第179話 ルイス(中編)
「ルイス、俺だ。アランだ」
「はい! 今行きます!」
クラフト家のテントを訪れたのは、カルム学院の3年生――王国屈指の名門「空想術部」の部長を務める「アラン・タイロン」だった。カルム領主カーティスの一人息子でもある。
ルイスの幼馴染であり、彼はアランの事を兄のように慕っている。
そしてアランは、ルイスの憧れであり、目標としている存在だ。
「母さん、ごめん。俺、ちょっと行ってくる!」
「――うん。アラン君とは久々に会うもんね。ゆっくり話しておいで」
「ありがとう。そんじゃ、話の続きは後ほど――」
アランの声を聞いたルイスは、ソフィアとの会話を中断し、テントの外へ飛び出していく。その息子の後ろ姿を母親は寂しそうに見つめていた。
ルイスはテントから出ると、早速アランと挨拶を交わす。
「アランさん、おはようございます!」
「おはよう、ルイス。怪我も完治したようで良かったな」
「はい。伯父さんに治してもらいました」
「流石、ジョナスさんだ。それで、ヨネシゲさんも無事に帰還したそうだな?」
「はい、お陰様で! 今は馬鹿デカい鼾をかいて爆睡してますよ」
「フフッ。あの人らしいや……」
アランは普段と変わらぬ笑顔を見せながら、ルイスの回復とヨネシゲの武事を喜んだ。だが、その服装は見慣れた学生服ではなかった。
彼が身に纏っているのは、領軍の濃緑の軍服だ。
ルイスの記憶が確かなら、アランの軍服姿は空想劇で見ただけだ。
「アランさんの軍服姿、空想劇以外で見たの初めてかも……」
「だろうな。俺も空想劇や領軍の式典以外では着たことがない。できれば……こんな事で着たくはなかった……」
「アランさん……」
アランはそう言い終えると表情を曇らせた。
領主カーティスの息子であるアランは、領軍の式典などで軍服を着る機会がある。その他に先日行われた空想劇でも、軍服姿で役を演じていた。
――そして今回。決してあってはならない出来事のために、彼は軍服の袖に腕を通した。カルムタウンを襲った未曾有の被害のために――
アランが静かに口を開く。
「――領主の息子である俺が、式典以外で軍服を着る機会というと、戦か、災害の時だけだ。そして、その災害が起きてしまった。未だ、多くの市民が助けを必要としている。父上は領軍を展開させ、市民たちの支援に尽力しているところだ。俺も父上から領軍の一部を任されているんだが、何百という兵士を指揮した経験がない。故にここ数日は不手際の連続。自分の力量の無さに腹が立ってくるよ――」
アランは悔しそうにして語る。そして彼は、ルイスの瞳を真っ直ぐと見つめた。
「俺も助けが必要なんだ。確かに、ヴァルとアンナも協力してくれている。だけどまだ足りない。ルイス、俺に力を貸してくれるか?」
「勿論です。俺はどこまでもついていきますよ、アランさん」
「恩に着る」
アランの求めに、ルイスは力強く頷いた。
「では、早速俺と一緒に来てほしい。これから焼け野原に向かう――」
彼はそう言うと、真新しい軍服をルイスに差し出す。
ルイスが軍服を受け取ろうとすると、何故かアランは片手を突き出し制止する。
「アランさん?」
「聞いてくれ。今日、父上から任されたのは、とても辛い仕事だ。俺から協力を求めておいてすまないが、覚悟がないなら来ないほうがいい。もし、覚悟ができているというのであれば――この軍服を受け取ってくれ」
アランから覚悟を問われたルイス――彼は静かに軍服を受け取った。
――それは、久々に見た、心地の良い夢だった。
「おはよう!」
元気な声で挨拶する角刈り頭。彼がリビングの扉を開くと、妻子が笑顔で出迎える。
「父さん、おはよう!」
「おはよう、あなた。早速、朝ご飯にしましょう!」
「おう! ありがとう!」
角刈り頭は、妻子と共にダイニングテーブルを囲む。
卓上に並べられた料理は、焼き立ての食パン、焼きベーコン、目玉焼き、マカロニサラダとコンソメスープ、そしてキンキンに冷えた瓶牛乳――角刈り頭お気に入りのモーニングセットだ。
「いただきます!」
角刈り頭は瓶牛乳を手に取ると、それを一気飲み。寝起きで乾ききった喉を潤す。
その様子を妻子は苦笑いしながら見つめる。
「あらあら。朝から冷たい牛乳を一気飲みしたら、お腹壊しますよ?」
「ガッハッハッ! 大丈夫だよ! 俺の腹は頑丈だから、冷たい牛乳の2本や3本、びくともしないさ!」
「ハハッ。流石、父さんだ!」
「もっと褒めてくれ」
ドヤ顔の角刈り頭。
次に彼が手にしたのは、2枚の食パン。それに大量のバターを塗ると、半熟の目玉焼きとベーコンを挟み、頬張る。
途中、マグカップに入ったコンソメスープをひと啜り――もうひと啜り。
角刈り頭は、特製のモーニングサンドを半分食べ終えたところで、マカロニサラダに口をつける。それも半分食したところで、その残りを特製サンドに挟み込み、完食。
角刈り頭は、残りのコンソメスープを飲み干すと、満足した様子で唸った。
食事を終えた角刈り頭は、両手を合わすと元気な声で――
「ごちそうさまでした!」
角刈り頭は、熱々のコーヒーを啜りながら、食後の余韻に浸る。
(幸せだ。こんな朝が、ずっと続いてくれたらな――)
――それは突然。
激しい揺れが角刈り頭の身体を襲う。
「うわっ! コーヒーが!?」
持っていたマグカップからは、大量のコーヒーが溢れ落ちる。卓上と、角刈り頭の白いシャツが黒く染まった。
やがて揺れが収まると、角刈り頭は真っ先に妻子の身を案じた。
「二人とも大丈夫か!?」
だが、そこに妻子の姿は無かった。返事もない。それどころか、角刈り頭の視界は暗闇に飲み込まれていた。
突然のことに気を動転させる角刈り頭。
すると再び、あの激しい揺れが角刈り頭を襲う。と同時に、妻と思わしき女性の声が角刈り頭の耳に届いてきた。
『……なた……きて……』
「ソ、ソフィアか!? ど、どこに居る!? どこに居るんだ!?」
『ここに……居るよ……』
「どこなんだ!? どこに居ると言うんだ!?」
『あなた……起きて……』
「え? 起きる?」
『あなた! 起きて!』
角刈り頭は、重たい瞼をゆっくりと開いた。
――射し込む光。そこには白光の空間が広がっていた――
――いや、違う。白光の空間ではない。
角刈り頭の視界に映し出されていたのは、まばゆい光に照りつけられる、白い物体だった。
「ヨネシゲよ。起きたかの?」
「うっ!? うわあぁぁぁぁっ!!」
そこには、ヨネシゲの顔を至近距離で覗き込む、白塗り顔があった。
――その頃、ルポの町外れ。
カルムタウンに向かって馬を走らす、軍服を着た二人組の姿があった。
そう。ルイスとアランだ。
ルイスはアランに先導されながら手綱を握る。その表情はとても険しいものだった。
(――これから行う、辛い任務とは一体何なんだ?)
「辛い仕事を行う。覚悟してほしい」――出発前にアランからそう伝えられたルイス。だが、その具体的内容は知らされていなかった。
何となく想像はできるが、「覚悟」するためにも心の準備はしておきたい。
ルイスはアランの隣りに並び馬を並走させると、恐る恐る仕事の内容を先輩に尋ねる。
「あの、アランさん……」
「どうした?」
「俺、覚悟はできています。だけど、心の準備をしておきたいんです。具体的な任務の内容を教えてください」
「そうだったな。先程はバタバタしていて説明する間も無かったが――」
アランは少し間を置いた後、ルイスにある事を尋ねる。
「――愚問かもしれないが。ルイス、識別の空想術は使えたな?」
「――ええ……」
「識別の空想術」――その一言でルイスは全てを察した。
身近な存在で言えば、「識別の空想術」を使用する者は、保安官や医療従事者が当てはまる。
主に物質の成分、生物の血液型、遺伝子情報の識別、その他にも、病状や死因の判定をするために用いられる空想術だ。
そして「識別の空想術」は、災害の現場でも保安官が使用する――損傷が激しい遺体の身元確認を行うために――
アランが伝える。
「――カルムタウンに設けた、遺体安置所に向かう。そこで、遺体と遺族の遺伝子を照合してほしい。生半可な気持ちじゃ務まらんぞ? もし帰るなら、今のうちだ……」
「先ほども言いました。覚悟はできています……」
「覚悟はできている」――その彼の額からは、大量の汗が滲み出ていた。
つづく……




