第169話 ルポの街(後編)
――どれ程の時間、抱き合っていただろうか?
ヨネシゲとソフィアは、互いの温もりを感じながら、再会の喜びに浸っていた。
その高揚していた気持ちも落ち着いたところで、ヨネシゲが静かに口を開く。
「――また会えて嬉しいよ、ソフィア……」
「あなたも……無事に帰ってきてくれて、本当に良かったわ……」
二人から溢れ落ちるのは満面の笑顔。
互いの無事を祝福した。
――程なくすると、ヨネシゲはその表情を険しいものへと変える。彼にはまだ心配事があった。ルイスとメアリー達の安否だ。
ヨネシゲはソフィアに息子と姉家族、アトウッド兄妹の所在を訊く。
「ソフィア。早速だが教えてくれ。ルイスや姉さんたちは?」
ソフィアは表情を曇らすと顔を俯かせる。
「――みんな、入院してるの……」
「入院だと……!?」
「ええ………大怪我を負ってしまって……」
「一体、ルイスたちの身に何があった!?」
彼女の口から発せられた「大怪我」という言葉に、ヨネシゲの顔が一気に青ざめた。
ソフィアは声を震わせながら口を開く。
「改革戦士団よ……」
「改革戦士団……!」
ヨネシゲの顔が強張る。そして彼女は息子や義姉家族に危害を加えた人物の名を口にする。
「改革戦士団……総帥……マスター……!!」
ソフィアは歯を食いしばると、怒気を宿した瞳で足元の一点を見つめた――それは、ヨネシゲが初めて目にする、妻ソフィアの怒りの仮面。
そして彼女は語った。
改革戦士団総帥マスターに立ち向かったルイス、メアリー、リタが惨敗を喫し、大きな怪我を負わされた。
そしてトムは、従兄と母姉を庇い、暴行を受け、今も尚、意識を取り戻していない。
また、ゴリキッドも巻き添えを食らい足と腕を骨折。
幸いにも掠り傷程度の怪我で済んだメリッサは、眠り続けるトムに寄り添い、病院に入り浸っている。
「そ、そんな……酷すぎる……」
ヨネシゲはショックの余り、頭を抱えながら苦悶の表情を浮かべる。ソフィアはそんな夫の肩に手を添える。
「あなた。みんな街の病院に居るわ。早速だけど会いに行きましょう」
「ああ。案内を頼む」
ヨネシゲはソフィアに連れられ、街の中心部にある「ルポ総合病院」へと向かった。
――ルポタウン。
そこは、レンガ造りの建物が多く建ち並ぶ、お洒落な街だった
赤煉瓦が敷き詰められたメイン通りは、橙色の街灯でライトアップされており、落ち着いた雰囲気を醸し出している。華やかな印象のカルムタウンとは対照的だ。
――だが、そのカルムの街は消えてしまった。受け入れ難い現実も相まってか、静寂の街は哀愁を漂わせているように思えた。
道中、ヨネシゲは見慣れた格好をした集団を目にする。
「あれは……クボウの兵士たちだ。どうしてここに?」
そう。それはブルーム平原で共に戦った同志、亡きマロウータンが率いていたクボウ家の兵士たちだった。彼らは食材と思われる荷物を乗せた荷車を引きながら、広場の方角へと進んでいく。
不思議そうに首を傾げるヨネシゲ。一方のソフィアは事情を知っているようで、クボウ兵について説明を始める。
「私たちのために支援をしてくれているのよ」
「そういうことだったのか」
「クボウ様たち、王都を目指していたらしいんだけどね……カルムの惨劇を知って、急遽この場に留まってくれたの。アッパレ様もシオン様もお若いのに素晴らしいお方だわ。マロウータン様や多くの家臣様を亡くして辛い状況だというのに……」
マロウータンからクボウ家の行く末を任された、彼の甥「アッパレ」。
アッパレは、主君である南都大公メテオと合流するため、王都を目指していた。だがその道中、変わり果てたカルムタウンの光景を目にすることになる。
「第一・民」を掲げるクボウ家。その一員であるアッパレと従妹シオンは、多くのカルム市民が逃れたルポタウンに留まり、人道支援を行っている次第だ。
事情を知ったヨネシゲは、感嘆の声を漏らす。
「マロウータン様。流石、貴方の娘さんと甥っ子さんだ……」
ヨネシゲは瞳を潤ませながら満点の星を見上げる。
そこには、満面の笑顔を浮かべる白塗り顔が見えた気がした。
(――貴方の意志は、無事に受け継がれているようだ。だから、安心してお休みください……)
ヨネシゲは、マロウータンの安らかな永眠を心から願った――
「ヨネシゲさん!」
「!?」
直後、背後からヨネシゲの名を呼ぶ、ある男の声が聞こえてきた。振り返る夫婦。
その男の姿を見たヨネシゲは微笑みを浮かべ、ソフィアは目を見開きながら驚きの表情を見せる。
二人は同時に彼の名を口にする。
「ジョナス義兄さん!」
「ジョナスお義兄さん!?」
そう。姿を現したのは、ヨネシゲの姉であるメアリーの夫「ジョナス」、二人の義兄だ。
こちらに駆け寄ってくるジョナスも、ソフィアの姿を見るなり驚いた顔をする。
「ソフィアさん、無事でしたか!」
「はい! お義兄さんもご無事で良かった……」
互いの無事を喜び合うソフィアとジョナス。だが会話もそこそこに、ジョナスが二人に尋ねる。
「もしかして、お二人もルポの病院に?」
「はい。ジョナス義兄さんも、病院に向かってるということは、姉さんたちのことを……?」
ジョナスは顔を曇らす。
「はい。先程知人と再会した際に……」
これ以上の会話は不要。
三人は互いに顔を見合わすと、再び病院へ向かって走り出した。
――やがて、ヨネシゲたちは、ルポの中心部にあるルポ総合病院に到着する。
ルポタウン最大の病院ではあるが、カルム中央病院の半分も満たない規模だ。
言うまでもなく、カルムタウンからの避難者の中には多数の負傷者が含まれる。その内重傷者に関しては、このルポ総合病院に運ばれているのだが――病床が足りておらず、負傷者の治療も満足に行われていない。
院内のホール、廊下には布団が所狭しと敷かれており、その上には怪我を負ったカルム市民たちがうめき声を上げながら横たわる。
布団と布団の間に設けられた移動スペースを医者や看護師、空想治癒が扱えるカルム領兵やクボウ兵が慌ただしく駆けずり回っていた。
その悲惨な光景にヨネシゲは言葉を漏らす。
「こりゃ酷い……何とかならねえのか……」
するとジョナスが羽織っていたジャケットを脱ぎ、それをヨネシゲに預けます。
「ヨネシゲさん。これを預かってもらえますか?」
ヨネシゲとソフィアは息を飲む。
「ジョナス義兄さん、まさか……!」
ジョナスはゆっくりと頷く。
「はい。これから負傷者の治療にあたります」
ソフィアは義兄の身を案じる。
「ジョナス義兄さん、少し休まれたほうが……」
ヨネシゲも彼女の言葉に便乗する。
「そうですよ! ラルスの病院でも寝る間も惜しんでぶっ通しで動き回ってたというのに、このままじゃジョナス義兄さんが倒れちゃいます。それに、姉さんや子供たちの顔もまだ見てませんよ?」
ヨネシゲとソフィアが説得するも、ジョナスは首を横に降った。
「お二人のお気持ちはありがたい。ですが私は、軍医――医療人です!」
確かに疲れている。妻や子供の顔が見たい。だが、この状況。医療に携わる者として見過ごすことはできなかった。
ジョナスの意思は固い。
ヨネシゲたちはこれ以上何も言えなかった。
――その時。
ジョナスの背後からあの女性の声が聞こえてきた。
「ジョナス……?」
ジョナスは振り返る。
「――メアリー……!」
ジョナスの視線の先。
そこには頭と左腕と包帯を巻き、松葉杖をつきながら呆然と立ち尽くす女性――妻「メアリー」の姿があった。
つづく……




