第177話 返答
「さあ、答えを聞かせよ! さあ! さあ! さあ!」
ヨネシゲに答えを迫るマロウータン。
「共にこの王国を立て直そう」――白塗り顔はヨネシゲの力を見込んで、協力を求めた。
「協力」――それは、マロウータンに仕える事を意味する。
これから行う一つの返事で、今後の運命が大きく左右される事だろう。それは自分だけではない。家族もだ。
ヨネシゲは額に大量の汗を滲ませながら、その口を静かに開く。
「マロウータン様! 俺は――!」
「申してみよっ!」
「――俺一人の判断で答えは出せません。ここは、一度話を持ち帰って、家族と相談させてください」
自分の一存では決められない。
ヨネシゲが導き出した答えとは、一度話を持ち帰り「家族会議」することだった。
ヨネシゲは真っ直ぐとマロウータンを見つめ、理解を求めた。
するとマロウータンは、あっさりと、納得した様子で角刈り頭の考えを了承する。
「うむ。じゃろうな! まあ、急ぎではない。家族とゆっくり話すとよかろう」
――軽い。
こちらは、難しい決断を迫られていたというのに、いざ返答してみると、彼から返ってきたのは「じゃろうな」「急ぎではない」という何とも軽い言葉だった。
ヨネシゲは大きく息を漏らす。
(じゃろうな! じゃねえよ……勘弁してくれ。急ぎじゃないなら、答えを急かさないでくれよな。はぁ〜、どっと疲れが出てきたぜ……)
ヨネシゲが疲れた様子で肩を脱力させていると、マロウータンがある事をヨネシゲに尋ねる。
「ヨネシゲよ」
「はい、なんでしょう?」
「先程から気になっておったのじゃが、後ろに居る女子は、ヨネシゲの娘か?」
「娘?」
ヨネシゲは背後へ視線を向けると、そこには少し距離を置いた場所に妻ソフィアの姿があった。
「ソフィア……」
ヨネシゲは妻の名前を口にする。すると彼女はゆっくりと夫の元まで歩みを進めた。
「――邪魔をしてしまって、ごめんなさい。マロウータン様にご挨拶しようと思ったのだけど、お話中だったから……」
「そ、そうだったのか――」
言葉を交わす夫婦。その隣でマロウータンが驚いた様子で言葉を口にする。
「これは失敬! その女子、ヨネシゲの娘ではなく、妻であったか! 余りにも若いので勘違いしてしまった」
ヨネシゲが照れた様子で頭を掻く。
「いえいえ、お気になさらず。よく間違われるので慣れてますから。でもこう見えて、俺たち然程歳は離れてないんですよ?」
「ウッホッホッ! そうかそうか! まあ無理もないのう。美女と野獣と言った感じじゃからのう!」
ヨネシゲは笑顔のまま、眉をピクリとさせる。
(――貴方が言うな……!)
その隣でソフィアが白塗り顔に自己紹介を始める。
「マロウータン様。ご挨拶が遅くなりました。私はヨネシゲの妻、ソフィア・クラフトと申します。この度は夫がお世話になりました」
ソフィアはそう言い終えると深々と頭を下げた。マロウータンは鼻の下を伸ばしながら、彼女に頭を上げるよう促す。
「ほれほれ、頭を上げよ。寧ろ、世話になったのは儂の方じゃ。ヨネシゲには命を救われてのう。『諦めるんじゃねえ!』と言って、儂を敵の攻撃から庇ってくれたのじゃ。あの時見たヨネシゲの後ろ姿は、今でも鮮明にこの瞳に焼き付いておる――」
「そうでしたか。私の夫が……」
マロウータンは瞳を輝かせながら、ヨネシゲの勇姿を語る。ソフィアは感嘆の声を漏らしながら夫を見つめた。
「ソフィアよ。良き夫を持ったのう! これからもそばで夫を支えってやってくれ!」
「はい!」
ソフィアは嬉しそうにして頷いた。
その妻を愛おしそうに見つめるヨネシゲ。すると白塗りが角刈りの隣に並び、彼の肩に腕を回すと、小声で語り掛ける。
「良き妻を持ったのう……」
「ええ……」
「――儂はもうヘロヘロじゃ。少し休息を取ろうと思う。無理はいかんからのう。2・3日、このルポに滞在するつもりじゃから、それまでには返事をくれ……」
「2・3日ですか……」
「そうじゃ。滞在後はメテオ様が居る王都へと向かう。もし、儂に仕えると言うならば、儂と一緒に王都へ来てもらう。念のため言っておくが、数年は故郷に戻れないと思ってくれ……」
「――明日、ゆっくり家族と話し合います……」
「ヨネシゲ、期待しておるぞ……!」
マロウータンはそこまで言い終えると、ヨネシゲから身体を離し、イッパツヤとイヌキャットを呼び寄せる。
「ヨネシゲ! ソフィアよ! また明日会おう!」
マロウータンは別れの挨拶を終えると、ヨネシゲたちに背を向け――
「ウッホッハッハッハッ! ウッホッハッハッハッ!!」
――白塗り顔は高笑いを上げながら、ブラザーズと共に暗闇へと姿を消した。
(ていうか、マロウータン様たち、どこで寝泊まりするつもりだ? それにシオン様たちがここに居ることも言いそびれてしまった……)
そしてヨネシゲは呟く。
「まあいいか……」
ヨネシゲがため息を漏らしながら夜空を見つめていると、角刈りの左腕をソフィアが抱きしめる。
「あなた。私たちも帰りましょう」
「お、おう。そうだな……」
ヨネシゲは周囲に視線を向ける。先程の騒ぎを聞きつけ姿を現した市民たちは、各自のテントへと引き返していた。ドランカドは、ヨネシゲとソフィアに視線を向けると、満面の笑みを見せながら力強く頷き、その場を後にした。
「お二人の邪魔はしないっすよ」――ドランカドの視線はそう語りかけてるように思えた。
「――帰ろうか」
「ええ……」
二人は、まるで新婚夫婦のように身体を密着させながら、我が家へと戻っていった。
――やがて、ヨネシゲたちはテントに到着する。中に入ると寝息を立てる子供たちの姿があった。あれだけの騒ぎがあったというのに熟睡している様子だ。
きっと疲れも溜まっているのかもしれないが、久々に家族と身を寄せ合い、安心して睡眠できてるのだろう。
ヨネシゲとソフィアは幸せそうにして眠る子供たちを微笑ましく見つめる。
「――幸せそうな寝顔だね……」
「この笑顔、守ってやらねばな……」
ここで突然。ヨネシゲは意を決した様子で、ソフィアに身体を向ける。
「実はソフィア。君に大事な話が――」
刹那。ヨネシゲの唇を、ふっくらとした柔らかな膨らみが塞ぐ。
程なくして、その膨らみがヨネシゲの唇から離れると、角刈りの目の前には、赤く染め上げるソフィアの美貌があった。
「ソフィア――」
「――あなた。その話は明日。今晩だけは……何も考えないで……」
「――ソフィア。聞いていたのか……」
「ええ。盗み聞きをしたつもりはないんだけどね……」
「まあ、馬鹿デカい声で話してたからな……」
ヨネシゲは険しい表情で俯く。
するとソフィアは、角刈りの腕を引き、布団の中へと招きいれる。
「あなた、おいで。ギュウしてあげる!」
「そ、そうか……」
ヨネシゲは言われるがまま、ソフィアと布団に入り、彼女に抱きしめられる。
(――ソフィア、こんなに積極的だったっけ?)
ヨネシゲがそんなことを思っていると、ソフィアは鼻歌を歌い、夫の頭を撫でる。
(――ソフィアの温もりが……鼻歌が……心地良い……幸せだ……この幸せ……絶対に……守らないとな……)
ヨネシゲが眠りに落ちたのは、この数秒後のことだった。
つづく……




