第160話 マロウータン、死す 【挿絵あり】
南都の戦いは終わった。
改革戦士団・ブライアン連合軍は、リゲル軍に完敗。ダミアンは討ち取られ、エドガーは生け捕り。半数以上の戦闘員が戦死した。改革戦士団総帥を含む最高幹部たちの消息は不明である。
圧倒的勝利を収めたリゲル軍本陣では、改革戦士団戦闘長及びブライアン軍将官たちの首級を確認していた。その中には、寝返ったエドガー討伐軍の家臣や将官のものもあった。タイガーはその首級を見つめながら嘆く。
「命が惜しかったとはいえ、主君を討った外道共に寝返るとは――オジャウータンが天で泣いておるぞ?」
その隣で息子のレオが呆れた表情で言葉を漏らす。
「それにしても、父上。奴ら口程にもない連中でしたな。大口を叩いておいて、尻尾を巻いて逃げるとは、情けない……」
彼の言葉を聞いたタイガーが眉を顰める。
「レオよ」
「はっ!」
「そなた。改革の連中を前にして、大分怖気づいておったようじゃが――そのそなたが、改革の連中を嘲笑う立場にあるのか?」
「い、いえ、それは……」
「敵の実力を笑う前に、己の力量を憂いたらどうじゃ?」
「申し訳御座いません……」
「精進致せ」
タイガーが息子の説教を終えたと同時、重臣カルロスが慌てた様子で本陣に姿を現す。その手には首桶が持たれていた。
「タイガー様っ! 一大事で御座いまする!」
「カルロスよ。そんなに慌てて如何した?」
「タイガー様、この中をご覧ください!」
「その首桶は確か、黒髪の炎使いの……」
カルロスが手にしていたのは、ダミアンの首級が入った首桶だった。タイガーは重臣に促されると、その中を覗き込む。
「――ほう。これは……」
タイガーは一瞬驚いた表情を見せるも、すぐニヤッと笑みを浮かべた。
――果たして、タイガーが見たものとは一体?
――続きは気になるところだが、南都でのお話は一旦お預け。
ここからは少し時を遡り、ブルーム平原で南都大公メテオの防衛に成功した、ヨネシゲとその仲間たちに目を向けよう。
――日の出を迎えたブルーム平原。
ヨネシゲ、ドランカド、イワナリは東天を見つめる。
「本当に……終わったんだな……」
「ええ。戦いは……終わりっす……」
「早く帰ろうぜ……カルムタウンに……!」
ヨネシゲが漏らした言葉に、ドランカドとイワナリは相槌を打った。
タイムリミットを迎え、目的を達成できなかった改革戦士団は、ブルーム平原から離脱した。
一方、ヨネシゲたちカルムの戦士たちは、改革戦士団から南都大公「メテオ・ジェフ・ロバーツ」の防衛に成功。カルム戦士、南都戦士は大きな偉業を成し遂げた。
この功績はトロイメライの歴史に大きく刻まれることになり、「ブルームの奇跡」と呼ばれ、後世に語り継がれることになる。
だが、その功績に酔いしれている余裕はない。ヨネシゲたちには新たな問題が待ち受けていた。
現在、カルムタウンは改革戦士団の襲撃に遭い、壊滅的被害を受けている模様。この事実は、危害を加えた張本人である改革戦士団第5戦闘長ロイドから知らされた。
家族たちの安否は不明。
ヨネシゲたちは家路を急がなければならなかった。
(ソフィア、ルイス、みんな……無事でいてくれよ……!)
ヨネシゲは家族たちの無事を祈ると、拳を強く握りしめた。
――直後、南都軍陣営からどよめきが起こった。
ヨネシゲたちは直感で感じ取る――良くない事が起きたと。
それは、かれこれ十数分前の出来事。
援軍としてブルーム平原に駆け付けたリゲルの家臣「ケンザン・ブラント」。その彼の応対にあたっていたマロウータンが――突然、倒れたのだ。
それもそのはず。マロウータンは、ソードが召喚したアビスの光線で胴を射抜かれ瀕死の状態だった。にも拘らず、彼は勝鬨を上げたり、ケンザンの応対をしていた。常人ならとっくに息絶えている頃だろう――
ヨネシゲたちは最悪の結果を覚悟しながら、どよめきが起こる南都陣営へと歩みを進めた。
ヨネシゲたちが南都兵を掻き分けて奥へ進んでいくと、そこには横たわるマロウータンを囲み、泣き崩れるバンナイ、アーロン、ダンカンの姿。
「マロウータンよっ! 目を覚ませっ!」
――最悪の結末だった。
自称、元軍医を名乗る南都の老兵が、マロウータンの死亡を確認する。
「うぃっひくっ! マロウータン様、ご臨終ですじゃ……」
バンナイが静かに尋ねる。
「間違いは無いだろうな……?」
「間違いはござらん!」
その瞬間、バンナイたちが泣き叫ぶ。
「マロウータンよっ! 儂より先に死ぬとは……許さんぞっ!」
「バンナイの言う通りだっ! お前にはまだやるべきことが残っているだろっ!」
「そうじゃ、そうじゃ。できることなら、私がお前と代わってやりたい……」
バンナイたちの様子を見つめていたヨネシゲの瞳からも熱いものが込み上げる。
(マロウータン様。貴方とはいつか、一緒に酒を酌み交わしたかった――死ぬには早すぎですよ……!)
偉大な男、マロウータンは、ブルーム平原に散った。
男たちは悲しみに暮れるのであった。
――マロウータンの亡骸は、ブルーム平原にひっそりと佇んでいた桜の木の下に埋葬された。彼が大好きだった、清酒が入った瓶とバナナと一緒に――
「マロウータンよ、少しの間ここで待っていてくれ。事が済んだら、故郷まで連れて帰ってやるからな。そこで父と兄と一緒に眠れ……」
バンナイは亡き同僚にそう伝えると、彼の墓標に黙祷を捧げた。
同僚の冥福を祈り終えたバンナイは、ヨネシゲたちの元まで歩みを勧める。
「ヨネシゲ、ドランカドと言ったな? 同僚の埋葬を手伝ってもらい、感謝する」
ヨネシゲとドランカドは頭を下げる。
「いえ。マロウータン様には、カルムタウンで色々と助けてもらいまして。これくらいの恩返ししかできません……」
「これくらいなどと申すな。カルムの英雄に葬って貰えて、きっとマロウータンも喜んでいることだろう――」
ヨネシゲ、ドランカド、南都五大臣は、まばゆい朝日を見つめる。零れ落ちる涙が朝日をより一層眩しくさせた。
「ありがとう、マロウータン」
――この時、ヨネシゲたちには新たな脅威が迫っていた。
ブルーム平原東側の上空には、東進する一体の想獣。その背中にはソード、サラ、ナイルの姿があった。
「先を急ぐか……」
ソードはそう呟くと、光球を発生させる。その直径は彼の身長と同じくらい。そしてこの光球の正体は異空間へと通ずるゲートだった。異空間を使用することで移動時間を大幅に短縮することができる。
そしてソードはナイルにある命令を伝えた。
「ナイルよ。俺とサラは異空間で南都に帰還する。お前はこのまま南都に留まり――南都の残党を殲滅せよ」
「承知っ!」
ソードは命令を伝え終えると、サラと共に光球の中へと姿を消す。と同時に光球も消滅した。
2人を見送ったナイルが右手を振り翳す。
「――いでよ、我が下僕たちよ!」
その瞬間、ナイルの周囲に百体以上の想獣が現れた。
ナイルが不敵に笑う。
「同じ失敗は二度も繰り返さないぜ」
想獣の群れは西に進路を変えた。
つづく……




