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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(カルム・ルポ編)
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第168話 ルポの街(中編) 【挿絵あり】

 それは、二人の男女が夢にまで見た光景。

 

 一枚の紙切れによって引き離された男女は――今、邂逅の時を迎える。


 この時をどれ程待ち望んだことだろうか。


 会いたくても、会えない――こんなに辛いことは他に無いだろう。


 男女に辛かった日々の記憶が蘇る――


 君のことを想い、眠れなかったあの夜。


 貴方のことを想い、一人で泣いたあの夜。


 君のように優しい満月に手を伸ばした。


 貴方のように輝く星空に手を伸ばした。


 だけど、届かなかった。


 掴めなかった。


 同じ夜空を見ているはずなのに――


 君は――


 貴方は――


 近くて遠い存在。


 強敵たちを前に、死を覚悟したあの夜。君を抱きしめたいのに、抱きしめられない。


 家と街を焼かれ、不安と絶望に襲われたあの夜。貴方に抱きしめられたいのに、抱きしめてもらえない。


 君は――


 貴方は――


 とても遠い存在だった。


 だが、長い旅路もこれで終わり。二人の距離は大きく縮まった。


 ――今なら最愛の人に手が届く。




「ソフィア……!」


「あなた……!」


 二人の伸ばされた手が、最愛の人に届く――


 抱きしめ合う二人。

 男女の瞳からは熱いものが零れ落ちる。


 ――そして、男女は言う。


「ただいま……」

 

「おかえり……」








    挿絵(By みてみん)








 やっと「ただいま」が言えた。


 やっと「おかえり」を言えた。


 ヨネシゲとソフィアは互いの温もりを感じながら「会える」という幸せを噛み締めた。


 今はもう少しだけ、このまま――




 ――同じ頃。

 娘の名前を必死に叫ぶ熊男の姿があった。

 彼は人混みを掻き分け、広場の中心部へ向かっていく。

 時折、周囲の者に娘の特徴を伝え、居場所を探っていた。

 そして、熊男は有力な情報を手にする。

 それは、ある青年からの情報だった。

 アリアと名乗る少女が父親を探していると。

 その少女は、祖母と一緒に広場東側のテントで避難生活を送っているらしい。

 情報を手にした熊男は、早速広場の東側へ急行する。

 この時、熊男は確信していた。


(間違いねぇ! アリアとおふくろは生きている!)


 熊男の瞳、顔からは、涙と笑顔が零れ落ちる。

 やがて彼は広場東側に到着すると、馬鹿でかい声で娘の名を叫ぶ。


「アリアっ! アリアっ! どこに居る!? 父ちゃん帰ってきたぞ!」


 熊男は肩で大きく息をしながら周囲を見渡す。


「ゼェ……ゼェ……この辺りじゃなさそうだな。もう少し奥の方へ――」


「お父……さん……?」


「!!」


 決して聞き間違いではない。

 熊男の背後から聞こえてきたのは――愛娘の声だった。

 熊男はゆっくりと背後に視線を向ける。

 そこには、呆然と立ち尽くす黒髪少女の姿があった。

 熊男は顔をしわくちゃにさせながら、娘の名を連呼する。


「アリア! アリア! アリア!」


「お父さんっ!」


 黒髪少女は父親の胸に飛び込む。熊男は娘を優しく抱きしめた。


「アリア……アリア……無事で良かった……本当に良かった……」


 熊男は、そう言葉を口にしながら膝を落とし、泣き崩れる。今度は黒髪少女がそんな父を優しく抱きしめる。


「――お父さん、おかえり……ずっと……待っていたよ……」


「待たせてすまねえ……本当にすまねえ……」


「謝らないで……お父さん……無事に帰ってきてくれて……ありがとう……」


 少女は父の頭を優しく撫でながら、静かに涙を流した。

 

 ――熊男こと「イワナリ」は、愛娘「アリア」と再会を果たした。



 ――そして、この男も。

 ある女性との再会を果たす。

 角刈り頭の老け顔青年は「ドランカド」。

 ドランカドは、カルム市場の果物屋で店員として働いていた。

 ドランカドを雇っていた果物屋店主「リサ」は、彼にとって母親的存在だ。

 ドランカドの家族は現在、王都で生活しているが、彼は訳あって、一人カルムタウンに移住してきた。

 当時、現実に失望していたドランカドを気に掛けてくれた女性がリサだった。


 ドランカドの視線の先。そこには、広場の切り株に腰を掛け、炊き出しの雑炊を食べる一人の女性。

 ドランカドは、ゆっくりと彼女の元へ歩み寄り、彼女の名前を声に出した。


「リサさん……」


「ド……ドランカド……!?」


「ただいまっす。リサさん」


 そう。切り株の上の彼女はリサだった。

 彼女は持っていたスプーンを落とした。そして雑炊が入った皿を切り株の上に置くと、ドランカドの身体に飛び付く。


「あんたぁ……よく……よく無事に帰って来てくれたね……」


 ドランカドの胸に顔を埋め、啜り泣くリサ。するとドランカドは彼女にハンカチを差し出す。


「はい、リサさん。これで涙を拭いてください」


「――あんた……これは……」


 リサはハンカチを受け取る。

 そのハンカチ――それはドランカドが南都出征前にリサから借りた彼女の()()()()()()()だった。

 彼女は嬉しそうに笑みを浮かべながら、そのハンカチで涙を拭う。

 その様子を見つめながら、ドランカドが誇らしげに言う。


「リサさんの大切なハンカチも無事帰還しました! 約束を守るできる男ドランカド。我ながら惚れ惚れしますね!」


 透かさずリサはツッコミを入れる。


「馬鹿言ってんじゃないよ……洗って返すって約束でしょ? 人の大切なハンカチ……こんなに汗臭くしちゃって……」


 ドランカドは苦笑いを浮かべながら頭を掻く。


「ヘヘッ……すんません。約束通り洗って返しますよ……」


 ドランカドはそう言うと、リサが持つハンカチへ手を伸ばす。すると彼女はそれを拒むようにして、両手でハンカチを握りしめる。


「いいんだよ……あんたが無事に帰ってきてくれただけで……私は満足さ……」


「リサさん……」


 照れ臭そうに顔を赤く染めるドランカド。そんな彼の尻をリサが思いっきり引っ叩く。


「痛っ!?」


「さあ、これからが大変だよ! 店も家も無くなっちまったんだ。当分の間は厳しい生活が続くよ。気合い入れていきな!」


 ドランカドは満面の笑みを見せる。


「ヘヘッ。リサさんらしくなってきたぜ……安心してください! こう見えても俺は、元・王都保安官! リサさんより過酷な状況には慣れてますよ!」


「そりゃ頼りになるね。それじゃあ当分の間、お酒はお預けということで……」


「そんなぁ! 殺生なぁ!」


 彼女と再び冗談を言い合える日が来るとは、本当に夢のようだ。

 その後も二人の冗談合戦は続いた。

 だが――死を覚悟したことは口が避けても言えない。


(ヘヘッ……秘密っすよ)


 墓場まで持っていくことが、また一つ増えてしまった――そう思うドランカドであった。

 


つづく……

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