第184話 それぞれの意見
ヨネシゲとドランカドは、最寄りの炊き出し場所に到着。二人は食事を受け取るため、長い列の最後尾に並んだ。
周囲を見渡すと既に多くのカルム市民たちが芝生の上で朝食を取っていた。その中には見慣れた顔ぶれもあった。
「おい、ドランカド。あそこに居るのは町内会長のペイトンさんだぞ!」
「おっ! 本当っすね! ペイトンさんも無事みたいで良かったっす!」
「あっちには、学院長と空想術部師範のキリシマさん、ユータも居るぞ!」
「ヨネさん! こっちにも鍛冶場の親方さんやウオタミさん、魚屋のオヤジも居ます!」
「みんな……無事で良かった……」
ヨネシゲは知人たちの無事を知り、嬉しそうに微笑んだ。だが、犠牲者になった知人も少なくはない。コリン (更生した元チンピラの青年) や守衛の同僚、市場内の店主たちが命を落とした。ヨネシゲはその事実を後に知る。
そうこうしているうちに、ヨネシゲたちに食事を受け取る順番がやって来る。食事の受取台に並べられた器には、小エビやイカ、貝などを使用した海鮮粥が入っていた。
「おおっ! こりゃ美味そうだ!」
ヨネシゲが涎を流しながら海鮮粥を凝視していると、ある女性から粥が入った器を手渡される。
「ヨネさん、ドランカドさん、おかえり! 元気そうで安心したよ」
彼女の姿を目にした途端、ヨネシゲとドランカドは目を見開いた。
なんと、炊き出しの料理を配っていたのは、海鮮居酒屋カルム屋の看板娘「クレア」だった。
「ク、クレアちゃん!? 無事だったんだな! 本当に良かったぜ!」
「ええ。お店は焼けちゃったけど……想獣の群れと殺人鬼から無傷で逃げ切ることができたわ。店長も無事だよ」
クレアはそう言い終えると、背後に視線を向ける。そこには大鍋で海鮮粥を作るカルム屋店長の姿。二人は阿吽の呼吸で海鮮粥を用意し、行列を捌いていく。
(――クレアちゃんと店長も無事で良かったぜ。それにしても、ここはカルム屋じゃないけど、二人のいきいきした姿がまた見れて嬉しいよ)
活力溢れるカルム屋コンビの姿。
ヨネシゲは海鮮粥を口に運ぶと舌鼓を打った。
程なくすると、こちらに近付いてくる、見慣れた集団が見えた。
見慣れた集団は――風を切るように闊歩するメアリーと、彼女の隣で微笑みを浮かべるソフィア。二人の後ろには手を繋ぐトムとメリッサ、更にその背後には談笑を交わすリタとゴリキッドの姿があった。
聞くところによると、炊き出しの手伝いを終えたソフィアたちが朝食を取っていたところ、偶然メアリーたちが姿を現したそうだ。そしてヨネシゲに会いたがっていた姉家族をここまで引き連れてきた次第だ。
そしてソフィアはマロウータンのその後についてヨネシゲに尋ねる。
「あなた。マロウータン様はシオン様とお会いできたの?」
「ああ。感動的な再会だったよ」
「ならよかったわ」
ヨネシゲが満面の笑みで頷くと、ソフィアも嬉しそうに微笑んだ。
続けてヨネシゲは子供たちに視線を向ける。
「おっ! トム、メリッサ、手なんか繋いじゃって。お似合いじゃねえか」
「えへへ……そうかな?」
「こうしてまた……トムと一緒にお話ししながら歩くのが嬉しくて……気が付いたら手を繋いでたの……」
「うん、僕も嬉しいよ! こうして手を繋いでいると生きてて良かったと思う……」
幼い男女は、頬を赤く染めながら互いの手を強く握りしめた。
(微笑ましいじゃんか……)
続けてヨネシゲはリタとゴリキッドに視線を向け――からかう。
「イッヒッヒッ……お前たちも二人のように手を繋いで歩いたらどうだ? お似合いだぜ!」
ヨネシゲが口にした冗談に、リタがすぐに反応する。
「おじさん! 冗談キツイぜ! 手なんか繋いだら周りから勘違いされるでしょ!?」
「いいじゃんか。減るもんじゃねえし。それに二人ともフリーなんだろ? この期に付き合っちまえよ」
「どうして、いきなりそうなるのよ!? 確かにフリーだけど、こんなゴリラはお断りだよ!」
ゴリラ呼ばわりされたゴリキッドが不機嫌そうに言葉を返す。
「ふん! ゴリラで悪かったな! 俺だってこんなお転婆娘なんか願い下げだぜ!」
「野郎! 言いやがったな!」
口喧嘩を始めるリタとゴリキッド。
ヨネシゲがにこやかにその様子を眺めていると、メアリーが呆れた表情で口を開く。
「何やってんのよ、シゲちゃん。せっかく仲良く話してたのに……」
「ハハッ! 久々にあの二人の騒がしい姿が見たくてな」
「まったく……」
姉弟は、ヒートアップするリタとゴリキッドを見つめながら言葉を交わす。
「ジョナス義兄さんは病院か?」
「ええ。早朝から負傷者の治癒に当たってるわ」
「そうか。正直、ジョナス義兄さんにはゆっくりと休んでもらいたいが、あの人のことだ。負傷者全員の治癒が完了するまで働きっぱなしだろうな……」
「そうね。だから私ものんびりしてられないわ。今日一日だけ休ませてもらったら、明日から領軍に加わって支援活動をするつもり――」
そしてメアリーは大空を見上げると、照れくさそうにしながら言葉を続ける。
「私――カルムタウンが大好きだからさ……」
ヨネシゲは姉の横顔を見つめる。希望に満ちた姉の表情。その瞳は宝石のように輝いていた。
すると背後からソフィアの声が聞こえてきた。
「――あなた」
「ソフィア?」
夫に真剣な眼差しを向けるソフィア。彼女が何を訴えているのか、ヨネシゲはすぐに理解した。
角刈り頭は頷くと、姉家族たちを呼ぶ。
「姉さん。トムに、リタも!」
姉と子供たちはヨネシゲに注目する。
「――みんなに大事な話があるんだ。聞いてくれるか?」
子供たちは互いに顔を見合わせると、困惑した表情を見せる。一方のメアリーは落ち着いた様子で返答する。
「わかったわ。ここじゃなんだから、場所を変えましょう」
「ありがとう、姉さん」
そしてヨネシゲはドランカドにも同席を求める。
「ドランカド。お前にも話を聞いてほしい。一緒に来てくれるか?」
「ええ、もちろんです。是非、同席させてください」
ヨネシゲは全員の了承を得ると、移動を始めた。
――ヨネシゲたちがやって来た場所は、避難所となっている広場の外れ。南側にある小川の畔だ。
温かな日差しと小川のせせらぎ、小鳥のさえずりが心地良い。
ヨネシゲたちは、メアリーが空想術で発生させた切り株の上に腰をかけると、円陣を組むようにして向かい合った。
そして、一同がヨネシゲに視線を向けると、角刈り頭が静かに口を開く。
「すまんな、集まってもらって。これから話すことは、今後の俺の人生――みんなの人生も大きく左右するような重要な話なんだ」
一同、ヨネシゲの言葉に顔を強張らせる。そしてリタが不安げに尋ねる。
「おじさん。みんなの人生が左右されるって、一体何よ? 振り回されるような運命はもうごめんだよ……」
「すまんすまん。不安を煽るつもりはなかったのだが……」
「――それで? その重要な話とやらを早く聞かせてちょうだい」
ヨネシゲはメアリーに促されると、クボウ家仕官の話を口にする。
「既にソフィアやゴリキたちは知ってると思うが、こうして、俺の口からこの話をするのは初めてだ。単刀直入に言おう。昨晩俺は、マロウータン様から仕官の話を持ち掛けられた」
「仕官ですって!? それにしても突然ね」
「ああ。俺も驚いたよ――」
――ヨネシゲは、マロウータンから仕官の話を持ち掛けられるまでの経緯を説明した。
「――マロウータン様は、このトロイメライを立て直そうとお考えだ。そして俺の力が必要だと言ってくれた。俺の力を見込んでくれている……」
「それで? 返事したの?」
メアリーに尋ねられるとヨネシゲは首を横に振る。
「いや――まだ返事はしていない。俺もまだ考えている。
確かにマロウータン様に仕えれば、この王国の立て直しに大きく貢献できるだろう。それはきっと、このカルムにとっても有益になる筈だ。
だが――カルムがこんな状況に陥っている時に、カルムを離れ、他領の貴族に仕えても良いものなのだろうか?
それに先程も言ったが、俺の返事一つで、みんなの人生を大きく左右してしまう可能性だってある。
先ずは、返事をする前に、みんなの意見を聞きたいんだ……」
ヨネシゲは言葉を終えると、全員の顔を見渡す。一同、険しい顔つきで考え込んだ様子だ。
そんな中、メアリーは微笑みを浮かべながら、弟に語り掛ける。
「トロイメライを立て直す――素敵な話じゃない。私は賛成するよ。例え間接的だったとしても、シゲちゃんがこのカルムの為に尽力するなら、私は姉として、全力で応援するわ!」
「――姉さん」
続けてゴリキッドもヨネシゲの背中を押す。
「俺も賛成だ。あの白塗りの事は好かないが、奴がやろうとしている事には賛同する。またとない機会だ。力を貸してやってもいいと思うぜ」
ゴリキッドは仕官の話を前向きに捉えるが、ヨネシゲには一つ心配事があった。
「けど、ゴリキ。もし俺がマロウータン様に仕えれば、ソフィアとルイスも一緒に連れていく可能性もある。もちろん、ゴリキたちも一緒に連れて行くことも可能だが――その点、ゴリキの意見を聞かせてくれないか?」
ゴリキは、ゆっくりと首を縦に振ると、自身の考えを述べる。
「――俺はメリッサと一緒にカルムに留まるよ。前にも話したと思うが、俺はカルムの皆には沢山の恩がある。まだ自分の中ではその恩を全く返しきれていない。恩返しするまでは故郷には帰れないよ……」
「だが、ライス領に戻るには今がチャンスかもしれんぞ? エドガーは捕まり、タイガーはライス領から手を引いた。ライス領を脅かす脅威は消え去ったからな……」
「――今はもう少しだけ……様子を見たい……」
「そうか……」
「まあ、俺とメリッサにはメアリーさんや他のみんながついている。俺たちの事は心配しなくても大丈夫だよ!」
ゴリキッドはニコッとヨネシゲに微笑み掛けた。
――続けて、ヨネシゲはソフィアの意見を聞く。
「ソフィア。君の考えを聞かせてほしい」
ソフィアはヨネシゲの瞳を真っ直ぐと見つめると、静かに口を開いた。
「――例え、貴方がどのような道を進んだとしても、私はどこまでもお供しますよ」
「ソフィア……」
「もう私は……貴方のそばから離れません」
「フフッ……愚問だったな。もっとも、俺も君を置いていくつもりは無かったが――」
夫婦は互いに顔を見合わせながら、微笑んだ。
つづく……




