表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(カルム・ルポ編)
185/403

第179話 ルイス(中編)

「ルイス、俺だ。アランだ」


「はい! 今行きます!」


 クラフト家のテントを訪れたのは、カルム学院の3年生――王国屈指の名門「空想術部」の部長を務める「アラン・タイロン」だった。カルム領主カーティスの一人息子でもある。

 ルイスの幼馴染であり、彼はアランの事を兄のように慕っている。

 そしてアランは、ルイスの憧れであり、目標としている存在だ。


「母さん、ごめん。俺、ちょっと行ってくる!」


「――うん。アラン君とは久々に会うもんね。ゆっくり話しておいで」


「ありがとう。そんじゃ、話の続きは後ほど――」


 アランの声を聞いたルイスは、ソフィアとの会話を中断し、テントの外へ飛び出していく。その息子の後ろ姿を母親は寂しそうに見つめていた。




 ルイスはテントから出ると、早速アランと挨拶を交わす。


「アランさん、おはようございます!」


「おはよう、ルイス。怪我も完治したようで良かったな」


「はい。伯父さんに治してもらいました」


「流石、ジョナスさんだ。それで、ヨネシゲさんも無事に帰還したそうだな?」


「はい、お陰様で! 今は馬鹿デカい(いびき)をかいて爆睡してますよ」


「フフッ。あの人らしいや……」


 アランは普段と変わらぬ笑顔を見せながら、ルイスの回復とヨネシゲの武事を喜んだ。だが、その服装は見慣れた学生服ではなかった。

 彼が身に纏っているのは、領軍(タイロン軍)の濃緑の軍服だ。

 ルイスの記憶が確かなら、アランの軍服姿は空想劇で見ただけだ。

 

「アランさんの軍服姿、空想劇以外で見たの初めてかも……」


「だろうな。俺も空想劇や領軍の式典以外では着たことがない。できれば……こんな事で着たくはなかった……」


「アランさん……」


 アランはそう言い終えると表情を曇らせた。

 領主カーティスの息子であるアランは、領軍(タイロン軍)の式典などで軍服を着る機会がある。その他に先日行われた空想劇でも、軍服姿で役を演じていた。


 ――そして今回。決してあってはならない出来事のために、彼は軍服の袖に腕を通した。カルムタウンを襲った未曾有の被害のために――


 アランが静かに口を開く。


「――領主の息子である俺が、式典以外で軍服を着る機会というと、戦か、災害の時だけだ。そして、その災害が起きてしまった。未だ、多くの市民が助けを必要としている。父上は領軍を展開させ、市民たちの支援に尽力しているところだ。俺も父上から領軍の一部を任されているんだが、何百という兵士を指揮した経験がない。故にここ数日は不手際の連続。自分の力量の無さに腹が立ってくるよ――」


 アランは悔しそうにして語る。そして彼は、ルイスの瞳を真っ直ぐと見つめた。


「俺も助けが必要なんだ。確かに、ヴァルとアンナも協力してくれている。だけどまだ足りない。ルイス、俺に力を貸してくれるか?」


「勿論です。俺はどこまでもついていきますよ、アランさん」


「恩に着る」


 アランの求めに、ルイスは力強く頷いた。


「では、早速俺と一緒に来てほしい。これから焼け野原(カルムタウン)に向かう――」


 彼はそう言うと、真新しい軍服をルイスに差し出す。

 ルイスが軍服を受け取ろうとすると、何故かアランは片手を突き出し制止する。


「アランさん?」


「聞いてくれ。今日、父上から任されたのは、とても辛い仕事だ。俺から協力を求めておいてすまないが、覚悟がないなら来ないほうがいい。もし、覚悟ができているというのであれば――この軍服を受け取ってくれ」


 アランから覚悟を問われたルイス――彼は静かに軍服を受け取った。






 ――それは、久々に見た、心地の良い夢だった。


「おはよう!」


 元気な声で挨拶する角刈り頭。彼がリビングの扉を開くと、妻子が笑顔で出迎える。


「父さん、おはよう!」


「おはよう、あなた。早速、朝ご飯にしましょう!」


「おう! ありがとう!」


 角刈り頭は、妻子と共にダイニングテーブルを囲む。

 卓上に並べられた料理は、焼き立ての食パン、焼きベーコン、目玉焼き、マカロニサラダとコンソメスープ、そしてキンキンに冷えた瓶牛乳――角刈り頭お気に入りのモーニングセットだ。


「いただきます!」


 角刈り頭は瓶牛乳を手に取ると、それを一気飲み。寝起きで乾ききった喉を潤す。

 その様子を妻子は苦笑いしながら見つめる。


「あらあら。朝から冷たい牛乳を一気飲みしたら、お腹壊しますよ?」


「ガッハッハッ! 大丈夫だよ! 俺の腹は頑丈だから、冷たい牛乳の2本や3本、びくともしないさ!」


「ハハッ。流石、父さんだ!」


「もっと褒めてくれ」


 ドヤ顔の角刈り頭。

 次に彼が手にしたのは、2枚の食パン。それに大量のバターを塗ると、半熟の目玉焼きとベーコンを挟み、頬張る。

 途中、マグカップに入ったコンソメスープをひと啜り――もうひと啜り。

 角刈り頭は、特製のモーニングサンドを半分食べ終えたところで、マカロニサラダに口をつける。それも半分食したところで、その残りを特製サンドに挟み込み、完食。

 角刈り頭は、残りのコンソメスープを飲み干すと、満足した様子で唸った。


 食事を終えた角刈り頭は、両手を合わすと元気な声で――


「ごちそうさまでした!」


 角刈り頭は、熱々のコーヒーを啜りながら、食後の余韻に浸る。


(幸せだ。こんな朝が、ずっと続いてくれたらな――)


 ――それは突然。

 激しい揺れが角刈り頭の身体を襲う。


「うわっ! コーヒーが!?」


 持っていたマグカップからは、大量のコーヒーが溢れ落ちる。卓上と、角刈り頭の白いシャツが黒く染まった。

 やがて揺れが収まると、角刈り頭は真っ先に妻子の身を案じた。


「二人とも大丈夫か!?」


 だが、そこに妻子の姿は無かった。返事もない。それどころか、角刈り頭の視界は暗闇に飲み込まれていた。

 突然のことに気を動転させる角刈り頭。

 すると再び、あの激しい揺れが角刈り頭を襲う。と同時に、妻と思わしき女性の声が角刈り頭の耳に届いてきた。


『……なた……きて……』


「ソ、ソフィアか!? ど、どこに居る!? どこに居るんだ!?」


『ここに……居るよ……』


「どこなんだ!? どこに居ると言うんだ!?」


『あなた……起きて……』


「え? 起きる?」


『あなた! 起きて!』


 角刈り頭は、重たい瞼をゆっくりと開いた。


 ――射し込む光。そこには白光の空間が広がっていた――




 ――いや、違う。白光の空間ではない。

 角刈り頭の視界に映し出されていたのは、まばゆい光に照りつけられる、白い物体だった。

 

「ヨネシゲよ。起きたかの?」

 

「うっ!? うわあぁぁぁぁっ!!」


 そこには、ヨネシゲの顔を至近距離で覗き込む、白塗り顔があった。




 ――その頃、ルポの町外れ。

 カルムタウンに向かって馬を走らす、軍服を着た二人組の姿があった。

 そう。ルイスとアランだ。

 ルイスはアランに先導されながら手綱を握る。その表情はとても険しいものだった。


(――これから行う、辛い任務とは一体何なんだ?)


「辛い仕事を行う。覚悟してほしい」――出発前にアランからそう伝えられたルイス。だが、その具体的内容は知らされていなかった。

 何となく想像はできるが、「覚悟」するためにも心の準備はしておきたい。

 ルイスはアランの隣りに並び馬を並走させると、恐る恐る仕事の内容を先輩に尋ねる。


「あの、アランさん……」


「どうした?」


「俺、覚悟はできています。だけど、心の準備をしておきたいんです。具体的な任務の内容を教えてください」


「そうだったな。先程はバタバタしていて説明する間も無かったが――」


 アランは少し間を置いた後、ルイスにある事を尋ねる。


「――愚問かもしれないが。ルイス、()()()()()()は使えたな?」


「――ええ……」


「識別の空想術」――その一言でルイスは全てを察した。

 身近な存在で言えば、「識別の空想術」を使用する者は、保安官や医療従事者が当てはまる。

 主に物質の成分、生物の血液型、遺伝子情報の識別、その他にも、病状や死因の判定をするために用いられる空想術だ。

 そして「識別の空想術」は、災害の現場でも保安官が使用する――損傷が激しい遺体の身元確認を行うために――


 アランが伝える。


「――カルムタウンに設けた、遺体安置所に向かう。そこで、遺体と遺族の遺伝子を照合してほしい。生半可な気持ちじゃ務まらんぞ? もし帰るなら、今のうちだ……」


「先ほども言いました。覚悟はできています……」


「覚悟はできている」――その彼の額からは、大量の汗が滲み出ていた。



つづく……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ