第181話 マロとゴリ
――時は半日ほど遡る。
ここは、クラフト家が避難生活を送るテント。
熟睡していたヨネシゲだったが、ある人物の訪問により、その睡眠が妨げられてしまった。
そして、目覚めの角刈り頭の顔を覗き込むのは、朝日を受け、まばゆいばかりの輝きを見せる白塗り顔――マロウータンの姿があった。
「ヨネシゲよ。起きたかの?」
「うっ!? うわあぁぁぁぁっ!! マロウータン様、何故ここに!?」
ヨネシゲは絶叫。
飛び跳ねるように起き上がると、すぐ隣にいたソフィアの背中に隠れる。
マロウータンはその様子を見つめながら高笑いを上げる。
「ウッホッハッハッハッ! 朝から元気じゃのう!」
「違います! 驚いてるんですよ!」
心臓に悪い――悲鳴を上げて驚くのは当たり前だ。
眠りから覚め、瞳を開いてみると、鼻息が感じられる距離に、あのテカテカの白塗り顔があるのだから。
呼吸を整えるヨネシゲの背中をソフィアが摩る。
「ごめんね、起こしちゃって。マロウータン様をお待たせする訳にはいかなかったから……」
「いや、仕方ない。ソフィアが謝ることはないさ。寧ろ、起こしてくれてありがとな」
そうこうしているうちに、ゴリキッドが目を覚ます。
「うぅ〜……どうしたんだ? 朝から騒がしいな――!?」
眠い目を擦るゴリキッド。彼の視界に因縁の白塗り顔が映る。
「ゲゲッ!? マロウータン!? なんでここに居やがる!?」
「――ほほう。そなたは……あの時の少年――」
絶叫のゴリキッド。
一方のマロウータンは不敵に微笑む。彼は腰に指していた扇を取り出すと、それを優雅に広げ、口元を隠した。
「――気取りやがって……」
マロウータンの一連の動作。それを見つめていたゴリキッドは、怒りを滲ませた表情でそう呟いた。
――ゴリキッドは記憶を辿る。
それは、彼が戦火に見舞われたライス領から逃れ、初めてカルムタウンを訪れたあの日の記憶。
ゴリキッドはカルム市場で盗みを働いた。それは、飢えに苦しんだ末、妹メリッサに食事を与えるためだった。
しかし、メリッサに食事を与えること叶わず。途中出会したマロウータンの強烈な平手打ちによって、ゴリキッドの逃走は阻止されてしまったのだ。その後、その場に居合わせたオジャウータンの温情により見逃してもらえたのだが――ゴリキッドはクボウを憎んでいる。
確かに、盗みを働いた行為は反省しているし、平手打ちを食らったことは当然の報いだと思っている。
だがそれは別の話だ。
ゴリキッドがクボウを憎む理由。それはライス領が戦火に飲まれることになった原因の一つが、クボウ筆頭・オジャウータンにあるからだ。
元々ライス領の大半はグローリ領のエドガー・ブライアンと、アルプ領のタイガー・リゲルに実行支配されていた。
ライス領主「マッチャン・ボンレス」は、隣領フィーニスのウィンター・サンディを頼るなどして領土奪還に乗り出す。それに強く反発したタイガーがウィンターと争う構図となり、おむすび山で世界の破滅とまで呼ばれる戦いが繰り広げられることになる。
一方のエドガーは、マッチャンやタイガーを上手く牽制し、ライス領南部の実行支配を維持しつづけていた。
そして、その実行支配地域にゴリキッドらアトウッド家が暮らしていたのだ。
アトウッド家は、エドガーから高額な税金を徴収されており、ギリギリの生活を送っていた。とはいえ、その高額の税金を除けば、恐怖で締め付けられることもなく。自由気ままに、家族や仲間と笑い合いながら楽しく暮らしていた。
ゴリキッドはそんな生活に満足していた。
――しかし、状況が一変する。
突如として、エドガーが南都大公に宣戦布告。直後、オジャウータンが討伐軍を編成。グローリ領への攻撃を開始した。
すると、エドガーは本土の守りに徹するようになり、ゴリキッドが住む実効支配地域の守りが疎かになった。
その隙を虎は見逃さなかった。
タイガーは、自身の実効支配地域の拡大を図るため、エドガー実効支配地域に主力部隊を差し向ける。
対するエドガー側は決死の抵抗を見せるも、惨敗。街は戦火に飲み込まれてしまった。
憎むべき対象――それは、宣戦布告のエドガー、侵略のタイガー、はたまた非力な領主マッチャンなど、挙げれば切りが無いかもしれない。
だが、ゴリキッドが一番許せない人物たちとは、正義を掲げておきながら、民の生活を脅かすクボウの存在だった。彼らがエドガー討伐に乗り出さなければ、アトウッドファミリーがバラバラになることは無かった筈だ――
(――わかってるさ。王族に楯突いた野郎を見過ごせないことくらい。だけどな……もう少しだけ慎重に考えてほしかった……)
ゴリキッドは悔しそうに歯を食いしばる。
その隣では、メリッサが目を覚ましていた。
妹は不安そうにしながら、兄の袖を掴む。
「お兄ちゃん……この白い顔の人だれ?」
「え? え〜とっ……」
ゴリキッドの目が泳ぐ。
『市場で食べ物を盗んだ時に、平手打ちしてきたおじさんだよ!』――なんて、妹には口が裂けても言えない。
ゴリキッドが口をもごもごさせていると、マロウータンがメリッサに語り掛ける。
「案ずるな、少女よ。そなたの兄とは、ちょっとした顔見知りでのう。カルムタウンが大きな被害を受けたと聞いて、そなたの兄のことが心配になって無事を確認しに来たのじゃ」
メリッサはゴリキッドの顔を見上げる。
「そうなの?」
「お、おう! そ、そうなんだよ! アハハハハ……」
マロウータンに気を遣われた。
ゴリキッドは申し訳なさそうにして彼に視線を向ける。
――そこには、ドヤ顔でゴリキッドを見下ろす白塗り顔があった。
(やっぱり……腹が立つ野郎だぜ……)
ゴリキッドは満面の笑みを見せるも、その目は笑っていない。
「見ての通り、俺は無事ですよ!」
「ウホホ……安心したわい……!」
「ウキッ……ウッハッハッハッ!」
「ウホッ……ウッホッハッハッハッハッ!」
テントに響き渡る不気味な2つの笑い声。
ヨネシゲは苦笑いしながら2人を眺める。
(――なんとか、喧嘩にならずに済んだな……)
そして、ヨネシゲはマロウータンにテントを訪れた理由を尋ねる。
「ところで、マロウータン様。俺に何か用でもあったのですか?」
ヨネシゲに訊かれると、マロウータンは「待ってました!」と言わんばかりの表情で、要件を伝える。
「――そうじゃった! 早速始めようではないか。家族会議を!」
「家族会議ですか!?」
マロウータンの返事にヨネシゲは顔を強張らせる。その隣には、表情を曇らすソフィアと、目を丸くさせるアトウッド兄弟の姿があった。
つづく……




