第178話 ルイス(前編)
――ルポの街をまばゆい朝日が照り付ける。
その街の入口、ルポタウン南側の広大な広場には、災害用テントが所狭しと立ち並んでいた。
このテントには、改革戦士団によるカルムタウン襲撃で住処を失ったカルム市民たちが避難生活を送っている。
基本、各世帯1張りの災害用テントが分け与えられている。クラフト家にもテントが分け与えられているが、アトウッド兄妹単独でのテント貸与は認められなかった。そのため今は、クラフト家3名、アトウッド兄妹2名の計5名で一つ屋根の下で生活している。
とはいえ、元より彼ら彼女らは最初からそのつもりだった。
確かにテントを借りた当初は、大怪我を免れたソフィアとメリッサの2名だったということもあり、一つのテントで事足りた。だが、仮に最初から5人で生活していたとしても、テントの狭さを理由に、2つの家族が離れて暮らすことは望んでいなかった。何故なら、今やクラフト家とアトウッド兄妹は互いに信頼し合う、一つの家族のような存在なのだから。
そのテント。ルイスがある轟音と地鳴りで目を覚ます。
「――まったく……うるさいなぁ……」
ルイスは眠い目を擦りながら身体を起こし、轟音と地鳴りの発信源に視線を向ける。そこには、耳を塞ぎたくなるような大きな鼾をかき爆睡する、ヨネシゲとゴリキッドの姿があった。
彼はそんな2人を微笑ましく見つめる。
(2人とも、久々に家族と寝れて、安心しているんだろうな。まあ、俺もその内の一人なんだけどね……)
ルイスもまた、先の襲撃により腕や脚を骨折する大怪我を負ってしまった。
その後、避難先となるルポタウンの病院に運ばれるも、応急処置程度の手当しか受けていなかった。その理由――負傷者は多数、医師の人数には限りがあり、どうしても生命に関わる怪我を負った重傷者や、子供の治療が優先となってしまう為だ。
そんな中、ルイスにも治療の機会が何度か巡ってきたが、彼は「自分よりも瀕死の重傷者の治療に専念してほしい」と医師に伝え、自ら治療の後回しを望んだのだ。
そして、激痛に耐えること一週間以上。昨晩ヨネシゲと共に帰還したジョナスの空想術によって、ようやくルイスの怪我は完治した。彼がテントに戻ったのは昨晩のことである。
微笑むルイス。その背後から母ソフィアの優しい声が聞こえてきた。
「ルイス、おはよう。よく眠れたかな?」
「母さん、おはよう。お陰様で久々に熟睡できたよ」
「ウフフ。なら良かったわ」
「そう言う母さんは眠れたの?」
「うん。ルイスとパパたちが戻ってきてくれたからね」
「フフッ。なら安心した。狭いテントだけど、戻って来た甲斐があったよ」
「ウフフ。確かに狭いけど、私はこの狭さが心地良く思えてるわ」
「それは俺も同じさ。こうして家族が身を寄せ合うことなんて滅多に無かったけど……こうして家族が手の届く距離に居るって……本当に幸せだよ……」
ルイスはそう言うと、ソフィアの手をそっと握る。そして彼女もまた、息子の手を優しく握り返した。そしてソフィアはしみじみと言葉を漏らす。
「この歳になっても、息子にこうして手を握ってもらえるなんて、私は幸せ者だよ……」
母親の言葉にルイスは照れくさそうにして顔を赤く染めた。
「ウフフ。ルイスは照れ屋さんね……」
「母さん。からかわないでくれよな……」
「はいはい。でも安心して。お父さんの方がもっと照れ屋さんだから」
「フフッ。違いないや……」
ヨネシゲたちを起こさないよう小声で会話する親子。だが、久々に家族と迎える朝を喜ぶ余り、2人の口からは笑いが漏れ出していた。
そして、ルイスが言う。
「――こうやって母さんと笑い合える俺も幸せ者だ……」
「ルイス……」
ルイスは母の手を強く握る。
「――もうこの幸せは誰にも奪わせない。俺はもっと強くなって、母さんや父さん、大切な仲間たちを守ってみせる。ずっとそばで守り続ける……!」
それはルイスの決意。
彼は真剣な眼差しで母を見つめた。
一方のソフィアは微かに表情を曇らす。その異変に気付いた息子が心配そうにして尋ねる。
「母さんどうしたの?」
「ルイス、実はね――」
『ずっとそばで守り続ける』――事と次第によっては、彼の思惑通りにはいかない現実に直面しているのだ。
――それは、クボウ家への仕官。
ヨネシゲがクボウ家に仕える事になれば、少なくとも彼はこの地を離れる事になるだろう。そして、ソフィアやルイス、アトウッド兄妹はこの先の進路を考えなければならない。
――ヨネシゲと共にカルムを離れるか? それともカルムに残り別の道を歩むか?
ソフィアは意を決した様子で「仕官」の件を息子に伝えようとする。
――その時だった。
外から若い男の声が聞こえてきた。
「ルイス、俺だ。もう戻っているのか?」
その声を聞いたルイスは、嬉しそうに微笑む。
「アランさんだ……!」
そう。ルイスの元を訪れたのは、カルム学院空想術部長のアラン――ルイス憧れの先輩だった。
つづく……




