第161話 地獄の咆哮
――マロウータンはブルーム平原に散った。仲間たちを守る盾となって――
男たちは悲しみに暮れていた。だが、立ち止まっている余裕はない。彼らにはまだ、やるべき事が残っているのだから――
平原に聳え立つ一本の桜。その下で眠る英雄に、男たちは別れを告げる。
「――マロウータンよ。後は儂らに任せてゆっくりと眠れ……」
バンナイら南都五大臣は墓標に語り終えると、背後のヨネシゲたちに視線を向ける。
「カルムの戦士たちよ。お前たちともここでお別れだ。儂らにはまだ、仕事が山程残っているからな」
「――王都に向かわれるのですね?」
ヨネシゲが尋ねると、バンナイはゆっくりと頷き、天を見上げる。
「儂らは、命尽きるその日まで、メテオ様に仕えると心に決めた。メテオ様が王都に向かわれたのであれば、我々も王都に向かうまで……」
バンナイは憂いの表情を見せる。
「だが、先の見通しがつかぬ。今頃南都では、タイガーと、エドガー・改革戦士団の連合軍が大戦を始めている頃だ。果たしてこの勝負、どちらが勝つか……」
「タイガー・リゲルが勝つことを願うだけですね……」
バンナイは首を横に振る。
「いや。仮にタイガーが勝ったとしても、儂ら南都所縁の貴族に明るい未来はない。恐らくタイガーは、この機に乗じて南都を含むホープ領を我が物にすることだろう。さすれば、儂らはタイガーに下るか、故郷南都を捨てざるを得ない。土地を取り返そうにも、戦って勝てる相手ではないからのう……」
その隣、アーロンがバンナイの肩を叩く。
「そう悲観的になるな。その点はメテオ様や王妃様が上手く動いてくれる筈だ。今は生き延びれたことに感謝しようではないか」
ダンカンが彼の後に言葉を続ける。
「そうだぞ。生きているだけで選択肢は無限大。それに私たちには知恵がある。知恵を出し合えばきっと明るい兆しが見えてくる筈だ」
「ああ。そうだな――」
同輩たちの言葉に、バンナイはにこやかに微笑んだ。
――バンナイたちはカルム隊に別れを告げると、王都へ向かい馬を走らせた。その後ろを南都の将兵たちが続く。
共に戦った戦友たちを見送るヨネシゲたち。そこへ一人の大男が近付いてきた。
「ご苦労だった。カルムの戦士たちよ」
「リキヤ様……」
姿を現したのはクボウ家臣のリキヤだった。彼はヨネシゲたちの活躍を称えた。
「君たちには感謝してもしきれない。君たちが居なかったら我々の勝利は無かった事だろう……」
「いえ。そんなことは……」
リキヤの言葉に恐縮のヨネシゲ。その隣でドランカドがリキヤに尋ねる。
「やはり、リキヤ様も王都へ?」
「ああ、恐らくそうなるだろう。だが、私はクボウ家の家臣。先ずはアッパレ様やシオン様と合流せねばならぬ――」
リキヤは沈痛な面持ちで俯く。
「そして御二方には、マロウータン様のことをお伝えしなければならない……」
言葉を終えたリキヤは、ヨネシゲたちに一礼すると、その場を後にした。掛ける言葉が見つからない男たち。大男の後ろ姿をただただ見つめることしかできなかった。
「ヨネさん。俺たちも帰りましょう……」
「そうだな。急ごうか。早く帰ってカルムの現状を知る必要がある……」
「アリア……どうか無事でいてくれよ……!」
愛する者たちの無事を祈って、男たちはブルーム平原を後にしようとする。その去り際、ヨネシゲはマロウータンの墓標を見つめる。
(マロウータン様。貴方と共に戦えたことは俺の誇りです。貴方の死は決して無駄にはしません……! だから……どうか安らかに……さようなら……)
ヨネシゲはマロウータンに別れを告げると、再び歩みを進めた――
『――ぐぬぅぅぅ……』
「!!」
ヨネシゲの耳に届いてきたのは、男の呻き声。彼は背後に視線を向ける。
――視界に映し出されたのは、桜の木の下でひっそりと佇むマロウータンの墓標。ヨネシゲは顔を引き攣らせながら呟く。
「ま、まさか……そんな筈はないよな……」
直後、ヨネシゲの名を叫ぶ、イワナリの馬鹿デカい声が轟いた。
「ヨネシゲ、何やってんだ!? 置いてくぞ!」
「悪い悪い! 今行くぜ!」
――きっと空耳だ。
ヨネシゲは自分にそう言い聞かせると、仲間と共に家路を急いだ。
『――ぐぬぅぅぅ――!』
――その頃、ヨネシゲたちの背後には、再び悪夢が迫りつつあった。
「フッハッハッハッ! 我が下僕たちよ! 南都の残党を一人残らず始末しろっ!」
――不気味な高笑い、轟く咆哮。
上空を埋め尽くすドラゴン、地上を猛進する巨大虫――全て想獣である。
そして、想獣たちが、帰領の途に就くカルム男児たちの最後尾を捉える。
『ギャァオォォォォ!!』
「そ、そ、想獣だっ! に、逃げろっ!!」
――戦いは終わったはず。なのに再び現れ牙を剥く想獣の群れ。カルム男児たちはパニックに陥る。
彼らが居る場所は平原のど真ん中。周りには身を隠す場所はない――格好の餌食だ。
「お、俺たちは……生きてカルムに帰るんだ……こんな所で死んでられねぇ……!」
『キシャァァァァァッ!!』
「や、やめろおぉぉっ!!」
想獣は、カルム男児たちを切り裂き、噛み千切り、捕食する。
『ブギャアァァァオッ!!』
――地獄の咆哮がブルーム平原を支配する。
同じ頃、ヨネシゲたちも異変に気付いていた。
「ドランカド、イワナリ……今の鳴き声、聞いたか?」
「ええ。今のは想獣の咆哮……」
するとイワナリが怯えた様子で上空を指差す。
「ヨネシゲ、ドランカド……あれを見ろよ……」
「あれは……想獣の群れだ……」
「ヨネさん……こっちからも……」
ドランカドが指差す方角には想獣の大群。
ヨネシゲの額からは冷や汗が流れ落ちる。
「今の俺達に……あれだけの想獣と戦う体力は残っていない……」
3人は互いに顔を見合わせると、西の方角へ体を向けた。
――そして。
「逃げるぞぉぉぉっ!!」
ヨネシゲたちが選んだ選択肢――それは「逃げる」こと。
つづく……




