第180話 ルイス(後編)
「――ここが……カルムタウン……」
その表情を一言で表すとするなら「絶望」だろうか。
カルムタウン最北端の高台には、アランとルイスの姿があった。二人は馬上から焼け野原となったカルムタウンを見下ろす。
改革戦士団の襲撃後、ルイスは初めてカルムタウンに足を踏み入れた。そのあまりにも変わり果てた故郷の光景に、ルイスは言葉を失う。その隣でアランが静かに口を開く。
「街の中心部は壊滅状態。学院も、市場も、俺の屋敷も、灰と化してしまった。残ったのは瓦礫の山だけ……」
「まるで……悪夢だ……」
「――俺もそう思いたい。だが、これが現実なんだ……!」
「そんな……」
現実を突きつけられたルイスは、唇を噛み締めながら、瞳を潤ませる。その後輩の姿を横目にしながら、アランは馬首をめぐらす。
「――ルイスよ。厳しい事を言わせてもらうが、感傷に浸っている暇はないぞ。先程も伝えたが、生半可な気持ちではこの先の仕事は務まらない。今は……感情を押し殺せ。それができないなら、今直ぐ帰った方がいい……」
ルイスは袖で涙を拭う。
「――大丈夫です。行きましょう……!」
後輩の返事を聞いたアランは力強く頷くと、馬を走らせた。
――先程の高台から馬を走らすこと十数分。ルイスとアランはこの焼け野原に数か所設けられたうちの一つ、北側の遺体安置所前に到着していた。そこは辛うじて崩壊を免れた初等学校の校舎だった。
安置所には死後約二週間を経過した数百人もの遺体が安置されており、遺体の遺伝情報の識別と記録が進められている。
識別作業が完了次第、遺体を荼毘に付しているが、人手不足のため識別作業も思うように進んでいない。そのため遺体は腐敗し、周囲には強烈な腐敗臭が漂っていた。
ルイスが堪らず酷くむせ返る。その様子を見兼ねたアランが彼に右手を翳す。
アランの右手が微かに発光したと思うと、ルイスの嗅覚に「匂い」というものが感じなくなった。
ルイスが透かさず尋ねる。
「――アランさん。今のは……?」
「空想術でお前の嗅覚を一時的に麻痺させた。しばらくの間は如何なる匂いも感じなくなる。流石にこの腐敗臭の中で仕事をするのは酷なものだ。俺にはこれくらいのサポートしかできないが、気を強く持って任務に臨んでくれ」
「はい」
二人は互いに顔を見合わせ、頷くと、遺体安置所の中へと足を踏み入れた――
――気付けば、焼け野原は夕色に染まりつつあった。
ルイスが協力した事により、遺体の識別作業が大幅に進んだ。それでも識別作業完了までに、一週間程掛かるだろう。
校庭では、識別作業を終えた遺体の火葬が行われていた。
ルイスとアランは、真っ赤に、悲しく、燃え盛る炎を静かに見つめる。
そして、ルイスが声を震わせる。
「――畜生……」
「ルイス?」
アランがルイスに視線を向ける。そこには悔しそうにして歯を食いしばり、大粒の涙を零す後輩の姿があった。
ルイスが胸の内を語る。
「――俺の覚悟は揺らいでいません。明日もここへ来るつもりです。けど……」
「けど?」
「この感情を押し殺すことができません!」
ルイスは声を荒げながら言葉を続ける。
「――どうして罪のない人たちが! どうしてあんなに幼い子供たちまでもが! こんな目に遭わなければならないのですか!? 俺は……俺は……改革戦士団が許せねえ……」
ルイスはそこまで言い終えると、腕で顔を覆い、嗚咽を混じえながら号泣する。アランはそんな後輩の肩に左腕を回す。
「ルイス……お前には無理をさせてしまったな……でも、よくここまで耐えてくれた。今は気が済むまで泣いてくれ……」
アランはそう言うと、号泣のルイスを抱き寄せる。
「――だが、今日改めて思った。俺には、お前の力が必要なのだと……」
ここでアランも心情を吐露する。
「――実は、俺もここ数日は気が滅入っていてな。今直ぐここから逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。目の前の現実から目を逸らせたら、どれだけ楽なことだろうな。と……」
「アランさん……」
「俺は、お前が思っているほど強い人間ではない。不安や恐怖で押し潰されそうになることだってあるんだ。だけどな、今日ルイスが一生懸命動き回る姿を見て、俺は勇気を貰ったよ。お前だって辛い筈なのに、ここまで働いてくれているんだ。領主の息子である俺が逃げ出すわけにはいかない……!」
そして、次にアランから発せられた言葉は意外なものだった。
「王室騎士団からの推薦、辞退することにした……」
「え?」
ルイスは口を大きく開き驚いた表情でアランを見つめた。
「王室騎士団」それは、文字通り王室直属の騎士団であり、主たる任務は国王並びに王族の護衛だ。そして王室騎士団は、貴族の令息や令嬢の中でも超エリートしか入団できない。通常は入団試験を受ける必要があるのだが、アランのように王国内で名を馳せる令息や令嬢には、王室騎士団から推薦状が届き、試験免除で入団できるシステムも存在する。
入団を決めれば位の高い爵位を授かる事ができ、王族の側近というステータスも得ることができる。家督を継ぐ前に「経験」として王室騎士団を目指す貴族令息令嬢が大勢いるのだ。
そしてアランも今年の夏に学院を卒業し、謂わば就職先となる王室騎士団への入団を決めていた。しかし彼は、超エリートへの切符を手放すと言うのだ。
アランがその理由について語る。
「本当は、俺も家督を次ぐ前に王室騎士団で色々な経験をしておきたかったのだが、そうも言ってられない状況だ。今はこのカルムの復興に尽力したい。でなければ、俺はこの先、カルム領主になる資格はない……」
するとアランは、ルイスの手を力強く握る。
「――俺は副領主として父上をお支えする。だが、俺にも支えが必要なんだ。だからルイス――俺に仕えてくれないか? タイロン家の家臣になってほしい……!」
真剣な眼差しでルイスを見つめるアラン。一方のルイスも尊敬する先輩の手を強く握り、言葉を返す。
「――当たり前ですよ。それは、子供の頃からの約束でしょ? 元より俺は、アランさんを一生お支えするつもりでしたから」
「ありがとう……ありがとう……」
微笑みかけるルイス。アランは瞳から込み上げてくるものを堪えながら、信頼する後輩に感謝の言葉を繰り返した。
――その頃。
カルムタウン南東部付近では――
焼け野原を眺める二人の親子。立派な髭を生やしたつるつる頭の老年男と、金髪の中年男の姿。
「――父上。酷い有り様ですな……」
「改革戦士団よ……南都だけでは飽き足らず、カルムまでも焼き払っていたとはのう……」
その後方に控えていた渋面の中老男が口を開く。
「――タイガー様。あと二時間ほど北に進めばルポタウンがあります。今夜はそこで休息を取りましょう」
「あいわかった――」
――東国の猛虎が、来る。
つづく……




