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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(カルム・ルポ編)
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第182話 娘の元へ

「さて、家族会議じゃ。始めるぞよ!」


「ちょ、ちょっと、旦那……待って下さいよ……」


 ヨネシゲは苦笑いしながら返事するも、その心は不満でいっぱいだった。

 

(――たく。せっかく気持ちよく寝ていたのに。俺の幸せな一時(ひととき)を邪魔しやがって! 気が早すぎるぜ。

 起きたばかりで頭が回ってないというのに、家族会議なんかできるか! 

 そもそも、ニ・三日で返事してくれっていう話だっただろ? マロウータン様、せっかちだな!)


 不満のヨネシゲは愛想笑いを見せるも、マロウータンは角刈り頭の胸の内を察しているようだ。


「――随分と不満を抱いているようじゃな。不服か?」


「い、いえ! そ、そんな不満なんて――」


「――誤魔化しても無駄じゃ。そなたから漏れ出す想素(そうそ)から不満が感じ取れる……」


「想素から……不満が?」


「そうじゃ。想素とは文字通り、想いの(もと)。その時の喜怒哀楽は常に脳内から放出されておるのじゃ」


「そ、そうだったのか……」


 想人(そうと) (この世界での人間) は空想術を使用する際、脳内で想像した内容を想素という物質として変換し、体外へ放出させる。その想素が空気中の具現体と結合することで具現化――つまり、脳内で想像した内容を実際に現象として発生させることができるのだ。

 そして、想人の感情もまた、想素に変換され常に体外へと放出されている。どんなに表情を偽っても、自身の想素を感じ取られてしまえば、感情を隠し通すことはできない。

 マロウータンがヨネシゲに忠告する。


「儂のような者では、相手の感情を感じることしかできぬが、相手が空想術に長けた者であれば、胸の内を全て読まれてしまうぞよ? 気を付けよ」


「は、はい……」


『やっちまった!』――そんな表情で頭を押さえるヨネシゲ。そんな彼にマロウータンがアドバイス。


「感情の想素は訓練すれば放出を抑えることができる。それが難しいなら空想術で無理やり抑え込む方法もあるのじゃが――この方法は心理戦が行われる会談などではオススメできん。感情を抑え込んでいることが相手にバレバレじゃからのう……」


「肝に命じておきます……」


 ヨネシゲは深々とマロウータンに頭を下げるも――


(――てかっ! 何で俺が謝ってるんだよ!?)


「ヨ・ネ・シ・ゲ」


「ぐぬぅ……」


 早々に怒りの感情を感じ取られてしまうヨネシゲだった。


「はい、わかりましたよ! 早速家族会議を始めましょう!」


(――おお。開き直ったようじゃのう……)


 マロウータンは扇で口元を隠しながら口角を上げた。


 ここでヨネシゲはある事に気付く。


「――そういえば……ソフィア、ルイスは?」


 起床早々、白塗り顔に圧倒され続け、周りに目を配る余裕がなかったヨネシゲ。開き直った今、ようやく周囲の状況を把握することができた。

 そして、テント内に息子の姿は無かった。

 ヨネシゲがソフィアに尋ねると、その答えが明らかになる。


「――ルイスは、アラン君と一緒にカルムタウンに向かったわ」


「カルムタウンに? 一体何のために?」


「ええ。アラン君の……領主様から与えられた仕事を手伝う為によ。とても辛い仕事らしいわ――」


「――そうか。わかった……」


『とても辛い仕事』――ヨネシゲは、ソフィアのその一言で全てを察した。それにルイスとアランの関係性も知っている。ある意味、息子がカルムタウンに向かったのは自然な流れだろう。

 状況を理解した角刈り頭は、これ以上尋ねることはしなかった。


「マロウータン様。息子が留守にしてまして。すみませんが、家族会議は息子が帰ってからということで……」


 マロウータンは開いていた扇を閉じると、感心した表情で口を開く。


「――カーティス殿の息子と行動を共にするとは……状況は大方理解した。今は任務に尽力してもらう」


 そして白塗り顔は微笑む。


「ヨネシゲよ。立派な息子を持ったのう」


「ありがとうございます」


 マロウータンから息子を褒められ、ヨネシゲは照れくさそうに顔を赤く染めた。


「さて。儂はこれからルポの街を視察しよう」


「視察ですか?」


「そうじゃ。民たちから生の声を聞き、陛下やメテオ様にお伝えする。今必要な支援が迅速に行えるようにな――」


 ここでソフィアがある事実をマロウータンに伝える。


「マロウータン様」


「なんじゃ?」


「支援なら――既にクボウ様が行なってくれてます」


「うほっ? そ、それは、一体、どういうことじゃ!?」


「はい。実は――」


 ソフィアは説明する。

 クボウ家が――シオンやアッパレ、リキヤたちが、このルポタウンで災難に見舞われたカルム市民たちの支援活動を行なっていることを――


「ウホォォォォッ!!」


 白塗り顔は絶叫しながら角刈り頭の胸ぐらを掴み、激しく揺さぶる。


「どうしてそれをもっと早くに言わんのじゃ!?」


「お、お、落ち着いてくだされ!」


 ――しばらくの間、興奮状態が続いていたマロウータンだったが、落ち着きを取り戻すと、ヨネシゲを引き連れて、テントを後にした。


「まったく、騒がしいオヤジだぜ!」


「ウフフ。そうね……」


 ゴリキッドがそう言葉を吐き捨てると、ソフィアは相槌を打った。直後、ゴリキッドは神妙な面持ちで彼女にある事を尋ねる。


「ソフィアさん、教えて下さい。家族会議って……一体、何のことですか? その為にわざわざ南都貴族が訪ねて来るなんて、尋常じゃありませんよ」


 ゴリラ顔に尋ねられると、ソフィアは少し間をおいた後、その重たい口を開く。


「――本当は、ヨネシゲ(あの人)から話してもらおうと思っていたのだけど……目の前で『家族会議』なんて話されたら、黙っている訳にはいかないよね……」


 そしてソフィアは、真剣な眼差しをゴリキッドとメリッサに向ける。


「ゴリキ君、メリッサちゃん。これから話す話は、数日後の――これからの人生を大きく左右する話よ。気を強く持って聞いてちょうだい――」


 落ち着いた口調であるが、ソフィアの言葉には気迫がこもっていた。

 アトウッド兄妹は固唾の飲みながら、ソフィアの言葉を待った。

 そして兄妹は知る。

 ――ヨネシゲ・クラフトが、クボウ家への仕官を求められていることを。



 ――ルポタウンのメイン通りを爆走する荷車。


「急げ! 急ぐのじゃ!」


「へ、へい!」


 戦場泥棒ブラザーズ「イッパツヤ・キキー」と「イヌキャット」が引く荷車には、マロウータンとヨネシゲの姿があった。

 マロウータンは、娘シオンとの再会を果たすために、ルポの街中を急行中だ――尚、現時点で娘シオンの所在地は判明していない。

 自力で歩き回るには、少々無理をする必要があるため、戦場泥棒ブラザーズが引く荷車を足代わりにしている次第だ。

 そして、何故かヨネシゲも同行を求められた。


「マロウータン様。何も俺まで一緒に行かなくても……」


「何を申すか! そなたは儂の家臣となる男ぞよ。今の内から、儂と一緒に行動を共にするのじゃ!」


「だから! まだ返事してませんって!」


「ウッホッハッハッハッ! 決まったも同然じゃろう」


 ヨネシゲは大きくため息を吐く。


(マロウータン様、想像以上に面倒くさい人だぞ? この人に仕えたら、こんなような生活が毎日続くってことか? 先が思いやられるぜ――これは断った方が正解か?)


 ヨネシゲがそんな事を考え始めた矢先。マロウータンが荷車を停止させる。


「むむっ? あ、あれは!? お、おい! 止まれっ! 車を停止させろ! 緊急停止じゃっ!!」


「は、はいっ!」


 白塗りがの声を聞いたブラザーズが足の動きを止める。その途端、荷車に急制動がかかる。ヨネシゲは体が反動で飛ばされないよう荷車にしがみついた。

 間もなくして車輪の回転が完全に止まる。

 透かさずヨネシゲは、マロウータンに荷車を止めた理由を尋ねる。


「マロウータン様! 突然どうしたのですか!?」


「あ、あれを見よ! あれは、儂らクボウの兵じゃ!」


 白塗り顔が指差す先。

 そこには、薄緑の鎧を装着した、クボウ兵たちの姿があった。

 そしてマロウータンは荷車から飛び降りると、クボウ兵の元まで駆け寄っていく。


「ウッホオ〜イ! みんな〜!」


 クボウ兵たちは声の主に視線を向けると――その顔を青くさせた。


「え!? マ、マ、マロウータン様だ……」


「俺は夢でも見ているのか? もし夢ではないとしたら、あれは――!」


「マロウータン様の亡霊だあぁぁぁっ!!」


「うわあぁぁぁっ!!」


「お、おい! 待たぬかっ! これっ! 待つのじゃ〜!!」


 一斉に逃げ出すクボウ兵を白塗り顔が追いかけ回す。その様子をヨネシゲと戦場泥棒ブラザーズは呆れた表情で眺めていた。


(そりゃそうでしょ。だって貴方は、死んだことになってるんですから……)


 その後、この状況を見兼ねたヨネシゲの口添えにより、兵士たちの誤解は解けた。




 ――ここはルポタウン内の診療所。

 この診療所でも、先の襲撃で負傷した者たちの治療が行われていた。その他、避難生活中に体調を崩してしまった者もこの診療所を訪れている。

 そして、その患者の治療を行う、一人の貴族令嬢の姿があった。

 彼女は、母親に付き添われて運ばれてきた、高熱の少年を治癒していた。


「はい、これでもう大丈夫! 熱は下がりましたよ。でも、油断は禁物。二・三日は安静になさって」


「シオン様、私の息子をを治癒していただき、本当にありがとうございます!」


「いえ、礼には及びません。困った時はお互い様ですから」


「お姉ちゃん! ありがとう!」


「ウフフ。元気になって良かったですね」


 礼を言う少年に、彼女は優しく微笑み掛けた。

 

 診療所の診察室で急患の対応に当たる貴族令嬢は――王都へ向かう途中、カルムの惨劇を目の当たりにし、急遽このルポタウンに留まり支援活動を始めた、クボウの姫「シオン・クボウ」だった。

 ――そう。マロウータンの娘だ。


 シオンは笑顔で親子を見送るも、直後、右手で目元を押さえながら大きく息を漏らす。すると、彼女のアシスタントをしていたマロウータン専属執事「クラーク」が心配そうにして言葉を掛ける。


「――お嬢様、大丈夫ですか? 少し休まれた方が……」


「――いいえ。大丈夫です! さあ、クラーク。次の患者さんを呼んでください。休んでいる暇はありませんよ!」


「え、ええ……」


 クラークは、険しい顔付きでシオンの顔を見つめながら、その身を案じる。


(――お嬢様……旦那様の訃報を知ってからは、まるで取り憑かれたかのように、仕事に打ち込んでおられる。気持ちは痛いほどわかりますが、このままではお嬢様の身が……)


 立ち尽くすクラークに、シオンが再び声を掛ける。


「クラーク! 何をしているのです? 早く次の患者さんを中へ――」


 ――その時だった。

 一人の男が、診察室に姿を現す。

 その顔は、窓から射し込む朝日に照らされ、いつも以上に純白に輝いていた。


「――シオンよ……無事で良かった……」


 優しく微笑む白塗り顔。

 シオンは瞳を大きく見開きながら、その男――亡くなった筈の父親の顔を見つめる。


「――う、嘘でしょ……!?」


「じ、爺は……幻でも見ているのでしょうか……?」


 隣のクラークも呆然とした様子で主君に眼差しを向ける。


 そして、白塗り顔が再び口を開く。


「――驚いたじゃろ? 儂はこの通り、生きている。儂が死んだというのは……誤報じゃ」


「――お、お父様……」


 シオンは瞳を潤ませながら、父親に手を伸ばす――


「お父……様……」


「!!」


 その手は、父親に届く事なく――シオンはその場に倒れた。


「シオォォォォンっ!!」


 マロウータンの悲痛な叫びが診療所に響き渡った。



つづく……

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