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第162話 救世主

 ――逃げる、逃げる。逃げる! 

 必死になって逃げる、ヨネシゲらカルム隊メンバー。

 男たちを追うのは、想獣の群れ――それは巨大な化け物。その姿はドラゴン、鳥、爬虫類、虫など様々だ。

 想獣軍団を操るのは、改革戦士団第6戦闘長「ナイル」だ。彼は四天王ソードから「南都連合軍抹殺」の命令を受けていた。

 南都連合軍は南都正規軍やクボウ軍など南都所縁の部隊を主体とし、徴兵令によって各領から集められた民で編成されている。当然、ヨネシゲらカルム隊もその中に含まれる。

 ――つまり、抹殺の対象。

 だが、仮に対象外だったとしても、彼ら(想獣)は目の前にいる想人(にんげん)を無条件で襲うことだろう。


 ナイルが狂ったように高笑いを上げる。


「フッハハハハハッ! 俺たち(改革戦士団)を怒らすとどうなるか、思い知らせてやるぜ! 生きてこの平原から脱出できると思うなっ! さあ下僕たちよ! 虫けら共を食い殺せ!」


『ドギャアァァァスッ!!』


 轟く咆哮。

 想獣たちは、陸から、空から、逃げ回るカルム男児たちを次から次へと捕食する。ヨネシゲの背後からは悲痛な断末魔が響き渡る。 

 ヨネシゲは唇を強く噛み締めた。


(すまない……もう俺たちには……あれだけの化け物たちと戦う体力は残っていない……自分の身を護ることで精一杯だ……!)


 仲間を見捨てる。それはヨネシゲにとって苦渋の選択である。では、それが親しい友人だったら?


 ――ヨネシゲに、判断を迫られる場面が訪れる。




「うわっ!!」


「!!」


 突然、隣から聞こえてきたのはイワナリの悲鳴。ヨネシゲとドランカドは側方に視線を向ける――そこにイワナリの姿は無かった。


「――まさか!?」


 ヨネシゲたちは後方に視線を向ける。

 そこには、転倒して地面に倒れるイワナリの姿。その背後にはカマキリ型の想獣が迫っていた。


「イワナリっ!!」


「イワナリさんっ!!」


 顔面蒼白のヨネシゲとドランカド。2人はイワナリの名を叫ぶ。

 一方のイワナリは顔を上げるとヨネシゲたちの瞳を真っ直ぐと見つめた。

 そして、いつも以上に大きな声で、こう叫んだ。


「馬鹿野郎っ!! 突っ立ってんじゃねえっ!! 走れ走れっ!!」


 俺に構うな。自分たちの命を優先しろ。イワナリは不器用な言葉でヨネシゲたちにそう伝えた。

 

 ――だが。


「イワナリっ!! 勝手に転んでおいて偉そうなこと言ってるんじゃねえ!」


「そうッスよ! 俺たちは、3人で一つ! 欠けることは許されませんっ!!」


 2人はイワナリの言葉どおり走り出す。その言葉の主の元へと。


「――お前らは……本当に馬鹿野郎だ……!」


 イワナリは呆れた表情を見せる。その瞳からは熱いものが込み上げていた。


 疾走のヨネシゲ。

 持ちうる限りの力を振り絞り拳を構える。

 一方の想獣(カマキリ)は、イワナリ目掛けて鎌を振り下ろそうとしていた。


「させねえよっ!!」


 間一髪。ヨネシゲの鉄拳が鎌を受け止めた。

 イワナリはカマキリと対峙するヨネシゲの背中を見つめる。


「ヨ、ヨネシゲ!?」


「馬鹿野郎はお前だ。娘さんの晴れ姿を見るまでは、石に齧り付いてでも生き延びろ!」


「面目ねぇ……」


 ヨネシゲの言葉を聞いたイワナリは、静かに涙を流した。

 

 ヨネシゲと想獣(カマキリ)の力は拮抗。両者身動きが取れない。その状況を打開したのはドランカドの一撃である。彼は想獣(カマキリ)の脇腹に強烈な蹴りをお見舞いした。その腹部から噴出させるのは緑色の体液。想獣(カマキリ)はその場に倒れた。


「イワナリさん! 今のうちに!」


「お、おう」


 イワナリはドランカドに促されると、その場から立ち上がり体勢を整える。

 その様子を確認したヨネシゲとドランカドは、互いに顔を見合わせると笑みを浮かべた。


 ――この時、2人は油断していた。

 イワナリの怒号が響き渡る。


「おいっ! 二人共っ! 後ろっ!」


「!!」


 ヨネシゲとドランカドは背後に視線を向ける。そこには、たった今倒した筈の想獣(カマキリ)の姿。その鎌は既に振り下ろされており、2人の直前まで迫っていた。

 咄嗟に回避する間もない。

 ヨネシゲは直感で感じ取る。


(だめだ……殺られる……!)


 ――直後。

 ヨネシゲの右肩に強い衝撃。同時にその体が宙に浮いた。

 ヨネシゲは右に視線を移す。


「ドランカド……!」


 ヨネシゲの視界に映し出されたのは、両手をこちらに突き出すドランカドの姿。そう。ドランカドはヨネシゲを突き飛ばしたのだ――友を庇って。

 突き飛ばされたヨネシゲが体を起こした頃、既にドランカドの背中には想獣(カマキリ)の鎌が到達していた。


「ぐわあぁぁぁっ!」


「ドランカドっ!!」


 ドランカドとヨネシゲの叫びが同時に響き渡る。

 倒れたドランカドの背中。右肩から左脇腹にかけて大きな切り傷。夥しい量の血液が漏れ出していた。


 呻き声を上げながら蹲るドランカドに、再び想獣(カマキリ)が鎌を振り上げる。次、あの鎌を食らったら、彼の命は無いだろう。

 ヨネシゲは立ち上がり、想獣(カマキリ)の攻撃を阻止しようとする。だが、彼よりも一足先に巨大熊が――イワナリが想獣(カマキリ)に立ち向かっていく。


「これ以上、仲間を傷付けてくれるなっ!!」


 イワナリ渾身の熊パンチが、想獣(カマキリ)の頭部を捉える。余りの衝撃に、想獣(カマキリ)は原型を留めておくことができず消滅。想獣を形成していた想素は乖離(かいり)、空中へと飛散した。


 想獣の消滅を確認したヨネシゲは、透かさずドランカドの元まで駆け寄り、彼の体を抱きかかえる。


「おい! ドランカド! しっかりしろ!」


 ヨネシゲが呼び掛けると、ドランカドは無理に笑顔を作る。


「ヨネさん……俺のことは気にせずに……早くここから逃げてください……」


「お前まで、イワナリみたいなこと言うんじゃねえ! それにさっき自分で言ってただろ? 『俺たちは、3人で一つ』だと。皆で帰ろう……」


 ドランカドは悲痛な表情を見せる。


「ですけど……この体じゃ……もう歩けない……」


「安心しろ! 俺が背負っていく!」


「無茶っすよ……」


 そこへイワナリが割って入る。


「ここは俺に任せろ! 熊に変身したこの体なら、野郎の一人や二人、背負ってても走り回れる。ドランカド、俺の背中に乗れっ!」


「イワナリさん……すんません……」


 ドランカドはヨネシゲの肩を借りながら、熊イワナリの背中にもたれ掛かった。

 イワナリはドランカドを背負い上げると、雄叫びを上げる。


「ヨッシャ! 男イワナリっ! 一気に平原を駆け抜けてやるぜ――!?」


 イワナリの声が止まる。彼の隣にいたヨネシゲも顔を青くさせながら絶句していた。


「囲まれた……」


 ヨネシゲはそう言葉を漏らしながら、周囲をゆっくりと見渡す。彼の瞳には、自分たちを包囲する十数体の想獣(巨大虫)が映し出されていた。


 想獣(巨大虫)はガサガサと不気味な音を立てながら、ジワリジワリと間合いを詰める。ヨネシゲとイワナリは身を寄せ合った。


「イワナリ……絶体絶命とはこのことだな……」 


「違いねえ。だが、本日何回目の絶対絶命だろうな?」


「覚えていないが……泣いても笑っても、これで最後にしたいぜ……」


「ガハハ……どうやら、泣いて終わりになりそうだな……」


 一体の想獣(カマキリ)をやっとのことで倒したヨネシゲたち。そして今度は先程と同レベルと思われる十数体の想獣(巨大虫)が自分たちを包囲する。

 体力も限界を迎えた今、たった2人でこれだけの想獣を相手にするのは正直不可能だ。

 ヨネシゲは悲しげな笑みを浮かべる。


「ミラクルは、何度も起きねえか……」


 ヨネシゲが呟いたその時――奇跡は起きた。

 突然、ヨネシゲたちと想獣(巨大虫)は黒煙に飲み込まれる。それは煙幕。

 困惑するヨネシゲたちの耳に、聞き慣れたある男の声が聞こえてきた。


「ヨネさん! イワナリ! 無事か!?」


 2人は自分の耳を疑った。


「オ、オスギさん……?」


 ヨネシゲとイワナリの耳に届いてきた声。それは、ブルーム夜戦開戦前に戦場を離脱したヨネシゲたちの上司、オスギのものだった。

 ヨネシゲが彼に尋ねる。


「オスギさん! 何故ここに!?」


「説明は後だ! 2人共、急いでこれを履いてくれ!」


「こ、これは!?」


 微かに確認できる足元。そこには立派なブーツが置かれていた。オスギがブーツの正体を口にする。


「軍事用快速靴だ。戦場に転がる敵兵(仏さん)から掠めてきた。コイツらから逃げ切るには、これを履く他ない!」


 ヨネシゲはオスギに促されると、軍事用快速靴に素早く履き替えた。一方のイワナリも、身体を人の姿に戻してから軍事用快速靴に足を通す。流石に熊脚では想人(にんげん)用の靴はサイズが合わない。


 ここでオスギがヨネシゲに尋ねる。


「ヨネさん。炎系統の空想術は使えたな?」


「え、ええ。大した威力じゃありませんが、ちょっとした火炎放射くらいなら……」


「上等……」


 オスギはヨネシゲの返事を聞くと、彼の手首を掴んだ。 


「オスギさん?」


「この方角に炎を噴射してくれ。俺の知人が同時にガスを噴射させる。炎の威力も倍増する筈だ」


「わかりました!」


 知人とは誰だろうか?

 だが今はそのような事を気にしている場合ではない。今は、信頼できる上司の言う事を聞くまでだ。


 ――そして、オスギの掛け声が響き渡る。


「ヨネさん! モンゾウ! 始めてくれっ!」


「了解っ!!」


 2人の勇ましい返事。と同時に放出される炎とガス。二つは融合し、凄まじい火力で煙幕に大きな穴を開ける。それはまるでトンネルだ。

 火炎の進路上にいた想獣《巨大虫》は、火達磨になり断末魔を上げていた。

 オスギが叫ぶ。


「今だっ! 走れっ!」


 オスギの声を合図に一同一斉に走り出す。

 軍事用快速靴を履いた彼らのスタートダッシュは、急発進する乗用車の如く。ヨネシゲたちは高速で煙幕のトンネルを駆け抜けた。


「皆っ! あの先に見える森を目指そう! 姿を晦ますにはうってつけだ!」


「了解です!」


 ヨネシゲたちはオスギが指差す方角へ疾走していく。


 数時間ぶりに目にする上司の顔。その表情はとても凛々しく、ヨネシゲとイワナリは安心感を覚えた。



 ――あともう少し。逃げ切れ、カルム男児たち。



つづく……

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