽しみにしてるぜ!」


 そこへ、お調子者のヒラリーが姿を現す。


「ヨネさ〜ん!」


「ヒラリー!? もう大丈夫なのか?」


「ああ! 俺はもう平気さ! それよりも、ヨネさんに渡したいものがあるんだ!」


 ヒラリーはそう言うと、葡萄酒が入った酒瓶をヨネシゲに渡す。


「これは?」


「そいつは、倒壊した俺の酒屋から発見したものさ。あれだけの被害を受けておきながら、傷一つも付かなかった縁起物さ! 是非、ヨネさんに貰ってほしい!」


 そしてヒラリーは、ハート型のサングラスを外し、漆黒の瞳で真っ直ぐと角刈りを見つめる。


「――ヨネさん。身体には気を付けろよ」


「ありがとう。ヒラリー……」


 


 ――仲間たちとの別れを惜しむヨネシゲの背後にはマロウータンの姿が。白塗り顔は、娘のシオン、甥のアッパレ、家臣のリキヤ、執事のクラークらと打ち合わせを行っていた。


「シオンとクラークは儂と一緒に付いて参れ。()()から王都へ向う」


「わかりましたわ、お父様」


「旦那様、かしこまりました」


「うむ。そして、アッパレとリキヤは兵を率いて街道を北上してくるのじゃ。くれぐれも、リゲルの本軍と接触しないように!」


「承知です。叔父上」


「承知仕りました!」


 娘たちの返事を聞いて、マロウータンは力強く頷いた。

 そして、マロウータンはある男の元へ歩みを進める。


「――世話になるのう。ケンザン殿」


「いえ。まさか、亡きオジャウータン様が、父上の恩人だとは、私も先程知りました」


 赤色の戦装束に身を包む、黒髪オールバックの青年は、老年マッスルカルロスの息子「ケンザン・ブラント」だった。父親と違いスリムな体型だが、彼もまた「リゲルの猛将」の異名を持つ猛者である。


 マロウータンはつい先程のカルロスとの会話を思い出す――


『――タイガー様はコロンダス経由で王都へ向かわれました』


『何故? コロンダスに?』


『西海守護役と同盟を結ぶためです』


『同盟!? コロンダス領主、ダルマン様と?』


 カルロスは不敵に笑う。


『ええ。タイガー様は外堀を埋めておられる。昨夜はカーティス様とも同盟を結ばれましたからな』


『な、なんじゃと!?』


 冷や汗を滲ませるマロウータン。そんな白塗り顔にカルロスが唐突に、意外な事実を伝える。


『――マロウータン様の父君、オジャウータン様は私の筋肉の師であり、命の恩人でした』


『父上が?』


『ええ。まだタイガー様とオジャウータン様が仲睦まじかった頃――マロウータン様が赤子の頃の話です。オジャの兄貴には色々と世話になりましてね。いつか恩返しをと考えておりましたが……気付けばリゲルとクボウは対立。オジャの兄貴も亡くなってしまいましたわ』


 カルロスは昔を懐かしむようにして語り終えると、息子のケンザンを呼び寄せる。


『マロウータン様。王都までの道中、息子をお貸しいたす。奴が居れば王都までひとっ飛びですわっ!』


何故(なにゆえ)、そこまで?』


『――オジャの兄貴に恩返しできなかった分、そのご子息であるマロウータン様に恩返しをさせてください!』


 カルロスはマロウータンの手を力強く握る。


『マロウータン様! オジャの兄貴が守り抜いたあの土地(ホープ領)を――誰にも渡してはいけませんぞ! 例え、相手がタイガー様であろうと。さあ、王都へ急がれよ――』


 マロウータンは力強く頷いた。


 ――リタ、トム、ジョナスと別れの挨拶を終えたヨネシゲは、姉メアリーと抱きしめ合っていた。


「――シゲちゃん、元気でね。こっちが落ち着いたら、遊びに行ってあげるから」


「そいつは楽しみだ――姉さんも風引くなよ」


「うん――」


 そしてメアリーは――ヨネシゲの背中を思いっきり引っ叩く。案の定、ヨネシゲは悲鳴をあげる。


「痛えっ!! 何するんだよ姉さん!?」


「気合を入れてやったのよ!」


「まったく……姉さんは……」


「シゲちゃん……」


「なんだ?」


「――ソフィアちゃん、守ってやんなよ。ソフィアちゃんを泣かすような事があれば――私はシゲちゃんをぶん殴りに行くからね!」


 ヨネシゲはニヤッと笑みを見せる。


「当たり前だ。何が何でも、守ってみせる!」


「それでこそ、私の弟よ!」


 姉弟が会話を終えた頃、マロウータンの声が響き渡る。


「皆の者、出発の時間じゃ!」


 その声を聞いたヨネシゲは姉の顔を真っ直ぐと見つめる。


「時間だ、姉さん。行ってくるよ」


「ええ。気を付けてね」


「――姉さん……」


「なに?」


「俺、姉さんの弟で本当に良かったよ――」


 ヨネシゲは照れくさそうにそう言うと、ソフィアを連れてマロウータンの元へと向かった。

 その後ろ姿をメアリーはじっと見つめる。


「――まったく。泣かすんじゃないよ……」


 メアリーの瞳からは一粒の涙が零れ落ちた。




 マロウータンの元に集合したヨネシゲたち。彼らは、ケンザンが空想術で発生させた絨毯サイズの雲の上に乗り込んだ。


「父さん、母さん。元気でな」


「ああ! ルイスもな!」


「無理だけはしちゃダメよ」


「うん。わかってるよ。落ち着いたら手紙ちょうだい」


「ああ、必ず送るよ! 俺のブロマイド付きでな!」


「フフッ。そいつは楽しみだ」


 名残惜しそうにして言葉を交わす親子。

 その様子を横目にしながらマロウータンはケンザンに指示を出す。


「――時間じゃ……ケンザン殿、出してくれ」


「御意」


 白塗りの言葉を合図に、ケンザンは雲をゆっくりと上昇させる。

 ルイスは上昇する雲を見上げながら、そしてヨネシゲたちは離れていく地上を見下ろして――


「父さん! 母さん!」


「ルイスっ! 達者でな! アラン君をしっかりとサポートするんだぞ!」


「ルイス……さようなら……」


 ソフィアが零した涙は、朝日に照らされながら、ミストとなって、キラキラと地上へ降り注ぐ。


「――メリッサ。俺たちも行こうか……」


「うん」


「――ありがとう。カルムのみんな……」


 アトウッド兄妹が跨る巨大虎は、北東の方角へ向かって走り去っていく。トムは、その後ろ姿を笑顔で見送った。


 ――上昇する雲。地上の者たちは、大声で手を振り、ヨネシゲたちを見送る。

 一方のヨネシゲも、徐々に小さくなるカルムの人々に手を振り続けた。


「さらば、カルムタウン! ありがとう、みんな!」


 それぞれの想いと覚悟を乗せて、雲は王都を目指す。


 ヨネシゲたちの新たな物語が、今始まろうとしていた。






    挿絵(By みてみん)







つづく……

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