第159話 決戦! 南都の戦い(後編) 【挿絵あり】
――南都トロピカル城、崩落。
籠もる城を失った改革戦士団が、一気に南都平野に押し寄せる。小高い丘から押し寄せるその姿は雪崩れの如く。
その改革戦士団を待ち受けるのはリゲル軍の大軍。彼らは北、東、西の三方角から攻める。南側は崩落したトロピカル城と海であるため、改革戦士団に逃げ場はない。
城から逃げ寄せてきた改革戦士団戦闘員たちは、体制を整える間もなくリゲル軍の猛攻に遭う。鍛え抜かれたリゲル兵によって、戦闘員たちは尽く討ち取られてしまう。
だが、改革戦士団側も負けてはいない。最前線で奮闘する2人の男女の姿があった。
この男女は、以前カルム学院を襲撃した第3戦闘長グレースと第4戦闘長チェイスだ。
グレースたちは空想術を駆使して、リゲル兵を蹴散らしていく。
「ウフフ……お兄さんたち、私の色気、どこまで耐えられるかしら?」
グレースは妖艶な笑みを浮かべると、空想術で増幅させた色気を放つ。
刹那。リゲル兵たちが胸を抑えながら蹲る。中には意識を失う者も――
――興奮で高鳴る鼓動。その異常すぎる心拍数は発作。リゲル兵たちは苦しそうに呻き声を上げる。
グレースは不敵に口角を上げる。
「あら〜苦しいの? ウフフ……なら、今、逝かせてあげるわ!」
グレースはリゲル兵の頭上まで跳躍。そのミニスカートから覗かす美脚を振り上げた。彼女は目にも止まらぬ速さで、男たちの顔面を次々と捉えていく。
グレースは倒れたリゲル兵を嘲笑う。
「ウフフ。お馬鹿な兵隊さんね――」
その背後、大きな人影が迫る。
「今度は俺の相手をしてもらおうじゃんか!」
「!!」
荒々しい男の声。同時に太い腕がグレースの首に巻き付く。
「く、苦し……」
「ガッハッハッ! 色気が自慢らしいが、そんなもん、ベッドの上でしか役に立たねえ。色気で生き残れる程戦場は甘くねえぞ、お姉ちゃんよ!」
「うぐっ……」
グレースを羽交い締めにするのはリゲル兵の大男。彼は彼女の首を締め付ける腕に力を増していく。
次第に脱力していくグレース。万事休すかと思われたその時、大男の悲鳴が響き渡る。
「ぐわぁぁぁっ!!」
「油断しすぎだ。背後が隙だらけだぞ?」
大男の腕がグレースから離れる。彼女が振り返ると、背中に大きな穴を開け倒れる大男。そして大男を見下ろす、見慣れた男の姿があった。
グレースが彼の名を叫ぶ。
「チェイス!」
「待たせたな、グレース。怪我はないか?」
「ええ、大丈夫よ。助かったわ、チェイス」
チェイスは口角を上げる。
「なら良かったぜ。そんじゃ早速、戦闘を再開しようぜ!」
2人は迫りくるリゲル兵に視線を向ける。
「そうね。こんな所で死ぬわけにはいかないわ!」
グレースたちは再び敵兵に突撃していくのであった。
――リゲル軍本陣。
とある男が作戦を終えて帰還した。
「タイガー様! 今戻りましたぞ!」
「おお、カルロスよ。見事な城攻め、大義であった!」
そう。本陣に帰還したのは、リゲル家重臣、老年マッスルのカルロスだった。
タイガーはカルロスの顔を見るなり、眉を顰める。
「カルロスよ……その額の傷は如何した?」
カルロスの額には大きな傷。血液が流れ出ていた。
彼がここまで派手な傷を作るなど、何十年振りだろうか? 流石のタイガーも驚いた様子だ。
そんな主君にカルロスは陽気に笑って見せる。
「ワッハッハッ! あの黒髪の青年、想像以上に腕が立つ男でしたわい! この俺にここまで大きな傷を負わすとは、敵ながらあっぱれ!」
タイガーは自慢の顎髭を撫でる。
「ほう。ダミアン・フェアレス……少しはできるみたいじゃのう……」
ここでカルロス。先程までとは打って変わり、真剣な眼差しをタイガーに向ける。
「タイガー様、ご油断召されるな。奴らが本気を出したら、我々もただでは済みませんぞ」
タイガーは鼻で笑う。
「フッ。儂が油断するとでも? だがその助言、しかと心得た……」
主君の返事を聞いたカルロスは静かに頷いた。続けて彼はある収穫を報告する。
「それと、タイガー様」
「なんじゃ?」
「タイガー様に手土産が御座います」
「手土産じゃと?」
首を傾げるタイガー。
カルロスが合図すると、マッスルたちに連れられ、一人の中年男が姿を現す。
タイガーは歯を剥き出しながら笑みを浮かべる。
「これはこれは……エドガー殿ではないか」
タイガーの前に座らされる中年男。彼は今回の動乱の引き金となった男、エドガー・ブライアンだった。
エドガーは悔しそうな表情でタイガーを見上げる。
「まさか……貴様に跪く日が来るとはな……!」
悪態をつくエドガーに、タイガーが嘆く。
「哀れな男じゃのう。欲に目が眩んで、改革戦士団に加担したか? いや……それとも利用されておったか?」
エドガーは歯を剥き出しタイガーを睨む。だが図星を指された為か、反論できずにいた。
タイガーが言葉を続ける。
「そなたの偉大な父が泣いておるぞ。一代で名門ブライアン家を地に落としたのじゃからな。その罪は重いぞ?」
「我家のことなど、貴様には関係ない!」
怒鳴り散らすエドガーに、タイガーは鋭い眼差しを向ける。
「ああ。確かにそなたの家の事など、儂らには関係ない。じゃが、この国を掻き乱した責任は取ってもらうぞ?」
「ぐぬぅ……」
「そなたの処分は、陛下に委ねるとしよう……」
タイガーはカルロスに視線を向ける。
「引っ立て!」
「承知っ!」
エドガーはマッスルたちに連行される。その後、檻にぶち込まれたのは、言うまでもない。
「さて、改革戦士団よ。本気で来ねば、儂の首は取れんぞ? 精々楽しませてくれよ……」
東国の猛虎は、遠くに見える改革戦士団の軍勢を見捉えた。
――完全に崩落したトロピカル城。
崩落の城を背に、7人の男女がゆっくりと歩みを進める。
その表情は怫然。怒りを宿していた。
男女の正体。それは改革戦士団総帥と最高幹部たちだった。
無言を貫く彼らの前にリゲルの軍勢が立ちはだかる。
「改革戦士団の幹部たちとお見受けした。貴様らの首、この私が――」
リゲル兵に向けられたダミアンの冷たい眼差し――刹那。彼の右腕からは強烈な火炎が放出される。
「ぐわあぁぁぁっ!!」
火炎に包まれるリゲルの軍勢。悶絶の表情で叫びながら転げ回る。
ダミアンたちは火達磨のリゲル兵を横目に、再び歩みを進める。
彼らの行先はリゲル軍本陣――タイガー・リゲルの元。
やがて平野部に到着したダミアンたちを、リゲル軍の本隊が待ち構える。彼らは飢えた猛獣の如く。ダミアンたちに襲い掛かろうとしていた。
「皆の者! 改革戦士団幹部の首を取れっ!」
『おぉぉぉぉっ!!』
轟く雄叫び。リゲル兵が一斉に襲い掛かる。
「ダミアン……」
「ああ……」
ダミアンはマスターに促されると右手を構えた。そして――
「全員消えて無くなりなっ!」
ダミアンは怒声を上げる――同時に強烈な赤白い光線を放った。
光線は一直線。進路上の汎ゆるものを破壊、消滅させていく。やがてその光線はリゲル軍本陣に迫る。
「ほう。凄まじい光線じゃのう……」
タイガーは迫りくる光線を静かに見つめる。隣に居たレオの顔が青ざめる。
(あんな光線食らったら……俺たちは……!)
後退りするレオ。
ダミアンが放った光線が、タイガーの数メートル手前まで到達したその時、一人の男が光線を受け止める。
レオが彼の名を叫ぶ。
「バーナード!」
バリアを発生させ、ダミアンの光線を受け止めたのは、重臣バーナードだった。彼は受け止めた光線を天へと受け流した。
その様子を確認したダミアンは光線の放出を中断する。光線が放たれた進路には、大地が抉り取られてできた、一本の道。
改革戦士たちは、タイガーまで延びる直線を闊歩する。
ダミアンたちから放たれる底知れぬ威圧感。難を逃れたリゲル兵たちは、ただただ彼ら彼女らの進行を許すことしかできなかった。
――そして、改革戦士たちが猛虎の前に到着。悪魔たちは虎に鋭い視線を向ける。
(なんて威圧感だ。下手に動けねえ。この俺が怖じ気づいているというのか……!?)
余りの威圧感に、レオは恐怖を抱いていた。
一方の重臣の2人。バーナードとカルロスは、ダミアンたちの行く手を阻むようにして仁王立ちする。しかし、タイガーは重臣の2人を下がらせる。
「バーナード、カルロス。下がれ……」
「し、しかし……」
「わざわざ本陣まで、足を運んでくれたのじゃ。儂自ら出迎えてやらねば無礼であろう?」
タイガーはそう言うと、ダミアンたちの元まで歩みを進める。
「おお! よく来たのう、黒髪の炎使い。儂自慢の重臣に怪我を負わすとは大したものじゃ」
「………………」
タイガーが声を掛けるも、ダミアンは表情を変えぬまま無言を貫く。
「どうしたのじゃ? 一言くらい何か話したら――」
――閃光が走る。
ダミアンの右手から放たれた光線が、タイガーの腹部を捉えていた。
「これは……」
タイガーはゆっくりと自分の腹部へと視線を下ろした。
一方の改革戦士たち。タイガーに向かって一斉に腕を伸ばす。
「死ねえぇぇっ!!」
ダミアンの奇声が辺りに響き渡る。その声を合図に改革戦士たちが一斉攻撃を始めた。
ダミアンの両手から放たれるのは2本の凄まじい光線。
マスターが右手を振り上げると、タイガーの周りには闇の渦が。暗黒の霧が虎を飲み込む。
ソードとサラが繰り出すのは、水の刃と氷柱の雨。どれも最高峰クラスの空想術だ。それに加え、破壊神オメガと海の魔王アビスを召喚。紫と青の光線を標的に放つ。
ジュエル、チャールズ、アンディもマスターから授かった強力な力を解放。大木の矢、斬撃、雷撃を止め処なく発生させ、タイガーを襲う。
改革戦士の猛攻を受けるタイガーは、巨大な火柱に包まれていた。火柱の中は確認することができず、タイガーの安否も不明だ。いや、これだけの猛攻を受けたら骨片すら残っていないだろう。
「ち、父上……」
レオは顔を青くさせながら火柱を凝視。
重臣の2人は固唾を飲みながら、その様子を静かに見守る。
そして、周りのリゲル兵たちは絶望の表情を浮かべていた。
かれこれ数分は経過したであろうか。改革戦士たちの攻撃は依然として続いていた。
プライドを傷付けられた彼らの怒りは、そう簡単に収まらない。
やがてダミアンが狂ったように笑いを上げる。
「ブッヒャヒャヒャッ!! 俺たちに喧嘩を売った報いだ! 骨になるまで抗ってみせろよ、虎のおっさん!」
ダミアンの脳内に勝利確定のBGMが流れる。
「リゲルもお終いだっ! もう俺たちは誰にも止められねえ! 俺たちの時代が始まるんだよっ!」
改革戦士たちは不敵に笑みを浮かべると、ようやく攻撃を停止させた。火柱だけは尚も燃え続ける。
ダミアンは構えていた腕を下ろすと、レオたちをギロッと睨みつける。
身構えるバーナードとカルロス。立ち尽くすレオ。
「次はお前たちの番だぜっ!」
ダミアンはレオたちに向かって再び右手を構えた。
「地獄へ送ってやる――!」
ダミアンが狂気じみた笑みを見せた、その時――
――火柱が大爆発を起こす。
改革戦士たちは爆風に吹き飛ばされ、その場に倒れる。
――刹那。決して聞こえて来るはずもない、あの老年男の声が、辺りに響き渡る。
「――敵を知り、己を知れば、百戦危うからず――」
「!!」
ダミアンたちは体を起こすと、その場から立ち上がる。
彼らが今尚燃え盛る火柱に視線を向ける。
そこには――先程確実に仕留めた筈のタイガーが仁王立ちしていた。
タイガーは重低音の声を響かせる。
「青い、青いのう。無鉄砲にも程があるぞ?」
マスターが思わず言葉を漏らす。
「馬鹿な……!」
ソードとサラは、額に汗を滲ませながら、ある推測を立てる。
「どうやら、あの男。スペースバリアを身に纏っているようだ……」
「ええ……それも、総帥が会得したものを遥かに上回る、完全版よ……!」
ダミアンが苛立った様子で2人に尋ねる。
「なんだよ!? そのスペースバリアって!?」
「汎ゆる攻撃を異空間へ受け流してしまう、最強のバリアよ……!」
ダミアンは顔を引き攣らせながら前方へ視線を戻す。そこには全身を発光させ、睨みを利かすタイガーの姿。それは獲物を見捉えた虎の如く。
やがてタイガーが静かに口を開く。
「――身の程知らずのひよっこ共よ。敗北の苦渋、一度味わってみよ――!」
タイガーは拳を振りかざす。その瞬間、辺りは強烈な白色の閃光に覆われた――
――それから、数十分後。
ある男が南都に帰還する。
赤い戦装束を身に纏う、黒髪オールバックの青年。
彼はリゲル家の家臣「ケンザン・ブラント」である。カルロスの息子だ。
ケンザンはつい先程まで、南都軍援護のため、ブルーム平原に赴いていた。だが、ブルーム平原での戦いは既に終息していた。
ケンザンは出番がないまま、南都に帰還した訳であるが、彼が見た光景とは――
『えいっ! えいっ!』
『おーっ!!』
『えいっ! えいっ!』
『おーっ!!』
瓦礫となったトロピカル城を背に、勝鬨を上げるのは――リゲルの将兵たち。
勝敗が決まるのは、思いのほか早かった。
丸焦げになった改革戦士団の戦闘員たち。リゲル兵たちは数多の亡骸を足で蹴り、転がし、その顔、装飾品を確認していく。
「仮面の男は見つかったか?」
「それらしき人物は見当たりません……」
「そうか。やはり逃げられたかもしれんな……」
リゲル兵たちは、改革戦士団総帥とその幹部たちの捜索に奔走していた。
タイガーは、少し離れた場所から捜索の様子を眺める。その背後にはレオ、バーナード、カルロスが控えていた。
――そして、彼らの足元には、黒髪の青年が怯えた様子で腰を抜かしていた。
左目は消失、全身は焼き爛れ、焦げた黒の衣装はボロボロ。開かれた股から漏れ出すのは――尿。青年は失禁していた。
その黒髪の青年は、ダミアン・フェアレスである。
――ダミアンたち改革戦士団は、タイガーとの戦いに敗れたのだ。
座りながら後退りするダミアン。タイガーは刀を握り、ゆっくりと彼を追い詰める。
「仲間に見捨てられたか……哀れじゃのう、黒髪の炎使い……」
「く、来るな……!」
「年貢の納めどきじゃ。儂が引導を渡してやろう」
「や、やめろっ!!」
泣き叫ぶダミアン。その身体が僅かに発光する。
透かさずバーナードが反応する。
「小僧、移動系統を使うつもりか? 逃さんぞ!」
バーナードはダミアンの顔面を蹴り飛ばす。彼は、倒れたダミアンの髪を掴むと、その場に跪かせる。
俯くダミアン――彼は抵抗をやめた。
「バーナードよ。黒髪の炎使いをしっかりと押さえておれ」
「承知」
タイガーは、跪くダミアンの元までやって来ると、刀を振り上げた。
「散っていった者たちの仇じゃ。地獄で業火に焼かれるがよい……」
振り上げていた刀が、ダミアンの首に振り落とされた――彼の胴から首が転げ落ちる。
ドス黒い血溜まりの中央で絶叫の表情を見せる悪魔の首級。タイガーはそれを拾い上げると、高らかに掲げた。
「――改革戦士団、最高幹部、ダミアン・フェアレス。討ち取ったり!」
その瞬間、辺りから割れんばかりの歓声が沸き起こった。
それは、南都の戦い開戦から、僅か2時間足らずの出来事だった。
南都の戦い
リゲル軍 勝利
つづく……




