第176話 白塗り顔は突然に(後編)
――それは突然の提案。
「ヨネシゲよ。儂の家臣にならぬか?」
「お、俺が、マロウータン様の家来にですか?」
「そうじゃ。このマロウータン・クボウ南都伯に仕えよ!」
「仕えよって……決定事項ですか?」
「そうじゃ!」
「『そうじゃ!』と言われましても……」
「さあ、ヨネシゲ! 答えを聞かせてくれ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
瞳をキラキラと輝かせ、仕官を迫るマロウータン。ヨネシゲはそんな白塗り顔を落ち着かせる。
「マロウータン様、落ち着いてください」
「何を申すか! 儂はいつでも冷静じゃ!」
「マロウータン様のお気持ちは嬉しいのですが、俺の話も聞いてくださいよ!」
「うむ。よかろう。話してみよ」
「はい。俺は――」
ヨネシゲは静かに口を開き、自身の考えをマロウータンに伝える。
確かにこの提案、悪い話ではない。
マロウータンと言えば「南都伯」の爵位を持つ、公爵に匹敵する上級貴族。おまけに南都五大臣の重職を担う、南都大公の側近だ。
彼に仕官すれば、金には困らない裕福な生活を送れることだろう。
だが、家臣になれと言われても、直ぐに返事を出せるものではない。
マロウータンに仕えるということは、四六時中彼のそばで職務を遂行することになる。マロウータンらクボウ家の本拠地はホープ領の南都。となれば、故郷カルムに残って生活する事は叶わないだろう。それはつまり――現状を捨てるようなものだ。
とはいえ、今のカルムタウンは焼け野原。おまけにヨネシゲは我が家を失った。カルム学院も破壊されてしまった為、そこで守衛として働き続けられる保証もない。
――捨てるもなにも、今の現状はまっさら。捨てるものなど何も残っていない。
否。愛する家族は残っている。自分の返事一つで、家族の今後の人生が大きく左右されてしまうことだろう。
それだけではない。大切な仲間、故郷の地も残っている。これから故郷の復興が始まるという時に、他領の貴族に仕えても良いものなのか?
ヨネシゲの一存で、クボウへの仕官は決められない。だが――
(俺が成すべきこと。それは、家族と、仲間と、再び幸せを築いていき、それを死守することだ。)
――選択肢は一つ。ヨネシゲの答えは既に決まっていた。
「――マロウータン様。俺は家族と仲間たちと一緒に、カルムタウンの復興に専念したいと考えております。俺は家族と仲間、故郷のため、この身を捧げ、戦い続けます。これが俺の覚悟です! ですから――このお話は無かったことに……」
彼の答えを聞いたマロウータンは微笑みを浮かべる。
「流石、ヨネシゲじゃ。そう言うと思っておった。愚問であったのう……」
「愚問……ですか……」
「そなたの事じゃ。この故郷の現状を見捨て、儂に仕えることなど出来ぬじゃろう」
ヨネシゲは苦笑いを浮かべる。
「ハハッ……わかってて聞いたのですか?」
「ウホホ……ダメ元じゃ……」
マロウータンはそう言い終えると残念そうな表情を見せた。そして二人は満点の星を見上げる。
二人の間に沈黙が流れる。
しばらくすると、マロウータンが語り掛けるようにして口を開く。
「儂はこの国を変えたい。全ての者が幸せに暮らせる――そんな世を築きたいのじゃ。」
「全ての者が、幸せに?」
「そうじゃ。これは儂の夢でもあり、我が父の夢でもあった。いや、儂らだけでは無い。そなたも含め、全ての民が泰平の世を望んでいる筈じゃ……」
白塗り顔は憂いた表情で言葉を続ける。
「じゃが、現状はどうじゃ? 陛下は領土拡大に執着し、数多の貴族が私利私欲に溺れ職務を全うせず、王国内の情勢は安定しない。おまけに改革戦士団なる不穏分子が蔓延る始末。彼奴ら、再び魔の手を伸ばしてくるぞよ……!」
マロウータンの言葉には怒りが宿っていた。
「――血と涙を流すのは、いつも民や名も無き兵士ばかりじゃ! こんな世が、こんな世が! あってたまるかっ!!」
「マロウータン様……」
怒声を上げる白塗りをヨネシゲは静かに見つめる。その角刈りの視線に気付いた白塗りは、ハッとした表情を見せた後、大きく深呼吸した。呼吸が整ったところで、彼はヨネシゲに謝罪の言葉を口にする。
「すまんのう。儂とした事が……取り乱してしまった……」
「いえいえ。マロウータン様が仰られていることは御尤もです。何故、罪も無い弱き者たちが無駄に命を落とさなければならないのか……俺は悔しくてなりませんよ! どうして!? あのタイガーという、改革戦士団を簡単に封じ込めることができる猛者が存在するのに、もっと早くに彼らを動かすことができなかったのか……俺は不思議でなりませんよ! 王族の連中は無能すぎるぜ!」
熱くなるヨネシゲ。するとマロウータンは、その角刈り頭を扇で軽く叩く。
「ヨネシゲよ、言葉がすぎるぞ。王族を侮辱するということは、我が主君、メテオ様を侮辱すると同じ事じゃ。発言には気を付けよ」
「も、申し訳ありません!」
流石に「無能」はまずかったか。ヨネシゲは慌てた様子で頭を下げる。だが、納得はしていない。
(確かにメテオ様は良い人だ。だけど、国王が無能なのは本当だろうが! 民は、暴君の捨て駒ではない!)
だが、マロウータンはヨネシゲの発言に一定の理解を示す。
「じゃがそれは、今の民たちが王族に抱いている率直な気持ちじゃ。民たちから見捨てられては、今の王族に未来はない……」
再び白塗りは語る。
「それはメテオ様も危惧されてるところ。此度の一件で、王族の立場が大きく揺らいだことに間違いはない。今、有力者に革命など起こされたら、王族は瞬く間に滅んでしまうじゃろう」
ヨネシゲは額に汗を滲ませる。何も「革命」自体を恐れた訳では無い。角刈りは革命後の未来――国内の情勢を恐れたのだ。
「革命を起こし、王族を滅亡させるのは比較的簡単なのかもしれません。ですが、その後の国内情勢のほうが俺は心配です。この王国の貴族や領主は一枚岩ではないと聞いております。とても各地の貴族たちが足並みを揃えて新政府に従うとは思えないのですが……」
「左様。ヨネシゲの言う通りじゃ。この王国は数多の勢力がひしめき合っておる。いきなり新政府に従えと言っても、まず従わないじゃろうな。革命が新たな革命を呼ぶことになるじゃろう。度重なる革命戦争の先に待つものは――滅亡じゃ。トロイメライは分裂し、終焉を迎える事じゃろう……」
「革命戦争ですか!? そんなもん、あっちゃいけませんよ! 革命とか上手いこと言って、結局、最終的には血の流し合いじゃねえか!」
「わかっておる。革命など起こさせぬ。無駄な血も流させぬ。その為には、王族や、儂ら貴族は考えを改めなければならない。儂らは、岐路に立たされておるのじゃ――」
マロウータンは力強い声で熱弁。
「早速、メテオ様と王妃様が、王族の信頼回復に尽力される筈じゃ。きっとメテオ様なら陛下のお考えを改めさせることができるじゃろう。
王妃様も民たちからの信頼は厚い。王妃様自ら、生まれ変わった王族の姿を発信できれば、信頼回復にそう時間は掛からないじゃろう。
そのお二人をお支えする儂が成すべきこと――それは、父から受け継いだ人脈を駆使して、各地の貴族たちの橋渡し役になることじゃ。
東のタイガー、西のダルマン、北のウィンター、そしてカルムのカーティス殿――これらの有力者が一丸となれば、自ずと各貴族、各領主も足並みを揃える事じゃろう。さすれば、無用な啀み合い、戦もなくなり、貴族たちに余裕が生まれる。その余裕が民たちの生活を豊かにする……儂はそう信じておる!」
マロウータンは希望に満ちた表情で、輝く星空を見つめる。
「――何人たりとも、血も、涙も、流さない、素敵な改革を始めようではないか……」
そして、白塗り顔は、一等星のごとく輝かせた瞳をヨネシゲに向ける。
「ヨネシゲよ。無理強いするつもりはない。じゃが、今一度、考え直してみぬか?」
マロウータンが再度打診するも、ヨネシゲの意志は固い。
「――先程も言いましたよ? 俺は家族と仲間と共に、このカルムを立て直します。そして今度こそ、姉さんやジョナス義兄さんたちと力を合わせて――!」
白塗りは角刈りの言葉を遮る。
「それでは何も変わらぬぞ」
「え……?」
呆気にとられるヨネシゲ。
マロウータンから発せられた「何も変わらない」という言葉。まるで自分の覚悟を打ち砕かれた気分だ。
ところが、次にマロウータンの口から出てきたのは、熱い言葉の数々だ。
「そなたの心意気は素晴らしい。じゃが、このに居ては何も変わらぬぞ? 先程そなたは言った。『二度とあの惨劇を繰り返したくはない、大切な人を守りたい』と。もし、本当にその覚悟があるのであれば、この王国を――土台を立て直さねばならない。軟弱な土台の上に、どんなに立派な母家を築き上げたとしても、少し揺らいだだけで、簡単に崩れ去ってしまう。さすれば、大切なものは瓦礫の下敷きぞ――!」
そして、マロウータンはヨネシゲの両手を握り、訴え掛ける。
「ヨネシゲよ! 儂と一緒に、この王国を立て直そう! あるべき姿に戻そう! 儂は……そなたの底知らぬ力を、見込んで言っておるのじゃ!」
「――俺は……」
ヨネシゲ、決断の刻。
つづく……




