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第163話 決起の英雄達 【挿絵あり】

 平原を疾走するのは、ヨネシゲ、オスギ、ドランカドを背負ったイワナリと、オスギの知人・ちょんまげ頭のモンゾウだ。

 軍事用快速靴を装着した彼らは、乗用車並みの速度で平原を駆け抜ける。追う地上の想獣たちとの距離をグイグイと引き離していく。

 ヨネシゲは感嘆の声を漏らす。


「快速靴すげぇ〜」


 緊迫した場面だったが、ヨネシゲは軍事用快速靴の性能に感動を覚えていた。

 早足草鞋(はやあしわらじ)も凄かったが、この軍事用快速靴はその比ではない。

 軽く足を一歩踏み出す度に、自動車が一般道を走行するくらいの速度で、前へ前へと引っ張られ進んでいく。それでいて身体のバランスは保たれ、消費する体力も少ない。まるで超強力な電動アシスト自転車に乗っている感覚だ。

 ヨネシゲは思わず呟く。


「――これ、欲しい……」


 ――その矢先の事だった。

 ヨネシゲたちの背中に熱気が伝わってくる。

 男たちが背後に視線を向けると、その上空にはドラゴン型想獣の群れが、炎を吐きながら迫って来るのが見えた。

 一同顔が強張る。


「みんな! 森はすぐそこだっ! 何としても逃げ切るぞっ!!」


『おおっ!!』


 ヨネシゲの掛け声に一同力強く答えた。その直後、モンゾウが得意げな表情で声を上げる。

 

「みんなっ! ここは俺に任せてくれ!」


 何をするつもりなのか? 

 一同、モンゾウの様子を伺っていると、彼はヨネシゲたちの背後へと回った。


「喰らえっ、ドラゴン共! 目眩ましだ!」


 モンゾウはそう叫ぶと、自慢のちょんまげから大量の黒煙を放出させる――その姿は蒸気機関車。

 黒煙はあれよあれよという間に上空を覆い、想獣(ドラゴン)たちの視界を遮った。

 黒煙に覆われた想獣(ドラゴン)たちは上空を旋回。だがそこは視界不良。進路を変更しようとした想獣(ドラゴン)が仲間の想獣(ドラゴン)と激突。そのような状況が立て続けに起こり、想獣(ドラゴン)は仲間割れを始めた。

 ヨネシゲたちはその隙にブルーム平原を離脱した。



 ――やがて、ヨネシゲたちが逃げ込んだ先は、平原に隣接する森林だった。

 この森林には林道が敷かれており、道なりに進めば領境付近の村まで移動できる。その境を越えると故郷カルム領だ。


 森林の中を少し移動した所で一同足を止めた。

 オスギは治癒系の空想術を使用し、ドランカドの背中にできた大きな傷を手当。完治には至らなかったが、止血は成功し、輸血も行われた。オスギの活躍により、ドランカドは一命を取り留めた。


 一段落したところでイワナリがオスギに深々と頭を下げる。


「オスギさん……すみませんでした。『腰抜けの人でなし』なんて言ってしまって……」


 オスギは彼に頭を上げるよう促すと、優しく微笑む。


「――あの後食べた握り飯はとても不味かった。お前の言う通り、今日も、明日も、毎日の飯が美味しく感じられないことだろう。そんな生活はつまらねえからな……」


 オスギはイワナリの肩を叩く。


「だから、もう一度お前たちと戦う道を選んだ。まあ、俺が平原に戻った頃は戦いが終わってたがな……」


「オスギさん……やっぱりあなたは、俺の自慢の上司だ……!」


 感激のあまり涙を流すイワナリ。オスギはハンカチを差し出した。


「泣くな。俺自慢の部下よ……」


 微笑ましい2人のやり取り。その様子を見ていたヨネシゲの顔からは自然と笑みが零れ落ちていた。


 ――だが、油断するにはまだ早い。

 突然、ヨネシゲたちの上空に咆哮が轟く。ヨネシゲは慌てた様子で上空を見上げる。


「まずい! すぐそこまで奴ら(ドラゴン)が迫ってきてるぞ!」


「ああ、先を急ごうぜ!」


 イワナリがドランカドを背負い上げると、一同、木漏れ日の林道を西に向けて移動を再開させた。



 ――同じ頃。

 ナイルはドラゴンに跨り、ヨネシゲたちが逃げ込んだ森林を見下ろしていた。彼は良からぬ事を企む。


「何人かこっちの森に逃げ込んだようだな。なら森ごと焼き払って――」


 突然。彼の手に、一羽の小鳥が止まった。

 想獣使いのナイルは、小鳥の正体が何なのか一瞬で理解した。


「伝言用の想獣か……」


 そして、小鳥(想獣)から漏れ出す想素を感じ取ったナイルは、誰が飛ばした想獣なのかも察しがついた。


「これは……ソードさんの想獣だ……」


 そう。ナイルの元に現れた小鳥(想獣)とは、四天王ソードが放ったものだった。

 ナイルが額に汗を滲ませていると、小鳥(想獣)はソードと瓜二つの声で伝言を伝える。


『――南都での作戦は失敗した。至急、グローリのアジトまで帰還せよ』


 伝言を聞いたナイルは、一人唇を震わせる。


「作戦失敗って……タイガーの首を取るだけだろ? 奴に逃げられたのか? いや……俺たちが負けたとでもいうのか……!?」


 ナイルは想獣による攻撃を中断。半信半疑のまま、跨るドラゴンの進路をグローリ領の方角へと変えた。

 次々と消滅する想獣の群れ。生き残ったカルム男児たちは、足早にブルーム平原から脱出。自領を目指した。




 ――その頃。

 南都・リゲル軍本陣が騒ついていた。

 リゲル家重臣カルロスは血相を変えていた。彼はダミアンの首級が入った首桶の中身をタイガーに確認させる。

 その中身を覗いたタイガーはニヤッと笑みを浮かべた。

 やがて、タイガーの息子レオと、重臣バーナード、カルロスの息子ケンザンも首桶を囲む。

 レオは首桶の中を覗き込むと、目を大きく見開いた。


「首が……入っていない……!?」


 その首桶の中身は空っぽ。

 ダミアンの首級は血の一滴も残すことなく姿を消していたのだ。


「なんてこったーっ!!」


 大失態。

 見張りを任されていたカルロスは、空になった首桶と自身の膝を落とし、頭を抱えながら絶叫した。そんな父にケンザンが尋ねる。


「父上。首桶をすり替えられたのでは?」


「そんなことはありえん! 俺とマッスルたちで、片時も離れずに見張っていたのだからな! 瞬き一つもしておらんぞ!」


 その隣でバーナードが顎に手を添えながら推測。彼はある答えを導き出すと、主君に眼差しを向けた。


「タイガー様。もしや、()()()――?」


 タイガーは静かに頷いた。


「ああ。間違い無いじゃろう……」


 ()()()とは何か? 

 レオは父に尋ねる。


「父上。あの時とは一体?」


 タイガーは自慢の顎髭を撫でながら説明を始める。


「黒髪の炎使いの首を刎ねる少し前。奴の体が微かに発光したのじゃ。儂はてっきり、空想術(移動系統)を使うものじゃと思っておったが。実際は黒髪の炎使い瓜二つの幻影とすり替えられていたようじゃ……」


「つまり……あの首桶に入っていた首級とは……!」


「幻影の首……偽物じゃ。改革のひよっこ共に一杯食わされた。この儂を欺くとは――褒めてやろう」


 タイガーは、楽しそうに笑って見せる。

 その隣でレオが落ち着かない様子だ。


「父上! 笑っている場合では。奴らそう遠くへは逃げていない筈です。今直ぐ奴らを探しに――!」


「深追い無用じゃ」


「な、何故ですか!? 改革の幹部共をこのまま取り逃がしてしまって良いのですか!?」


「雑魚に構っている暇はない。それに、此度の動乱の首謀者とされるエドガーは生け捕りにした。奴の首一つで此度の動乱に終止符を打つことができるじゃろう……」


「し、しかし……」


 納得いかない様子のレオに、タイガーは言葉を続ける。


「改革の連中が再び蛮行に及ぶような事があれば、また叩き潰すまでよ。それよりもレナの身の方が心配じゃ」


「姉上……ですか……」


 レナとは、トロイメライ王妃のこと。タイガーの娘にしてレオの姉である。

 レナは今回の動乱を早期に鎮める為、国王ネビュラの許可なく父タイガーを南都に差し向けた。だが、レナの一連の行動に激怒したネビュラは、彼女を軟禁したのだ。

 

 ――このネビュラの行動が、タイガーの知るところとなる。


「この国に君臨する暴君を――引き摺り下ろさねばな……」


 タイガーは王都がある北西の方角を睨む。


「これより我らは、王都に向かい――新王政を発足させる! ロルフ王子には、玉座に座っていただく!」


 ここでバーナードが一言。


「タイガー様。穏やかではありませんぞ?」


 タイガーは不敵な笑みを浮かべる。


「あはは……そうじゃったな。陛下に戦勝報告であったな。きっと、陛下から良い話が聞けることじゃろう……」


 東国の猛虎は、次なる獲物に狙いを定めた。




 ――その夜。

 ブルーム平原に、幾多もの人影がうごめいていた。

 人影は、兵士の亡骸から鎧や兜、武器などを剥いでいた。その武器や防具を荷車に乗せる人影の表情は――ご満悦。

 人影の正体は「戦場泥棒」。戦場に放置された亡骸から武器や防具を掠め取り生計を立てている。

 そんな彼らは、あるものに目が止まった。


「アニキー! あれ見てくださいよっ!」


「なんじゃい!? どれを見ろって!?」


「あれっすよ! あの桜の木の下にある――」


「あれは――?」


 戦場泥棒の目に止まったのは、桜の木の下に佇む木で作られた真新しい墓標だった。

 戦場泥棒の2人は互いに顔を見合わせると、墓標まで歩みを進めた。そして2人は墓標に記された名前を目にして、ニヤッと笑みを浮かべる。


「アニキー! マロウータン・クボウですよ!? この下に南都五大臣が埋まってます!」


「ウヘヘ……こりゃ、物凄いお宝も一緒に埋まってそうだぜ。そうとわかったら……弟よっ!」


「ラジャー! ここ掘れワンワンだニャン!」


 2人は涎を流しがらスコップを構えた。


 ――その時だった。

 戦場泥棒ブラザーズは戦慄する。


 突然、地面から突き出てきたのは人の腕。その手は戦場泥棒アニキの脚に掴みかかった。

 戦場泥棒ブラザーズは堪らず腰を抜かす。


「うぎゃあぁぁぁっ!! た、助けてくれっ!!」


「ア、ア、アニキー!! これは祟りだ……祟りっすよ!!」


 そうこうしている間に、地面が徐々に盛り上がっていく。恐怖で動けない戦場泥棒ブラザーズは、互いに抱き合いながらその様子を凝視する。


 ――そして。


「ウホォォォォッ!!」


「「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」」







    挿絵(By みてみん)







 轟く咆哮、響き渡る悲鳴。

 地面から突き出てきたのは、絶叫の表情を見せる恐怖の白塗り顔だった。




 ――南都の戦いから3日が過ぎた朝。

 リゲル軍勝利の情報は各地に広がりつつあった。

 そして、トロイメライ王都・ドリム城に一通の早文が届く。

 宰相スタンは、その早文を握りしめながら食堂の扉を勢い良く開いた。


「お食事のところ失礼致しますっ!」

 

 スタンの視界の先には、朝食を取る国王ネビュラと第一王子エリックの姿があった。2人は宰相の表情を見て、直ぐにただならぬ事が起きていると察した。透かさすネビュラが尋ねる。


「一体何事だっ!?」


「タ、タイガー殿から、早文が届きました!」


「な、何だと!?」

 

 差出人の名を聞いたネビュラとエリックの顔が一気に青ざめる。

 ネビュラはスタンから早文を受け取ると、貪るように読み始めた。

 エリックが顔を強張らせながら父に尋ねる。


「父上。早文には何と……?」


 早文を読み終えたネビュラが震えた声で口を開く。


「――タイガーが南都で勝利した。奴はこれから、戦勝報告のため王都に向かっているそうだ。大軍を引き連れてな……!」


「何ですと!?」


 ネビュラは早文を破り捨てる。


「戦勝報告だと? 笑わせるな! 戦勝報告など王都に入るための口実に過ぎん! 奴は俺を王の座から蹴落として、王都を手中に収めるつもりなんだ!」


 ネビュラはスタンに指示を出す。


「至急、王都守護役を呼べ!」


「ウィンターをですか!?」


「ああ! タイガーの王都侵入を阻止せよっ!」


「し、しかし……!」


 スタンは助言しようとするが、エリックに阻まれる。


「スタン! 父上の命令は絶対だ。口答えせずにとっととフィーニスに早馬を飛ばせ!」


「――かしこまりました……」


 スタンは顔を青くさせながら頭を下げる。


(もし、ウィンターとタイガーがこの王都で激突するようなことがあれば――この国は終わってしまうぞ……!)


 スタンは、トロイメライの翳りを肌で感じつつ、食堂を後にした。




 ――ここはゲネシス帝国・皇帝の居城。

 まばゆい朝日が天守を照らす。

 その城の長い廊下を闊歩する長身の少年は、緑髪のおかっぱ頭。彼は皇帝オズウェルの弟「ケニー・グレート・ゲネシス」だ。

 ケニーが目指す先――それは姉の寝室だった。やがてケニーが姉の寝室前に辿り着くと、その扉をノックする。


「姉様、入りますよ! 兄様がお呼びで――」


 ケニーは姉の返事を待たずに扉を開く。そして、視界に映し出された光景に、彼は顔を(しか)めた。

 彼が視線を向ける先――そこには、全身に赤い紐を巻き付けられた、屈強な肉体の男たち。彼らは全裸の状態で床の上に倒れ、意識を失っていた。だが、その顔は何故か幸せそうだ。


「相変わらず悪趣味だ……」


 ケニーはそう言葉を漏らすと、部屋の奥に視線を向ける。

 そこには、ベッドの上に腰掛け朝日を浴びる長身女、銀髪三つ編みおさげの後ろ姿があった。その身には何も羽織っておらず、純白の美肌を曝け出していた。

 彼女こそがケニーの姉「エスタ・グレート・ゲネシス」だ。

 ケニーは大きく息を吐くと、姉エスタの元まで歩みを進める。


「姉様、いい加減にしてください。また兵士たちを部屋に連れ込んで……兄様に知られたら怒られますよ?」


「ウフフ。ならこの欲求、一体誰が満たしてくれるのかしら?」


 エスタは妖艶に笑いを漏らす。彼女はその大きすぎる膨らみを右腕で覆うと、弟に体を向ける――それは今にも零れ落ちそうだ。

 ケニーは姉から視線を逸らすと、呆れた表情で口を開く。


「姉様。いいから早く服を着てください。城内での行動はもう少し弁えてくださいよ」


「手厳しい弟ね。そこまで言うなら、早く私の嫁ぎ先を決めてほしいものだわ」


「よく言いますよ。兄様が見つけてきた嫁ぎ先を尽く蹴ったのは姉様の方でしょ!」


「仕方ないじゃない。お兄様が連れて来る殿方は、むさ苦しい者ばかり。やはりお相手は、お兄様のように美しくて逞しい殿方でなければなりません。いえ、可愛らしい年下の殿方も捨てがたいわね。エヘヘ……あんなことやこんなことや……」


 エスタはニヤニヤしながら妄想を始める。その様子をケニーは呆れた表情で見つめていた。

 そこへ、ある青年が姿を見せる。


「相変わらずだな。エスタ……」


「お、お兄様!?」


「いつまで経っても来ないので、俺自ら赴いてやったぞ」


 銀色の長髪と女性顔負けの美貌。それに加え2メートル超えの身長と、ガッシリとした肉体。

 この青年こそ、エスタとケニーの実兄にして、ゲネシス帝国の皇帝「オズウェル・グレート・ゲネシス」だ。近隣諸国から魔王と呼ばれ恐れられている存在だ。

 オズウェルは二人の元まで歩みを進めながら口を開く。


「――トロイメライ南都で行われていた戦いは、タイガー・リゲルが勝利を収めたようだ」


 ケニーは納得した様子で頷く。


「当然の結果と言ったところでしょうか……」


「まあな。これで南都はタイガーの手の内。ホープとグローリ、二つの地方も手に入れ、タイガーの勢いは今後も増していくことだろう……」


 エスタが問い掛ける。


「穏やかではありませんね。もし仮にタイガーがトロイメライを治めるようなことになれば――私たちのトロイメライ王都奪還の夢も遠退いてしまいますよ?」


「それはそれで……ありだな……」

 

 兄の意外な言葉にエスタとケニーは目を丸くさせる。そんな弟妹を横目にオズウェルは言葉を続ける。


「なにも、無理にトロイメライ王都を我らの手中に収める必要はない。トロイメライ王都の地下に眠る、()()()の安全が担保されれば、我々はそれで満足だ。あの暴君(ネビュラ)とは違い、タイガーは具現岩の存在をちらつかせ、我々を脅すような真似はしない……」


 そこまで言い終えると、オズウェルはエスタに視線を向ける。


「エスタよ」


「なんです?」


「お前の嫁入り先を幾つか考えた」


「ウフフ……このタイミングで嫁入り先の話とは、嫌な予感しかしませんね……」


 唐突に始まる嫁ぎ先の話。エスタは苦笑いを見せながら、兄の言葉に耳を傾ける。


「早速ですが、私の嫁入り先候補をお聞かせ願います。むさ苦しい殿方は嫌ですよ?」


「安心しろ」


 オズウェルはニヤッと笑みを浮かべた後、嫁ぎ先候補を口にする。


「例えば、王妃派のロルフ王子。或いは、この俺の腹に2つの傷を刻んだ……フィーニスのウィンター・サンディ――」


「要するに……政略結婚ということですか……」 


「そういうことだ。だが、強制するつもりはない。判断はお前に委ねる」


 エスタは妖艶に微笑む。


「ウフフ……わかりましたわ。前向きに考えましょう。私たちバーチャル種の安寧と繁栄の為に、協力は惜しみませんわ」


「流石、我が妹だ。よく言ってくれた……」


「ですけど、ちゃんとお見合いの場は設けてもらいますよ?」


「安心しろ。先ずは、タイガーの王都到着に合せて、トロイメライの重鎮たちと会談の場を設ける。その際に嫁入り先候補たちと話し合う時間も用意しよう」


 ケニーが苦笑いを見せる。


「兄様。色々とお考えされているようですが、そう簡単に上手くいきますかね?」


「案ずるな弟よ。既にロルフ王子とは文のやり取りをしている。この話、相手は意外と前向きだぞ」


「まさか……トロイメライの王子と文のやり取りをしていたとは……」


 驚きを隠せないケニーとエスタに、オズウェルは言う。


「トロイメライと対立する時代は終わった。これからは共に歩み寄り、親密な関係を築いていかねばならぬ。さあ、ネビュラを玉座から蹴落とし、新しい時代の幕を開こうではないか!」


 ゲネシスの魔王は不敵に顔を歪ませた。






 ――王都の東隣、トロイメライ王国の最北部に「フィーニス地方」がある。

 別名「雪の都」と呼ばれるフィーニスは、王国屈指の豪雪地帯であり、平野部であっても一年中雪に覆われている箇所も珍しくはない。


 ――そして、このフィーニス地方には、あのタイガー・リゲルと互角以上に渡り合い、生きながらにして「神」と呼ばれる、一人の少年が存在した。


 ここは、フィーニス府中「リッカ」にある、地方領主「サンディ家」の屋敷。

 その屋敷の廊下を金髪の青年が慌ただしく駆け抜けていく。彼の正体は、サンディ家の家臣「ノア」である。

 やがてノアは、とある部屋の前で足を止めると、その扉を勢いよく開いた。

 彼の視界に飛び込んできたのは、猫型の武神「八切猫神(やつきりねこかみ)」の巨大な神像だ。その睨みを利かす神像の足元には、正座する、小柄な銀髪少年の後ろ姿があった。

 ノアは、瞑想する銀髪少年の背後まで近寄ると、膝を折り、勇ましい声で要件を伝えようとする。


「旦那様! 急ぎ、お耳に入れたいことがあります!」


 彼の言葉を聞いた銀髪少年は、背を向けたまま、透き通った声で静かに口を開く。


「――リゲルが勝ち、改革戦士団は敗走。エドガーは生け捕りにされ、メテオ様は王都へ退避された――と、言ったところでしょうか?」


「お、お察しの通りです……」


 ノアの額から汗が滲み出る。銀髪少年は、彼が伝えようとしていた内容を全て言い当てた。まるで胸の内を読まれているようだ。

 銀髪少年は、宝石のように透き通った水色の瞳と、その可愛らしい顔をノアに向ける。


「ノア。詳細を教えてください」


「あ、はい。此度の戦はタイガーの圧勝。大公殿下も無事ブルーム領を脱出し、カルム領付近を移動されていると思われます。しかし、エドガーは生け捕りにしたものの、改革戦士団の最高幹部たちは全員取り逃がしてしまったようで……」


「そうですか……」


 ノアは説明を終えると不思議そうにして首を傾げる。


「それにしても……」


「どうしたのですか?」


「いえ。あのタイガーから逃げ切るとは、改革の連中も中々やりますな」


「敢えて逃がしたか……或いは、タイガーでも取り逃がしてしまう程、手強い相手だったのでしょう……」


 銀髪少年は憂いの表情を見せる。


「何れにせよ、不穏分子を逃がしてしまった事に変わりはありません。これでは、此度の大戦が水の泡……犠牲になった者たちが報われません……」


 嘆く銀髪少年。するとノアが言いそびれていた要件を伝える。


「それと、旦那様……」


「まだ何か?」


「あ、はい。お伝えするのが遅くなりましたが、密偵の報告によりますと、タイガーはそのまま大軍を率いて王都へ向かっているそうです……」


「王都へ……ですか……」


「ええ。エドガーを連れて、陛下に戦勝報告を行うとの事です……」


 銀髪少年は、ノアの報告を聞き終えると、腰を上げる。


「ノア。直ぐに出陣の準備を始めなさい」


「しゅ、出陣ですか!? 一体、どちらに?」


「王都です。そろそろ、陛下がお騒ぎになる頃でしょうから……」


 ノアは気合が入った声で返事する。


「承知っ! では、いつでも王都へ出陣できるよう、準備を整え――」


「――ノア」


 銀髪少年はノアの言葉を遮る――


「それとも――改革戦士団の残党を始末するほうが先でしょうか……?」


 トロイメライの守護神が不敵に微笑む。







    挿絵(By みてみん)







 ――生きながらにして神と呼ばれる少年。彼の名は「ウィンター・サンディ」と言う。



第五部へ続く

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