第15話 我が家
「あなた、着いたよ」
「おお! ここが、俺の家か!」
ヨネシゲは空想世界で自宅となる住居に到着していた。その住居は桃色の屋根がお茶目な木造の平屋建てだった。
このカルムタウンでは平屋建ての民家が主流となっているようで、辺りを見渡すと2階以上の家は数える程しかなかった。
「さあ、中に入りましょう」
「お、おう!」
ヨネシゲは自分の家に入るだけであるが、緊張した様子だった。同時に胸の鼓動も高鳴らしていた。
(まるで新居に引っ越してきた気分だ。まあ、俺にとっては新居なんだがな)
ソフィアが玄関の扉を開くと、ヨネシゲは子供のようにしゃぎ出す。
「中がどうなっているか楽しみだ! 俺の部屋はあるのかな!?」
「フフッ。ちゃんとありますよ」
ソフィアは相槌を打つと、家の中へと入っていく。その後をヨネシゲも続く。
「おお、広いな!」
ヨネシゲは思わず言葉を漏らす。
ヨネシゲの視界に最初に飛び込んできたのは、広々とした玄関ホールと正面へ伸びる長い廊下であった。
ヨネシゲはソフィアに家の広さを尋ねる。
「一体この家は何DKあるんだ?」
「4LDKよ」
正面へ伸びる廊下の両脇に2部屋づつ。長い廊下を抜けた先には広々としたリビングが広がっていた。
「ここがあなたの部屋よ」
「ヨッシャー! 使っていいのか!?」
「もちろんよ。前からここはあなたの部屋だよ」
ヨネシゲの部屋は6畳ほどの広さ。部屋の中は若葉色の絨毯が敷かれており、ベッド、机、本棚、タンスが置かれていた。そして部屋にある大窓の外には庭が広がっていた。
ヨネシゲに部屋の説明を終えたソフィアは、慌ただしくキッチンへ向かおうとする。
「お、晩飯の準備か?」
「そうよ。そろそろ準備しないとお義姉さんたち来ちゃうからね」
今日はヨネシゲの退院を祝うため、ヨネシゲの姉一家も参加した夕食会が開かれる。
これから短時間で、皆を持て成すための料理を作る必要がある。ゆっくりもしていられなく、ソフィアも大変なことだろう。
ヨネシゲはソフィアを気遣う。
「疲れてるだろ? 大変だろうし俺も手伝うよ」
「ありがとう。でも大丈夫よ。あなたは退院したばかりで、しかも今日の主役なんだから、ゆっくり休んでいてね」
ヨネシゲは手伝いを申しでるも、逆にソフィアに気を遣われてしまった。ソフィアの気持ちを無下にもできないので、ヨネシゲは大人しくソフィアの言うことを聞くことにした。
「そうか、すまないな。じゃあ、よろしく頼むよ!」
「ええ、任せてください。すぐ準備するから待っててね」
そう言うとソフィアはキッチンへと向かった。
ヨネシゲは自室を見渡す。
部屋の中はシンプルかつ綺麗に整頓されており、あまり生活感が出ていなかった。
(俺の部屋はもっと散らかっていて汚いから、綺麗すぎるのも落ち着かんな。ん? あれは?)
ヨネシゲは机の上に置かれた写真立てに目が止まる。
ヨネシゲは机に近寄り、写真立てを確認すると、中には一枚の写真が入れられていた。
「家族写真か……」
写真にはヨネシゲ、ソフィア、ルイスの3人の姿が収められていた。
ヨネシゲは写真立てを手にとると、それをじっくりと見つめる。
(2人はこの世界で幸せに暮らしているようだ。あの頃と同じように……)
ヨネシゲは幸せそうな家族写真を見て、現実世界で妻子と過ごした日々を思い出す。
「ソフィアとルイスと過ごした日々は本当に幸せだった」
ヨネシゲは思わず言葉を漏らした。
ソフィアとルイスは既に亡くなっている存在。あの幸せだった日々は二度と戻ってこない。ヨネシゲはそう思っていた。
ところがソフィアとルイスはこの空想世界で生きていた。それはヨネシゲの想いが形となって現れているだけかもしれない。だが、再び2人と一つ屋根の下で暮らせるのであれば、例えこれが夢であっても構わない。
「本当、夢を見ている気分だよ。だけど夢でもいい。こんな夢なら一生見ていたい……」
ヨネシゲは亡くなった2人のことを思いながら感傷に浸っていた。
それから少しすると、玄関の方から物音が聞こえてきた。と同時にルイスの声もヨネシゲの耳に入る。
「ただいま!」
(ルイスだ! 帰ってきだぞ!)
ルイスが学校から帰宅したようだ。
3年ぶりに聞く息子の「ただいま」という声。幸せだったあの頃が、再び始まっていることをヨネシゲは実感する。
(もう始まっているんだ。この世界での生活が……!)
ヨネシゲは何かを決意した様子で拳を握る。
(いつまでも立ち止まってもいられん。今、目の前でソフィアとルイスは生きている。今この時を大切にしないといけない! 今を生きるんだ!)
するとヨネシゲは、突然自室を飛び出すと、ルイスが居る玄関に向かって走り出す。
ヨネシゲは廊下に出ると、すぐにルイスの姿が目に入る。
「ルイス〜!!」
「うわぁぁぁ!! と、父さん!?」
突然現われ、息子の名を叫び、全速力でこちらに向かってくる父ヨネシゲの姿を見て、ルイスは悲鳴を上げながら腰を抜かす。そんなルイスにヨネシゲはドヤ顔で手を差し出す。
「ルイス! おかえりっ!!」
「た、ただいま……父さん、ビックリさせるなよ……」
「ドンマイ!」
やたらハイテンションのヨネシゲに、ルイスは顔は引きつらせる。だがすぐにヨネシゲが退院したことを理解したようで、ニッコリと笑みを見せる。そしてルイスはヨネシゲが差し出した手を握り立ち上がると、父の退院を祝福する。
「父さん、退院おめでとう! 今日退院だったんだね」
「おう、ありがとう! 突然退院が決まってな。ルイスには色々迷惑を掛けた」
「そんな事ないさ。気にしなくて大丈夫だよ。でも父さん、記憶の方が……」
何故入院していたのかは謎であるが、ヨネシゲに目立った外傷などはなかった。
しかし、ヨネシゲはこの世界の記憶を持っておらず、この世界では記憶を失った人間ということになっている。ルイスはそのことを気に掛けていた。するとヨネシゲはルイスの肩を軽く叩く。
「安心しろ。確かに俺は、この世界の記憶が殆どない。でも、俺とルイスの関係に何ら変わりはない。正真正銘の親子だ。だからルイスには、今までと同じように接してほしい。俺も全力で父親するからさ!」
ヨネシゲはルイスに熱い言葉をぶつける。それを聞いたルイスは少し間を置いたあと、優しい笑みを浮かべる。
「当たり前だろ。父さんは父さんだ。これからもよろしく!」
ルイスはそう言い終えると、照れくさそうな表情で拳を突き出す。
それを見たヨネシゲも満面の笑みを浮かべながら拳を突き出す。そして2人は互いの拳を合わせる。
「おう、よろしくな!」
例え記憶がなくても、例えここが空想の異世界だとしても、親子の絆は変わらない。
ヨネシゲはルイスとソフィアと共に、ソフィアの思い描いた空想世界で、新たな1ページを刻んでいくこととなる。
つづく……
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次話の投稿は明日(11月13日)の13時頃を予定しております。是非、ご覧くださいませ。




