第173話 ルポの夜
ヨネシゲは、ソフィア、ルイス、アトウッド兄妹を連れてルポ総合病院を後にする。
メアリーら姉家族は、まだ入院が必要なトムと共に、病院で夜を越すとのこと。ジョナスも今晩だけは妻子と休息を取り、明日朝から負傷者の手当に参加する予定だ。
病院を出たヨネシゲたちは、ドランカドたちとの集合場所となる、ルポタウン入口の広場前に向かった。
集合場所には、ドランカド、イワナリ、オスギの他に、果物屋のリサ、イワナリの娘アリアの姿があった。更には、ルイスの恋人カレン、肉屋のウオタミ、鍛冶場の親方ヘクター、西地区町内会長のペイトン、カルム学院守衛の同僚たちも集結していた。
リサ、アリア、カレンがヨネシゲの帰りを喜ぶ。
「ヨネさん、おかえり! ドランカドのおもり、ご苦労だったね! また会えて嬉しいよ!」
「ヨネシゲさん、おかえりなさい! 私のお父さんも一緒に連れて帰ってきてくれてありがとうございます!」
「ルイス君のお父さん! おかえりなさい! 本当に無事で良かったです!」
ウオタミ、ヘクター、ペイトン、守衛の同僚たちもヨネシゲの帰還を祝福する。
「ヨネさん、おかえりなさい。無事で……無事で……本当に良かった……」
「流石、ヨネさんだ! 必ず帰って来てくれると信じていたぞ!」
「ヨネさん、よく帰ってきてくれた! やっぱカルムのヒーローは不死身じゃな!」
「「ヨネさ〜ん! おかえり!」」
そして、ヨネシゲは満面の笑みで応える。
「みんな! ただいま! ヨネシゲ・クラフト、無事帰還しました!」
数多の試練を乗り越え、カルムのヒーローは無事帰還した。
出立の日に交わした約束――その約束を果たしたヨネシゲは、大切な人たちと再び笑い合う。
そして、散っていった者たちの想いを胸に、懸命に生きていくことをここに誓った。
――もう同じ悲劇は繰り返さない。
――もう幸せは手放さない。
――そのために、今、自分にできる事とは……?
――ルポの夜は耽っていく。
久々の家族や仲間たちとの再会に喜んでいたヨネシゲは、大切な人たちとの会話に花を咲かせる。その楽しい時間は瞬く間に過ぎ、気付くと日付けが変わっていた。
ヨネシゲは仲間たちに別れを告げると、24時間利用できる仮設のシャワールームで汗を流す。
(サッパリするぜ! こんな状況でもシャワーが浴びれるなんてありがてえ! これも、空想術を使用したライフラインが整備されているお陰だ……)
シャワーを浴び終えたヨネシゲは、家族たちが待つテントへと向かった。
広場には、濃緑の大きな災害用テントが所狭しと立ち並んでいる。この中には我が家のテントがあり、先程ソフィアと共にテントの位置を確認した。しかし、同じ色、大きさのテントが立ち並ぶそこは、まるで迷路だ。夜暗の影響も相まってか、ヨネシゲは完全に方向感覚を失っていた。
(――まいったな、迷ったぞ。大声で呼べることができればな……)
大声を出し自分の存在を知らせることもできるが、流石に寝静まった夜中では大顰蹙。その方法は却下となった。
それでも迷子ヨネシゲはテントエリアを歩き回り、家族が待つテントを探した。
(たぶんこの辺りなんだけどな……ん? あれは……)
程なくすると、ヨネシゲは明かりが漏れ出す一つのテントを発見する。先程ソフィアから教えてもらったテントの位置と何となく景色が似ており、確証はないが、ヨネシゲはそこが我が家のテントだと信じてゆっくりと歩みを進めた。
各テントには表札が掲げられており、例外なく明かりが漏れ出すテントにもそれはあった。
ヨネシゲは表札に書かれた手書きの文字を読む。
(クラフト家、アトウッド家……間違いない……!)
ついに発見した。
そこは、クラフト家とアトウッド兄妹が避難生活を送っているテントだった。
ルイスとゴリキッドも先程退院し、今晩からはヨネシゲも含め、5人がこのテントで生活することになる。
(テントの中に入るだけなのに、なんだかワクワクするな……)
そこは災害用のテント。だが今のヨネシゲは、まるで久々に帰宅する我が家の扉を開く気分だった。
角刈りオヤジは胸を高鳴らせる。彼はテントの入口に手を掛けると、囁くようにして自分が帰った事を中の者たちに知らせる。
「ただいま……入るぞ……」
ヨネシゲの視界に映り込んだのは、雑魚寝する子供達の姿。その隣では、薄暗いランプの光を頼りに読書する妻ソフィアの姿があった。
ソフィアはヨネシゲの姿を見ると、にっこりと優しい笑みを浮かべた。
「おかえりなさい。どう? サッパリできた?」
「ああ。最高だったよ。こんな状況下でも、熱々のシャワーを浴びれる俺は幸せ者だよ」
「ウフフ。本当ね……」
ヨネシゲも微笑みながら彼女の隣に座ると、寝息を立てる子供たちに視線を向ける。
「ハハッ。ルイスの奴、涎流してやがるぜ。子供たちはみんな寝てしまったんだな……」
「ええ。テントに戻って来たらすぐ眠っちゃったよ」
ソフィアはアトウッド兄妹に視線を向ける。
「――メリッサちゃん。ゴリキ君が入院してる間は、毎晩涙を流しながら眠っていたんだけど……ほら、見て。今日はとても幸せそうな寝顔をしてるわ……」
「本当だな……可愛い寝顔してるぜ……」
兄ゴリキッドの腕に抱きつき、天使のような寝顔を見せるメリッサの姿を見て、ヨネシゲとソフィアは安堵の表情を浮かべる。
「ゴリキとメリッサも、早く親父さんとお袋さんに会えるといいな……」
「ええ。きっと、どこかで必ず生きている筈。これで南都の情勢も落ち着くと思うから、そしたら、私たちもゴリキ君たちと一緒に、ご両親を探してあげれる……」
「――落ち着いてくれれば良いのだがな……」
改革戦士団はリゲル軍に敗れた。この事実を知ったのは、負傷したドランカドを運び入れたラルスの病院でのこと。だが当時は、家族の安否のことしか考えられず、その話題を話すことも、考える余裕も無かった。
家族が無事であることがわかり、今ようやく南都の情勢を冷静に見つめることができる。
ヨネシゲは険しい表情で言葉を漏らす。
「確かに今回の戦いはタイガー・リゲルが勝利を収めた。だが――」
「だが?」
ヨネシゲは途中で言葉を止めると、表情を曇らす。ソフィアは不安げに夫を見つめると、その言葉の続きを催促する。ヨネシゲは少し間を置いた後、再び言葉を口にする。
「――ああ。とてもあの改革戦士団が、このまま大人しく引き下がるとは思えないんだ。ダミアンや多くの幹部を取り逃がしたと聞いている。あれだけの大戦をしておきながら、悪の根源を絶やしきれていない――」
ヨネシゲは両手で頭を抱える。
「――奴ら、とんでもない仕返しをしてくるぞ……」
ダミアンにマスター、改革戦士団の中枢はまだ生きている――不穏分子はまだ滅んでいない。
そしてヨネシゲはある男女の存在を思い出す。
それは、改革戦士団四天王サラとソードだ。2人はこの世界――ソフィアの描いた物語の主人公の相棒だというのだ。実際、彼女の物語にサラとソードと言う名の男女が登場し、主人公の手助けをする。
ヨネシゲがブルーム平原で出会った男女が、物語に登場する「サラ」「ソード」本人という確証は無い。だがサラは、ヨネシゲ以外知り得ないであろうこの世界の理を理解していた。これは、彼女たちが「主人公の相棒」本人である何よりの証拠だ。
(ここはソフィアが描いた物語の世界でありながら、俺の自身の空想も反映されている。その空想って言うのは、俺色にアレンジされたソフィアの物語。要するに俺は、この世界に既存するものを塗り替えてしまったんだ。その既存のものっていうのが――)
ヨネシゲの脳裏にサラとソードの顔が過る。
(俺があの姉ちゃんたちの運命を狂わせたというのか? だとしたら、俺はとんでもない事をしでかしてしまったぞ……)
自分はただ、妻が描いた物語を自分なりにアレンジして楽しんでいただけ――なのに、実は自分の知らない所でとんでもない影響を与えてしまったようだ。
(――もし彼女たちがまともな人生を送っていれば、今回の戦争も無かったはず。多くの者が死なずに済んだ――俺がソフィアの物語を改竄しなければ……!)
突然ヨネシゲを襲う、恐怖、罪悪感。
ヨネシゲは顔を青くさせながら、身体を震わせる。
――その時だった。ヨネシゲの身体が温もりに覆われた。そして優しい声が彼の耳に届く。
「あなた、大丈夫……? 嫌なこと思い出しちゃった……?」
「ソフィア……」
温もりの正体。それはヨネシゲを抱きしめる、ソフィアの体温だった。彼女はヨネシゲの頭を撫でながら、その耳元で囁くようにして語り掛ける。
「――何も言わなくていいよ。辛かったよね。思い出すなと言うほうが無理だわ……」
夫を抱きしめるソフィアの腕に力が入る。
「恐らく、あなたが負った心の傷は一生消えない。私の力じゃどうする事もできない。だけど……その傷の痛みを和らげることはできるかもしれない――」
ソフィアはそこまで言い終えると、ヨネシゲの身体に体重をかけ――押し倒す。
ヨネシゲは困惑した表情で、馬乗りになる彼女を見上げる。
「ソ、ソフィア……!?」
一方のソフィアはヨネシゲの両腕を掴み、赤く染め上げた美貌を夫の耳元に近付け――甘く囁く。
「――せめて、せめて私と居る間は、嫌なことを忘れさせてあげる……」
「ちょ、ちょっと待て、ソフィア。子供たちが居るし、こんな所じゃダメだよ……」
「――嫌だの?」
「い、嫌じゃないけど……」
「ウフフ……じゃあ、大人しくしててね……」
ソフィアが艶っぽく微笑むと、ヨネシゲに身体を密着させる。
ヨネシゲの胸板に押し付けられる、柔らかく大きな膨らみ。そこから伝わる彼女の鼓動。
甘い吐息を漏らす彼女の唇がヨネシゲの顔に――迫る。
(――このまま、彼女に身を委ねても、罰は当たらないだろうか?)
ヨネシゲはゆっくりと瞳を閉じた――
『うわぁぁぁぁっ!!』
「!!」
突然、テントの外から聞こえてきた男の叫び声。クラフト夫妻は身体を硬直させる。
「何……? 今の叫び声は……!?」
「わからねえが、良くないことが起きているのは確かだ……」
ヨネシゲは、自分に覆いかぶさるソフィアを離れさせると、立ち上がり、テントの外へ出ようとする。そんな彼をソフィアが引き止める。
「あなた、待って! 危険だよ!」
だが、ヨネシゲは彼女の制止を振り切る。
「大丈夫だ。俺は――カルムのヒーローだ!」
「あなた、お願い! 行かないで!」
「すぐ戻る! 外には絶対に出るなよ!」
ヨネシゲは、呼び止めるソフィアを背に、テントから飛び出した。
――外に出たヨネシゲ。するとすぐに、地面の上で腰を抜かす中年男の姿が目に入った。恐らく彼が叫び声の主だろう。
周辺のテントからは、男の叫び声を聞いた市民たちが不安そうな表情で顔を覗かせていた。
ヨネシゲはそんな様子を横目にしながら、腰を抜かす中年男の元まで駆け寄る。
「おい! どうした!? 何があった!?」
ヨネシゲが問い掛けると、中年男は身体を振るわせながら、前方を指差す。
「ヨ、ヨネさん……あ、あれ……見てくれ……」
ヨネシゲは中年男に促されると、恐る恐る前方に視線を向ける。
「あ、あれはっ!?」
ヨネシゲは瞳を見開いた。
彼が見たもの。それは夜暗に浮かぶ白い物体――いや、白い顔だった。
つづく……




