第175話 白塗り顔は突然に(中編)
ヨネシゲは顎に手を添える。
「なるほど。要するに整理すると――」
マロウータン復活の軌跡を整理しよう。
・マロウータンは仮死状態で埋葬される。
・完全なる死ではないため、マロウータンの身体からは自己再生想素が放出され続けていた。その自己再生想素の放出量は、空気中の具現体濃度で左右される。
・マロウータンと一緒に埋葬されたバナナには、大量の具現体が含まれており、そのバナナから放出される具現体が、空気中の具現体濃度を高めた。
・マロウータン周囲の具現体濃度が高まったため、彼から放出される自己再生想素の量も自然と増え、結果として驚くほどの速さで回復に至った。
・尚、マロウータン自身の生命力もかなり高い模様。
「――と言う訳か……」
「ウッホッハッハッハッ! 儂は不死身なのじゃ!」
ヨネシゲが情報を整理し終えると、マロウータンはドヤ顔で高笑いを上げながら、ふんぞり返る。ヨネシゲは苦笑いしながらその様子を見つめる。
(マロウータン様、やけにテンション高いな。それにしても――)
ヨネシゲには一つ疑問があった。
彼が知る限り、マロウータンが負った怪我は致命傷レベル。いくら自己再生想素の力で傷口を塞いだとしても完治には至らないだろう。治癒効果は応急処置程度に過ぎない。
傷が完全に癒えていない状態で、この長い道のりを一人で移動することは困難だ。
とはいえ、マロウータンの表情からは疲労が感じられず、とてもブルーム平原からここまで移動してきたように思えない。
マロウータンは時折、傷が残っているであろう腹を摩る素振りを見せるが、寧ろ、怪我を負っていないヨネシゲよりも元気な様子だ。
恐らく彼は、人の手を借りてここまで辿り着いたのだろう。つまり協力者が存在するはず。だとしたら、その協力者とは一体何者なのか?
南都兵? リゲル兵? それともブルーム領の民だろうか?
ヨネシゲの脳裏には憶測が飛び交うが、考えても仕方ない。ヨネシゲは、早速マロウータンに尋ねる。
「マロウータン様。ここまで、お一人で来られたのですか?」
「ウホホ。それはな――」
マロウータンは不気味な笑顔で失笑すると、その口元を持っていたハリセンで隠す。
(――ここ笑うところか? 一体、何が可笑しかったんだ?)
ヨネシゲは心の中でツッコミを入れながら、彼からの返事を待つ。
程なくすると、マロウータンは後方へ視線を向け、ある男たちを呼び寄せる。
「出て参れ」
「へ、へい……」
マロウータンに呼ばれ姿を現したのは、怪しげな二人組の男。二人はお揃いの緑のバンダナ、泥だらけの黒いTシャツと同色のズボンを身に着けていた。
同じ背丈の二人。見分けるとしたら、片方は口周りに生やされた黒い髭、もう片方は丸いサングラスだろうか。
兄貴分の黒髭は「イッパツヤ・キキー」、弟分の丸サングラスは「イヌキャット」と名乗った。
ヨネシゲは怪しげなブラザーズを横目にしながら、マロウータンに訊く。
「それで……この二人は?」
「此奴らはのう――」
ヨネシゲの問を聞いたマロウータンは、口角を上げると、顎に手を添えながらブラザーズを見つめる。一方のブラザーズは何やらソワソワした様子だ。ブラザーズは小声で言葉を交わす。
「アニキー。俺達が旦那の墓を掘り起こそうとしてた事がバレたら……」
「――間違いなく保安官を呼ばれてお縄になっちまう。下手したら俺たち、クボウの兵士に殺されちまうぞ……!」
「そんなのイヤだ〜!」
実はこの二人。ブルーム平原で兵士の亡骸から武器や防具を掠め取っていた「戦場泥棒」。マロウータンの墓標を発見した二人は、お宝目当てに彼の墓を掘り起こそうとする。しかし、目覚めた白塗り顔によって敢え無く御用となってしまったのだが――
「此奴らは、ブルームの誇り高き民ぞよ。瀕死の儂を救ってくれた、命の恩人じゃ!」
「へ?」
マロウータンはそう言い終えると、舌を出しながら、お茶目なウィンクをブラザーズに送った。
てっきり、マロウータンに「戦場泥棒」であることを暴露されると思っていたブラザース。ところが、白塗り顔から発せられたのは意外な言葉だった。
呆然と立ち尽くすブラザーズに、カルム領民の視線が集まる。
そんな二人にヨネシゲが歩み寄り――
「お二人さん! あなた達はマロウータン様を救った英雄だ! 共に戦った戦友を助けてくれてありがとう!」
「い、いや……俺たちは……その……」
ヨネシゲは嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら、ブラザーズの手を強く握る。その直後、カルム領民たちがブラザーズを取り囲み、褒めちぎる。
「――アニキー。褒められるのも、悪くないっすね……」
「そ、そうだな……ウヘヘ……」
――ブラザーズにできた人集り。ヨネシゲはそこから抜け出すと、マロウータンの元まで歩みを進める。
「マロウータン様、彼らに救われましたな」
「ウホホ……そうじゃな……」
微笑みを見せるマロウータン。その表情は何故か儚げ。不思議に思ったヨネシゲが彼に尋ねる。
「マロウータン様。どうかされましたか?」
するとマロウータンは険しい顔付きで口を開く。
「――カルムタウン襲撃の件、気の毒じゃったのう。いや、何と言ったらよいか……掛ける言葉が見つからん……」
――焼け野原となったカルムタウン。
マロウータンもルポタウンに向かう道中、変わり果てたカルムの街を目の当たりにした。
「噂は聞いておったが、余りにも酷すぎる有り様じゃ……」
「マロウータン様……」
マロウータンは満天の星を見上げる。その白塗りの頬には一筋の涙が伝っていた。その彼の顔を横目にしながらヨネシゲも夜空を見上げた。
「――はい。今回の襲撃で多くの罪なき命が失われました。悔やんでも悔やみきれません……」
「じゃろうな……」
「ですが……それはカルムに限った話ではありません。南都でも、ブルームでも、多くの命が失われました……」
ヨネシゲは己の非力さを憂いる。
「つくづく思いましたよ……もっと自分が強ければ……敵を抑えつける力があれば……多くの命を救えたと……いや、でもわかっています。自分一人の力に限度がある事も。そもそも俺みたいな非力な男が、一人で改革戦士団を封じ込めようだなんて、自惚れもいいところですよ……」
ヨネシゲは悔しそうに星空を見つめる。そんな彼にマロウータンが語り掛ける。
「――ヨネシゲよ。そなたは、決して非力などではない。儂らが窮地に陥った際、そなたは命懸けで儂らを守ってくれた。そなたの行動が多くの命を救ったのじゃ。でなければ、儂は今ここには居ないだろう……」
ヨネシゲは弱々しい言葉を返す。
「結果として、マロウータン様たちを救ったのは事実かもしれません。ですけど、目の前で助けを求める仲間を助けられなかったのも事実……もし、再び改革戦士団がカルムを襲うような事があれば、俺は大切な人たちを守りきれる自信がありません……」
「ヨネシゲ……」
そしてヨネシゲがマロウータンに問い掛ける。
「でも、二度とあのような惨劇は繰り返したくはありません……大切な人たちを守りたい……俺はどうすればよろしいでしょうか……?」
マロウータンはヨネシゲの言葉を聞き終えると、その肩を叩く。
「――儂ら個人の力には限度がある。確かに、中には化け物じみた連中は居るが、それはほんの一握りの存在……じゃが、一人一人が力を合わせれば大きな力に――」
「しかし――」
ヨネシゲはマロウータンの言葉を遮る。
所詮、マロウータンが言っていることは綺麗事。どんなに一人一人が力を合わせても、決して敵わない相手が居る。そのことは今回気付かされた次第だ。
現実はそう甘くない。
ヨネシゲはマロウータンに現実を突きつけようとする。
「マロウータン様! 例えどんなに力を合わせても――」
突然、マロウータンが怒鳴る。
「言うなっ!」
「!!」
怒声のマロウータン。と思いきや、次は優しい口調でヨネシゲに語り掛ける。
「わかっておる……そなたが言おうとしている事は、痛いほどわかっておる……じゃが、大切なものを守るためには……戦うしかない……」
「マロウータン様……」
ヨネシゲは白塗りを見つめる。
そう。彼が言っていることは正しい。大切なものを守るためには、戦うしかないのだ。
一瞬でも弱音を吐いた自分が恥ずかしい――
一人反省するヨネシゲに、マロウータンが訴える。
「――戦い続けるしかないのじゃ。じゃから、そなたとは、共に支え合いたい――」
――そして、マロウータンから思いもよらぬ言葉が発せられる。
「――ヨネシゲよ。儂の家臣にならぬか?」
「え?」
予期せぬ提案。ヨネシゲは目を丸くさせた。
つづく……




