第166話 帰還
まばゆい朝日が照り付けるラルスタウン。
ラルス中央病院の中からはヨネシゲ、ドランカド、イワナリ、ジョナスが姿を現す。
ヨネシゲがドランカドを気遣う。
「ドランカド。本当にもう大丈夫なのか? 具合悪くなったら早めに言えよ」
ドランカドは胸を張ると、両腕に力を送り込み、ヨネシゲに力瘤を見せる。
「ええ。お陰様でこの通りっすよ!」
「無理だけはするなよ」
「大丈夫っすよ! 万が一の時はジョナスさんが居ますから、いつでも心置きなく倒れます!」
「それはそれで困るぞ」
イワナリは呆れた様子で頭を抱えた。
その様子を見ていたジョナスが笑いを漏らす。
「フフッ。その様子なら倒れる心配も無さそうだね。もっとも君の身体は丈夫だから、然程心配はしていないよ」
「ヘヘッ。どうもです」
一同、他愛もない会話をしながら歩みを進める。
今朝方、ドランカドの退院が無事に決まる。
ヨネシゲたちが病院に到着した頃には、ラフな服装に着替え、ベッドの上で朝食を取るドランカドの姿があった。
この病院で負傷者の治療を行っていたジョナスも、軍医としての任務を終え、荷物を纏めて義弟の到着を待っていた。
ヨネシゲたちは病院を出ると、この数日間寝泊まりさせてもらっていたオスギの親戚宅へと戻った。
その後、ヨネシゲとイワナリは自身の荷物を纏め終えると、玄関の外へ出る。
外にはオスギの親戚たちの姿。ヨネシゲたちの見送りのため勢揃いしていた。
そう。ヨネシゲたちは故郷カルムタウンに向かって帰宅の途につく――帰るべき家があると願って。
ヨネシゲは見送りするオスギの親戚たちにお礼の言葉を述べる。親戚たちもまた、激励や温かい言葉を男たちに送った。
そんな中、ヨネシゲはある人物の姿を探していた。その人物とは、ここまで行動を共にしていたオスギだ。
(オスギさん、どこに行ったんだ? オスギさんにもしっかりと挨拶をしておきたいのに……)
オスギとはここで別れることになる。何故なら安否不明だった妻子たちと合流を果たし、寝泊まりする母屋だってある。
――オスギがカルムに戻る理由はもうない。
程なくすると、家の中から大きなリュックサックを背負ったオスギが現れた。それを見たヨネシゲが不思議そうにして首を傾げる。
「オスギさん? リュックなんか背負ってどうしたんですか?」
ヨネシゲに尋ねられたオスギは惚けた様子で首を前に突き出す。
「ん? 何かおかしいか?」
イワナリが苦笑いしながらオスギに指摘する。
「オスギさん。俺たちを見送るだけなのに、そんな荷物いらないでしょう? それともこれから何処かにお出掛けするんですか?」
オスギはムッとした表情で言葉を返す。
「見送りだと? お前はそんなに俺とカルムに戻りたくないのか?」
「も、戻るって……だってオスギさん。あなたはもう……」
困惑した様子で唇を震わせるイワナリに、オスギが語り掛ける。
「確かに……家族とは無事再会できたし、ここは俺の故郷だ……もうカルムタウンに戻る必要はない。だがな、カルムタウンは俺の第二の故郷でもある。焼け野原になった故郷をこのまま見捨てる訳にはいかねえ。あの街から……人々から受けた恩は必ず返す。こんな俺でも、きっと役に立てることが一つはある筈だからな……」
オスギは誇らしげな表情で言う。
「俺の想いはカルムタウンにある。だって俺は――カルム男児だからな……!」
「うわぁぁぁぁん!!」
「!?」
ここで突然号泣するイワナリ。透かさずヨネシゲがツッコミを入れる。
「おい。ここ泣くところか?」
イワナリは鼻水を啜りながら馬鹿でかい声で答える。
「そりゃ泣くだろっ!!」
そして、嬉しそうにオスギを見つめる。
「やっぱりあなたは……最高の上司だ……」
――名残惜しいが、一同オスギの親戚たちに別れを告げると、カルムタウンに向かって出発する。
その去り際、オスギは妻を抱きしめる。
「――すまんな、ばあさん。温泉旅行はお預けだ。いつ帰れるかわからねえが、それまでくたばるんじゃねえぞ……」
「フン。ジジイに言われたくないわい。アンタも年なんだから無茶するんじゃないよ」
「ああ。その助言、頭の片隅に置いといてやるよ……」
夫婦は互いに不器用な言葉で別れを告げる。だがその想いは、見つめ合う瞳でしっかりと伝わっていた。
男たちはラルスタウンから旅立つ。朝日が照り付ける南岸街道を故郷目指し西へ進む。
――気付くと、背後にあった日差しは、正面の地平線に差し掛かろうとしていた。
快速靴を装着したヨネシゲたちは、早足草鞋で2日程かかる道のりを僅か半日程で駆け抜け、間もなくカルムタウンに到着するところだ。
夕色に染まるトロイメライ南海は変わりなく美しい。
そして、男たちは街がある方角へと視線を向ける――景色が違っていた。
本来であれば、現在ヨネシゲたちが居る場所から街のシンボルである、カルム学院の校舎を拝むことができる。だが、そこにある筈のものが無かった。
――わかってはいたが。男たちは現実に失望した。
(あの日以来だろうか? ここまで悪い夢を見ている気分になったのは……)
高速で走行中だったが、ヨネシゲは頭を抱えながら俯く。すると並走していたジョナスがヨネシゲの肩に手を添える。
「ジョナス義兄さん……?」
「余所見は危険です。前を見ましょう」
「はい。すみません……」
「――大丈夫。家族たちを信じましょう!」
「はい」
ヨネシゲは力強く頷くと、真っすぐと前を見つめた。徐々に迫る、故郷カルムタウンの方角を。
――ヨネシゲたちの視界に映し出されたのは絶望的な光景だった。
目の前に聳え立つ瓦礫の山。その先に広がる焼け野原。変わり果てた故郷の姿に男たちは言葉を失う。
「ここは……本当に……カルムタウンなのか……?」
声を震わせるドランカドの隣でイワナリが膝を落とす。
「悪夢だ……これは悪夢だ……こんなことあっちゃいけねえ……あっちゃいけねえよ!」
ヨネシゲが呆然と辺りを見渡していると、ジョナスが皆に行動を促す。
「皆さん。この場で落ち込んでいても何も始まりません。遠くの方には人影も見える。先ずは情報を収集して家族や仲間たちの居場所を探りましょう!」
一同、ジョナスの言葉に頷くと、焼け野原となったカルム中央部へ歩みを進めた。
ヨネシゲたちは道なき道を進む。その道中、目にするのは変わり果てた姿で倒れるカルム市民の亡骸だ。腐敗が進んでおり、周囲には蝿が飛び回り、むせ返る程の悪臭が漂っていた。
ヨネシゲたちは腕やハンカチで口鼻を覆い、焼け野原を移動し続ける。すると見慣れたある男の後ろ姿を捉える。ヨネシゲは目を見開くと、男の名を叫んだ。
「お、おい! ヒラリー! ヒラリーなんだろ!?」
ヨネシゲが呼び掛けると、その男はゆっくりと背後に視線を向ける。
「――ああ。ヨネさんか……帰って来たんだね……」
「やっぱり、ヒラリーだったか!」
その男はヒラリーだった。
知人の生存を確認し、ヨネシゲは嬉しさのあまり笑顔を浮かべる。だがそれも束の間。ヨネシゲの顔からその笑みが消えていく。
変わり果てたヒラリーの姿はまるで別人だ。
気力のない顔は痩せこけており、口はパカッと開きっぱなし。無精髭とボサボサの髪。トレードマークのサングラスは大きく傾いた状態で掛けられており、片目を覗かせていた。
そこにお調子者のヒラリーの姿はなく、今の彼は魂を失った抜け殻のようだ。
そして彼は力ない声で笑いを漏らす。
「ははは……ご覧の通り、カルムは焼け野原さ……家も……店も……全部燃えてしまったよ……」
ヒラリーはそこまで言い終えると、ヨネシゲたちに背を向け、その場を立ち去ろうとする。透かさずヨネシゲが彼を呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、ヒラリー! 色々と聞きたい事があるんだ! 俺たちの家族の居場所を――!」
ヒラリーが振り返る。
「わからないよ……だって……みんな……死んでしまったから……」
「そ、そんな……」
「でも……皆どこかで……必ず生きてる筈さ……だから……早く探してあげないとね……」
ヒラリーは悲しげに微笑んで見せると、再び焼け野原を徘徊する。
つづく……




