第164話 悪魔たちの息吹 【挿絵あり】
トロイメライ王国・某領。
人里から離れた山中にある一つの砦。とある集団が身を潜めていた。
この砦は、つい先日まで付近を縄張りにしていた山賊が使用していたもの。だが山賊は集団に滅ぼされ、砦を奪取されてしまったのだ。
日没を迎え、辺りが夜暗に飲み込まれた頃。蝋燭が灯された砦の一室には、食事を取る男女たちの姿。
男女が囲む卓上には火炙りにされた獣の肉。それに加え、砦に備蓄していた穀物と、近くで取れた山菜で作られた粥が並べられていた。
赤髪と青い瞳の女が、肉をフォークで突きながら不満を漏らす。
「朝昼晩、獣の肉。はぁ……流石に飽きるわ……」
「しょーがねーだろうがよっ!? この辺りには獣と山菜くらいしかねえ。食えるだけでもありがたいと思え」
「ちっ……」
リーゼント男は、獣肉を豪快に齧り付きながら彼女の不満を一蹴り。赤髪女は舌打ちを返した。その様子を眺めながら、金髪ロングヘアのサングラス男も不満を口にする。
「それにしても……いつまでこんな所に籠もっていないといけないのかねえ〜。飯も不味い、娯楽もない。退屈過ぎて頭がおかしくなるよ〜」
ここで、沈黙を保っていた銀髪の仮面男が静かに口を開く。
「安心しろ。既に次の行動は決まっている……」
「な、なんだって!? いつ決まったんだ!?」
銀髪仮面男の言葉に、リーゼント男とサングラス男が驚いた表情を見せる。すると赤髪女が澄ました顔で口を開く。
「とっくに決まってるわ。貴方たち、情報入るの遅すぎ……」
リーゼント男がムッとした様子で言葉を返す。
「偉そうに……わかっていたなら教えてくれてもいいだろうがよっ!?」
「偉そうにしてるのは貴方の方でしょ? 自分から聞くくらいの努力をしたら?」
「な、何をっ!?」
睨み合う二人。透かさずサングラス男が宥める。
「ほらほら。こんな所で仲間割れなんてしても仕様がないよ? それよりも、その作戦とやらを俺たちにも教えてくれるかい?」
サングラス男は満面のスマイルを赤髪女に向ける。彼女は大きくため息を吐いた後、彼らに説明を行う。
「総帥の次なるターゲットは王都よ。王都を私たちの手中に収める……」
彼女の第一声に、リーゼント男が大きく口を開く。
「はぁ〜!? 王都を手中に収めるだぁ!? 冗談キツイぜ。南都すら物にできなかった俺たちが、王都なんざ手に入れられる訳ねえだろ!? 夢は寝て見やがれ!」
「何? 喧嘩売ってんのか!? このリーゼント野郎!」
リーゼント男の言葉に赤髪女は鬼の形相。一触即発の状態になったところで、仮面男が割って入る。
「チャールズよ。総帥がお決めになったことに不満でもあるのか?」
「い、いや……別にねぇけどよ……ビックリしただけさ……」
仮面男から放たれる威圧感。リーゼント男は焦った様子で釈明すると、黙り込んだ。
勝ち誇った様子の赤髪女だったが、仮面男に説教される。
「サラ。お前もちょっとしたことで感情を剥き出しにするな。もっと精神面を鍛えろ。今のままでは、敵に上手く利用されてしまうぞ?」
「わかってるわよ……」
赤髪女は拗ねた様子で唇を尖らした。
リーゼント頭の男は「チャールズ」、赤髪の女は「サラ」と呼ばれている。
そう。二人は改革戦士団四天王のサラとチャールズである。
仮面男もまた改革戦士団四天王のリーダー格である「ソード」だった。
サングラス男も同じく四天王の一角「アンディ」だ。
この砦に身を潜める集団。それは数日前、南都でリゲル軍に敗れた、反王国派の武装勢力「改革戦士団」だった。
――同砦の一室。
照明が一つも灯されていない部屋に一人の青年の姿があった。俯きながら体育座りする青年からは気力が感じられない。
ここで部屋の扉が開かれる。
廊下の明かりが暗闇の部屋を照らすと、桃色髪の女が姿を現した。彼女の手には食事が載ったトレーが持たれていた。
彼女は青年の隣にトレーを置いた。
「ダミアン……ご飯持ってきたよ……」
「………………」
桃色髪の女が声を掛けるも青年から返事は無い。
まるで抜け殻のように地面に座り込む青年――彼の正体は改革戦士団最高幹部「ダミアン・フェアレス」だった。
自信満々で臨んだタイガーとの決戦は、屈辱的敗北を喫した。その精神的ダメージは大きく、救い出された後は、こうして部屋に篭もり塞ぎ込んでいる。日常生活もままならない状態だ。
そんな彼の身の回りの世話を行っているのが、この桃色髪の女。彼女は改革戦士団幹部にしてダミアン直属の部下「ジュエル」だ。ダミアンの良き理解者であり、彼のことを慕っている。
ジュエルは心配そうにして、ダミアンに何度も声を掛ける。
「ダミアン。ここに来てから何も口にしていないじゃない。少しでいいから食べないと……このままじゃ餓死しちゃうよ?」
「………………」
「ねえ、ダミアン。私が食べさせてあげるから、食べようよ……」
「俺に構うな……」
無言を貫いていたダミアンだったが、ようやく口を開いた。ジュエルは根気強く説得を続ける。
「らしくないよ? このままじゃ終われないでしょ? 沢山ご飯食べて栄養つけて、タイガーに仕返ししないと――」
「――といて……くれ……」
「え? 何? 聞こえないよ!」
――ダミアンが顔を上げた。
焼かれた左目には眼帯。顔の左半分は酷く焼き爛れていた。その表情は怒り狂った鬼――
「ほっといてくれっ!!」
「!!」
突然響き渡るダミアンの怒号。
余りの剣幕にジュエルは身体を強張らせる。直後、彼女は瞳を潤ませながら、ダミアンに頭を下げる。
「ごめん……なさい……」
「……………」
ジュエルは謝罪の言葉を口にすると、部屋から立ち去った。
暗闇の部屋は静寂に包まれる。
ダミアンは身体を震わせながら、手で両耳を塞ぐ。
あの男の声、言葉が、耳から離れない。
『身の程知らずのひよっこ共よ……敗北の苦渋、一度味わってみよ……!』
その言葉の直後、ダミアンはタイガーに焼かれた。
――蘇る忌まわしい記憶。
「うわぁぁぁぁっ!!」
闇夜に飲まれた砦に、ダミアンの悲鳴が轟いた。
――その砦の物見台。
朧月を見つめる一人の男。
全身に黒尽くめの衣装、顔は仮面で覆われており、その顔付きを確認することはできない。
彼こそが、改革戦士団の頂点に立つ総帥「マスター」である。
マスターはダミアンの悲鳴を耳にしながら、南都での戦いを振り返る。
「――危うかった。ソードとサラが機転を利かせてくれなかったら、私もダミアンも命を落としていたことだろう。二人には感謝してもしきれない……私もまだまだ未熟だ……」
マスターは顎に手を添える。
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからずか……タイガー殿、貴殿との戦いは我が人生の糧としよう。良い教訓になった……」
彼はそう呟くと、徐ろに仮面を取り外した。
「力攻めは限度がある……ならば、知略を持ってこのトロイメライを攻略してみせよう……」
マスターは太い眉を顰めながら、青い瞳を細める。
「王都を外側から攻略――これは不可能に近い。王都守護役と対峙しても、今の我々に勝ち目はない。だが――王都を内側から攻略したらどうだろうか?」
彼は太い唇の端を吊り上げ、ほうれい線の溝を際立たせた。
「――さあ、タイガー殿。陛下を揺さぶるだけ揺さぶってくれたまえ。さすれば、陛下のお心には必ず隙間が生まれる。その隙間は――我々がお埋めせねばな……ホッホッホッホッ!」
闇夜に木霊する不気味な笑い声。
つづく……




