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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(カルム・ルポ編)
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第187話 リゲル来領(中編)

 リゲルの大軍は、カルム領主カーティスに誘導され、ルポタウン手前の野原に到着。今夜はここで野営となる。兵士たちは炊事の準備に追われていた。

 その様子をタイガーとカーティスが馬上から眺める。 


「――柔らかい芝生に、澄んだ水の小川……実に良い場所じゃ。野営にはもってこいの場所じゃのう」


「お褒めいただき、恐悦至極に存じます」


「そう改まるでない。斯様な時に気を使わせてしまいすまぬ。カルムを迂回することは可能じゃったが、カルムの惨劇をこの目に焼き付けておきたかったのじゃ……」


「左様でございましたか……」


「カーティス殿。儂らリゲルは可能な限り支援いたす。遠慮せずに何なりと申し付けよ」


「ご厚情痛み入ります――」


 そしてカーティスは改まった様子で、要望を伝える。


「――差し迫る問題では、食料や医療品の確保。また、医師や空想治癒師の数が圧倒的に足りていません。願わくば軍医をお借りしたい。このままでは、救える命も救えません……」


 カーティスは悔しそうにして歯を食いしばる。虎入道はその表情を横目で見つめながら、返答する。


「あいわかった。我がリゲルが誇る軍医師団を各医療施設に派遣しよう。また兵も一万……いや二万程お貸しいたす」


「ニ、ニ万も!? よ、よろしいのでしょうか?」


「人命優先じゃ。足りぬなら更に追加でお貸しすることも可能じゃが……」


「ありがとうございます。ですが、既にクボウ様からも兵をお借りしておりますので、一先ずはこれで――」


「――ほう。クボウが居るのか?」


「!!」


 眉間にシワを寄せるタイガー。カーティスは戦慄する。「クボウ」は失言だったと。何故ならリゲルとクボウの関係は良好とは言えない。小競合いこそあったが、領土を巡って一触即発の状態が長年続いていたからだ。

 いや。失言以前の問題だ。リゲルがこのカルム領を訪れたからには、クボウの面々と相見えるのは必定。タイガーたちをルポタウンまで誘導してしまったのは、カーティスにとって失策だった。

 だがタイガーは、あたふたするカーティスに、にっこりと微笑み掛ける。

 

「――流石はクボウじゃ。南都の一件で余裕はない筈なのじゃが、他領の民に尽くす心意気、あっぱれじゃ」


 虎入道の言葉を聞いたカーティスが、ほっと胸を撫で下ろす――が、彼は予想外の言葉を聞くことになる。


「――それにしても、儂も()()()()()|が……オジャウータンの息子マロウータン生きておったそうじゃな。善き哉、善き哉。せっかくの機会じゃ。酒でも酌み交わしたいのう」


「恐れながら、タイガー様……」


「なんじゃ?」


「マロウータン様がご存命されていたこと……どこからの情報でございますか……?」


 実はカーティスの元にマロウータン生存の情報が入ったのは昼前のこと。常識的に考えたら先程到着したばかりのタイガーが、その情報を既に手に入れているのは不自然なことだ。

 カーティスの問い掛けに、タイガーは惚けた表情で答える。


「あぁ……風の噂じゃ。リゲルの兵は、噂話が大好きじゃからのう。アッハッハッハッ……」


 不敵に笑うタイガー。

 その隣ではカーティスが険しい顔つきで冷や汗を流していた。何故なら大方の検討がついたからだ。


(ルポの街に――このカルム領に密偵を忍ばせていたな。王国各地に密偵支部を置いているという噂はよく耳にしていたが……リゲルの強さの源は、この伝達性に優れた情報網にあるのかもしれない……)


 半ば感心した様子のカーティス。するとタイガーが馬を歩かす。


「タイガー様、どちらに?」


「避難所を視察しようと思う。民たちの生の声を聞きたいからのう……」


 タイガーはそう答えると、カーティスの返事を待たずにルポの街に向かい移動を始める。その後ろを息子のレオ、重臣のバーナードとカルロスが続いていく。

 

 カーティスはタイガーたちの後ろ姿を見つめながら、後方に控えていたアランを呼び寄せる。


「アラン」


「はい、父上!」


「先回りして、避難所の民たちにタイガー様が来ることをお伝えするのだ。くれぐれも失礼のないようにと……」


「はっ!」


「私はアッパレ様とリキヤ殿の元へ向かう。マロウータン様の詳しい所在は不明だが、今この場でタイガー様との接触は避けるべきだろう……」


「承知しました。避難所の方はお任せを!」


「頼むぞ!」


 そしてカーティスは、ルイスと、カルム学院空想術部三人衆のヴァル、アンナに体を向ける。


「ヴァル君、アンナちゃん、そしてルイス君。すまないが、息子に協力してほしい」


 カーティスの頼み。もちろん、ルイスたちは二つ返事で快く引き受けた。





 炊き出しの手伝いをしていたヨネシゲたち。ちょっとしたアクシデントはあったものの、混雑のピークは越え、彼らもようやく食事の時間を迎える。

 角刈りの元に休憩を終えたアトウッド兄妹が姿を現す。


「ヨネさん、お疲れ。交代の時間だぜ」


「ありがてえ。ゴリキ、メリッサ。後は頼んだぞ!」


「ああ、任せてくれ!」


「おじちゃん、ゆっくり休んでね」


「おう! ありがとな!」


 ヨネシゲから仕事の引き継ぎを受けた兄妹は、仲良く持ち場へと向かう。その後ろ姿をヨネシゲは微笑ましく見つめるのであった。

 すると、ソフィアの呼ぶ声が聞こえる。


「あなた、私たちも食事にしましょう。海鮮ピラフとシチュー、冷めないうちに持ってってくださいな。はい、カレンちゃんも!」


「おう! サンキューな!」


「ルイス君のお母さん、ありがとうございます!」


 ヨネシゲは、一緒に炊き出しの手伝いをしていたカレンと共に、台の上に置かれた海鮮ピラフとシチューが盛られた皿を手に取る。


「やっとこのピラフとシチューが食えるぜ! 手伝ってる最中から涎を堪えるのに必死だったよ」


「フフフ。私もです」


 その後、場所を移動したヨネシゲたちは、運良く空いていたベンチに腰掛ける。3人だと少々窮屈なベンチは、ヨネシゲの両隣にソフィアとカレンという構図だ。

 ヨネシゲは鼻の下を伸ばす。


「ガッハッハッ! こりゃ両手に花だぜ!」


「あなた。カレンちゃんも居ますし、恥ずかしいからやめてちょうだい」


「ガッハッハッ! ドンマイドンマイ。つい嬉しくなっちまってな」


 ヨネシゲは頭を搔きながら笑い飛ばす。その様子をソフィアは苦笑い、カレンは恥ずかしそうに頬を赤く染めながら見つめていた。

 若干であるが、気不味さを覚えたヨネシゲは、誤魔化すようにして話題を振る。


「それにしても……ルイス、遅いな」


 ソフィアが頷く。


「ええ。辛い仕事と言ってたから――恐らく、難航してるのでしょう……」


「そう……だよな……」


 先程までとは打って変わって、ヨネシゲの表情は一気に険しいものへと変わる。

「辛い仕事」――それは、ルイスとアランが会話していた際に、ソフィアが耳にしたワード。その具体的な内容は語られていないが、2人の会話から大方の検討はできる。ヨネシゲもソフィアからその会話内容を聞かされていた。

 角刈りは、辛い仕事を買って出た息子を心の中で称える。


(ルイス、辛い仕事をよく買ってくれた。お前の勇気と決断が多くの人たちの助けになるだろう。ルイス……お前は本当に俺の自慢の息子だ!) 


 ヨネシゲは、どこか嬉しそうに瞳を輝かせながら星空を見上げる。そんな夫の胸の内を察したソフィアは優しい微笑みを浮かべた。




 ――それは、ヨネシゲたちが食事を終えた頃だった。突然周囲から人々の笑い声が聞こえてきた。


「――なんだ?」

 

 ヨネシゲはベンチから立ち上がりその様子を窺う。よく耳を凝らすと、その笑い声の半数以上が、幼い子供たちで構成されているようだ。

 ソフィアとカレンも不思議そうにしてベンチから立ち上がる。


「あなた。ちょっと様子を見に行きましょう」


「おう。そうだな!」


「ルイス君のお父さん。私もご一緒してもよろしいですか?」


「もちろんだよ! 一緒にいこうぜ!」


「はい!」


 笑い声の先――きっと楽しい「何か」が行われている筈だ。ヨネシゲたちは期待に胸を膨らませながら、笑い声の元へと向かった。


 やがて辿り着いたのは、避難所内に設けられた子供用の公園スペース。そこでヨネシゲたちが見たものとは――


「ほよっ! ほれぇ! あらよっと!」


 華麗な蹴鞠を披露する白塗り顔と、その隣で蹴鞠と格闘するイッパツヤとイヌキャットだった。その様子を眺めるのは大勢の子供たち。まだ幼い少年少女は腹を抱えながら笑い声を上げていた。



つづく……

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